2014.10.10

第23回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『いっぽ一歩』
(制作:石川テレビ)

霊峰白山の麓。過疎の集落に学校や社会で居場所を失った若者たちがやってきた。彼らがここで出会うのは、自然の中で支えあって暮らしてきた人々の温かさと伝統的な日々の営み。畑を耕し、食べ物を作ること。周りの人と協力すること。昔ながらの暮らしは若者たちに「生きる」ことの原点を伝える。様々な悩みを抱えて、白山ろくにやってきた若者たちが一歩踏み出すまでの成長の過程を通して、人が育つとはどういうことかを問いかける。

<9月24日(水)26時35分~27時30分>


 2012年度、石川県内の小学校、中学校、高校で不登校になった児童生徒の数は1562人。中でも中学校が深刻で、1クラスに1人不登校に悩む生徒がいる。学校に居場所を失った子どもはいったいどこでどんな日々を過ごしているのかを調べると、教育委員会が不登校の児童生徒向けに設置した適応指導教室や平日の昼間も開いている学習塾など、選択肢はいくつかあったものの、中身はすべて同じに見えた。大人たちが復学や就職など、「既定のルート」に子どもたちを戻すために作られた場所。

 そんな中、全く違う姿勢で不登校や引きこもりの若者たちに向き合っているフリースクールの存在を知った。石川県白山市鳥越地区(旧鳥越村)にある「ワンネススクール」だ。代表の森要作さんは元引きこもり、51歳になるが会社員の経験はない。お金や肩書には全く興味がなく、田舎が大好きで、雪遊びでは子どもより先に雪の中に飛び込んでいく…。このスクールで森さんは自分の生き方を通して、若者たちに復学や就職よりももっと根本の生きる力を若者たちに伝えようとしていた。世間一般の「オトナ」とはかけ離れた森さんを通して、教育の在り方を見つめなおしてみたい。そんな思いを胸に、スクールに通い始めた。

 ワンネススクールには、時間割がない。夏は野菜作りや大工仕事、秋は稲刈りや集落の祭り、冬は保存食づくりと、季節に沿った暮らしそのものが活動になるからだ。10代から20代の若者が、スクール活動を通して人との関わり方を学び、森さんや4人のスタッフがそれをサポートする。時には、スクールのスタッフだけではなく近所の大人たちも指南役に加わり、集落全体で若者たちを育てている。

 帰国子女の慧は18歳。同級生は将来の進路を決める時期に差し掛かっているが、慧は将来の目標が決まらない。アメリカで生まれ育ち、帰国して通った中学で価値観の違いからクラスで孤立して不登校になった。自信を失い悩む慧に、森さんは鳥越で暮らすことを勧めた。漬物や酢などの保存食づくり。先人たちの知恵は、食生活を豊かにするだけでなく、熟成させる時間の豊かさを教えてくれる。立ち止まっていた時間は無駄ではない…無気力だった慧の心に変化が生まれていた。

 若者たちを見守る森さんにも、かつて居場所を失って苦しんだ時期があった。20代の頃役者を目指して東京の劇団に入るも、殺伐とした人間関係についていけずに孤立。交通事故によるケガも重なって、演劇の夢を絶たれた。目的を失った森さんはふるさとに戻り、引きこもりになった。そんな森さんを外に連れ出したのが、集落のお年寄りや仲間だった。定職についていない森さんは世間一般で見ればはみ出し者だが、過疎の集落にとっては貴重な働き手。お金や肩書は関係なく自分を頼りにしてくれる集落の温かさで、森さんは笑顔を取り戻した。そしてこの経験が原点となり、15年前にこの土地でフリースクールを立ち上げた。

 自分で畑を耕し、食べ物を育てること。回りと協力すること。何気ない日々の営みで若者たちは小さな生きる喜びを積み重ねていく。机に座って勉強することはほとんどないかわりに、日々の作業で知識が必要になればその都度森さんや集落の大人たちが教えてくれる。必要性を感じて得た知識は忘れることはない。「学び」の原点がここにあると感じた。

 カメラが切り取ったのは、去年の夏から今年の春にかけてのスクールの日々。人と比べられることも何かを強制されることもない、穏やかな日々の中で若者たちが自信と笑顔を取り戻し、一歩一歩前に進んでいく姿から人が育つ上で必要な社会の在り方を考えていく。

ディレクター・三木早子(石川テレビドキュメンタリー制作部)コメント

「ワンネススクールには時間割はありません。何かを強制されることもありません。活動の開始時間に人が集まらないことも日常茶飯事です。取材を始めた当初は、こんなに決め事がなくて大丈夫なのだろうか、と戸惑うこともありました。でも、取材を進めるうちに、この隙間だらけの環境だからこそ意欲が生まれるのだと分かりました。私自身も、体を動かして汗をかいて疲れたら休んで、自分の体に正直に過ごすことの心地よさを知りました。森さんが理想とする学校は、幼少時代の小学校なのだそうです。田植えや稲刈りの時期は学校の授業よりも家の手伝いが優先され、天気が良ければみんなで川へ行き、生き物観察が授業になる…それに比べると今の学校は隙間がなさすぎると言います。淡々とした日常の中で、始めは無表情だった若者たちの目に徐々に光が宿っていく様子から、人が育つということについて、感じ取っていただきたいと思います」


<番組概要>

◆番組タイトル

第23回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『いっぽ一歩』
(制作:石川テレビ)

◆放送日時

9月24日(水)26時35分~27時30分

◆スタッフ

プロデューサー
米澤利彦
ディレクター
三木早子
撮影
中岡克也
構成
川上伸一
編集
植垣康子
ナレーター
平井トヨ子

2014年8月19日発行「パブペパNo.14-332」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。