FNSドキュメンタリー大賞
『長いのもには巻かれろたい!』
そう自嘲気味に笑いながら話す元漁民たち・・
だが、“長いもの”とは一体何なのだろうか・・?
諫早湾の干拓に対して無言の反対運動を続ける一人の男の姿を通して、この国の民主主義の現状を鋭く描く渾身のドキュメンタリー!!

第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『海は潮干て 諫早湾干拓と民主主義』 (制作 テレビ長崎)

<11月21日(水)深夜26:55〜27:50放送>
 諫早湾を干拓して農地にする計画は、戦後の食糧難のころに当時の長崎県知事の思いつきで持ちあがったものだ。以来50年あまりの年月をかけて、ついに工事が実行に移され、広大な干潟を持つ海は消失した。
 現在は、5〜6メートルに及ぶ干満の差が作り上げていた豊かな漁場は、雑草の生い茂る荒れ野となって広がっている。
 計画が示された当初、漁民たちは干拓に絶対反対の立場をとり、抗議活動を続けていたが、国・県の「説得」が長年に及ぶにつれ、いつのまにか賛成派が増えて行った。
 「宝の海」と呼ばれるほどの豊かな海を失うことを意味する干拓に、なぜ漁民たちは賛成していったのか?また、どのような空気が漁民たちの間に広がっていたのだろうか?
 陸に上がった漁民たちの多くが「あの選択は間違いだった」「長いものに巻かれた」と今、自嘲気味に述壊する。
 そして、今、当時の漁民たちが漁業権を放棄したころに集落に漂っていた雰囲気と同じものが、干拓工事の地元・諫早市に広がっている。つまり、干拓工事に対して、普通の市民が否定的な意見を言うことが、はばかられるようになってきているというのだ。というのも、商工会議所が「諫早湾干拓推進連絡本部」を設置し、市民レベルで県や農水省を後押ししようという活動を始めたためだ。
 そうした中、ある中年の商店主が「諫早湾干拓に疑問があります」と書いた看板を頭上に掲げて朝の国道沿いに、もう10ヶ月以上も立ち続けている。住民運動も平和運動もしたことがないこの男性は、やむにやまれぬ気持ちで、この干拓に対する自分の意思を表明し続けているのだという。

 11月21日(水)深夜26:55〜27:50放送の第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『海は潮干て 諫早湾干拓と民主主義』(制作 テレビ長崎)は、自由に発言することを市民がためらうようになってきたこの町で、毎朝7時から8時までの1時間、じっと国道に立つ1人の男の姿を通して、この国の民主主義の現状を鋭く描く。

 長崎県諫早市の商店街で時計店を営む中路邦男さん(59)は、昨年10月から毎朝1時間、国道沿いに両手で看板を掲げてじっと立っている。これまでこうした「運動」とはまったくといってよいほど無縁だった中路さんだが、4年前に行われた潮止め工事、いわゆるギロチンの映像をニュースで見たことがきっかけで「諫早湾干拓について客観的に知ろうと努めるようになった」と話す。
 中路さんは、新聞記事を丹念に読んだり公開講座などに積極的に出て、干拓の現実を知れば知るほど「何かをしなければならないと考えるようになった」と話す。そして、ついに昨年10月14日から「諫早湾干拓に疑問があります」と書いた看板を頭上に掲げて道路に立ち始めることにしたのだ。
 彼が立つ場所は母親が1人で暮らす実家の前の国道沿い。以前から母親が寂しくないようにとの思いで、中路さんは一緒に朝食をとるために毎朝通っていた場所である。
 ほんの1時間ではあるが、中路さんが立っている間、多くの車が通る。すぐ近くの深海(ふかのみ)という集落に住む江崎康敏さん・厚さん兄弟も毎朝彼を見かけている。2人とも元漁民で、康敏さんは現在トラック運転手、厚さんは左官をしながら生活している。
 深海はかつて干拓反対運動が最も激しかったところだったが、国と県が総力を上げて説得するうちに次第に賛成する漁民が増えていった。そして補償金と引き換えに漁業権を放棄し、漁協は解散するに至った。当時の漁協の役員は「誤った選択をした」と振り返る。
 また、タイラギ漁に従事していた元漁民で、現在は干拓工事の下請け作業で生計を立てている堤春雄さんは、「文句は言いたいが、言えない。複雑な心境だ」と話す。タイラギ漁は干拓工事が始まった年から不漁になり、8年前からは休漁に追いこまれている。堤さんたちタイラギ漁に従事する漁民の抗議に対して、農水省は干拓との因果関係を否定している。今、堤さんたちは、その農水省の干拓事務所から工事の仕事を受注して生計を立てており、苦悩は深い。沿岸に住む多くの人たちが国営諫早湾干拓事業に翻弄されているのだ。

 そんな諫早湾の風景の変化を、世界的に知られる写真家・東松照明(とうまつ・しょうめい)さんが撮り続けている。諫早湾が閉め切られる前、年老いたヒバクシャを撮るために長崎を訪れていた東松さんは、偶然通りかかった深海の干潟の美しさに惹かれた。そして干潟に誘われるように住まいを東京から長崎に移し、以来、諫早湾沿岸の撮影を続けている。
 東松さんは干拓工事がもたらす風景の激変は、自然破壊のほかの何物でもないと感じるようになった。そして漁民たちが、元の干潟に戻って欲しいと本音では思っていることを知るうちに、日本の民主主義への懐疑を深めていった。深海の撮影にやって来たある日、東松さんは道路に立つ中路さんを見かけ、干拓に対する思いを語り合った。

 今年7月31日、諫早市の商工会議所が音頭をとって、諫早湾干拓推進連絡本部が発足した。あくまでも市民レベルで、県や農水省を後押しして行こうという趣旨だ。そして、その日のうちに波紋が商店主たちの間に広がっていく。もう表立って干拓に対して批判的な発言ができない雰囲気になってきた。
 「まずくないかな、立ってていいのかな」と不安に駆られる中路さんであったが、次の日、朝の国道にはいつものように中路さんの立つ姿があるのだった。

 番組を取材したテレビ長崎の山本正興ディレクターは、
「この番組のタイトルの『海は潮干て(しおひて)』は、万葉集から引用しました。『いさなとり 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ』。山や海さえもいつかは枯れたり干からびて死んでいくんだろう、という読み人知らずの万葉人の予言のような一首だと思います。そして今、まさに諫早湾は人の手によって死んでいったんです。実は当初は、諫早湾の閉め切りで干潟がなくなり、無残な荒れ野となった風景の傷みを主に描くつもりだったんですが、取材を進めていくうちに傷んでいるのは、風景だけでなく、人の心もかなりの傷を負っていることがわかりました。取材を通して元漁民たちと話をしてみると、自嘲気味に笑いながら『長いのもには巻かれろたい』という言葉がよく聞かれました。一体誰がこの人たちをこんなに卑屈にしたのか、誇り高かき漁民たちの自尊心を奪う権利が誰にあるのか、長いものとは一体誰なのか、こうした点を確かめたいと考え取材を続けました」
と取材を通しての思い入れを話している。

 11月21日(水)深夜26:55〜27:50放送の第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『海は潮干て 諫早湾干拓と民主主義』(制作 テレビ長崎)にご期待下さい!!


<番組タイトル> 第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『海は潮干て 諫早湾干拓と民主主義』
<放送日時> 11月14日(水)深夜26:55〜27:50
<スタッフ> プロデューサー・ディレクター : 山本正興(テレビ長崎)
<制 作> テレビ長崎

2001年11月9日発行「パブペパNo.01-369」 フジテレビ広報部