FNSドキュメンタリー大賞
出会った見知らぬ人に手料理を振る舞い、ともに楽しむ「おもてなし」
歳をとることでしか得られない人生の素晴らしさを謳歌する山村のお年寄りたち

第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『よっていがっしゃれ 〜じいばあの桃源郷〜』 (制作 新潟総合テレビ)

<10月11日(水)深夜26時25分放送>

 新潟県の中南部、日本有数の豪雪地として知られる北魚沼郡広神(ひろかみ)村。この村のどこからでも見え、また地元の人ならば一度は登ったことのある親しみ深い山、権現堂山(標高998メートル)の登山口に戸隠(とがくし)神社がある。
 蚕の神様として長く村人の信心を集めてきた戸隠神社の社務所では、土・日曜と祭日に地元のお年寄りのボランティアによる登山者、参拝者に対するサービス、「おもてなし」が5年にわたって続けられている。「おもてなし」といっても大げさなものではない。山で採れた山菜や畑で作った野菜を材料に心尽くしの料理を無料で振る舞い、ひととき昔話や世間話に花が咲かせるのだ。
 10月11日(水)放送の第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『よっていがっしゃれ 〜じいばあの桃源郷〜』(制作 新潟総合テレビ)は、見知らぬ人との出会い、逢瀬を大事にしながら人生を楽しむ山村のお年寄りの姿を通して「人間の老い」について考える。
 新潟総合テレビの山田俊明ディレクターは、
「『おもてなし』は 都会や他の地方から訪れた人と出会う場となっていて、お年寄りは自分の番が回ってくるのを楽しみにしています。ここには笑顔が絶えることがありません。なぜ全て持ち出しで『おもてなし』をするのかと訊いてみたら、お客さんが喜ぶ顔を見るのがうれしい、とみんな声をそろえます。そのために、自分の番が近づくと山に入って山菜を採り、都会の人には珍しい料理をそろえて訪れる人を待つわけです。あまりお金はかかっていないんだ、と笑っていますが、都会で暮らす人とはまったく違う価値観があるように思えました」と語る。

 「おもてなし」に当たるお年寄りは全部で35人。3人ずつのグループに分かれ交代で担当する。最年長の北川イツさん(82)、北川さんの親友・小幡ミヤさん(77)、小幡源一郎(73)・ヒデ(75)さん夫婦、山本久一郎(69)・キクノ(65)さん夫婦らがメンバーに名を連ねている。
 料理上手の北川イツさんは一人暮らし。13歳で名古屋に出て豊橋などで暮らした後、夫と死別し、1976年故郷の村に帰ってきた。それ以来一人暮らしだ。昼間は友達と楽しくしていても夜はちょっと寂しい時間になる。しかし「死ぬのは怖くない、好きなことをしてきたから…」と語る。今は山の「おもてなし」を一番の楽しみにしている。そして、折に触れ「ふるさとに帰ってきて良かった」とも語る。
 対照的に小幡ミヤさんは、北川さんとは違ってずっと村の中で暮らしてきた。若い時から働き詰めで、今でも元気な働き者。初夏になると北川さんと山へ山菜を採りに行ったりしているが、あまり出しゃばるなと長男に言われてそれなりに遠慮している。10人の大家族で、7月の終りに5人目のひ孫が生まれた。
 もてなしグループの副会長・山本久一郎さんは、若い時は権現堂山での炭焼や狩りで生計を立てていた。その後出稼ぎや建設工事などを5年程前までやっていた。毎日の夕食ではいつも家族が全員揃って食卓に着くという、核家族化の進んだ今では少なくなった家庭だ。久一郎さんも、もてなしの仕掛け人の一人だ。

 「おもてなし」は例年ゴールデンウイークから始まり、4月はその準備期間になる。ところが今年は春の足音さえ聞こえてくるはずの3月になって豪雪があり、舞台となる戸隠神社の社務所の屋根が壊れてしまった。今年の「おもてなし」は屋根の修理から活動が始まった。
 結束の堅いメンバーに今年はちょっとした“異変”があった。最年長北川イツさんの誕生会で、親友の小幡ミヤさんがグループを止めると言いだしたのだ。「ひ孫がもう一人生まれるし、『おもてなし』に時間を取られて家族に迷惑をかけたくない」というのがその理由だと言う。会長の小幡源次郎さんは「あんたが出られないときは、誰かほかの人に頼むから…」と繰り返し、やっとの思いで説得することができた。そして例年より遅い初日の5月3日に「おもてなし」が始まり、新潟県十日町市の登山客や埼玉県川越市の家族などとの新しい出会いがあった。さらに去年の「おもてなし」が縁で近くの大和町(やまとまち)に中国から嫁いできた女性が、本場のギョウザを教えに来てくれた。日本に来て孤独な時もあったお嫁さんは「おもてなし」のおかげですっかり明るくなったという。去年の出会いが今年の発展につながったわけだ。

 ある日、小幡源一郎さんと山本久一郎さんの二人は、昔炭焼きが通った沢伝いの危険な道をたどってゼンマイ採りに出かけた。江口長松地区の人は危険な山仕事を避けていては家族を養うことが出来なかった。そのため雪の権現堂山で命を落とした村人もこれまでに少なからずいたという。ここには「弥三郎ばさ」という「鬼ばさ」の伝説がある。夫と息子を雪の中に山仕事で死なせてしまい、さらには息子の嫁も悲しみのあまり死んでしまい、残った孫も可愛さとひもじさのあまり食ってしまった。その後は権現堂山の洞穴に住んで、吹雪の晩に子供をさらったとか。しかし最後は改心して天女になったと伝えられている。この伝説は冬は厳しくとも春から秋にかけて山菜や炭、それにたきぎなどという恵みを地元の人にもたらす権現堂山の象徴のようにも見え、山に依存して生きてきた人々の願いが読み取れる。源一郎さんと久一郎さんは、山から山菜をたくさん持って帰ってきた。無事に帰ったことを夫婦ともども喜ぶひとときがあった。
 事件も起こる。小幡ミヤさんが自転車で転んで大怪我、6月4日の「おもてなし」に行けなくなってしまった。北川イツさんはその分もと張り切り、前の日から気持ちが高ぶる中「おもてなし」に精を出す。さらに、小幡ミヤさんの姉カノヰさんに胃ガンが発見され手術することになった。お年寄りにとって健康は大きな問題。しかし村の人たちは健康診断では総じて年齢の割には健康だという。それは畑などで働いているからのようだ。
 山田ディレクターによると、「こんな山村でも核家族化は確実に進んでいる」という。
「でも都会のように孤立化に向かわずに、共同でおもてなしボランティアを組織するような人間関係です。豪雪地広神村の中でも江口長松地区は一際雪が多い上、山の麓の奥まったところにあり、田畑の少ない地域です。必然的に権現堂山に生活を依存するしかなく、それには入会権など共同で生きる必要があります。それが最近まで続いていました。また田畑が少ないことで、大庄屋を中心とする地域の階層分化も起きませんでした。さらに、江口長松地区の中で代々婚姻を繰り返してきて、ほとんどの住民が親戚のようなもので、人間関係が上下でなく横への広がりで作られてきました。この地区の昔からの固い結束が『おもてなし』につながっているような気がします」
(山田D)

 江口長松地区の「おもてなし」は「出会い」、それも「待つことによる出会い」だ。それは支えあう家族が、信頼できる友達が生きている故郷だからできる。人は時には鬼にもなって生きてきた果て、歳を経て誰でも天女のように優しくなれる。恐ろしい弥三郎ばさはそんな人生の比喩のようにも見える。そんな天女のようなじいばあがいて江口長松地区の「おもてなし」はまだまだ続く。
 いま、勝ち負けだけが大事で自分さえ良ければと言う価値観の中で、歳をとることが何か悪いことのように思われ、お年寄りが生きにくい世の中になっている。番組では人々の出会いの楽しさ、人に与えることで得られる喜び、そして歳をとることでしか得られない人生の素晴らしさを、お年寄りの故郷・広神村の詩情豊かな自然とともに描く。


<番組タイトル> 第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『よっていがっしゃれ 〜じいばあの桃源郷〜』
<放送日時> 10月11日(水)深夜26:25〜27:20
<スタッフ> 語    り : キートン山田
題 字 ・ 絵 : 中丸貴継
撮 影 ・ 編 集 : 竹内清貴
撮 影 補 助 : 山田龍太郎
選    曲 : 細田謙二
構    成 : 山田俊明、植木幹雄
ディレクター : 山田俊明
プロデューサー : 玉木正晴
<制 作> 新潟総合テレビ

2000年9月29日発行「パブペパNo.00-320」 フジテレビ広報部