2015.9.8
<8月30日(日)27時10分~28時5分>
国民からの厳罰化の要望を受けて2001年に施行された「危険運転致死傷罪」。厳罰化によって、飲酒運転による死亡事故が減少した一方で、飲酒運転者の事故後の逃走や、大量の水を飲みアルコール濃度を下げるといった隠蔽工作など「逃げ得」と批判されるケースが相次いだ。被害者遺族の要望を受け、去年、法改正が行われ、「危険運転致死傷罪」は従来の「正常な運転が困難な状態」で起こした事故に加え、「正常な運転に支障が生じる恐れがある状態」などと適用範囲が広がった。ところが、4人の死傷者を出した小樽の飲酒ひき逃げ事件では、当初、札幌地検が「危険運転致死傷罪」で起訴しなかったため、遺族はもちろん、広く社会から疑問の声が上がった。遺族が「危険運転致死傷罪」への訴因変更を訴え集めた7万を超える署名が市民感覚と法のずれを如実に物語っていた。飲酒運転による重大事故が起きるたびに遺族が闘わなければならないこの国の司法のあり方を問う。
2014年7月、小樽で海水浴帰りの4人の女性が死傷する飲酒ひき逃げ事件が起きた。この事件で札幌地検は当初、「危険運転致死傷罪」ではなく、刑罰の軽い「過失運転致死傷罪」で車を運転していた男を起訴した。飲酒の影響ではなく「スマートフォンを見たわき見運転」が事故の原因というのがその理由だった。この判断に異議を訴えたのが、大切な娘を失った被害者の遺族。その内の一人、原野和則さんを中心に「危険運転致死傷罪」の適用を求めて署名活動を始めた。
さらに検察の判断に衝撃を受けた人たちがいた。1999年、東名高速道路で酒酔い運転のトラックに追突され二人の娘を失った千葉県の井上さん夫妻。2001年37万筆もの署名を集め、その活動が危険運転致死傷罪につながった。
そしてもう一人、2003年、飲酒ひき逃げ事件で次男を失くした江別市の高石さん。飲酒ひき逃げ事件の厳罰化を求めて講演を行うなど活動を続けてきた。12時間ものあいだ飲酒を続け、4人をはねた男に対する罪状がなぜ「危険運転致死傷罪」では無かったのか?そもそも、「危険運転致死傷罪」は「被害者心情」を考慮して生まれたはずだったのでは…。番組では検察を動かすため立ち上がった原野さんたち遺族やそれを支えた千葉県の井上さん夫妻、江別市の高石さんの姿を通して、飲酒運転の罪と失われた命の重さを問う。
「小樽飲酒ひき逃げ事件が発生して数日後、一人娘を亡くした原野和則さんの自宅に向かいました。ドアの前に立ち、チャイムを鳴らすと憔悴しきった原野さんが対応してくれました。名刺を渡し、お悔やみの言葉を口にしようにも、うまく言葉も出なかったことを覚えています。“静かにしておいてくれませんか”と小さな声を漏らす原野さん。それから1カ月も経たず、多くの人が行きかう街頭で署名活動を始めることになります。マスコミの取材にも応じ、親戚や仕事先を回り署名を集める日々を3カ月続けました。なぜ、悲しみに暮れる遺族がここまでしなければならないのか…取材を重ねるたびその思いは強くなるばかりでした。戦い続ける被害者家族の姿から社会の矛盾や司法の在り方をぜひ考えていただきたいです」
第24回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『いのちの重さを問う
~検察を動かした7万人署名~』
(制作:北海道文化放送)
8月30日(日)27時10分~28時5分
2015年9月7日発行「パブペパNo.15-313」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。