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佐々木恭子アナウンサー取材手記

佐々木恭子アナウンサー  普通、第一印象というのが一番鮮明で強烈に目に焼きつくものです。しかし、スマトラ沖地震による津波の最大の被災地・バンダアチェの光景は、一週間の取材の中で、見るたびにショックが大きくなっていきました。最初は言葉を失いました。想像をはるか越えていたからです。「街が・・・ 消えてる。」市街地から海岸線へ向かうと、突然建物がまばらになっていました。残っているのは瓦礫だけ。土台からえぐりとられています。辛うじて津波に耐えた頑強そうな家も、一階部分は大きく穴があいたまま。妙に青々と伸びた草だけが、7ヶ月あまりの時間の経過を感じさせます。さらに海岸線近くになると、建物の土台すら見当たりません。全てが流れ去った地。見渡す限り延々と続く、「何もない」地。所々いまだに浸水している中を歩くと、靴や帽子、下着、レースのテーブルクロスが泥に埋まっていました。突然、ここに人の生活があったことが、それも10数万に及ぶ人の命があったことが、重くのしかかってきます。かつてはどんな街並みだったのか、変わり果てた光景から想像するのは難しく、現実を肌で感じるのに時間がかかりました。

 撮影をしていると、街の人が話しかけてきます。「私は親戚10人失った」「私は、たまたま津波前日に里帰りをしてきた娘と孫を失った」会う人皆が一様に、大切な家族の誰かを目の前で奪われ、どのように自分が生還できたかを昨日のことのように語ります。未だに「家族はどこかで生きている」と信じている人もいます。なのに、お金がなくて探しに行けないと半ばあきらめたように言うのに驚きました。「家族なのだからどんな手段を使ってでも探せないのかな」と客観的に聞くと、「私の周りの人もみんな家族を失って同じ気持ちなのだ。自分だけお金を貸してくれとは言えない」と、これもまた現実なのです。

 私たちが取材をしていた13歳の女の子・スクマワティ。津波で残されたのは6歳の弟と二人だけ。海のすぐ近く、流木で作ったつぎはぎだらけの小屋に親戚と一緒に暮らしています。彼女は学校に行っていません。一日、魚売りや洗濯など、大人の手伝いをしています。ユニセフスタッフと地元NGOが協力して、お金の心配はいらないから学校に行くよう説得するのに、「弟を学校に行かせたいから、私は行かない」と言います。どうも母親の代わりを自分が務めなくてはいけないと思っているのです。親戚にも迷惑をかけられない。彼女と親しくなり、「夢は?」と聞くと、「ない」と即答しました。五日間で二回聞きましたが、二回とも同じでした。 仮設ではあるが、学校に戻っている子供たちは「将来は先生」「エンジニア」「医者」などキラキラした目で夢を語ってくれます。貧しさは、夢すらもてない環境に身をおき続けることなのだとふと思いました。そして、そこを脱するには教育が不可欠なのだとも。

佐々木恭子アナウンサー  取材で出会った人たちは、まだまだ「前向きに」「力強く」復興に向けている、とは簡単には言えない気がしました。悲しみや痛みを静かに抱え込みながら、必死で日常を取り戻す努力をしているようでした。食べていかなくてはいけないから。だが、誰しも生活するのに大変な状況の中で、人々が支え合う優しさには度々胸が震える思いがしました。仮設キャンプでは、16歳の男の子を、顔見知りでもなかった若い夫婦がわが子のように育てています。スクマワティの一家も、日本から来た私たちに一緒にご飯を食べるよう勧め、「今日はスペシャルだから」と鶏肉を差し出してくれました。聞けば、肉は1ヶ月に1度あるかないかといいます。それも家族全員分はありません。「ほら食べて」なかなか大事な肉に手をつけられない私に、一生懸命大きなジェスチャーで食べろと勧めてくれるスクマワティ一家の明るい顔を、日本に戻ってからも強く思い出します。

 去年の暮れ、次々に届くすさまじい津波の映像をスタジオで見ながら、人の命はなんてはかないんだろうと、嫌というほど感じさせられました。予想もしてなかったことが突然起き、ちょっとした運や不運で生死が別れ、大切な人を奪っていく。それを実際に体験したアチェの人たちを目の前にしても、死者不明者合わせて約16万という数には圧倒されてしまいます。家や仕事を失い、活気付く産業がまだ生み出せていない中で復興していくには、まだまだ膨大な時間が必要でしょう。だが大人たちは「今がチャンスだ」とも語っていました。独立を目指すゲリラ軍とインドネシア国軍の長い戦いが一旦終息に向かい、ようやく和平への第一歩を歩み出しました。津波で外からの援助を受け入れざるを得なくなったからです。津波の前、夜八時以降は外も歩けなかったといいます。
 将来、あの地にどんな町並みが作られ、出会った子供たちがどんな道を歩き出すのか、もう一度自分の目で見たい、そう思っています。
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