FNSドキュメンタリー大賞
出産手術中の過失を巡って争われる裁判。
娘の死の真実を知りたい父親と「無罪」を主張する医師との格闘。産科医師不足という社会問題を背景に、遺族の無念の心情をつづったドキュメンタリー。

第16回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品

『天国にいる娘への手紙』

(制作:福島テレビ)

<2007年10月27日(土)深夜3時45分〜4時40分>

<番組の狙い>

 現役の医師が逮捕され、これほど世間を騒がす事件があるのだろうか? 騒がしくなったのは、日本医師会が組織をあげて猛烈に逮捕に抗議したことが大きい。その一方で、医師の執刀を受け、娘を亡くした父親の思いは晴れることはない。なぜ亡くなったのか、真実が解き明かされることなく、意外な方向に事態は進んでいくからだ。医療事故、医師の逮捕、医師の裁量、医師不足、医師会のメンツ、そして真実を知りたいという親としての素朴な願い…。地方の病院でおきた医療事故が広げた波紋は、何を映しているのか、被害者の父親の立場から取材することにした。
 父親は、天国にいる娘に手紙をしたためる。なぜ死ななければならなかったのか。病院の密室で一体何がおきていたのか。今なお、真実がわからない無念さを一文字一文字に込める。福島県楢葉町の渡辺好男さん56歳。2004年12月、長女を亡くした。その日、長女は福島県立大野病院で2人目の子供を出産した。しかし、わが子を胸に抱くことなく、分娩室で亡くなった。帝王切開手術を受けた際、「癒着胎盤」という特異な症状から大量の出血をともない、29歳という若さで世を後にした。
 2006年2月。福島県警察は1年以上経って、担当した産婦人科医師を逮捕した。医師は39歳。容疑は「業務上過失致死」。特異症例への十分な準備を怠ったというものだった。しかし、全国の医師会は“逮捕は不当だ”と猛反発、医師は「無罪」を主張し、今も裁判は続いている。医師会は言う。「どの医療行為を選択するかは、医師の裁量権の範囲内。不幸な結果になったからと言って、執刀医が逮捕されるのでは、医療行為は成り立たない。現場の医師は萎縮してしまうし、医師を目指す若者が減っていく…」と。
 一方で、この逮捕は、産婦人科の医師不足という全国的な現実も曝け出した。事故があった県立病院でも産婦人科は逮捕された医師一人だった。「医師不足からくる激務」も事故の背景にあると医師会は主張する。
 「陣痛促進剤の被害を考える会」という全国組織がある。京都府の勝村久司さんもその会員の一人だ。自身も不必要な陣痛促進剤の投与で、生まれたばかりの長女を亡くした。「必要のない投与だった」と認めさせるまでに9年間裁判で闘った。
 『陣痛促進剤』。それは分娩の時期を調整できるため夜間や休日の出産を避けることができる、とされる。勝村さんは厚生労働省のデータをもとに説明する。「日本で赤ちゃんが出生する曜日は、“火曜日”が最も多い。そして時間帯は、“午後の2時ごろ”。このデータは、陣痛促進剤を使って、出産が医師にコントロールされている証だ」と。これがもたらしたもの、それは産科医師が少なくて済むことであり、その結果、リスクに対応できる体制整備が遅れているのだと勝村さんらは力を込める。
 渡辺さんのもとには、幼い子供がいる。長女が残した孫である。誕生日が母親の命日と同じ日だ。なぜ、娘は死ななければならなかったのか。何度裁判を傍聴しても、過失を巡って専門用語が飛び交う法廷は、遠い世界のことのように思えてならない。なぜ、娘の死と医師不足が同一の問題として議論されるのか、いつになれば、謝罪の言葉が聞かれるのか…。孫が寝入った後、今夜も天国にいる娘に手紙を送る。
 渡辺さんは、娘の名前や遺影も含めて、一切の取材を匿名で通してきた。しかし、この番組で初めて実名・映像で応えた。



<制作担当のコメント>

 現在、大きな社会問題になっている産科医師不足。福島県立大野病院の産婦人科医師逮捕事件は、そのきっかけのように、あるいは「枕詞」として度々メディアに取り上げられました。取材のきっかけは、まさにそういった状況に対する疑問でした。「この報道を遺族は、どんな気持ちでみているのかな…」と。
 撮影して良いのは、亡くなった女性の父親だけ。しかも、仮名・顔はモザイク。取材を始めたときの条件です。とても番組になるとは思えませんでした。さまざまな制約を取り払い、最終的には孫の撮影の許可を得るには、長い時間がかかりました。あきらめず、少しずつ、少しずつ信頼関係を築いていった過程は、私にとって大きな財産です。
 裁判は続いています。医師を医療行為で逮捕することには、さまざまな意見があると思います。ただ、それとは別問題として、遺族の心に視聴者が少しでも目を向けてくれたら、制作者として、これ以上の幸せはありません。
(ディレクター 渡辺敬也)



<制作スタッフ>

 プロデューサー 橋本 泉
 ディレクター 渡辺敬也
 構成 橋本 泉
 ナレーター 竹下景子
 撮影 早坂 浩
 編集 長瀬勝喜

2007年10月19日発行「パブペパNo.07-317」 フジテレビ広報部