番組審議会

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第493回 番組審議会議事録概要

1.開催日時

令和2年 1月15日(水)正午より

2.開催場所

東京都港区虎ノ門2-10-4 オークラ東京

3.出席者

  • 委員長
  • 但木敬一
  • 副委員長
  • 毛利衛
  • 委員
  • 梓澤和幸、井上由美子、岡室美奈子、小山薫堂、最相葉月、三浦瑠麗、増田宗昭
  • 局側
  • 遠藤社長、和賀井専務、岸本専務、松村常務、石原取締役、清水取締役、小林取締役、金光取締役・FMH社長、塚越執行役員編成制作局長、若生執行役員広報局長、山口報道局長、矢延制作局長、大野情報制作局長、柴崎執行役員番組審議室長、坪田番組審議室担当局長兼部長、熊谷番組審議室

*新年初回は審議番組を設けず、「2020年 テレビの“信頼性”と“公共性”~メディア価値をより高めるために~」と題してご意見をいただいた。

年頭にあたり、遠藤社長、但木委員長から挨拶があった。

4.遠藤社長挨拶

  • テレビの信頼性と公共性は、かつて局の報道姿勢に対して投げられていたのと違い、氾濫する真贋を含めたネットニュースの中でテレビの報道のあり方はどう変わるべきか、また信頼性と公共性の要求がフィクション的要素を含むドラマやバラエティにも拡大してきたことにより、その言葉の意味合いも変化してきた。グラデーションの異なるテレビの各ジャンルの番組に果たしてどのような信頼性と公共性が担保されるべきか皆様のご意見を伺いたい。

5.但木委員長挨拶

  • 私の役割は昨年と何も変わることはなく、皆さんに自由に思いの丈を述べていただいて、それがフジテレビの前進にとって何らか資するところがあれば委員会として幸せ。今年もそれを私のモットーとしてやっていきたい。

6.「2020年 テレビの“信頼性”と“公共性”~メディア価値をより高めるために~」

委員から以下のようなご意見があった。

  • 先週東海テレビ制作の『さよならテレビ』の劇場版を拝見した。東海テレビが自社の報道部自身にカメラを向けて撮ったドキュメンタリーで、テレビ業界では大変な話題になったと聞いている。
  • 現在テレビ局が抱える問題の一端が垣間見えて、大変興味深い。この中で報道の使命として、1、事件事故、政治、災害を知らせる、2、困っている人、弱者を助ける、3、権力を監視するという3点が複数回言及される。複数回映し出されるのは、この報道の使命が危機に瀕しているという自覚が少なくともこの局にはあるからではないかと感じた。
  • 信じられないようなことが次々と起こっているにもかかわらず、徹底的に調査報道されているように一般視聴者から見ると見えない。今一度この3点に立ち返っていただきたい。
  • テレビが信頼をもう一度獲得していくためには、徹底的に作り込み、良く検証された精度の高い番組を放送することに尽きるのではないか。
  • ドラマやドキュメンタリーの文化的価値がもっと社会的に評価されるべき。放送の影響の大きさは計り知れないので、社会的に評価されてしかるべきだと思うし、その評価に値する番組を作っていただきたい。
  • 信頼される人は、嘘をつかない、約束を守るというのがベースになるので、放送の中で嘘をつかないということではなくて、そもそもフジテレビ社員の行動規範が凄く大事になってくるのではないか。
  • 「公共性」というのは基盤であるということだ。基盤ということを考えたときに、放送としてのテレビだけに閉じずに通信、リアルも含め、ありとあらゆる接点でコンテンツを提供していくことが「公共性」、基盤についてもう一度テレビ局として見直すことが必要ではないかと思う。
  • 権力監視に関係して、各論的なテーマとしては災害があり、環境があり、戦争と平和、そして暮らしがある。どれ一つとっても人類の生存が問題になるようなテーマだ。徹底的に掘り尽くしている人は、危ない状態だと思っている。1000万、2000万の単位の人に届けていくメディアは、新聞も超えたテレビしかない。人類的な危機に対して発言をしていくべきだ。
  • 少なくとも争点を明らかにするという点では決して引かない。争点は今ここになっているという点については妥協しない。これは放送法があっても出来るので是非やっていただきたい。
  • 組織、特にメディアは下から作ることが非常に大事だ。つまり報道で言えば現場の民衆の声を一番知っているのは、取材をしている一番末端にいる人だ。その人たちの声は神の声だと思う。そこにもし忖度という力が働いてしまえば、その組織は力を失う。
  • 個人的に非常に求めるのは、古いけれども新しい、今の時代の青春ドラマだ。他局だが、山田太一さんが当時『ふぞろいの林檎たち』をなぜ書くことになったのかという質問に対して、「東大、京大の学生たちを取材したら話があまり面白くなかった。そこでランクの高くない大学の学生を取材したら、彼らは大学名を隠す」と。「女子学生と付き合うときも自分のことを正直に話せない。女子学生の方も、彼氏を大学のランクで選ぶのだという話を知り、こういう現実をちゃんと知らなくてはいけなかった」と。「できない子はできない子なりの生き生きしたところも含めて生き方を模索していくドラマを作りたいと思った」と山田さんが語った。
  • 「公共性」と言うと堅苦しくなるが、テレビで「この世界はこんなだよ」と、世界観を提示することも、テレビの「公共性」、「信頼性」を考える上で大きな役割なのではないかと思う。
  • ネットに比べ、テレビの即時性の優位は確立できない中で、事前の打ち合わせの重要性を各報道番組、情報番組、もう一度見直してはどうか。打ち合わせは、取材している制作側が単に有識者の意見を吸い取ってプロットを書くためにあるのではなく、生き生きとした情報交換を通じて、ともに問題意識を作り上げていくという形が望ましいのではないか。
  • テレビは他のメディアと比べて、対話し、人と会うという効果があるメディアではないか。スタジオで語られている内容が視聴者にダイレクトに届いたときに、視聴者自身も対話し、人と会っている感覚になる。これはネットの文字媒体のニュースでは感じ取られないものだし、カメラワークにお金を使わないネット動画ではその雰囲気を作ることができない。人と会う、スタジオを重視するというのが、当然あるべき方向性ではないか。
  • テレビが世論を形成していく過程で、幅広い世代や地域にアクセスすることができる。そして人々の意識や価値観の違いを乗り越えて世論を形成するための大きなアクターになれる。これこそが「公共性」ではないか。
  • 「信頼性」と「公共性」、これはフィクションの作り手からすると頭の痛いテーマ、「信頼性」や「公共性」を配慮すればするだけ、ドラマを含めた番組の面白さは減っていくところがある。
  • 一番感じているのは、若いスタッフがこのテーマを、素直に過剰に捉えている傾向がある。ドラマなのにもかかわらず、例えば、弁護士はこんな事実は言わないと気にしたり、鬱病で自殺するエピソードを書けば、鬱病の人を傷つけるからこれはやめましょうと。でも自粛ばかりしていたら響くドラマは作れないし、バラエティも冗談で叩くみたいな演出ももうできなくなっていて、価値観を問われるような面白い番組も減っていく。
  • お願いとしては、若い社員の方とこのテーマについて話すときに、いかにこれを守りながら、いかにはみ出していくかを話すことを、皆さん経験のある方々から若い方に伝えていただければ。
  • 最近、去年公開された『記者たち』というロブ・ライナーの映画を見て、あれはメディアの人皆見るべきだと思った。アメリカがイラクを攻撃したときのニューヨーク・タイムズなどの報道がテーマ、大手メディアの報道が結局世論を形成して戦争に導いたということを描いた映画だった。
  • その映画批評の中で、江國香織さんが、「『疑う知性』が今の時代は必要なんだ」というコメントを書いていた。『疑う知性』が今の時代本当になくなってきていて、どちらかというとSNSとかで、情報の量が真相に比例しているような印象を受ける時代になっている。
  • フジテレビの報道は、『疑う知性』を持って、「情報の量は真相に比例しないんだ」ということを皆が心に抱いて、それを取材しているということを外に発信することで、一つの「公共性」、「信頼性」というものはイメージアップできるのではないか。
  • 「メディアはスポットライトの力を持っている」ということを、一人一人が認識すべきだ。弱者にスポットライトを当てて助けることもできるし、悪にスポットライトを当てて暴くこともできる。であるがゆえに慎重に扱わなきゃいけない。
  • 「信頼性とか公共性とかなければもっとフジテレビは面白くなるんじゃないの?」、それも真実。恐らくSNSが面白いのはそれ、別に信頼されなくたっていいんだからと。しかし、信頼されるべきメディアがそれを始めると混乱してしまう。フジテレビには「信頼性」、「公共性」、今回のテーマを真剣に考えていただきたい。
  • 先ほど来、現場を大事にするということを委員の方がおっしゃっている。その人のプロとしてのプライドと判断を大事にする。SNSに勝てるのはプロの人たちの存在。
  • 例えば東日本大震災のあと、フジテレビは現場できちっと報道していたが、その後も長く復興のことも含めて『わ・す・れ・な・い』でやっている。ああいうことの積み重ねが、印象にも歴史的にも残る。
  • 今は世界中の人が情報をアップすることができるから、ニュースの量としては多い。それが本物かどうかをきちんと取材して、社会に影響を与えるようなものだったら、本格的に取り組んでニュース、番組にしていってほしい。
  • SNSを見ると腹が立つ投稿が結構あるものだが、SNSが自由に発信できるということは表現の自由としては凄く大事なことなので、そういうSNSを流す社会だということは、恵まれているんだと思う。ただし、SNSとテレビとの信頼度というのは、客観的には全く違う次元のものだ。
  • 気候変動がこれだけひどくなってきて、島も沈んで、ヨーロッパの町も半分沈みかけ、日本の浜辺も白い浜辺が大分狭くなってきている。この大危機の中で世界の政治的リーダーたちは皆、自国主義に変わり、もはやその地球を救うようなジャンヌ・ダルクは現れないような気がする。そうすると誰が救うんだろうか。
  • 地球上の自然を愛し、歴史を愛し、あるいは人間同士の相互扶助や、人間たちを愛し、そういったもの全てを含んで、ドラマもバラエティも含んで、報道も含んで、地球を救えるものとしての報道機関というものを考えてもらいたい。
  • 報道の公共性というのは本当にある時代に入ってきて、残る望みがこれぐらいしかないということになりつつある、そういう意味で皆さんと一緒に頑張ってまいりたい。

7.その他

  • ◇次回の第494回番組審議会は2月12日(水)。
  • ◇課題番組は、昨年10月スタートのバラエティ番組『ウワサのお客さま』、1月24日放送。

以上。