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2015年度新人アナ 2015年度新人アナ
今年の新人アナの4人です。
まだ知られざる4人の魅力に
アナマガが迫ります!

なぜ、アナウンサーを目指したのか?

(インタビュアー:青嶋達也)

―― 今年は、男性1人女性3人で、4人でいるときのバランスを教えて?

2015年度新人アナ 宮司:女三人を三姉妹としたら、小澤は、甘えん坊で、完全に末っ子なんです。

内野:宮司は長女タイプです。新美は、完全にバランスをとる真ん中タイプなんですよ。

宮司:新美がしっかりしてる次女。私はうっかりしてる長女って言われます(笑)。内野は、お父さんです!娘達を温かく見守ってる感じで。

内野:僕はそんな感じのつもりは、ないんですけど…。でも、お父さんて言われちゃうんですよね。

―― お父さんて思われるのは嬉しくない?

2015年度新人アナ 内野:嬉しくないですよ〜(笑)。

宮司:え!そうなの?

内野:お父さんってどうなんですかねぇ…?

新美:内野は別格ってことなんです。キャプテン感がある。

内野:それは嬉しいです(笑)。

―― 三姉妹にお父さん(笑)
そんな2015年新人アナは、なぜアナウンサーという職業を選んだのか?

2015年度新人アナ 内野:僕は、高校時代まで漠然とテレビ局に入りたかったんです。
それが大学に入って、部活をやっていて、そろそろ将来を決めなきゃなってときに、榎並さんが直属の先輩だったのでいろいろアドバイスを頂けて。

―― 榎並が直属ということは?

内野:大学時代、水泳部だったんです。 僕が水球、榎並さんは遠泳で、部門は違うんですが。

そこで榎並さんにアナウンサーについて聞く機会があって。 そのときに榎並さんから、 三宅さんの著書「言葉に魂(おもい)を込めて」を紹介していただきました。

2015年度新人アナ その中で、実況とはフィールドに種をまく仕事。
その種が、フィールドにいる選手によって花が咲く。
という一文を読みまして。

僕も小さいときからスポーツをやっていましたし、スポーツの魅力は十分に分かっているつもりなので、その良さを伝える仕事はなんだろう?と考えたときに、テレビ業界では実況なんじゃないかと思いアナウンサーを選びました。

―― そもそも、いろんなスポーツの中で、どうして水球をやろうと?

2015年度新人アナ 内野:小学生の頃、通っていたスイミングスクールの理事長先生が、 水球のローマオリンピック代表の方だったんです。
それで、たまにスイミングスクールでも水球をやっていました。 そのとき、水球のセンスがあるから本格的にやりなさいと言われたんです。
でも、中学には水球の部活自体がないので、ラグビーをやっていたんですが、 高校から水球をやろう!と思っていました。

そう思っていたんですが……、高校入学と同時にプールの改装とぶつかってしまって…。水泳部自体が活動をあまりしなくなったんです。

なので、高校も、中学時代と同様にラグビーをやることにしました。

―― 中学・高校とラグビー部で大学では続けずに、やっぱり水球にしたのはどうして?

2015年度新人アナ 内野:高校時代にラグビーでケガをしたのもあるんですが、友人が大学の水球部を見学に行くと言うんで、ついていきました。

そこでレベルの高い水球を見て、水球ってかっこいい!とすごく感動したんです。小学生時代の体験があるので、水球が楽しいってことは知っていましたし、ここで、もう1度水球をやりたいなと思いました。

―― 水球との出会いがなかったら、そもそもここにいなかったかもしれないよね。 ラグビーを続けていたら、榎並に会ってないよね?

内野:はい。本当に榎並さんに会ってなかったら、三宅さんの本も読んでいないでしょうし、スポーツアナを志してなかったかもしれません。

―― その見学に連れて行ってくれた友人に感謝だね〜。では、小澤さんは?

2015年度新人アナ 小澤:アナウンサーじゃなきゃいやだ!っていう自分は、正直いなかったんですね。

なにか感動を人に与える仕事がしたい!とは、ずっと思っていました。 これがないとダメだという必需品ではなく、生きていく上でこれがあったら楽しいなっていうプラスαの部分に携わりたいと思っていたんです。

その中で自分が楽しいと思える業界というと2つあって。 それがテレビ局と航空会社だったんです。

―― 航空会社だとキャビンアテンダント?

小澤:いえ、パイロット試験を受けました。

―― それはずいぶん難関な職業に挑戦したんだね。それはどうして?

2015年度新人アナ 小澤:航空会社に入りたかったので、総合職も受けてましたが、単純にパイロットになれたらかっこいいな!と思いました。
シミュレーターを使った操縦適正試験もやりましたし、心理適性検査も受けました。
パイロットの試験は楽しかったですが、命を預かる職業ですし、本当に難しかったです。
残念ながら縁がなくて、私には、ちょっと素質が足りなかったみたいです。

―― そもそも、なんで航空会社を志望したの?

小澤:私は、旅行がとにかく好きなんです。旅行の最初と最後って飛行機の中だったり空港だなあと思って。
その中で最高の旅だったと思ってもらえるのは航空会社で、できることだなと。

―― でも、今はフジテレビアナウンス室にいると…?

2015年度新人アナ 小澤:はい。実は、私、鍵っ子だったんです。

―― 鍵っ子!?唐突だな〜。

小澤:私は、4世代いる家庭で育ったんですね。
曾祖母、祖母、母、私と。

ですが、曾祖母も元気だったので、いろいろ外で動き回ってる人で、 母も働いてましたし、私自身は鍵っ子で、しかも一人っ子なんです。 なので、テレビの存在がすごく大きかったです。

泣いたり笑ったり、すごく大きな影響を与えてくれたなと思っていたので、
テレビ業界を目指しました。

―― それで、アナウンサーになろうと決めた決定打は?

2015年度新人アナ 小澤:私の長所は相手の立場に立って考えられることだと思っています。
制作スタッフ、視聴者、演者の方々の中心に立っていろんなことを考えるのがアナウンサーかなと思っていたので、私の長所を活かせると思ったんです。

それに、一番初めに内定を出してくれたのがフジテレビだったので、私に期待して選んでくれた会社に応えたいなって思いました。
そういうご縁も大切にしていきたいなと思えたんです。

―― では、次は次女の新美アナ!

2015年度新人アナ 新美:語弊があるようで、心配なんですが、「思いつき」なんです!もともとテレビがすごく好きだったんです。

私も一人っ子で、一人遊びの延長線上にテレビを見るということがあって。まさに生活の一部だったんです。

父と母と話す話題もテレビが多かったですし、友達ともそうでした。
大人になってから、初めて会う人とも、小さい頃はあの番組が好きだったとか、そういう話題ですぐ打ち解けたり、盛り上がれるツールで。

それで自分を形成しているのはテレビだな、と。
もう物心ついたときからテレビ関係の仕事に就きたいと思っていました。

―― じゃあ、比較的テレビ業界を目指すのは早かったんだね? 就活のなかで、ほかは考えなかった?

2015年度新人アナ 新美:テレビを軸に考えて、近い企業は受けました。
他で一番行きたかったのは、空間デザインの会社です。

―― 空間デザイン!?

新美:普通の会議室でも、椅子は何色?机のかたちは?観葉植物は置く?
なんて、空間やインテリアを考えてる会社の営業になりたかったんです。

―― デザイナーではなく?!

新美:デザイナーの才能がないのは、早々にわかっていたので(笑)。
デザイナーの才能をみんなに伝えたい、依頼した方の話を深く聞いて、気づいていないニーズを引き出して、叶える橋渡しをしていくことをしたかったんです。
こういうところもアナウンサーに通ずるところはあるんですけど。

―― テレビが好きってことは、アナウンサーじゃなくてもよかった?

新美:アナウンサーという選択肢は自分の中で無いに等しかったんです。

―― ええええ!?

2015年度新人アナ 新美:説明させてください…(涙)
というのも、ずっと滑舌が悪すぎる、聞き取りにくい、声が小さいと友達にもずっと言われ続けていて。

なので、職業選択としてなかったんです。

―― じゃあ、テレビ業界に入りたいと思ったのは4人の中で一番早いけれど、アナウンサーをめざすのは一番遅かったのかもしれない。

新美:そうかもしれないです。
こういう仕事がしたいってのいうのはブレなかったんですが、まさかアナウンサーとして採用していただけるとは…。

就職活動の間に自己分析を誰でもすると思うんですが、
その中でアナウンサーっていうのは、自分のやりたいことができる職業なのかもしれないとは思いました。でも、今までの経験もあり、どうしても踏み出せなかったんです。
なれるわけないと思っていましたし。

―― なのに、なぜ一歩を?

2015年度新人アナ 新美:できないって言われてることに挑戦してみるのもいいのかな、と。
それからは、よし!行こう!と。
もう無理矢理、自分にそう思い込ませました。

あと、エントリーシートを封筒に入れて、明日、出しにいこうか、どうしようかと思いつつ、リビングに置いておいたんです。朝、私が起きたら、父が勝手に出してました(笑)。
悩む間もなく父が。 あ!出されてる…と。

―― そこからは迷う事なく?

新美:はい。試験が進むにつれて、周りを見て、
こんなに目指す人が多い職業なら魅力的な職業なんだろうと。

どうせ無理という気持ちより、アナウンサーになりたい!という気持ちが強くなりました。

―― では、長女の宮司さん。

2015年度新人アナ 宮司:私がなりたかった理由は2つあります。

小学生の頃に母がアナウンサーっていいよね〜って言っていたんです。それでもう、アナウンサーっていい職業なんだ!と素直に思いました(笑)。

もう1つは、昔から人前で笑わせたりすることが好きだったんです。 自分が何かして周りが喜んでくれることが嬉しくて。
そういうことを将来の仕事にしたいなと。

―― 人前で何かする仕事の中でも、アナウンサーを選択したきっかけは何かあったの?

私は、三人兄弟の長女で、常に長女として大人でいなくてはいけないといいますか、 いろんな人の気持ち、立場を考えて行動しなくてはいけない環境だったんです。

学校でも学級委員をしてましたし、泣いてる子がいたらすぐそばにいって、なぐさめたり、ケンカの仲裁をしたり。
そういう人の役に立ってる感じが嬉しかったんです。

それで、人の気持ちを聞いて、代弁して仲をとりもつとか、 人と人をつなぐ職業に憧れてました。

―― それがアナウンサーにつながると。 ほかは考えなかった?

2015年度新人アナ 宮司:それこそ、自分の足で歩いて営業をやりたいと思っていました。

新美:私と宮司は似てるんです。

宮司:実は、大学1年のときに、放送研究会にはいったんですが、練習がつらくて……

―― 今の研修のほうが大変でしょう?

宮司:…はい。でも、大学1年生の私には本当に辛くて、向いてないんだ、と諦めたんです。

―― 諦めたの?どうして?

宮司:泥臭く自分の足で動き回って何かするほうが好きだなあ…と思い、 3年間違うサークルで雑誌を作ったりしてました。

―― それがなぜまたアナウンサーに挑戦しようと?

2015年度新人アナ 宮司:就職活動が始まって、いろいろ考えてみたら昔の自分を思い出して。
人が喜ぶところを見たい、直接、触れ合いたいと。
それができるのは、アナウンサーなんじゃないかと思い、とりあえず、チャレンジだけはしてみようと。

―― チャレンジだけという気持ちが、これしかないという気持ちに変わったのは?

宮司:フジテレビを面接してるときです。
すごく楽しかったんです。
自分を偽らなくても私を評価してくれる感じがして、気持ちがいいな、と。

就職試験なのに、飾らなくてよくて、すごく楽しかったです。 フジテレビが一番自分らしく試験を進められました。

2015年度新人アナ 最終面接の通知が来たときに、
私はアナウンサーでやっていくんだ!
アナウンサーをやりたいんだ!と
決意が固まりました。

その時は、まだ内定もしていないんですが(笑)。

とにかく、昔の自分にうそをつきたくないな、と。

―― そうしたら、ここにいる素敵な仲間に出会えたと。

宮司:はい(笑)。

内野・小澤・新美:よろしくお願いします(笑)。

なぜ、フジテレビだったのか?

2015年度新人アナ 内野:フジテレビを一番見てました。
ドラマの「プライド」の流行語もみんな使ってましたし。学生時代の話題はだいたいフジテレビの番組でした。「ワンナイ」「トリビアの泉」のグッズも買いました。お台場まで来て。

それに大学には榎並さんも先輩にいましたし。フジテレビが好きだなって思いました。
迷いはなかったです。

2015年度新人アナ 小澤:私も小さい頃から、フジテレビには好きな番組がたくさんありましたし、お台場冒険王に友達と行ったことをすごく鮮明に覚えていて。

「いいとも!」コーナーが再現されているブースがあったんです。
テレビって、現実にはない夢の世界な気がしていたのに、 実際に体験できたことがすごく嬉しくて。
感動とか、夢との架け橋を作ってくれてるのはフジテレビだとすごく印象に残っています。

それはイベントのスタッフにとって、すごく嬉しい言葉だね。今年は立場が変わってみんながイベントを盛り上げる側に立つけど?

小澤:はい。今年は、「夢大陸」を盛り上げていきたいです。
「冒険王」、「新大陸」ときて、夢大陸と今年のイベントに「夢」がついたのは、本当にピッタリだなあって思っていました。

2015年度新人アナ 新美:私は、フジテレビのアナウンサーが大好きでした。それに尽きます。
伊藤アナがすごく好きだったんです。めざましでやっていたアミーゴ伊藤がすごく好きでした。イキイキしていて。人柄がテレビからも伝わってくるというか。

「アナウンサー」って、すごくフラットにニュースを読まなくてはいけない、そういうイメージがあったんですが、フジテレビは人となりを出していいというか、自分の色を出していいんだなっていうところを視聴者ながら感じていました。
この会社は、絶対楽しいなって。アナウンサー試験はフジテレビしか受けていません。

2015年度新人アナ 宮司:採用試験を進めていく中で、本当にありのままでOK!という感じで(笑)。
楽しく試験を進められたことが大きいんですが、
私は、「フジテレビ」っていう名前には、ピンと来ないんです。TNC(テレビ西日本)だったので。

TNCの放送会館は、福岡の子どもたちの遊び場だったんですね。テレビのキャラクターグッズもたくさん置いてあって。なので、フジテレビの番組に親しみはありました。

そういうところから、「めざましテレビ」を毎日見ていたり、「ワンナイ」「笑う犬の冒険」が好きだったり、 思い返してみるとフジテレビの番組が、自分の中に染み付いていたんだろうなあと。

採用試験を進んでいくうちに、会社の雰囲気いいなあっていうのと合わさって、フジテレビっていいなあ、この会社に入りたいなあと思いました。

(次回へつづく)