FNSドキュメンタリー大賞
大量の活魚輸送が可能な、針で運動神経だけをマヒさせた「快眠活魚」
「魚の快眠輸送」が水産流通に革命をもたらす?
仲間とともに手作りの装置で夢に挑んだ男の物語

第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『眠る魚を東へ西へ 夢追人の挑戦』 (制作 テレビ大分)

<12月5日(水)深夜26:55〜27:50>
 水産業ほど古い業態のまま来ている業界はないと言われている。漁師が魚を捕り、市場でセリにかけられ、流通業者がトラックで搬送して店頭へ。価格も魚種や鮮度によって上下し、これに流通マージンが加わる。 最近のグルメ志向から「活魚」も人気を呼んでいるが、輸送量が限られている上に、魚種によっては運べないものも多々あり、非常に高価につく。
 「生きた魚を日本のどこでも安く食べてもらえる方法はないのだろうか」。豊後水道に面した大分県鶴見町に住む卜部俊郎さん(45)の挑戦はこの疑問から始まった。もともと建設業をしていた卜部さんが、漁業とかかわりを持つようになったのは、頼まれて海上イケスを作ったことからで、活魚を大量に輸送する方法を考えるようになった。
 その結果到達したのが針で魚の運動神経だけをマヒさせる方法であった。この方法だとそれぞれの大きさに仕切ったケースに魚を並べ、海水の循環を保つだけで従来の10倍以上の量の活魚輸送が可能となった。呼吸するだけなので魚のストレスも少なく、海水の汚れも少ない。名づけて「魚の快眠輸送」アジやタイなど活魚として一般的な魚種はもちろん、タチウオやサケなどを捕獲直後に船上で針を刺すことによって、普段活魚として店頭に出ることのなかった魚種まで、広がりを持たせることもできるようになったほか、川魚の活魚輸送にまで至っている。
 さらに、容器の開発においてはナイロン製円筒容器に、生きたイカなどを1匹づつ入れてろ過装置をつなげたものを開発し、一度に30匹の生きイカを60時間輸送できるシステムを発表した。
 まさに流通革命が始まったわけだが、卜部さんはこの技術をひとり占めにしようとはしなかった。技術を大手に売り渡し輸送方法の開発を依頼すれば、個人としては多大の利益を得ることができる。しかし卜部さんは、現在低迷している漁業者が自覚を持って自立してほしいという考え方、自分で獲った新鮮でおいしい魚を自信を持って消費者に届けるべきだという考え方にこだわった。

 卜部さんの挑戦が始まった。仲間が集まり始めた。高校の同級生で大分市中央卸売市場で中卸をしている笠木広昭さんは、早速快眠活魚を取り入れ普及を図る一方、卜部さんに活魚を提供、卜部さんの開発した少量の輸送容器を使って宅配業者と提携、九州内ではそれまでの料理店や業者だけでなく、個人の家に少ない量、1匹でも2匹でも直接活魚を送ることもできるようになった。
 快眠活魚に魅せられたのは笠木さんだけではない。大消費地東京の水産物卸業、井之本聡さん、魚の産地であり関西圏を控えた和歌山市の中卸、中井晴美さんなど、現在の水産流通に疑問を持つ人々も仲間に加わった。
 さらにインターネットを通じて知り合った、大阪堺の水槽製造のプロ福田初夫さんは技術的にさまざまなアドバイス、注文製造に応じてくれるようになった。
 卜部さんや仲間たちの破天荒なプロジェクトが始まった。今までは活魚輸送車でしか、しかもかなりのリスクを背負ってしか送れなかった「関(せき)アジ」「関(せき)サバ」を大分から東京へ普通の輸送トラックで送ろう、東北の「活きた銀ザケ」を大阪に送ってみよう、和歌山の「タチウオ」を九州へ、など快眠活魚だからこそできる輸送、流通方法を確立しようという試みだ。これだと活きた貴重な魚を安い輸送コストで消費者に届けることができる。

 まずは輸送容器をどうして作るか。卜部さんの考え方は徹底している。コストをいかに安く抑えるか、高価な装置だと輸送コストに跳ね返り意味がないからだ。知恵と仲間や家族の協力があれは決してできないことはない。
 まずは実験装置だが材料はほとんどがホームセンターで売られているポリエチレン容器やホース、水道管などを使ってくみ上げていく。車のバッテリーや安いモーター、乾電池など身の回りの手に入りやすいもので十分だ。
 普通の輸送トラックに一緒に乗せてもらって運ぶために、保冷容器もインターネット検索で見つけ入手した。
 こうしてでき上がった装置に、笠木さんが快眠処理した魚を入れての24時間水温水流実験。この装置をもとに、福田さんに頼んで作ってもらった海水ろ過循環装置付きのコンテナ用水槽が完成、数匹の魚を入れて自分のトラックで24時間走り回って結果を見た後、いよいよその日が。50匹の「快眠関サバ」を入れたコンテナを載せてトラックは一路東京へ。
 果たして、その結果は…。

 取材を終えた岩尾保次ディレクター
「ト部さんとお付き合いして3年がたとうとしています。快眠活魚開発時点が最初でしたが、とにかくマジメ、一本気というのが第一印象でした。それが現在でも少年のような心を持ち続け、まさに『夢追い人』という言葉がピッタリの人です。
 快眠のノウハウを大手資本に売り渡せば大金が入る。輸送手段を専門家に開発してもらえば簡単にできる。しかし彼はそれを決してやろうとせず、常に自分や仲間、家族の力で未来を切り開こうとするのです。依頼すればコストが上乗せされ、結果として現在の流通と変わらない。漁業者の自立や消費者の負担軽減は図れない。おいしい魚を安く食べてもらいたい、工夫次第では一次産業にこそ未来がある、そう信じて、決して疑わないのです。
 取材をするにつれ、接する機会が多くなればなるほど、彼の不思議な魅力は増してきました。そしてついに夢は実現に向け今一歩のところまでやってきました。念じて努力を続ければ夢はかなうということをカメラの前で見せてくれた人。本当に不思議な人、不思議な体験でしたが、今後もト部さんが立ち止まるということは決してないのでしょう」

と語る。

 番組では、仲間や家族の協力を得ながら「安い新鮮な魚を届けたい」「漁業者に自信を持ってもらいたい」と、常に未来に向け、夢に向け一歩一歩前進し続ける卜部さんを追い、魚の流通革命、一次産業の再生にかける夢追人に日本の未来を重ね合わせる。


<番組タイトル> 第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『眠る魚を東へ西へ 夢追人の挑戦』
<放送日時> 12月5日(水)深夜26:55〜27:50
<スタッフ> ナレーター  : 阿部洋樹(テレビ大分)
構   成 : 森 久実子(福岡在住)
撮   影 : 宮本洋一(映像新社)
音 声 効 果 : 小田健敏(映像新社)
ディレクター : 岩尾保次(テレビ大分)
プロデューサー : 二宮浩 (テレビ大分)
<制 作> テレビ大分

2001年11月21日発行「パブペパNo.01-382」 フジテレビ広報部