2016.10.27

第25回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『黒声(クルグイ)の記憶』
(制作:鹿児島テレビ)

シマ唄で放浪 謎に満ちた男の生涯

<11月16日(水)26時50分~27時45分>


 この番組はある男の生涯を追ったドキュメンタリー。男は奄美大島生まれ。幼くして失明し、祖父の手ほどきでシマ唄と三味線を覚えた。17歳で家を飛び出すと沖縄各地でシマ唄や流行歌などを路上で演奏し放浪した。その独特の唄声と風貌が注目を集め、56歳でレコードデビュー。LP1枚を残している。謎に満ちた男の生涯を追うと奄美と沖縄の戦後史、奄美の人にとってシマ唄とは何かが浮かび上がってくる。

 きっかけは1枚のCDとの出会いだった。ジャケットのモノクロ写真。サングラス姿の男は路端に座り、見たことのない楽器を肩に担ぎ、こちらをにらみつけている。男は、鹿児島本土と沖縄の間にある奄美大島の生まれだという。奄美大島といえば元(はじめ)ちとせ、中孝介(あたり・こうすけ)といったアーティストで知られるシマ唄で有名だ。男もシマ唄の唄者(ウタシャ)だという。早速、CDを聞いてみた。すると、聞こえてきたのは…。
「ハレーイモシャルチュヌイシンジツィユルアー…」
 これでも、がんばって聞き取った方だ。何を歌っているのか、分からない。下手なのかうまいのかも、さっぱり分からない。唄の途中にせき込んだりもする。皆さんの想像する高く澄んだシマ唄とはまるで、別物だ。低くてだみ声で、唄うと言うより唸るが近い。でも、だ。なんと言ったら良いか、心が震えるのだ。全く理解不能な唄なのに。

 付属のライナーノーツを見てみる。男の名は里国隆(さと・くにたか)。大正7年生まれ。生後まもなく失明した。唄者だった祖父、里赤坊の手ほどきで三味線とシマ唄を覚えた。10代の頃から竪琴弾きの樟脳売りの旅芸人についていき、家出を繰り返す。戦後、21歳ごろからは、米軍統治下の沖縄を放浪。シマ唄や流行歌などを唄い流して歩き、金武、普天間、嘉手納といった基地の町では大いにうけたという。56歳の時に芸能ライター・竹中労に見いだされ、レコードデビュー。その後も放浪は続き、沖縄ジァンジァンのステージに立った数日後に死亡。享年66。
 車寅次郎、キャプテンハーロック…といった義理と人情にあつく、自由を愛する男が脳裏に浮かんだ。里国隆とは果たして実在の人物なのか。生前を知る関係者を訪ねた。すると、出るわ、出るわ、逸話の数々。ここでは、番組で紹介できなかった国隆の破天荒ぶりを示すエピソードを披露する。

 奄美市でシマ唄の普及に努めてきた老舗楽器店「セントラル楽器」。1980年(昭和55年)、このビルの落成式が行われていた。式には大勢の唄者がゲストとして招かれた。国隆の姿もそこにあった。ただし、招かれた訳ではない。「勝手に来た」(楽器店社長)という。
 奄美で唄者・ウタシャとは単に唄のうまい人のことではない。シマ唄の歌詞は「親、兄弟を敬え」、「一生懸命働きなさい」といった教育の意味合いを含むものが多く、ウタシャは唄のうまさに加えて、人格者であることが求められる。旅から旅に勝手気ままに生きる国隆は奄美では傍流のウタシャなのだ。
 招かれざる傍流のウタシャは宴席で1曲歌わせろと要求した。そしてシマ唄の節に即興で歌詞をつけて唄った。「セントラル楽器は自分たちだけピアノを売って大もうけして、こんな立派なビルを建てた。自分たちはいつまでも貧乏暮らし」。唄の途中で会場をたたき出された。

 もうひとつエピソードを。国隆に弟子入りした人がいる。民謡日本一にも輝いたことのある現代奄美民謡の第一人者、築地俊造さん。築地さんはある日、国隆の弾く三味線に聞きホレていた。すると「お前に特別にこの三味線を譲ってやろう。これは八重山黒檀という特別な材料でできている。20万でいい」。
 築地さんは、この話に飛びついた。いったん家に帰り、用意した現金を手に、国隆の家の玄関に立つと中から声が聞こえてきた。「これを20万で買うやつが見つかった。10万ずつ山分けだな」。築地さんはぐっとこらえ扉を開けた。「国隆うじ、あれはやっぱりいらない」、そうというと、国隆は「こんなに良い物を安くで譲ってやるというのに、もったいない」と憤慨したという。

 とんでもなく図々しくて、平気で嘘をつく奴。でも、楽器店の社長も築地さんも、笑顔で振り返ってくれた。「とんでもない人だったよ」。国隆が亡くなって30年。過ぎた時間が二人を懐かしい温かい気持ちに変えたのか。いや、それだけではない。国隆の不思議な魅力を番組で確認してほしい。

ディレクター・川村健大(鹿児島テレビ報道部)コメント

「30年以上前に亡くなった放浪の男のことなど誰が覚えているのだろうか?と、不安だらけの中で始めた取材でした。でもすぐに杞憂に終わりました。わがまま放題生きた盲目の男は、驚くほど多くの人々の記憶に残っていました。ある人にとっては、ただの物乞いだったし、ある人にとってはリズムの天才でした。また、別の人の記憶には、酔って路上で眠る男の強烈な体臭がこびりついていました。これだけの証言者がいれば、番組はすぐにできると思ったのですが…。男に関する記憶を追えば追うほど、実像は遠のいていく気がしました。
一方で、番組制作の締め切りが近づき、どこかで踏ん切りをつけなければいけない。そう思い編集に入ろうとした瞬間に新しい証言が飛び込んできました。“米軍にハワイに連れていかれたらしい”。何だそれ。悔しいが諦めるしかない。『黒声の記憶』は、自由奔放に生きた男に対する僕のあこがれと悔しさがたっぷり詰まった番組です」


番組概要

◆番組タイトル

第25回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『黒声(クルグイ)の記憶』
(制作:鹿児島テレビ)

◆放送日時

11月16日(水)26時50分~27時45分

◆スタッフ

プロデューサー
野元俊英
ディレクター
川村健大
撮影
西村智仁
構成
高橋修
編集
宮村浩高

2016年10月18日発行「パブペパNo.16-425」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。