5月4日 オンエア
両手両足を持たない男の挑戦
 
 
photo  アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ 標高5895メートルを誇るこの山は、昔から多くの登山者を魅了してきた。 だが反面、数多くの登山者が命を落とした 過酷な山でもある。
 そこに挑もうとする一人の男。 だが、彼には、他の登山者たちとは大きく違う点があった。 両手両足がないのだ。 彼のようなハンデを持った者がこの山への自力登頂に挑んだ前例はない。 不可能としか思えない挑戦。 その裏には、彼の強い信念と果たさなければならない一つの使命があった。
 
 
photo  アメリカ・ジョージア州に暮らす、カイル・メイナードさん 31歳。 これは自宅での普段の様子…パソコンやスマートフォンを難なく操作。 彼は手足がないことを全く苦にしていない。
 なぜなら生活のほとんどのことが、自分一人でできるからだ。 器用にペンを持ち、文字を書く。 食事も、人の手を借りることはない。 一体 彼は、どんな人生を歩んで来たのか?
 
 
photo  今から31年前、カイルは先天性四肢欠損という障害を持って生まれた。 生まれながらにして両手両足がなかったのだ。 1歳から2歳までは、他の子と同じように両親に抱かれて育った。
 だが4歳になる頃には、立ち上がって遊ぶ他の子供たちとの違いが明らかとなっていく… さらに 何をするにも誰かの手助けが必要だった。
 
 
photo  幼稚園に入園すると…義手義足をつけ車椅子で通った。 そのため、皆と一緒に遊ぶ事が出来ず、一人でいることが多かった。
そして、家族で買い物に出かけた時、カイルは他人が自分のことを特別な目で見ていることに気がついた。
 
 
photo  そんなある日…祖母がカイルを買い物に連れ出した。 そして、「車椅子は置いて行きましょうね」 そう言うなり 義手義足を全て外し、カートの上にカイルを乗せた。
 そして…周りのの目を気にするカイルにこう言った。 「カイルの声を聞きたがっているのかも。聞かせてあげましょう」
祖母は買い物客に声をかけ、カイルに握手して挨拶をするように促した。 すると…相手も握手をして挨拶を返してくれたのだ。
 
 
 今まで特別な目で見てきた人が、こちらから近づくことで、ごく普通に接してくれた。 そして祖母はカイルにこう言った。 photo 「人を嫌いにならないで。人を好きになってちょうだい。」
 カイルさんはこう話す。 「一番大事なことは、人と交流することだと祖母が教えてくれたんです。おかげで、僕は精神的に救われました。彼女がいてくれたことは本当にラッキーだったと思います。」
 その後 祖母の教えを胸に…積極的に人に接するようになった…ありのままの自分で。 さらに、カイルは次々と新しい挑戦を始め、多くのことを一人で出来るようになっていった。
 
 
photo  そんな息子を見て、両親はカイルを普通の小学校に通わせることにした。 カイルも積極的に遊びの中に入っていき、あるスポーツにも挑戦した。 なんと、アメリカンフットボールを始めたのだ! こうしてカイルは、新しい世界を広げていった。
 
 
photo  さらに、レスリングにも挑戦。 父親から大学時代にレスリングをやっていたと聞き、同じ経験をしたいと思ったという。 だが…試合相手は健常者、手足を持たないカイルは、なかなか相手を捕まえることができず、動きにも限界があった。 全く歯が立たず 負けてばかりの日々…。
 そして…父親にやめたいと弱音を吐いた。 すると…父は自分も最初の1年は1回も勝てなかったことを伝え…「いつか勝てる日は来る。それがいつかはお前次第だ。体を言い訳にするな。続けるんだ。」と言ったのだ。 それからは、いつか勝てる日が来るという言葉だけを信じ、練習に励んだ。
 
 
photo  カイルが初勝利を手にしたのは36試合目の公式戦。 レスリングを始めてから、1年半が経っていた。
 高校へ進学し、レスリング部に入ったカイルは、健常者の全国大会でベスト16という成績を残し、一躍注目の的となった。 その活躍が徐々に、雑誌やテレビで取り上げられるようになると… 全米最大のスポーツチャンネルが選ぶ年間優秀アスリートの表彰で、障がい者部門賞に輝いた。
 
 
photo  さらにその翌年には、出版社からの依頼で自らの半生を綴った本を執筆。 タイトルは、『ノーエクスキューズイズ 言い訳はしない』。 出版されると、彼の言葉は人々の心に響き、ベストセラーに。
 そして…講演の依頼が舞い込むようになったのだ。
多くの人々がカイルの声に耳を傾けた。
 「人は時にあなたに向かって君にはできない、夢が大きすぎると言うでしょうですが、それは全部 嘘です。全て物事を決めるのは情熱です。挑戦することが大切です。チャレンジ精神を忘れないでください、僕が伝えたいことは単純です。それは『言い訳しない』です。」
 
 
photo  全米各地を股にかける忙しい日々。 それにともなう十分な報酬、いつしか講演活動は、カイルの生活の中心になっていった。 そんな毎日が続いた、ある日…カイルはひどく落ち込んでいた。いったい、カイルになにがあったのか?
 カイルさんは当時を振り返り、こう話してくれた。 「惨めな気持ちになっていました。各地を飛び回って人々を奮い立たせるスピーチをして…でも自分はその頃、何にも挑戦していなかった。」
 
 
photo  カイルは安定した収入をもたらす講演活動を優先し、いつしか新しいことへのチャレンジを忘れていた自分自身に嫌気がさしていたのだ。 こんな自分の言葉なんて聴衆に響くはずがない… 中身のない言葉になんの意味があるのか… 自分になんの価値があるのか… カイルは答えを見つけ出せずにいた。
 
 
photo  そんな日々が続いたある日、講演会場へ向かうため、空港にいたときのことだった。 突然、2人の男性に声をかけられ、「君がいなかったら、僕たちはこの世にいない」と言われたのだ。
 カイルに救われたと語る2人…彼らは イラク戦争を経験した元兵士だった。 戦場で火傷を負った上に、心的ストレス障害も煩い、自殺を決意していたという。 だが…そんなとき 偶然、カイルの挑戦を追ったドキュメンタリー番組を目にしたのだ。 そして、カイルの姿を見て、死ぬのは逃げることだと気がついたという!
 
 
photo  カイルは兵役を終えた兵士について調べ始めた。 戦争後も苦しみ続け、自ら命を絶つ人の多さにショックを受けた。
 退役軍人の集まりにも出かけ、直接話を聞くと…
「体の自由を失いました…こんな私に何ができるというのか…」
「前のように暮らせないのなら…もう生きていても…」
 
 
photo  カイルは、生きる目的を失った彼らのために、なにかできることはないか考えるようになった。 自分にできることはなんなのか。
 そして…カイルが始めたのは、障害を負った退役軍人たちに、筋力トレーニングの方法を教えることだった。 それは、ずっと障がいのある体で生きてきた、カイルならではのものだった。 また講演活動とともに、ドキュメンタリーDVDの売り上げの一部を寄付するなど、退役軍人の支援に尽力した。
 
 
photo  さらに、新しい挑戦も…自ら志願して総合格闘技のリングに上がったのだ。 攻めも守りも圧倒的に不利。 それでもベストを尽くして戦った。
 試合には敗れてしまったが会場には、カイルコールが響き渡った。 そう、彼が行ったのは、障がいがある自分だからこそできる支援だった。
 
 
photo  そんなある日、カイルの元をある人物が訪ねてきた。 男の名は、ダン・アダムス。 退役軍人をサポートする企業を設立したばかりだった。 ダンは、彼らに勇気を与えるため、負傷した退役軍人がキリマンジャロに挑戦するというプロジェクトを構想。 そこにカイルも加わってほしいというのだ。
 マネージャーは反対したが、カイルは…「1年時間をください。今の僕では無理かもしれません。でも1年後の僕ならできるかもしれない。こんな体の僕がキリマンジャロに登ることで、多くの人に 人間の持つ無限の可能性を示せるなら…ぜひ、やってみたい。」 こうして四肢欠損者初のキリマンジャロ登頂計画は動き出した。
 
 
photo  不可能を可能にする挑戦の始まりだった。 計画は、プロ登山家のケビンを迎え、綿密に練られた。 頂上まで、休息日を含む、2週間で登頂する。 カイルのスピードを考え、健常者の2倍以上の日数を見込んだ。
 これを受け、カイルは激しいトレーニングに励んだ。 プロジェクト成功のためには、なによりも自身の体力が必要だと考えたのだ。
 
 
photo  そして…カイルたちの元に続々と仲間が現れた。 彼らは戦場で障害を負った退役軍人。 生きる目的をみつけると同時に、同じように苦しむ人たちの励みになれればと参加を決めたという。
 『体が不自由でも新しい挑戦はできる』それがカイルの伝えたいことだった。 他にも、退役軍人の支援団体の代表、山岳カメラマンなどがこのミッションに参加することになった。
 
 
photo  そして決行が間近に迫ったある日。 一人の女性がカイルを訪ねてきた。 キリマンジャロにあるものを一緒に持って行って欲しいというのだ。 それは 女性のある想いが詰まったものだった。
 
 
photo  そして迎えた スタートの日。 カイルのキリマンジャロへの挑戦が始まった。 手足には、タイヤの素材を使った特製のカバーを装着。 プロジェクトを知った登山用具メーカーが、特別に開発してくれたのだ。 様々な人の協力を得て…カイルは、第一歩を踏み出した。
 
 
photo  この日は、標高1500メートルにある国立公園の入り口をスタートし、標高3000メートルにあるキャンプ地を目指す。 その後、山肌に沿う形で高度を上げ、2週間で登頂する予定だ。 しかし、ほんの数十センチの段差でも乗り越えるたびに全身の力を使う必要があり、健常者のようには進むことができない。
 専門家によると、この姿勢でバランスよく登るには、腕と足に同程度の筋力が必要だという。 しかし、人間の筋力は足の方が圧倒的に強いため、必然的に腕への負担が大きくなる。 上半身の筋肉疲労は測りしれず、休息日を挟みながら登らなければ、命の危険さえあるという。
 
 
photo  初日は6時間半 登り続けたのだが、予定した行程の半分しか進めなかった。 休息日に当てていた2日目も 6時間半登り、ようやく標高3000メートルに到達。
 実際に行かなければわからなかった、予想外の障壁もあった。 それは…土埃。 健常者は立って登るため気にならないのだが、カイルの顔の位置は地上30センチほどの高さなってしまう。 呼吸するたびに土ぼこりを吸い込まざるを得ないのだ。
 さらに 緩やかな下り坂も、カイルにとっては難所。 頭が下になると危険なため、後ろ向きで降りなければならず、何度も方向転換が必要なのだ。
 
 
photo  3日目は8時間、4日目も6時間以上登った。 本来なら休息日をとりながら進むべき距離だったが、ここまで1日も休まずに登り続けている。
 5日目も休息日を返上して進み続け、ようやく3日で登るはずだった標高約4600メートル地点に到達。 今のペースでは、頂上まで休息日を考えると、あと9日以上かかるのは確実となった。 予定の2週間では間に合わない。
 カイルの消耗はひどく、長丁場になれば命の危険さえある。 登頂は無理なのか…。
 
 
photo  そして大きな決断が下された。 ケビンが今のカイルの状態では登頂は無理だと判断。 カイルは登りたいと主張したが…予算と日程の都合でもこれ以上引き延ばすことはできない。 だが…ケビンがひとつだけ可能性があるという…それは、ウエスタン・ブリーチ。
 ウエスタン・ブリーチとは、断崖を通り、頂上まで近道で行けるルートだった。 だが、傾斜が急で、今まで何人もの登山者が命を落としているキリマンジャロの最難関でもある。 ウェスタン・ブリーチを選べば、日程を5日は短縮できる。 しかし、カイルの身体で踏破することは危険を極める。 登頂か、撤退か…迫る決断の時。 果たして彼らの選んだ道は!
 
 
photo  窮地に立たされたカイルたち。 ウェスタン・ブリーチを進めば、日程は短縮できる。 だがそこは健常者でも避ける、キリマンジャロ最大の難関だった。
 カイルは「行かせて欲しい」と主張した。 そして…「約束したじゃないか!みんなでこれを山頂まで持って行くって」 それは、あの女性から預かったものだった。 それは、戦争で命を落とした彼女の息子の遺灰が入っていた。
 
 
photo  彼女の息子の名はコリー・ジョンソン、享年28。 幼い娘2人と妊娠中の妻を残し、この前年、アフガニスタンで命を落としていた。 戦地の子供のために、いつもポケットいっぱいに飴を入れているような優しい若者だったという。 彼は、いつかキリマンジャロに登ることが夢だったという。
 このことは、出発前にメンバー全員に告げられていた。 そして、戦場で命を落としたコリーのためにも、登頂しようとみなで誓い、登山の間、代わる代わるペンダントを持って歩を進めていたのだ。 彼らは決意を固めた。 断崖を行くルート、ウェスタン・ブリーチを進むと!
 
 
photo  深夜2時に出発、夕方の4時まで休憩を挟みながら12時間登る。 ここを越えれば、頂上は見えてくる。
 カイルの疲労はピークを超えていた。 それでも登ることをやめなかった。 一歩一歩しっかりと地面を踏んで行く、ミッション達成のために。 そして、カイルはついに最難関、ウェスタン・ブリーチを踏破した。 頂上まであと少し。
 
 
photo  そして、翌朝4時。 いよいよ、頂上へ向けて出発する。 コリーの遺灰の入ったペンダントが、カイルの首に下げられた。 そしてカイルは最後の道のりを歩き出した。
 カイルは進んだ。 若くして命を落としたコリーの夢を叶えるため…。 やがて朝日の中に見えてきたのは、キリマンジャロの頂を示すボード。 頂上は目の前だ。
 
 
photo  そして、午前7時15分、登頂。 そこは、標高5895メートル、アフリカ大陸の最も高い場所だった! そして…もう一人、大切な仲間が… カイルの首からコリーの遺灰の入ったペンダントが外された。
 「コリー。君のことを誇りに思うよ。君はチームの一員だ。君のおかげで僕の夢が叶った。ここに連れてこれてよかった。君を誇りに思うよ。」 コリーの母との約束、そして…コリーの夢が叶った瞬間だった!
 カイルさんはこう話す。 「僕は最近「なぜこれをやるのか?」を考えます。お金のためかもしれない。それだけじゃなく冒険のためなのか?理由は様々です。でもそこから得た学びを、今度は誰かのために役立てたい、それだけは変わりません」
 
 
photo  南米大陸最高峰アコンカグア。 カイルさんは昨年、その登頂に成功した。 標高はキリマンジャロを凌ぐ6960メートル! またひとつ、歴史を刻んだのだ。
 
 
photo  するとあるCMのオファーが、一人の登山家として出演したそのCMとは…そう、ナイキのCM! オリンピック期間限定のイメージCMにカイルさんを起用したのだ。 まさに一流アスリートとして認められた証だ。
 「誰にもひらけない扉が僕だけのために開くそんな感じなんだよ。大きな挑戦に踏み切る時必ず新しい出会いがある。そして奇跡的な事が起きるんだ。」
カイルさんの挑戦はこれからも続く。