『八つ墓村』に御出演されていかがでしたか? 『八つ墓村』には、日本の非常にネイティブな文化を感じます。面白おかしくて、恐ろしい推理ドラマではあるんですけど、根にあるものはそういうものではないかと。“家を守る”ということですね。現在は、人が人を産んで子孫に何かを伝えようとすることより、その本人、生きている個人が重要視される時代じゃないですか? それはそれで、悪いことではないんですけど、突き詰めれば『八つ墓村』で描かれているような家系を大事にすることに戻ってくるのではないか? と、思います。結局、日本人には老若男女を問わず、そういったものが息づいているので『八つ墓村』のストーリーには、ある種の懐かしさを感じるのではないでしょうか? 私は、そういったことを感じました。また、エンターテイメントとしても、良く出来た原作、そして脚本だと思います。 その『八つ墓村』には、怨念や祟りといったものが描かれていますが? 人間それぞれの心の奥底に入っていけば、怨念や情念に必ず突き当たるものだと思います。ですから、個人の好き嫌いに関わらず、人はそういうものを持っているのではないでしょうか? また、家系とか格式、伝統の中に現れる人の怨念、情念は地方の方が根強いんですね。それが嫌で、若い人が都会に出てしまったりもするのでしょう。 岡山ロケはいかがでしたか? ロケでは、先ほど言ったことを痛切に感じました。まず、家が立派で、象徴的なのはお墓が全部表に向いているんです。どういうことだと思います? どこの集落に行っても、建物が実に立派でお墓が綺麗。だから、現地の方に伺ったんですよ。“どうしてあんなに立派なの?”って。そうしたら、その能力がない人は土地を離れてしまうんですって。ちゃんと家を、お墓を守れる人が残る。それが、住人のアイデンティティーなんですね。また、岡山でエキストラ参加してくださったみなさんが、お葬式のシーンで着ていた黒紋付やモーニングは、全員自前だったんです。しかも、先祖代々受け継がれた服かと思ったら、そうではなく、自分用に作ったもの。もちろん、ドラマ出演のためでもありませんよ。立派ですよね。ですから、そういう格式あることが現在もキチンと執り行われているんです。日本は、こういう国なのだと改めて思い知らされました。 確かに家屋も素敵で、風景も綺麗な場所ですね。 私、ロケ中に一日、レンタカーを借りたんですよ。みなさんと別行動して、岡山の駅まで帰ったんです。そうしたら、もうそれは夢の世界。“桃源郷”とは、こういうところなんだろうなと思いました。夕方、峠を越えるとフッと、そんな集落が現れるんですよ。畑仕事から帰ったおばあさんが、縁側に腰を下ろして…。少し霞みがかった夕景に、一筋の煙が立ち昇って…。演技かな? と、思ってしまうぐらい美しい風景。それが、ひとつじゃないんですよ。また、次の峠を越えると現れるんです。 小竹を演じる上で考えられたことは? 最初は、顔を白く塗っているので、お歯黒にしようかと思ったんです。ストーリーや岡山の日本家屋に感じられる“光と闇”の闇を表現しようかと。だけど、さすがにやりすぎかな? と、辞めたんです。 小竹は、ずっと腰を曲げた演技ですね? いや、疲れの極致ですよ。これで、オリンピックに出られるんじゃないかと思ったぐらい(笑)。立っているのは、それほどでもないんですよ。座っている時が大変ですね。“お婆さん”であることを強調するために、正座ではなくて曲げた足の間に腰を落としているんです。背中に詰め物をして腰を曲げた状態で、首は上に上げる。この姿勢で、一日中芝居するのは拷問でした。 小竹は、小梅(泉晶子)と双子の設定でしたが…。 双子の役は初めてでしたけど、面白かったですよ。監督は、シンメトリーの奇怪さを出したいようで、全ての動作を一緒にするんです。泉さんが達者な方なので、私に合わせて下さいました。 星護監督はいかがでしたか? 監督とも初めてでしたが、すごく面白くて素敵な方ですね。以前の“映画時代”をほうふつとさせて下さる方。アーティスト、芸術家という感じです。作品に対する純真な感情は、まるで少年のよう。 最後に視聴者のみなさまにメッセージをお願いします。 すごく豪華なキャスティングで、華のある作品だと思います。それぞれにモチベーションの高い役者さんが集まっていらっしゃったので、私も勉強になりました。そうした役者やスタッフの“気”がきっと、みなさんを虜にするのではないか? と、思っています。 |