FNSドキュメンタリー大賞
命を救う現場で今、何が起こっているのか?
広がりつつある医師ではない人達の救命行為への関りを歯科医、患者、厚生労働省などのあらゆる視点から検証!

第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『誰が命を救うのか 〜揺れる医師法17条〜』 (制作 北海道文化放送)

<7月1日(火)深夜26:28〜27:23放送>
 2002年5月、札幌地方裁判所である裁判が始まった。被告は市立札幌病院の救命救急センター部長・松原泉医師。研修にきていた歯科医に医師にしか認めてられていない医療行為をさせていたとして、医師法違反の罪に問われたのだ。
 初公判で松原医師は「歯科医にとって必要な救命措置の研修をさせていただけ」として無罪を主張。むしろそのような研修が出来ない現行の医師法や厚生労働省の対応は時代遅れだと批判した。
 医師法17条は「医師以外は医療行為をしてはならない」と記しているが、医療の現場をみてみると確かに松原医師の言うように、看護士や消防の救急救命士などに対しては「医師の行為」を認める傾向にある。道内の歯科医たちも松原医師への支持を表明した。
 医師法の条文に、医療の現場が挑む前代未聞の戦いが始まった…。

 初公判の直前、北海道文化放送報道部社会班は、この裁判を題材に「医師以外の医療行為」をテーマにした番組を制作できないか検討し始めた。司法担当の古高一樹記者は、初めて、松原医師にロングインタビューした時の印象についてこう語る。
 「とにかくこの裁判に勝つという気概に溢れていて、非常に強い人という印象を受けました。キャラクターは魅力的だし、裁判自体も面白いものになると予想できたので、番組化は前向きに受け止めました。ただ映像的に動きの少ない裁判、しかも医療という難しい問題を扱うので、視聴者にわかりやすい形でまとめられるのかという不安はありました」

 なぜ歯科医が病院の救命センターで研修しなければいけないのか?その背景には口腔外科手術の高度化と患者の高齢化の問題があった。高齢な患者が口腔内のがんなどの手術を受ける機会が増えており、歯科医も容体の急変などに備えて救命処置の知識と技術の習得が不可欠になっているという。
 松原医師たちは、裁判でまず歯科医にとって救命研修がいかに大事であるかを強く主張した。
 また歯科医が研修の一貫として行った医師以外には認めていられないとされる行為、「気管挿管」や「静脈の確保」などの処置については、一般的に歯科医が口腔外科手術の際に行っているもので、安全性に問題はなかったと訴えた。
 裁判の大きな争点は、研修中の歯科医を1人でドクターカーに乗せて上記のような処置をさせたり、患者への治療の説明や死体検案書にサインを書かせることが、一般的に見て「研修」の域を超えていたのではないかという点に絞られていった。
 一方、厚生労働省は全国の病院で広く歯科医の救命研修を行われている実態を放置し、何の指導もしてこなかった。そのため研修のやり方は現場の判断に任せられてきたのだ。裁判で松原医師側は、厚生労働省の無為無策ぶりも非難した。

 こうした法律や行政のあり方を巡る争点の他に、今回の事件ではより大きな問題点も浮きぼりとなった。それは患者への説明責任である。実際に治療を受けていた患者の家族は、担当医が研修中の歯科医だとは全く知らされていなかった。死ぬか生きるかの現場にまさか歯科医が派遣され、治療を行っているとは考えもしなかったのである。
 小児麻痺の息子を、痰が気道に詰まるというアクシデントで失った三浦孝子さんもそのような疑問を持った1人だった。息子は市立札幌病院で歯科医により救命措置を受けたが、警察からの連絡でその事実を知ったのは、2年後だった。三浦さんは松原医師の裁判に足を運び、事件の概要を知ろうと努めた。しかしなぜ救命センターという生死の境目の場所で、研修を行わなければならないのかという疑問と、息子が研修の材料にされたという思いは消えず心にわだかまりは残ったままだった。

 同じ頃、秋田では消防の救急救命士が搬送患者に恒常的に「気管挿管」の措置を行っていたことが発覚した。しかし、「研修」のためだった市立札幌病院のケースとは異なり、純粋に「命を救うため」だった秋田の救急救命士の行為に対し、世論は同情的だった。世論に後押しされる形で、厚生労働省も救急救命士の業務の拡大を検討し始めた。
 一方、歯科医の研修問題について世論の盛り上がりを今ひとつ欠いたまま、松原医師の裁判は、2003年3月に判決を迎えた。罰金6万円。検察の求刑通りの判決だった。
 裁判の過程の中で、研修当事者の歯科医たちを中心とする松原医師の支援グループの中にも「遺族の心情」に理解を示す人たちがいた。
 判決のおよそ1ヵ月後、歯科医たちは、遺族の1人、三浦孝子さんの自宅を初めて訪れ、お互いの気持ちを正面からぶつけあった…。

 重たいテーマの取材で、これまで互いの意見を一度も交わすことがなかった歯科医と遺族が歩み寄る姿勢を示したのが大きな救いだった。
 この場面を取材した山口洋輔記者は、「取材を続けるうちに、被害者がいないといわれたこの事件で、やはり患者の遺族は被害者ではないかという気がしてきました。またなぜこのような事態がおきたのかと考えた時、これまで行政、医者、患者側が医療現場での研修という問題について議論してこなかったことのツケが噴出したようにも思えました。そう考えるとこの問題を広く社会に知らしめることが出来たという意味でこの裁判は意味があったし、最後の最後に、歯科医と患者の遺族が、立場を越えて相互理解を目指そうとする場に立ち会えたことは、取材を続けてきたものとして本当にうれしかった」と語った。


<番組タイトル> 第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『誰が命を救うのか 〜揺れる医師法17条〜』
<放送日時> 7月1日(火)深夜26:28〜27:23
<スタッフ> プロデューサー : 吉岡史幸(北海道文化放送報道部)
取 材 記 者 : 斉田季実治
          山口洋輔
          古高一樹
          後藤一也(以上、北海道文化放送報道部)
構    成 : 吉岡史幸(UHB報道部)
ナレーション : 山本良治(TVマーケット)
撮    影 : 八重崎邦宏、鮎川力(オーテック)
編    集 : 堀 威(ノーステレビスタッフ)
<制作・著作> 北海道文化放送

2003年6月19日発行「パブペパNo.03-166」 フジテレビ広報部