2010.7.7

第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
沈まない「水没地区」 ~ダム計画に揺れる町~
(制作:テレビ愛媛

政権交代で凍結された全国のダム事業。
愛媛県の山鳥坂ダム事業は、住民たちが移転補償に合意し、
用地買収の調印を目前に控えた中での突然の事業凍結だった。
28年間、移転後の生活再建を待たされ続けた住民たち。
「これ以上ダムの犠牲になるわけにはいかない!」
ダムに翻弄された住民の思いを追った。

<2010年7月9日(金)26時50分~27時45分放送>


 政権交代で凍結された全国のダム事業。愛媛県の山鳥坂ダム事業は、住民が移転補償に合意し、用地買収の調印を目前に控えた中での突然の事業凍結だった。
第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『沈まない「水没地区」~ダム計画に揺れる町~』(制作:テレビ愛媛)は、28年間、ダムに翻弄された水没地区住民の思いを追った。

「動き出したら止まらない」。日本の公共事業はこう称されるほど、事業ありきで進められてきた面がある。それが去年の政権交代で、「コンクリートから人へ」の掛け声のもと、いとも簡単に大型公共事業がストップされた。全国48のダム事業凍結だ。群馬県の八ツ場ダム建設現場が、その象徴として連日ニュースで取り上げられ、国民の関心を集めた。愛媛県大洲市の肱川上流に計画されている山鳥坂ダムもそのひとつだ。

 山鳥坂ダムは、凍結された全国のダム事業の中で、特別な位置づけにある。他のダム事業が用地買収の調査段階、あるいはすでに用地買収契約を終え工事に着手しているのに対し、山鳥坂ダムは、去年9月水没する岩谷地区と民主党愛媛県連の懇談会(平成21年12月)に用地買収の補償金額について住民と合意し、正式な調印を目前に控えた状態だった。言い換えれば仮契約を済ませていた用地買収が、突然凍結されてしまった全国で唯一の事業なのだ。
 水没地区の住民にすれば28年もの長い間ダム計画に振り回され、やっと移転補償をあてにして新しい生活を描いていた矢先のつらい仕打ちだった。自治会長の冨永清光さんは「われわれがどんな悪いことをしたのか」と、国に対しても怒りを隠さない。住民たちにとっては、これ以上、自分たちだけが犠牲になることは耐えられないのだ。

 振り返れば山鳥坂ダム計画には、住民たちが苦しんだ長い歴史がある。当初国は、肱川の治水対策と、松山地区の水源確保という2つの目的でダムを計画した。住民の反対運動が激しく展開されたものの、昭和57年に国の予備調査が始まり、平成4年には地元旧肱川町が苦渋の判断でダム計画を受け入れた。水没地区の住民はこの時点で、ふるさとがダムに沈むことを覚悟したのだ。しかし水没地区住民の気持ちをよそに、下流域住民らの根強い反対運動、平成12年には大型公共事業に対する批判の高まりから、当時の与党3党が事業中止を勧告。さらにダムの規模縮小の影響でダム事業の柱だった松山地区への分水事業が中止になり、山鳥坂ダム計画は長くこう着状態が続き、一向に前進しなかった。その間、水没地区の住民は何度も事業中止の声を聞き、その度に「自分たちの生活はどうなるのか」と不安に苛まれながら、待たされ続けたのだ。カメラは長年その姿を追ってきた。

 水没地区には33世帯、約70人が生活している。ダム計画の反対運動を進めた人たちも年を重ね、平均年齢は75歳を超えたという。水没地に暮らす和気ナミエさん(84)は「もうダムはいらない」と長くつらい過去を振り返る。住民の怒りの1つは、ダム計画が出てからほとんど投資がされてこなかったということだ。「どうせダムに沈むから」といって、道路や水道の整備は置き去りにされた。逆に言えば「ダムができなければ地元の整備は進められない」と反対運動をけん制し、水没地区がダム計画の人質にとられてきたと言ってもいい。今も地区の県道は車1台がやっと通れる広さのままで、28年前からほとんど改修もされていない。住民は時間が止まったままの環境の中で、じっと我慢してきたという。それが移転補償の調印を控え、ようやく前進しようとしていたのだ。
「ダムが出来ることに何の疑いも持たなかった」。住民がそう語るように、みんな移転後の生活を頭に描き、別の場所に新たに家を購入したり、水没地区にあったお墓を移転したり、中には移転のためのローンの支払いが始まった人もいるが、後戻りはできない。しかしいまだに国は何の補償も示していない。仮にダムが出来ないとなった場合、移転補償が約束どおりされるかどうかも見えず、不安でいっぱいなのだ。

 住民たちは今、ダムの是非とは切り離して、生活再建を求めている。ダムができようと、中止になろうと、約束した補償金を払ってほしいという切実な訴えだ。ダム計画に振り回されてきた住民の犠牲をどう考えるのか、国の責任は重い。そして私たちも公共事業の影に住民の犠牲が隠れていることを忘れてはいけない。

片上裕治ディレクターコメント

『沈まない水没地区』というタイトルには、ふたつの意味を込めています。1つは計画から28年たった今もダムはできず、水没予定地はそのままの姿で残っているという現実。もうひとつは過疎と高齢化が進む地区が、ダム問題に翻弄されながらも必死に地域の未来を見つめているという住民の思いです。
計画が出てから28年間、住民の反対運動や大型公共事業への逆風、さらに分水事業の中止によるダム計画の見直しなどさまざまな問題にぶつかりました。それでも「動き出したら止まらない」といわれた大型公共事業は生き残り、住民もその神話を信じるしかなかったのです。そのたびに住民の生活は振り回され、新しい生活への第一歩を待たされ続けてきた犠牲がありました。ふるさとがダムに沈むことを苦渋の選択で受け入れた住民ですが、ダム建設は生活再建の条件でしかなくなっています。「ここに住んだ人じゃないとわからない」という悲痛な叫びが、今も心に残っています。


<番組概要>

◆番組タイトル

第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『沈まない「水没地区」 ~ダム計画に揺れる町~』
(制作:テレビ愛媛)

◆放送日時

2010年7月9日(金)26時50分~27時45分

◆スタッフ

プロデューサー
村口敏也
ディレクター・構成
片上裕治
取材
池田幸徳
ナレーション
橋本利恵
編集
立川 純
制作
テレビ愛媛

2010年7月5日発行「パブペパNo.10-127」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。