番組審議会
第556回 番組審議会議事録 概要
1.開催日時
2026年4月6日(月)正午より
2.開催場所
東京都港区台場2-4-8 フジテレビ本社
3.出席者
- 委員長
- :
- 岡室美奈子
- 副委員長
- :
- 小山薫堂
- 委員
- :
- 井上由美子、最相葉月、齋藤孝、サヘル・ローズ、舞の海秀平、三浦瑠麗、山田健太
- 局側
- :
- 清水代表取締役社長、若生常務取締役、大野取締役、友岡常務執行役員、塚越常務執行役員、大辻執行役員、藤井コンテンツ投資戦略局長、若松第1スタジオ局長、濱第2スタジオ局長、内ヶ崎第3スタジオ局長、川野報道局長、渋谷コンテンツ事業局長、吉田コンプライアンス推進局長、渡邉広報局長、現王園社長室長
番組関係者/竹内第3スタジオ制作センター室長、山﨑(企画・脚本・プロデュース)、森(企画・編成担当)、山下(プロデュース)、草ヶ谷(プロデュース)
番組審議室/出澤室長、額田統括担当部長、大橋主任、穂積特別アドバイザー
4.議事
(1)新体制紹介:
岡室美奈子氏が委員長に、小山薫堂氏が副委員長に就任したこと、また、山田健太氏が新たに委員に就任したことが紹介された
(2)番組審議:
審議番組:『3.11~東日本大震災15年 福島第一原発事故 命の戦い~』(3月13日放送)
各委員からは、審議番組に関して以下のような意見が出された
- 東日本大震災自体が被災地以外では過去のものになりつつある中で、原発事故を取り上げること自体の重要性がまずある。現地の状況が伝わらなくなっている時だからこそ、改めて私たちが今後長く抱えていかなければいけない問題であることを強く意識させるきっかけになったのでは。
- あれほどのことが起きた時に、誰かがやらなければいけないならばと命がけで対応しようとした人たちがいたということは、本当に胸を打つ。悲惨というだけではなく、公共的な勇気、作品としての核がそこにあったと思う。
- 仕事をきっかけに震災と向き合い、自らの命の危険を感じながら家族のことを思ったり自己嫌悪に悩んだりする人間の本質を問われるシーンが描かれていて、自分の内面と向き合うきっかけをいただいた。
- どこか英雄物語で終わってしまったことは少し違うのではないかと思った。福島では、いまだに後遺症やトラウマに悩まされている方が多い。現在も続く課題を突きつけることも重要ではなかったか。
- 震災を風化させないという正義を掲げながらコンテンツを作ると批判が出ることもある。その批判を覚悟の上で、このようにドキュメンタリーにドラマを組み合わせる挑戦をしたことに拍手を送りたい。
- よく災害における報道被害ということが言われる。カメラを向ける行為がそもそも暴力的なものだからだが、同時にメディアにしか残せないものもある。このドキュメンタリードラマは、そのことを思い起こさせてくれた。
- 若い世代の方々に見てもらうためには、ドラマにすることでより入りやすくなったと思うし、残された記憶を記録するという意味でも重要な形だったと思う。その一方で、証言や最後の手紙だけでも伝わるものがあって、ドキュメンタリーだけにすることでより伝わってくるものがあったのではないかとも思う。
- 津波の映像を全く流さないという選択肢もあったのではないか。原発事故が津波によるものだということは日本中が知っているので事情は分かる。やはりあの映像はキツすぎて15年経っても心をえぐられてしまう。
- 私は津波の映像はあった方が良いと思った。見ていてつらくなるし苦しいが、やはりそれに向き合っていかなければいけないのではないか。
- 病院スタッフがあまりにもきれいで化粧崩れがなく働いていることは、当時を知らない世代に誤った印象を与えないか。
- 医療現場にあまり緊迫感がなかったように感じられた。全体像が分からない中で、医療関係者も自衛隊員もあのような感じだったのかもしれないし、現地では目の前のことに対応することが精一杯だったのだと思うが、それがドラマで描かれると、緊迫感がなく感じる。再現ドラマの難しい部分と感じた。
- 救助活動への強い使命感はよく伝わってきたが、全体的に職務を果たすのか身を守るのかという葛藤が少し薄かったように思われた。逃げる選択肢もあってよいはずなのに、救助活動に参加することが善であるという前提でドラマチックに描かれていたのではないか。
- 「あの時こんなことが起こっていたんだ」ということを改めて知り、事態の重大さを再認識した。とりわけ陸上自衛隊の初めての映像には、非常に価値があった。
- せっかく初出しの自衛隊映像を使いながらも、それをうまく生かし切っていたのか疑問。映像と同じ内容を再度再現ドラマに仕立てたことによって、逆に切迫感が薄れてしまったのではないか。
- エピローグで読まれた医師からの手紙には事実の重みをずっしりと感じた。「どんな選択をしても正解だったと思います」という言葉には、それだけ誰もが必死で選択したという思いがあり自負がこもっている。この手紙によって、番組のテーマの一つである「選択」が深く浸透したのではないか。
- 最後に紹介された医師からの手紙が圧巻で、複雑な感情が吐露されていたように感じた。この複雑な感情をドラマパートで表現しきれなかったことを少し残念に思った。
- 昨年の『1995~地下鉄サリン事件30年 救命現場の声~』に続く力作だった。アーカイブ映像を活用したこういった社会的意義のある番組はぜひシリーズ化していただきたい。
- 今回は、「あの時現場では何が起きていたのか」という切り口だったが、「あの時人々は何を考えたのか」、「あの時報道は何を大切にしていたのか」など、様々な切り口があると思う。この取り組みを続けてさらに深いドキュメンタリードラマを作り続けてほしい。
- いわゆるオープンエンディングのドラマで非常に良かった。テレビの場合にはすっきり感を重視して、モヤモヤ感を残さないことが大事になっていると思うが、このドラマでは「善悪、あるいは善しあしが分からないことがある」ということを示した終わり方になっていることに好感を持った。
- 親を失った女の子の存在が最後まで気になった。少女を扱うのであれば、その子を扱った理由とそれからどうなったのかも描いてほしかった。災害孤児という課題を見ている方々に問いかけても良かったのではないか。
- アバンタイトルで「一部フィクションを含むドキュメンタリードラマ」というナレーションがあったが、どこがフィクションなのかが気になった。ドラマ性を持たせようとしているのはどこなのだろうと詮索しながら見た。どこがフィクションなのか、なぜそういう註釈を入れたのかを伺いたい。
- 「医療者が患者を置き去りにして逃げた」と事実と異なる報道をされた原発から5キロの病院については描かれていなかった。医療関係者は傷ついた。もちろん修正の報道をしているが、初報を出した時ほどの熱量を持って彼らの冤罪を証明したかどうかは疑問。今回はそれができる一つのチャンスだった。ドキュメンタリー要素を重視するのであれば、当時のメディアの動きも描いてほしかった。
これらの意見に対して、フジテレビ側からは以下のような回答があった
- 「ドキュメンタリーでも良かったのではないか」というご意見については、テレビにおいてドキュメンタリーというのは、今を切り取るもので、「現在こんな苦しい生活をしている方がいる」とか「まだ終わっていない」というのが軸になると思っている。当時何があったのかということをどうやって伝えたら良いのかというところで、今回ドキュメンタリードラマという手法を選んだ。
- 津波の映像を使うことに関しては非常に悩んだ。あの時あった現実として放送すべきではないか、もしかしたら中学生の子は初めて見るかもしれないということで津波の映像を流させていただいた。
- 取材をもとに、本当にあった出来事からあまり脱線しないように作っているので、分かりにくいところがあった。
- 「医療現場のシーンに緊迫感がなかった」という指摘については、病院の先生には医療現場は淡々としているべきという思いがあり、実際に医療現場ではその場でテキパキやっていたので、そこはあえてできる限り抑えた。
- 最後の手紙は私が受け取ったもので、紡ぎ出したかった部分はあそこに詰め込んだ。
- 当事者の目線で作ることを心がけた。当事者は分からないことが多い中ですべてが進んでいく。両親を失った女の子についても、あの後どうなったのか主人公たちには分からない。そこまで描かないことも一つの現実だと思ったので、あの終わり方にした。
- 極力リアルをベースにしている。「フィクション」という言葉はできれば使いたくはないが、病院名を変えているし、話をつなげるにあたってエピソードを統合している人もいるので、お断りとして使った。
- 被災者を置き去りにすることはあってはならないので、被災三県、福島、宮城、岩手の系列局と細かい表現まで確認した上で台本を仕上げた。
- 脚本開発、演出、仕上げ、すべての工程において、フィクションのドラマや映画の制作とは違う意識で制作に臨んだ。フィクションはいかに面白くするかを発想して作っていくが、今回はいかに事実を誠実に伝えることができるか、また我々の解釈が現実を歪めてしまっていないかを自問しながら、一つ一つの表現と向き合った。
(3)報告事項:
フジテレビから、以下について報告した
- 放送番組種別の放送時間について
- 2025年度下期「視聴者の声」について
以上