いつから“原爆ドーム”と呼ばれているのか。被爆地ヒロシマの惨禍を伝えるこの廃墟の呼び名について、広島市は「いつ頃からともなく市民の間から誰いうともなく自然に言い出された」としている。つまりその名の由来をだれも知らない。我々は世界的に知られるこの廃墟をいわば「通称」で呼んでいるのだ。原爆ドームがある平和記念公園内の施設は“広島平和記念資料館”“広島平和都市記念碑”“平和の灯”“平和の池”など多くはその名称に「平和」という言葉がつく。実は原爆ドームも“平和記念ドーム”と呼ばれていた時代があった。終戦後GHQは徹底したプロパガンダを行い、言論統制と情報操作で「原爆」という言葉を使わせない「原爆タブー」をつくり上げていく。それは非人道的兵器の使用による被爆の実態を封じ込めるためだった。これによって広島は「PEACE(平和)」の街へと変化していった。しかし原爆ドームには「原爆」という言葉が遺された。「原爆」と「ドーム」という2つの言葉からなる呼称の歴史をたどるため、番組では古い手記や書籍から原爆ドームを指す言葉を収集。さらに、500人の被爆者にアンケートを実施し、聞き取り調査を行った。するとこれまで明らかにされていない新たな事実が浮かび上がった。“原爆ドーム”の名前に込められた被爆地ヒロシマの思いとはー。