FNSドキュメンタリー大賞

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2018.6.22更新

揺さぶりの虐待は本当に相次いでいるのか?

第27回FNSドキュメンタリー大賞 ノミネート作品
ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群

7月4日(水)26時55分~27時50分

乳幼児が頭を激しく揺さぶられることで脳に損傷を負う揺さぶられっ子症候群(SBS)。いま、親がSBSで逮捕・起訴される事件が相次いでいます。生後1カ月の長女を揺さぶったと疑われた母親が頼った弁護士は、誤った診断で冤罪が量産されていると訴えます。

一方、医師の虐待対応の「診断ガイド」を作成し、虐待専門医として法廷に立つ小児科医は、「SBSはほとんど起訴されず虐待が見逃されているのが実態だ」と訴えています。ふたつの“正義”が法廷で衝突し、母親に判決が下されます。

虐待をなくす「正義」と冤罪をなくす「正義」

2017年4月、とある研究会で秋田真志弁護士から「揺さぶられっ子症候群(SBS)」の問題について話を聞きました。そのときの衝撃は今も忘れられません。「SBSの診断根拠は海外では約20年前から見直されつつあるのに、日本ではなぜか2010年代に入って赤ちゃんを揺さぶったとして親が逮捕・起訴される事件が目立つようになりました。背景には、虐待専門医と呼ばれる一部の医師がアメリカの理論をそのまま取り入れてSBSを推進している動きがあり、そうした医師の診断を鵜呑みにして、児童相談所は親子を引き離し、警察・検察・裁判所は親に刑事責任を科している」というのです。もし、医師が過剰に診断している実態があるなら、現在の日本の刑事裁判ではチェックが働かず冤罪が次々に生まれているかもしれないと思いました。

虐待専門医が執筆した論文をみると、SBSと診断するには「1秒間に3~4回往復させるほどの激しい揺さぶり行為」が必要だといいます。思っていたよりかなり激しい揺さぶりで、このときはじめて、多くの親がそんな激しい揺さぶりを行うものなのかなと奇異に感じました。

これまで揺さぶりによる虐待のニュースは何度も耳にしていました。親が激しく揺さぶる行為はよくあることだとこれまで疑問を持ったことはありませんでした。人間の思い込み(バイアス)というのは怖いものです。最初に聞いたときに疑問を持たなければ、その後は“そういうもの”として受け入れてしまっています。

逮捕時に報道しているメディアの責務として、SBSの実態をしっかり検証していく必要があると思い、取材を開始しました。取材を進める中で、我が子を揺さぶったと疑われている親にたくさん会って話を聞いたところ、当事者はあまりに過酷な状況に置かれていました。自分の子どもが、後遺障害が残るほどの大ケガをしています。これだけでも大変な事態なのに、児童相談所によって子どもと引き離されたり、並行して警察捜査への対応が求められ、場合によっては逮捕・起訴され刑務所に送られるかもしれません。家庭内という密室で起きていて、カメラがあるわけでもないし、第三者の目撃者がいるわけでもありません。虐待していないことを証明する十分な術が彼らにはありません。SBSの診断には十分な医学的根拠があるのか見極めなければならないと感じました。

そのため、虐待専門医にも話を聞く必要がありました。秋田弁護士らが千葉県内で開催した研究会に参加していた溝口医師は、秋田弁護士が問題視していた虐待に対応する医師の「診断ガイド」の作成者の一人で、数週間前に秋田弁護士とはSBS裁判の法廷で対決したばかりでした。研究会終了後に溝口医師から話を聞くことができました。

溝口医師は、虐待を見逃して、子どもの命を危険にさらすことはできないことを何度も強調され、そのとき気づきがありました。これは「善」対「悪」という単純な二項対立の問題ではなく、虐待をなくすという「正義」と、冤罪をなくすという「正義」が衝突せざるを得ない問題であると。目的はどちらも正しいことに異論はありません。しかし、手段である虐待診断の基準を緩くすれば冤罪は増えるし、診断基準を厳しくすれば虐待した親を見逃すことになりかねません。どちらにも「正義」があるからこそ、両立できる着地点を目指すべきで、「ふたつの正義」というタイトルにはこのときの思いが込められています。

「10人の真犯人を見逃しても、一人の無実の人を罰することがあってはならない」という刑事裁判の格言があります。この格言に真っ向から反対する人は少ないかもしれません。でも、「10人の虐待した親を見逃しても、一人の無実の親を罰してはならない」という格言なら、多くの人はどのように答えるでしょうか。取材中、この問いが頭の中から離れることがありませんでした。

コメント

ディレクター・構成 上田大輔(関西テレビ報道センター)

「誰もが当事者になりうる話なんです。赤ちゃんが落下等の事故で病院に運ばれた際、CT検査で頭に急性硬膜下血腫などが発見されます。そのとき、直前に赤ちゃんと一緒にいたあなたがSBSで虐待したと疑われるかもしれないのです。私自身生まれたばかりの子を持つ親として、とても他人事とは思えませんでした。
SBSによる逮捕・起訴が増え始めたのは2010年前後です。これまで病院、児童相談所、警察を引っ張ってきたのは、虐待専門医と呼ばれる一部の医師たちです。彼らは、児童虐待問題にしっかりと向き合う社会を作り上げてきた方々です。その思いは、子どもの命を守っていくという「正義」です。
でも、“正義”は、その“目的”が正しいがゆえに結果として暴走してしまう場合もあります。はたして、虐待をなくすという“正義”の実現のために選択してきた“手段”が、今では行き過ぎたものになってはいないか。皆さんに見極めていただきたいと思います」

番組概要

タイトル
第27回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群』(制作:関西テレビ)
放送日時
7月4日(水)26時55分~27時50分
スタッフ
プロデューサー
萩原守(関西テレビ)
ディレクター・構成
上田大輔(関西テレビ)
ナレーター
豊田康雄(関西テレビ)
撮影
平田周次
編集
片野正徳(関西テレビ)
MA
中嶋泰成
効果
萩原隆之

※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。