FNSドキュメンタリー大賞

FNSドキュメンタリー大賞

2017.8.14更新

住民たちと支え合い守り続ける大切な存在

第26回FNSドキュメンタリー大賞 ノミネート作品
9.2キロ その先に

8月22日(火)26時35分~27時30分

富士山の麓を走る岳南電車。始発から終点までわずか9.2キロのこのローカル線は、5年前、貨物輸送という収益の柱を失い、経営危機に陥りました。誰もが廃線を覚悟しましたが、市民が声を上げ、行政による公的支援が決まりました。条件は会社の「自助努力」。利用者が減り続ければ、補助金は打ち切られてしまう。そこまでして守りたい電車とは。走り続ける意味とは。全国各地でローカル線の廃線が相次ぐいま、9.2キロの鉄路が残る意味を考えます。

製紙の街、静岡県富士市。岳南電車は、紙の原料と工員を運ぶため、昭和24年に開業しました。始発から終点までわずか9.2キロ。結ぶ駅はわずか10駅。

県内で最も営業距離の短いこの電車は、昭和42年度に510万人の乗降客を記録。花形の会社に成長しました。しかし、マイカー時代の到来、IT化による製紙業の衰退。ローカル線にとって苦難の時代に突入しました。そして5年前、とうとう廃線の危機に直面しました。JR貨物が、輸送量の減少などを理由に、貨物輸送の打ち切りを決めたのです。
岳南電車の収入の約5分の1を占めていた貨物輸送。会社は、事業の継続は困難と判断しました。

誰もが廃線を覚悟した時、窮地に立たされた岳南電車を救ったのは沿線の住民でした。
住民の呼びかけで、町内連合会が富士市に対し「大切な暮らしの足をなくさないでほしい」と存続を要望。市は「収支改善に向けた努力をすること」を条件に、岳南電車に対し年間6000万円を超える公的支援・補助金を出すことを決めました。市民の税金でレールの上を走り続けています。

この岳南電車が、夜景を武器に、観光客の取り込みを始めました。「ジャズトレイン」「マスキング電車」といったイベント列車の運行も企画し、少しずつですが、乗降客数を伸ばし始めていました。JR北海道をはじめ、全国各地で鉄路が消えゆくいま、岳南電車が生き残る意味を考え全国に発信することが、私たちローカル局(テレビ静岡)の使命だと考えました。廃線になる前に、何かできることはないのでしょうか。考えるきっかけにしてほしいと考えました。

番組の主人公に選んだのは、長崎県の離島出身で、岳南電車に入社して24年目を迎える駅員兼 運転士の本多功典さん(41)。ちょっと不器用で、話下手な彼は、まさにローカル線ならではの親しみやすさと田舎っぽさが際立っていました。彼への密着を通して、私たちはローカル線の過酷さを目の当たりにします。

もともと駅員だった本多さんも40歳を前にして運転士の免許を取得しました。運転士が足りないのです。大手の鉄道会社のように車両の清掃スタッフがいるわけでもなく、車内の掃除も社員がこなしています。休憩時間も小刻みで、食事も実に忙しない。給料も高くない。月の宿直勤務は8回を数えました。

それでも本多さんは「会社を辞めたいとは思わない」と話しました。「電車が大好きだから」と。しかし、理由はそれだけではなかった。2月、本多さんは生まれ故郷、長崎市高島を訪れました。江戸時代から炭鉱が盛んだった街。しかし、炭鉱の閉山で島は廃れました。故郷に活気がなくなる…真のさみしさを味わった本多さん。産業を失うこと、鉄路を失うことは、愛する街を失うことにつながります。なんとしも岳南電車を守らなければと思っていました。

しかし、年間約7000万円の赤字を抱え、公的支援がなければ立ち行かないのは相変わらずです。「お金がないなら、あるもので勝負するしかない」。車窓から眺める世界遺産の富士山、夜景、空ノッチの見学。改めて、岳南電車の良さを見つめなおしました。いまはこれで勝負するしかありませんでした。

同じローカル線、大井川鉄道の取り組みを学び、岳南電車に足りないものも考えました。市民から湧き上がる自然な応援。本多と若き運転手の福島は、岳南電車を支えてくれる市民グループに頼りすぎている現状に気づき、反省します。

番組では、小さな小さな岳南電車に、視聴者も乗っているような感覚を味わってほしいと、車窓映像、列車の音を感じられるよう工夫しました。そして、岳南電車を必要している人、岳南電車が結んだ絆を描きました。岳南電車に「いつまでも走り続けてほしい」と願う子供たち、その思いを受け止める本多さんの表情にぜひ、注目していただきたい。

公的支援がなくなれば、あすにも消える岳南電車。なくなってからでは遅い。いまだからこそ、伝える意味がここにあります。

コメント

ディレクター・入口鎌伍(テレビ静岡報道部)

「“岳南電車とは?”。この番組を任された時の率直な感想です。私は静岡県浜松市の出身。富士市を走る岳南電車には乗ったことがありませんでした。しかし、初めて電車に揺られた時、どこか懐かしさを感じました。ドキュメンタリーの制作は初めてだったため、正直、主人公の本多さんと信頼関係を築くことに苦労しました。沼津支社担当のため、ニュース取材をしながら、時間が許す限り岳南電車に通いました。本音で語り合いたいと時に厳しい質問をぶつけても、はぐらかされることが続くと”本心は一体どこにあるのか?”と悩みました。それでも本多さんが、故郷で、自宅で岳南電車への思いをそっと話してくれた時、ドキュメンタリーの大変さ、辛さの中に、喜びとおもしろみがあると実感しました。岳南電車が生き残る意味、支える鉄道マンと市民の思いを全国の視聴者に伝えることで、身近な生活の足であるローカル線の意味を考えてもらえたらと思います」

番組情報

タイトル
第26回FNSドキュメンタリー大賞 ノミネート作品
『9.2キロ その先に』 (制作:テレビ静岡)
放送日時
8月22日(火)26時35分~27時30分
スタッフ
ナレーション
侍コータロー(青二プロダクション)
撮影
植田孝雄(テレビ静岡)
音声
山田育美(テレビ静岡)
編集
山崎有希乃(テレビ静岡)
効果
山川英夫(富士テレネット)
タイトル
織田扶美子(富士テレネット)
ディレクター
入口鎌伍(テレビ静岡)
池田孝(テレビ静岡)
番組統括
橋本真理子(テレビ静岡)
プロデューサー
舘石昌宏(テレビ静岡)

※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。