FNSドキュメンタリー大賞
ホタルイカはなぜ光るのか?
多くの研究者を引きつける大自然の小さな神秘・ホタルイカの謎に迫る!

第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『深海のサファイア 〜ホタルイカ光の謎〜』 (制作 富山テレビ)

<11月8日(水)深夜26時25分放送>

 立山の雪解け水が富山湾に注ぎ込む時分になると、湾には、ほのかな春の気配が漂い始める。冷たい雪解け水と緩やかな空気の温度差が生み出す「蜃気楼」。富山湾の春の風物詩だ。
 そして、もうひとつ、春の訪れを告げるのがホタルイカ漁。ホタルイカは、毎年必ず同じ時期に富山湾に姿を見せる。富山の海に暮らす身近なはずの小さな生き物。しかしながら、我々は彼等のことをどれほど知っているというのだろう。深海の発光生命体「ホタルイカ」…その生態を全てカメラに収めたいという単純な動機は、取材を進めるうちに「ホタルイカ」が持つ摩訶不思議な光の世界と、その光に魅せられた多くの研究者たちとの出会いにまで発展した。サファイアのような青き神秘の光は、太古の昔から私たちの探求心に明かりを灯してきたのである。

 富山湾のホタルイカ漁は、全国で唯一定置網で行われている。16世紀にすでに定置網による漁が始まり、春の味覚として、また田や畑の肥料として活用されていた。現在も、春先にはこの漁をイベントとしてホタルイカ観光が行われている。人々は、夜が明けぬ前から観光船に乗り込み、青き光に感嘆の声を上げるのである。
 また、春の夜。富山湾の浜辺には、産卵で力つきたホタルイカが打ち上げられる。地元の人はこの現象を『ホタルイカの身投げ』と呼ぶ。子を海に託し、力尽きた母もまた、やがてその亡骸を海に返す。
 もちろん何の違和感もなくスーパーマーケットに自然に並び、旬の味覚として富山の食卓に供されている。
 こんな形でホタルイカは、富山の人々の生活の一部として定着している。しかし、その生態となると依然として謎に包まれている。
 11月8日(水)放送の第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『深海のサファイア 〜ホタルイカ光の謎〜』(制作 富山テレビ)では、その謎の一つ、古来から人を魅了してきた“光”にターゲットを絞り、知られざる深海生物の生態に迫った。

 『watasenia scintillans』ホタルイカの学名は東京帝国大学・渡瀬庄三郎博士の功績を称えたものである。世界的な生物学者であった渡瀬博士が、ホタルイカの名付け親。
 1905年、光を発する小さなイカに魅せられ発表した論文のタイトルを『烏賊の発光器』とした。以降、コイカ・マツイカと呼ばれていたイカは、ホタルイカというロマン溢れる名前を名乗ることになった。

 富山県の魚津水族館。ここでは長年、ホタルイカ研究に取り組んでいる。この館での一番人気はやはりホタルイカ発光実験。はかない光を見えやすくするため、発光実験は赤い照明の薄暗い部屋で行われる。
 10本の足のうち、発光器を持つのは第四腕と呼ばれる一対、つまり2本の足だけである。そこに強い光を放つ発光器が3つ並んでいて、いざ外敵を察知すると光源が現れ光を放つのである。敵の目をくらませ、その間に逃げようという戦法だ。ホタルイカ漁の時の光は、網を敵と思ったため。我々が神秘的と感じていた光は、ホタルイカが敵にやられまいとする、必死の抵抗だったのだ。
 魚津水族館、稲村学芸員の協力で、さらなるホタルイカの光に迫った。我々が通常目にする足の発光器。ホタルイカはそれ以外にも発光器を持っているという。体の表面を顕微鏡で観察してみると、小さな色素に混じって、青や緑に光るものがある。お腹を中心に青・水色・緑の宝石のような輝きを持った発光器が合わせて1000個。海水の色の変化に応じて、光をコントロールしていることが判った。発する光を使って外敵から身を隠しているらしい。

 鬼頭勇二博士。ホタルイカ研究の第一人者である。博士は、富山湾に面する富山市四方の漁港近くの古い空き家でやもめ暮らし。大阪に家はあるが、ホタルイカのシーズンはここに住み着き、謎の多いホタルイカの研究に没頭している。元大阪大学理学部教授で、ホタルイカとのつきあいはかれこれ20年になる。目と脳の関係を研究するうち、イカの高度な目に興味を持つようになった、という。
 博士に言わせれば、牛などの哺乳類よりもイカの目は高度なのだとか。ホタルイカはレンズを通って入ってくる光を受け取る部分が、他のイカの3倍も大きい。さらに、普通のイカは、(受光器)が一層なのに対し、ホタルイカは三層構造になっている。鬼頭博士は、この層の中に、青や緑を識別するのに必要な視物質という細胞を発見した。ホタルイカは海の色が識別できる類い希なイカであるといえる。目で見た海の色に合わせ発光体の光を調整している可能性が出てきたのである。
 博士は、専門的な器具をあれこれ持ち込んでは謎の多い小さな小さな研究対象相手に試行錯誤の日々を過ごし、研究の成果は、様々な論文として発表している。このホタルイカの存在は、科学者にとっても神秘的なのだという。そのため研究を始める学者も多いが、謎が多すぎてやめていく人も多いという。

 先日、静岡大学農学部で画期的な実験が成功した。ホタルイカと同じ発光遺伝子群を使い、病原性大腸菌O-157だけを光らせ発見するというものである。日本列島を恐怖の渦に巻き込んだO-157。被害の拡大をくい止めるためには、菌の検出時間を短くするのが最も効果的であるが、なかなか画期的な検出法がなかった。感染病は、いかにその発生源を特定できるかが鍵。露無教授は、この装置を使い菌の瞬時の発見を可能にした。この方法だと、瞬時に発見できるだけでなく、わずかな菌にも反応するので、検出精度が高くなる。応用させて、他の病気を発見するというような広がりも考えられている。ホタルイカの光は海だけでなく、医学の未来にも明かりを灯している。  しかし、当のホタルイカについては、まだまだ謎が多い。たとえば、足、体以外の第三の発光器を持っているが、その発光器については、ほとんど何も解明されていない。
 知れば知るほど、侮れないホタルイカ。それは、小さい体だからこそ獲得した生き抜く知恵なのだろうか。
 取材に当たった富山テレビの小島崇義ディレクターは、
「外見はとても小さいホタルイカが、発するその光の美しさは、サファイアにたとえてもまだ余りあります。そうした美しさを持ちながら、その一つ一つの発光体、光、目、足、…に自らを守るさまざまな知恵が収斂されていて、かつ多くの学者がかかっても解明しきれない多くの謎、神秘を持ち得ています。学者ならずとも我々ディレクター、カメラマンそれぞれがその魅力に取り付かれ、撮りたい、知りたいという欲求を掻き立てられる存在、それがホタルイカでした。我々富山で暮らすものにとって、それはあまりにも日常的で、すぐそこにいる存在だったのです」と語る。
 知れば知るほど引きつけられる大自然の小さな神秘だ。


<番組タイトル> 第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『深海のサファイア 〜ホタルイカ光の謎〜』
<放送日時> 11月8日(水)深夜26時25分放送
<スタッフ> ナレーター : 立川志の輔
構   成 : 李 フミコ
プロデューサー : 石黒 稔
ディレクター : 小島崇義
<制 作> 富山テレビ

2000年10月19日発行「パブペパNo.00-346」 フジテレビ広報部