FNSドキュメンタリー大賞
がんによる死亡者は年間30万人を超える。
末期がんと闘う岸祝生(いわお)さん(61歳)の姿を通し、
「がん難民」と呼ばれる患者の実態、闘病を支える家族との日々を描き、いのちの意味をつづる。

第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品

『その日が来る前に〜末期がんとともに生きる〜』

(制作:仙台放送)

<9月29日(金)深夜3時35分〜4時30分放送>

 9月29日(金)深夜3時35分〜4時30分放送第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『その日が来る前に〜末期がんとともに生きる〜』(制作:仙台放送)は、妻や家族とともに家で闘病生活を送る61歳のがん患者の姿を通して、「がん難民」と呼ばれる患者の実態、闘病を支える家族との日々を描き、いのちの意味をつづる。

<企画概要>

 がんによる死亡者は年間30万人を超える。日本人の3人に1人はがんで命を失っている。この番組では、自らがんであることを公開し、生きるためにさまざまな治療法を試み、日本の医療の閉鎖性、治療情報の不足を訴え、妻や家族とともに家で闘病生活をしている61歳の男の姿を通して「がん難民」と呼ばれる患者の実態、闘病を支える家族との日々を描き、いのちの意味をつづる。

<番組内容>

なんとしても生き抜くぞ すい臓がんと闘う男

 岸祝生(本名:巌)さん(61歳)は、2004年9月、黄疸がきっかけで入院、手術を受けて末期のすい臓がんであることが判明。その後、去年9月に大動脈リンパ節に再発、余命3ヵ月から半年と告げられる。会社を定年前の59歳で辞め、四国遍路をし、家を新築、老後への準備が整った矢先の発病だった。そして妻の静江さん(57歳)との二人三脚の闘病生活が始まる。
 2006年3月、宣告された余命半年を迎えている。体重も大きく減少、ほとんど寝たきりだが、2週間に1回、東北大学病院に通い抗がん剤の治療を受けながらやってきた。移動も車椅子、ベッドでの待合、時折襲う吐き気、確実にがんは増殖している。
 しかし、まだ死ねないと岸さんはいう。妻のため、4月下旬に結婚をひかえている娘のため。4月には新たな免疫治療の臨床治験に参加する。一縷の望みをかけて。

信頼できるデータがない がん難民の叫び

 闘病の中で、医療の閉鎖性、がん情報の不足を岸さんは痛感した。そして自らのホームページ、さらには本を自費出版して、その事実と患者の不利益を訴えてきた。日本にはがん患者全体を対象にしたデータがない。それは治療にあたる医師や医療機関が治療内容を公開したがらなかったり、患者が病院を転々として追跡調査が不十分であったりするからだ。がん患者がどのような治療を受け、どのように死んでいくか、その全体の傾向を示すデータはないのである。岸さんは国ががん患者すべてを登録し、その経過を記録、データ化することを望む。そうしたデータこそが患者にとって精神的に大きな支えになると岸さんはいう。岸さんの患うすい臓がんは難治性がんで特にデータが少ない。そんな中、厚生労働省は新年度から、全国的ながん患者の登録を行うことを決めた。患者たちの切望、そして高齢化の中で膨らみ続ける医療費の削減にもつながると見ている。

がんが生き方を変えた 家族とともに

 東北大理学部を出て、岸さんは大手時計メーカーで小型電池の研究を行ってきた。現在、その研究は携帯電話の電池に応用されている。性格はとにかく几帳面。笑うことも少ない。いかにも仕事人間だった。しかし、その細かい性格が災いしたと岸さん自身、本気で思っている。だから笑うために努力する。落語や漫談のCDを聞き、笑い学会に入り、笑うことをまじめに研究してしまう。奥さんもあきれ顔。風呂の中でも笑う努力。散歩中も岸さんの笑い声が住宅街に響く。笑えば免疫力が増す。免疫力が増強すればがんだって撃退できるかも。名前も本名の岸巌は読みが「がんがんだから縁起が悪い」と岸祝生に改名した。生き抜いて祝いたいという思いが込められている。がんは私の生き方をかえるきっかけになったと岸さんは思っている。家族のことを、妻のことを思うようになったと。

桜咲く、ひとり娘の結婚の時

 4月下旬、急遽決まった娘の結婚、なんとしても生き抜き、ひとり娘を自らの手で送り出してあげたい。妻の懸命の介護、岸さんの「生き抜くため」の努力、そして桜の満開の日…。家族のこころがまっすぐにつながる。娘は静かに語りはじめた。
 「がんは憎い、でも感謝しなければならないこともある…それは家族というものが…」

<プロデューサー・岩田弘史コメント>

 この番組は末期がんを患った人とその家族が「余命」という限られた時間をどのようにすごすかを、岸祝生さん、静江さんご夫婦とその子どもさんたちの日々をとおしてみつめたノンフィクション番組である。取材のバイアスを最小限にするため、取材撮影はディレクター自身が一人で進めるという方法をとった。家族、夫婦の間にはテレビのホームドラマのような調子のいい会話は皆無である。取材は、ほほえみやあくび、ため息や寝息、窓から差し込む日差し、奥さんがたてる台所の音や時計の音、そうした言葉が介在しない本当に静謐な時空と対峙することになる。夫婦や家族とは実はそうした理屈や言葉ではない「間合い」の中で存在していることに気づく。損も得もなく自他を越えてそれぞれの「しあわせ」を願う間柄なのだ。その時空に入り込み4ヵ月あまりじっと見つめた。それは取材者自身が自らの生き方をも見つめることに重なる。いつ途絶えるかも知れない命を前にカメラという凶器を振りかざすには取材者自身が傷つく覚悟が必須だ。わたしはなにを伝えるのか? なぜ伝えるのか? わたしとは何者なのか? そうした自問自答の繰り返しの中で獲得した表現がこの番組である。声高ではなく、あおることもなく、ただ静謐にと心がけた。
 番組の編集を終えた5月の某日、わたしは免疫療法で入院されている岸さんを見舞った。抗がん剤を絶っているため、食欲旺盛と聞く、何よりだ。その時、静江さんが「住所や電話番号は出るのですか?」と聞いてきた。「まさか、出しませんよ」そう答えると静江さんは意外にも残念そうな表情を浮かべた。わたしは夫なき後の妻の不安を思ったのだが、違っていた。「テレビを見た人が夫に連絡してくることで、すこしでも長く生きて欲しい」そんな願いからの問いかけだった。切なくもすてきな気持ちになった。「丹精」という言葉が思い浮かんだ。その日が来る前に、わたしはいかに丹精に生きられるだろうか?

追伸 この文をものした2006年7月23日時点で、岸祝生さんは生きています。静江さんとともに…丹精に、丹精に。

≪岸祝生さんは奥さんとともに丹精に生き抜き、9月25日夕、家族に見守られご自宅で逝去されました。 2年にわたる闘病生活でした。ご冥福をお祈りします。≫


<番組概要>

◆番組タイトル 第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『その日が来る前に〜末期がんとともに生きる〜』
◆放送日時 2006年9月29日(金)深夜3時35分〜4時30分放送
◆スタッフ
ディレクター・取材・撮影 岩田弘史
黒田俊行
 語り 寺田早輪子
 朗読 坂本益夫
 MA 梅木 渉
 音響効果 佐々木 学
 撮影 渡辺勝見
小向 伸
 構成・編集・プロデューサー 岩田弘史
 制作 仙台放送

2006年9月25日発行「パブペパNo.06-330」 フジテレビ広報部