フジテレビジュツの仕事

    翔んで埼玉

    2019年2月公開

    • 美術プロデュース
      三竹 寛典
    • デザイン助手
      亀井 美緒
    • アートコーディネーター
      森田 誠之
    • 大道具
      中村 達也
    • 大道具操作
      内堀 圭一
    • 建具
      岸 久雄
    • 装飾
      竹原 丈二
    • 持道具
      清家 正文
    • 視覚効果
      大里 健太
    • 電飾
      寺田 豊
    • アクリル装飾
      鈴木 竜
    • 植木装飾
      後藤 健
    • 生花装飾
      牧島 美恵

    デザインのヒミツ

    翔んで埼玉

    ー今年度日本アカデミー賞優秀美術賞受賞と、本作品では美術も高く評価されていますが、セットが決まるまでの経緯を聴かせてください。

    アベ木 陽次

    アベ木 陽次

    映画化の話を受けて、まず原作漫画を読んだのですが、これを一体どうやって映画にしたものか……と非常に悩みました。“ダさいたま”に見えるような田舎町をロケ地にすることも考えたのですが、ピンと来なくて……。
    ビジュアルが頭の中で描けない中で、とりあえず、メインセットとなる学校のロケハンに行きました。最初は豪華な学校を見に行っていたのですが、監督が「まだ地味。もっときらびやかな学校にしたい」と言うので、以前たまたま見つけた、ヨーロッパのお城みたいな絢爛豪華な建物に行ったところ、私もロケスタッフも全員が「もしかして、ここを学校にしちゃうって“あり”かも……」と思ったんです。ここを学校にすれば、見たことのない、ベルサイユ宮殿みたいな教室が出来上がるかもしれない。そこから、学校をここまで現実味がないものにするなら、ほかも全部、リアリティのないものにしよう、という方向性が見えてきました。

    翔んで埼玉

    そこから決まったコンセプトが、「リアリティの排除」。いっそのことファンタジー、さらに言うとSFにしてしまおう、と決めたんです。“チープな世界”の物語を、“誰も見たことがない空想の世界”のビジュアルにしよう、と。
    それを突破口にして、いろいろなことがどんどん決まっていきました。教室の椅子も、実際の学校にあるようなものではなく、貴族が座るようなゴージャスな椅子にしたり。どう見ても学校に見えなかったのですが、皆で「黒板とクラスの表札さえあれば学校になる!」と半ば強引に進めちゃいました(笑)。
    それと、豪華さを象徴するアイテムとして、バラの花を場所によって色を違えて置きました。教室には赤いバラ、生徒会長室には白、麗の部屋には紫、学校の講堂にはピンクと白のバラ、という風に。

    ー“埼玉県民が紛れ込んで捕まった東京の遊園地”もおしゃれな空間でしたね。

    あれも学校と同じように、初めは実際の遊園地をロケ地に想定していたんです。
    でも、リアリティをなくす、ということにしたので、遊園地には到底見えないような、お城が建っている観光スポットを遊園地に仕立てました。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    ー学校のセットがやたらと豪華なのとは裏腹に、古びたセットも多く出てきますね。

    翔んで埼玉

    はい、「Z組」(埼玉県出身者のクラス)の教室は、寺子屋のイメージでデザインしました。使われていない山小屋に装飾を施していったのですが、いかにみすぼらしく見せるかにスタッフ皆、全精力を注ぎました。壁に貼った習字の作品にしても、「自由」「平等」などに交じって、「刺身」というのがあるんです。助監督のアイデアで、“海がない埼玉の県民の憧れ”の意味を込めて(笑)。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    さびれたものではもう1つ、埼玉から東京へ出る県境の「関所」ですね。通常の時代劇や大河ドラマに登場する関所は、時代考証がきちんとされている、当時のリアルを追求したセットですが、ここでは逆にリアルでない、年代以上に極端にチープに見えるものを作りました。埼玉の人が見てもあきれるくらいにしないと、と。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    ー特に苦労したところは?

    苦労はいろいろとあったので、デザイナー3人で担当を手分けしたのが本当に良かったです。特に大変だったパートは、齋田くんの「ビッグフット」とか、宮川くんの洞窟の模型だったと思います。一発勝負で撮らなきゃいけないので。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    齋田 崇史

    齋田

    「ビッグフット」というのは“群馬に出没するイエティのような怪物”で、これが池から顔をのぞかせてまた沈むシーンで苦労しました。FRP(繊維強化プラスチック)で作った約1m立方の頭なのですが、これがなかなか沈まない。目、鼻、口の穴は開いているのに水が中に入らなくて、さらに切り込みを入れたり穴を増やしたりしました。
    重さ20㎏をもっと重くすれば沈みやすくはなるのでしょうが、沈めた後で浮き上がらせなくてはならないので、あまり重くもできないんです。1回で決めるシーンなので、製作工場の外にこれが入る大きさの水槽を組んで、頭のどこをどうやって押せば沈むのか、何度も通ってテストしました。
    それと、陸地に大きな足跡を作った時には、足形のベニヤ板を紐で囲って内側の土を掘ったのですが、掘る前日に運悪く雨が降って横の池の水が浸水してしまって大変でした。ぐちゃぐちゃになった所をスタッフ10人近くで20㎝位の深さまで必死に掘り続けました。水槽のテストも穴掘りも、これまでしたことのない仕事でしたね。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    ー宮川さんの担当パートの制作苦労談をいくつか聴かせてください。

    宮川 卓也

    宮川

    1つは洞窟の模型です。「海を求めて洞窟を掘り続ける埼玉県民が霞ヶ浦の淡水に流される」という構図の、洞窟断面の模型なのですが、模型に水を流した時に、人形5体が上手い具合に流れてくれなくて……。1体だけひっかかって残る、という画(え)を撮りたいのに、5体全て流れてしまったり。それに水道水だと泡立って見えなくなるので、水にローションを加えて粘度を増したりもしました。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    あとは、都知事室の棚の「ひょうちゃん(横浜名物「崎陽軒」のシウマイに付いてくる醤油入れ)」の飾り付けでしょうか。高さ60㎝位の特大ひょうちゃんは発泡スチロールで作って、その周りを実物ひょうちゃんでびっしり埋め尽くすんです。約600個をスタッフ総出で飾り付けました。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    都知事の自宅リビングに置いた赤富士の屏風も大変でした。専門の絵師スタッフに描いてもらったのですが、何せ“国宝級の屏風”という設定なので、わかりやすい美しさの絵とは違う趣がないといけない。苦労して描いてもらった絵を、申し訳ないと思いながら何度も描き直してもらいました。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    ー終盤の埼玉と千葉の戦いは大迫力でしたね。

    翔んで埼玉

    あのシーンではそれぞれの県の特徴を際立たせるものをたくさん持ってきました。おおまかに言うと、農業(埼玉)対水産業(千葉)、というコンセプト。埼玉軍はトラクター、軽トラックに野菜や農具、千葉軍は魚市場で使われるターレーに乗って大漁旗を掲げています。

    そして両軍が都庁に集結した時には、トラクターやターレーがバイクやトラックに替わっています。場所が今の新宿の、本物の都庁で、それまでのファンタジー路線からリアル風へ切り替える必要があったので、徐々に現実に寄せていったわけです。警官の制服も、あえて現代のものとは若干違うグレーですが、一見リアルっぽく見えるのものにしています。

    翔んで埼玉
    翔んで埼玉
    翔んで埼玉

    ー今回のデザインの進め方で、これまでのドラマのやり方と違う部分はありましたか?

    イメージ画をたくさん描くところから始めたのが大きな違いです。「埼玉ホイホイ」とか現実にないものが多かったので、ワンシーン毎にまずイメージを固めて、プランニングのスケッチを監督に見せて確認していきました。通常のドラマではリアリティを出すのでそういう手間はありません。とにかくまず絵を描いてみないと何も進まない。そこが大変でしたね。

    翔んで埼玉

    ー不安はありましたか?

    「埼玉県民が虐げられる話」を、どうやったら埼玉の人たちを傷つけずに面白くできるか、が最大のテーマでした。それには、どっちの方向に行くかを決める必要がありました。つまり、寂しく暗い埼玉を描いて、つらいけど頑張ろう!という応援歌にするのか、それとも、丸ごとエンターテインメントの大作にしてしまうか。そして後者を採って、“大作感あふれるB級”を目指したわけです。その中で、下手すると伝わらないかも、という不安は常にありました。でも「リアリティの排除」の方針でいく、と決めて以降は突き進みましたね。
    その方向性を強く表したのが、最後に出てくる「埼玉解放戦線」の地下アジトです。普通は地下となると暗さを出します。ところが今回は、逆に思いきり明るくして、“輝ける未来ある埼玉人たち”を表現しました。『スターウォーズ』のワンシーンのようなスペクタクルのイメージで。もう完全にSFの世界ですね(笑)。

    “ディスり”のビジュアル化に悩みましたが、最終的にエンターテインメントに振り切った選択は間違いではなかったかな、と思っています。観た人たちが誰も傷つかずに笑ってくれたのなら、嬉しい限りですね。

    (2020年3月)