コラム
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ヴァルトビューネ・コンサートの魅力

中村真人(音楽ジャーナリスト/ベルリン在住)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がシーズンの最後にヴァルトビューネで行う野外コンサートは、日本でも毎年のようにテレビ放映されるから、音楽ファンにはすでにお馴染みだろう。このコンサートの楽しさ、素晴らしさを伝えるために、私が初めてヴァルトビューネを体験した頃の話をしてみたい。

6月末の公演当日、ベルリン近郊の最寄り駅のホームに降り立つと、大きなランチボックスを抱えた家族連れやカップルの姿が目立ち、すでにピクニックコンサートの雰囲気だ。大勢の人の流れに沿って遊歩道を歩いて行くときから、この野外コンサートの幕は開けていると言えるのかもしれない。
入口で荷物チェックを受けてから中に入り、なだらかな坂を下って行くと、白いとんがり屋根が特徴的なあの劇場が見えてきた。最上段の列には食べ物やビールの屋台が並び、開演前から賑わう。この最上段から谷の底の舞台までは30メートルもの高低差があり、眼下を見るとなかなかのスリルだ。

各ブロックは自由席のため、席を確保するために早くから来ている人が多い。パンやチーズ、果物などをつまみながら、誰もがピクニックを楽しんでいる。やがてベルリン・フィルのメンバーが舞台に現れると、彼らの掛け声によって観客ウェイブが始まり、幸福な空気が伝染する。
当たり前のことかもしれないが、演奏が始まると客席は突然静かになる。時々子どもの泣き声が聞こえてくることもあるけれど、2万人以上の聴衆が音楽に耳を傾けている情景は感動的だ。しばしば鳥のさえずりが響き渡る。そのきれいな鳴き声が音楽に絶妙に寄り添うこともあり、まさに森の音楽会だと思った。

20時過ぎに始まったコンサートが進むにつれて、空の色合いは刻々と変わってゆく。ドイツの夏至の頃の抜けるような空の色合いの美しさは、形容するのが難しいほど。このような空のもとで聴いた、グスターボ・ドゥダメルが初登場した2008年のラテンアメリカ音楽の夕べは、私にとって特に忘れられない回のひとつだ。
コンサート後半で日が沈みゆき、客席に少しずつキャンドルが灯されるようになると、魔法を見ているようでうっとりする。会場の雰囲気が最高潮に盛り上がったところで、恒例のアンコールとして演奏されるのが《ベルリンの風》。ベルリン出身の作曲家パウル・リンケが1904年に作曲したオペレッタ《ルナ夫人》からのナンバーだ。このマーチが鳴り響くと聴衆はどっと湧き、手拍子と口笛が森の谷に響き渡る。毎回心から来てよかったと思える、最高に楽しい瞬間だ。

このヴァルトビューネ・コンサートが2025年7月、日本にやってくる。ベルリン・フィルのシンボルである3つの五角形は「人間-空間-音楽」を表しているが、このオーケストラの最高の技術と洗練、ドゥダメルが持ち込む南米の熱い音楽、そして富士山を背景にした自然空間がどのように混ざり合うのか、想像しただけでワクワクしてしまう。来場される皆さん、どうぞ手拍子と口笛のご用意を!