11月9日 オンエア
市民たちの闘い アメリカのスーパーで起こった奇跡
 
 
photo  今から3年前、アメリカ・ニューハンプシャー州を中心とする地域で、ムーブメントが巻き起こった。 あるスーパーマーケットチェーンへの抗議活動に周辺住民が立ち上がったのだ。 その数…200万人!
 彼らの要求はただひとつ。 「クビになったスーパーマーケットの“元社長”の復帰。」 それだけのために、一体なぜ、これほど多くの人が動いたのか?
 
 
photo  物語の舞台となったのは『マーケット・バスケット』。 アメリカ北東部マサチューセッツ州を中心に、72もの支店を持つスーパーマーケットだ。 一大チェーン店にも関わらず、ウェブサイトはなく、商品をきれいな状態で持って帰って欲しいとの思いから、あえて人件費をかけ袋詰めを行う店員を置いている。
 
 
 営業推進アドバイザーのスティーブン・ボーレンカ氏は、インタビューでこう話してくれた。 「社長には何度も叱られました。『まず人が大事、商売は二の次だ』とね。」
 彼には忘れられないエピソードがある。 業者と交渉し、仕入値を10%下げることができた。 これで、会社の儲けが増えると思った。 しかし、社長のアーサー・Tは、商品をさらに10%値下げして販売することを決定してしまった。 photo 会社の利益になればと、苦労して仕入れ値を安くしてもらったのに、その分、販売価格を下げてしまったら全く意味がない。
 だが…お客さんはさらに安くなると喜び、スティーブンにお礼を言って買い物をしていった。 そんなスティーブンにアーサー・Tは「これがウチのやり方なんだ。まずはお客様。その次が商売だ。それを忘れないでくれ。」と言ったという。
 
 
photo  アーサー・T・デモーラス、通称『A・T・D』。 彼の『お客様を第一に考える』その経営哲学は、いつどのように生まれたのか?
 すべては、今から100年前、ギリシャ移民だったアーサー・Tの祖父が、この地に小さな食料品店を開店したことが始まりだった。 当時、この地区には貧しい移民が多く、大恐慌もあって誰もが食うや食わずの生活を送っていた。 だが、祖父はどんなに経営が苦しくとも、貧しい人々にはただで食料を配っていた。 商売は二の次、祖父は地域との繋がりを何より大事にした。
 
 
photo  その後、跡を継いだ2人の息子は、町の小さな食料品店を、規模の大きなスーパーマーケットに変えた。 そして支店を徐々に増やし、数十店舗からなる一大チェーンへと成長させたのだ。
 だが、店が大きくなろうと、『人を大切にし、人に奉仕する』そんな祖父の精神を二人は忘れる事はなかった。 低所得者層に向けどこよりも安い値段で販売しながら、利益の中から病院や大学に寄付をするなど、地域社会にも貢献。
 
 
photo  アーサー・Tは、父の店で高校生の頃から修行を始め、数十年かけて、マーケット・バスケットの精神を学んだ。 自身が経営に携わるようになってからも、顧客ファーストを徹底。
他の店ではあまり必要とされない『袋詰め係』を配置した。
 
 
photo  彼が祖父から受け継いだ精神は従業員にもいきわたり、彼らは客と当たり前のように挨拶を交わし、心のこもった接客を行った。 身寄りのないお年寄りも、貧しい人も、ここではみんなが家族のように扱われた。
 そしてそんな従業員の多くが、手に職を持たないティーンエイジャーだった頃にマーケット・バスケットに就職。 店と共に一人前の職業人として成長してきた人々だった。
 
 
photo  2008年、アーサー・Tは社長に就任。 アーサー・Tが大切にしたのは、何も顧客だけではない、店で働く従業員も同様だった。 多くの従業員がそんなアーサー・Tと一緒に、マーケット・バスケットで働くことに誇りとやり甲斐を感じていた。
 
 
photo  だが、そんなある日のこと…衝撃のニュースが駆け巡った! 突如マーケット・バスケットの取締役会が、アーサー・Tの解雇を発表。 他のスーパーチェーンや、大型電気店の経営担当者二人を代わりに採用するとしたのだ。 一体、彼に何があったのか?
 
 
 きっかけはこの一年ほど前、財産の分け方について、創業一族の間で争いが起こった。 結果、創業者の孫、アーサー・Tにとってはいとこに当たる人物が、マーケット・バスケットの株の過半数を取得したのだ。
photo  いとこは大学時代から、ホッケーの選手として活躍する一方、経営学の学位を獲得するほどの言わば超エリート。 10代から店頭で働いてきた叩き上げのアーサー・Tとは、真逆の人物だった。 彼は自分の腹心を新たな取締役にし、会社の方針を思うままにしようとしたのだ。
 いとこ側は、従業員の給料アップを抑え、人員を整理し、浮いたお金を株主たちへ配ることを要求。 そして、その最大の株主の一人が…いとこ本人だった。
 
 
photo  アーサー・Tがクビになるかもしれない…噂を聞きつけた、幹部社員は早速行動を開始。 SNSでアーサー・T解任反対の署名を呼びかけた。 すると…一夜にして、1万人もの従業員たちの署名が集まった。
 ところが、この要望をいとこ側が聞き入れる事はなく… 従業員たちの願いも虚しく、2014年6月アーサー・Tは解任された。
 
 
photo  最悪の事態を受け、幹部社員たちはあるとんでもない計画を立てた。 マーケット・バスケットの物流センターの機能停止だ。 各店舗への商品の配送を止めれば、新鮮な食料品などから順番になくなっていく。 補充がなければ、スーパーマーケットは魅力を失い、売り上げが下がる。 そうなれば新しい経営者の責任問題となる。
 そこで商品の配送と引き換えにアーサー・Tの復帰を要求する。 考えうる中で最も効果的なストライキだった。
 
 
photo  だが、心配な事があった…お客のことだった。 マーケット・バスケットで買い物ができないと生活に困る人が出てしまう。 しかし、ストライキを決行しなければ、自分たちが今までやってきたサービスは永遠に失われてしまう。
 さらに…本当に物流を止めることができるのかという心配もあった。 ストライキを有効なものにする為には、物流センターで働く700名の従業員たちのうち、できるだけ多くの協力が必要だった。
 
 
photo  だが、新しい経営者から全従業員にあるメールが送られていた。
『これからもマーケット・バスケットで働きたいかどうかを決めるのはあなた方それぞれです。もし仕事を放棄するなら、別の人と交代させるしか我々に選択肢はありません』
つまり、ストライキに参加した場合、クビにするという脅しだった。
 従業員にとってこの店での仕事は大事な生活の糧、失うわけにはいかない。 果たして何人が賛同してくれるのか? すると…ほとんどの従業員が、ストライキに参加の意思を表明した。
 
 
 翌日、物流センターのトラックは殆どの荷物を運ばなかった。 ついに、元社長を取り戻す為のかつてないストライキが始まったのだ! photo ストライキに賛同しなかった社員によって、多少の商品は配送されたが、人数が少数だったため、品不足は解消されず…マーケット・バスケットの店舗からは徐々に商品が消えていった。
 この事態を受け、新経営陣は新たな判断を下す。 物流センター長他、幹部たち8名に解雇通知を出したのだ。 首謀者をクビにすれば、ストライキを終わりにすることができる、との判断からだった。
 
 
photo  だがその頃、店舗のあちこちで驚くべき行動が広がっていた。 それを行ったのは、店で働くレジ係や袋詰係、調理担当など、現場で働く従業員たちだった。 彼らは、アーサー・Tをクビにしたことへの抗議の意思をポスターなどにして、訪れる客たちの見える場所に張り出したのだ。 中には、社長を取り戻すため、クビになるのを覚悟で不買運動を呼びかける者もいた。
 
 
photo  ところがそんな彼らの行動に待ったをかけるように、ある発表がなされる。
『一刻も早く職場に復帰してください。今働いている従業員及び復帰した従業員の中から、店長他のポストの募集を開始します。また復帰した従業員には何らペナルティはありません。』
 ストライキで出社しない管理職のポストに、他の社員を配属する、という宣言だった。 店舗には僅かだが、運動に参加せず働く者がいた。 新経営陣は彼らのような従業員に出世の道筋を示す事で、ストライキをやめ、出社する社員が増えるのではと考えた。 つまりストライキを行っている従業員の、内部からの切り崩しを図ったのだ。 この通告により、従業員の中には不安を覚える者も出始めた。
 
 
photo  ストライキ開始から10日が経過。 膠着状態が続いていた。 通告に従い職場に戻る者は殆どいなかったが、新経営陣が従業員の要求を飲む気配も全くなく、アーサー・Tが復帰する目処も一向に立っていなかった。
 そんな中、解雇された幹部やストライキに賛同する従業員は、マーケット・バスケット近くの建物の一角に集まり、ミーティングを重ねていた。 だが、ストライキが長引く中、どうすれば事態を打開できるのか、分からずにいた。
 
 
photo  ストライキ開始から2週間が経過した頃だった。 お客が他の店で買い物をしたレシートを店に貼り始めた。 本来だったら、マーケット・バスケットで買うはずだったもの…これはアーサー・Tを解雇したことへの抗議だった。
 次々に抗議のレシートを貼っていく客たち。 それは、アーサー・Tが戻るまでマーケット・バスケットで、買い物をしないという客たちのボイコット宣言だった。 誰からともなく始まったレシートを貼り付ける運動は、マーケット・バスケットの全店舗に広がり、日を追うごとにレシートは増えていった。
 
 
 だが一体、なぜ、客達は一斉に立ち上がったのか? そのきっかけの一つと言われているものが、地元新聞に掲載された広告だった。
【マーケット・バスケットの現CEO、取締役会、および株主の皆さんへ】
photo 不買運動はマーケット・バスケットの従業員によるものでなく、客によるものです。
不買運動をしているのは、あなたの客なのです。
売上をもたらすのは、あなたの客なのです。
企業の命運を握るのは、あなたの客なのです。
アーサー・TがCEOに復帰するまで、マーケット・バスケットで買物をしないと決めたのは、あなたの客なのです。
この広告料を支払ったのは、あなたの客なのです。
あなた方は客をクビにできない、私たちが買物をしないのだ。
 広告主は顧客有志たち。
みんなで金を出し合い、掲載したのだ。
 
 
photo  そしてもう一つの動きが、それはお客が率先して始めた署名活動。 さらには、集会まで開かれた。 演台にはスペインからの移民も上がった。 まさに客が主役だった。
 100年前、祖父が小さな食料品店に込めた、人を大切にし、人に奉仕する思い…時代を超えて受け継がれたささやかな優しさ、それを忘れなかった人々が結集したのだ! マーケット・バスケットが、そしてアーサー・Tが、象徴する『何か』を失いたくないー。 ただ、それだけの為に、200万人もの住民が立ち上がったのだ!
 
 
photo  そしてこの日、あるメールが全ての関係者の元に届いた。 そのメールに書かれていたのは…
『本日付でアーサー・T・デモーラスは、最高経営責任者に復帰した』
 実は…アーサー・Tは退任後、すぐに資金調達に奔走。 いとこから株を買い取り、経営者に返り咲いたのだ! その額は日本円にして1700億円。 当初、株式の売却を渋っていた、いとこだったが、このままでは街に雇用不安が広がるとして州知事が説得、やむなく同意したのだという。 そう、アーサー・Tは最初から、決して諦めてはいなかったのだ。
 
 
 そして、アーサー・T復帰決定の報を聞き、すぐにトラックは走り出した。 photo 翌朝、店舗には食料品が並び、アーサー・Tがマーケット・バスケットに帰ってきた。
 そして応援してくれた人々の前に立った。
「本当に心からありがとうございます。皆さんは私にとって特別な存在で、またここに戻って来られてとても嬉しいです。マーケット・バスケットの同僚の皆さん、マーケット・バスケットのお客様、マーケット・バスケットの仕事仲間の方々、皆さん一人一人が戦いました。そこにはマーケット・バスケットを守るという事以上の意味がありました。」
 
 
photo  あのストライキから3年、マーケット・バスケットは新たに9店舗をオープン、その勢いは止まらない。
マーケット・バスケットのスーパーバイザー、サム・トレイナー氏は、こう話してくれた。
「専門家はみな昔のようにうまくいくはずがない、と言っていました。しかし新店舗も好調で売上も前より良くなっています。価格が地域で一番低いことも、従業員がきちんとボーナスを貰えることも、何も変わっていません。むしろ昔より良くなったと感じるほどです。」
 
 
photo  今回の一連のストーリーは一冊の書籍にまとめられた。 その著者は、アメリカの経済誌の記者、グラント・ウェルカー氏。 グラント・ウェルカー氏はこう話してくれた。
「興味を惹かれたのは、ごく普通の人々が、クビになったとはいえ、裕福なアーサー・Tのために立ち上がったという点です。賃金のアップや労働環境の改善など、自らのためでなく、ただボスを取り戻すために闘った。これまでほとんど聞いたことのないケースだと思います。」
 
 
photo  今回の一連の騒動をどう思っているのか? 我々はアーサー・T本人に語って貰おうと取材を打診したが、結局、応じてもらうことは出来なかった。
 サム・トレイナー氏はこう話してくれた。
「彼はとても謙虚な人です。今回の一件も、大変だったのは現場にいた従業員やお客様で、自分は注目を浴びるような事は何もしていない。そう思っているからこそ、取材を受けなかったんだと思います。アーサー・Tはそんな人です。」