FNSドキュメンタリー大賞
戦時中に小学校教師が戦地の教え子と交わした7000通の軍事郵便
そこに記された故郷・家族への深い愛情と、中国国民への労わりの思い…


第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『土に生きる 〜故郷 ・家族、そして愛〜』 (制作 岩手めんこいテレビ)

<9月26日(水)深夜27:30〜28:25>
 岩手県和賀郡藤根村(わがぐんふじねむら=現・岩手県北上市)で40数年間小学校教師を務めた高橋峯次郎が、7000通を超える軍事郵便を遺して亡くなったのは1967年(昭和42年)のことである。その軍事郵便の殆どが、農民兵士である教え子たちから送られたものである。

 1931年(昭和6年)に勃発した満州事変は、国家体制や思想態度に大きな転換をもたらし、それが国民生活に変化を与えていった。1932年(昭和7年)には満州国建国を宣言し、翌年に国際連合を脱退、世界の中で日本は孤立していく。そこで日本は日独防共協定を結び、中国大陸の戦火の早期解決を目指して軍事行動を起こしたのが、1937年(昭和12年)の日中戦争の始まりである。
 7000通の軍事郵便は、特にこの日中戦争と藤根村出身の兵士との関わり合いを際立った姿で見せている。この戦線に加わった藤根村の「農民兵士」たちは、一家の中堅を担う30歳前後の男性であり、自宅の農作業のことが気になりながらの出征となった。そして、彼らの殆どが峯次郎の教え子たちだった。峯次郎は戦地の教え子たちに、留守宅の状況、稲の育ち具合、家族の消息などを記した機関紙を月に1〜2回発行し、送っていた。すると、それを読んだ教え子たちから、峯次郎宛に軍事郵便となって戻ってきた。手紙の中を見てみると、そこには農民兵士たちのまぎれもない真実の思いが記されていた。(管理:北上市立藤根公民館)
 こうした「現存」する軍事郵便の事実を縦糸として構成されたのが、9月26日(水)放送の第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『土に生きる 〜故郷 ・家族、そして愛〜』(制作 岩手めんこいテレビ)である。

 北上市に住む高橋良八さん(74歳)・フサさん(72歳)夫妻。フサさんは故・高橋峯次郎の孫にあたる。夫妻の息子の剛さん(41歳)は会社勤めをしながら週末、親の田んぼを手伝う「兼業農家」である。今や日本の農家は、岩手に限らず全国的に「兼業農家」が大勢を占める傾向が色濃くなっている。米の値段は下がり減反政策は進む…、農村にとって今は正に逆風が吹き荒れている状態なのだ。そしてそんな時代だからこそ、峯次郎に宛てて書かれた7000通もの軍事郵便への思いが気にかかる。半世紀前、戦地から送られてくる手紙にしたためられた思い、そこには間違いなく「故郷・家族への深い愛情と、目の当たりにしている中国国民への労わり」が記されている。

・自分の家では働き手がいないために、村の青年団、少年団までが手伝いに来てくれると母からの便りは来る。俺は涙を流して兵舎の窓より故郷の方を拝している。(昭和13年6月)
・私は荒野にぼーぜんと佇む支那人の様を見る時、わが母程の老人、わが子程の少年少女が、一家の中心たる壮年男女を失ひ、家はこわれ田畑は荒れた中に暮らしている様を見ると、戦は国のためであるが人民ひとりひとりにこんなにひびいてくる……(昭和13年1月)


 ディレクターは、この内容に対面し、流れ落ちる涙を止めることはできなかったと言う。初めて踏んだ異国の地で故郷の暮らしを思いやる心、中国の人々の農作業風景に自分の家族を投影させていたのだろうか?現代の核家族化、少子化、少年暴力事件などとは明らかに対極にある心の豊かさや愛情の深さと、現代社会から失われようとしている心を、半世紀も前の手紙から学んだような気がしたという。
 ここ10年間で、北上市の減反率は30%に達している。恐らく、これからも稲作田は減っていくのだろう。田んぼから若者の姿が消えていくのは、若者が農業を嫌うためではないということが、今回の取材で解ったと、ディレクターは言う。農業機械の普及と、米の生産調整で、「田んぼ」を本業として若者に託しても、それだけで生活を営んでいくことは、よほど大規模な農家でない限り不可能なのだ。さらには、日本の農村は近い将来崩壊してしまう構図が浮かんでくる。

 こうした取材活動の中で、軍事郵便を遺した高橋峯次郎の孫にあたる高橋フサさんの口から、「上海市に行きたい」旨の意思表示を受けた。実は、フサさんの父・忠光(ちゅうこう)も日中戦争当時、看護兵として上海に従軍した。フサさんは1通の手紙を見せてくれた。

・馬が遅く生まれたので田打ちが難儀したと思います。田掻きも困るでしょう。
土に生きることが、人間生活の中で一番強いことだと戦地に来てしみじみ感じます。


 父・忠光の手紙を何度も読み返し、フサさんは「父に教わった農業や家族の大切さを、自身が生きているうちに、子どもや孫に伝えたい」と思ったのだという。

 北上市の兼業農家、高橋家の良八・フサ夫妻が息子の剛さん、孫のまり菜さん(12歳)とともに、祖先が渡った中国・上海市を訪ね、父が見たかもしれない遠い昔の景色を、現存する軍事郵便を頼りに探す旅に出る。そして、それは故郷や家族を見つめ直す旅でもあり、農業を考え直す旅にもなる。
 減反政策の進む日本に農業の光は見えるのか?故郷に別れを告げ否応なく戦地に向かわざるを得なかった当時の農民兵士の気持ちたるやいかなるものだったのか?
 北上の一家族の上海渡航は、単に彼らだけの問題ではなく、日本の農業と家族愛を再確認する旅として捉えることはできないのだろうか、という思いが今回の番組にはある。戦後半世紀、「何が変わり、何が変わっていないのか?」。我々は中国に渡り、高橋家の旅を追い続けると共に、現在の中国の農業事情にも触れ、そこで新たな発見をすることとなる。
 国内取材半年、上海ロケ1週間を要し、国立歴史民俗博物館などの協力を得ながら、史実をもとに過去と現在の「農」への考え方、「故郷・家族」への思いを綴った、ドキュメンタリーである。

※「故郷」は「ふるさと」と読みます


<番組タイトル> 第10回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『土に生きる 〜故郷 ・家族、そして愛〜』
<放送日時> 9月26日(水)深夜27:30〜28:25
<スタッフ> 構    成 : 相澤正巳(ペンハウス)
カ メ ラ : 浅沼淳一(めんこいエンタープライズ)
音    声 : 石澤義昭(めんこいエンタープライズ)
編    集 : 佐々木 浩、野作 剛(共に、めんこいエンタープライズ)
M    A : 山内智臣(めんこいエンタープライズ)
ナレーター : 茂木千代子(もてぎちよこ・フリーランス)
          …66歳。フリーアナウンサー。終戦時小学生。
           今回の主人公の目線からの語りという意味で起用。東京出身で疎開経験も持つ。
ナレーター : 高橋裕二(岩手めんこいテレビ) …2001年入社の局アナ。手紙文の語りを担当。
ディレクター : 野崎一裕(岩手めんこいテレビ)
プロデューサー : 矢野信雄(岩手めんこいテレビ)
<制 作> 岩手めんこいテレビ

2001年8月27日発行「パブペパNo.01-291」 フジテレビ広報部