1月2日 オンエア
中国で最も人気がある日本人
 
 
photo  アジアの大国、中国でも注目を集めている日本の芸能人。 2013年、2014年に発表された中国で人気の日本人男性タレント調査では…ベストテンに福山雅治、山下智久など蒼々たる顔ぶれが。 そんな中…木村拓哉をも抑え、2年連続 堂々第1位に輝いた人物がいる!
 俳優、矢野浩二(45歳)。 日本のドラマや映画にも幾つか出演歴はあるが、彼の名を知る日本人は少ないだろう。 しかし、中国で好きな日本人といえば、必ず名前が挙がり…彼が登録している中国版ツイッターには、146万人以上ものフォロワーがいる!
 知人の依頼で、高校の日本語授業にサプライズで訪れると、大歓声で出迎えられた。 そして授業が終わると、教室は一気にサイン会場へ早変わり。 もはやパニック状態。中国で最も愛される日本人「矢野浩二」とは、どんな人物なのか? その人気の秘密に迫った!
 
 
photo  1970年、矢野浩二は大阪で生まれた。 高校を卒業後、バーテンダーの職についたのだが、そこで出会った常連客の「東京でも行って役者でもなりな」という一言が彼の人生を変えた。
 東京で養成所に入り、俳優活動をスタート。 しかし仕事は通行人などエキストラばかり…セリフのある役はまったく巡って来なかった。 上京して9年…先輩俳優の付き人をしながら、地道に役者活動を続けた矢野。 そして、ついにビッグチャンスが訪れる!
 
 
photo  それは、中国製作の「永遠の恋人」という連続ドラマ。 矢野は主役の一人である日本人留学生役で出演。
 ドラマ自体はヒットしなかったのだが。 クランクアップ間際にスタッフたちから中国に来るように誘われたという。 矢野はその言葉を信じ、中国に渡ることを決意。
 矢野は中国に渡るため、寝る間も惜しんでアルバイトに励み、渡航資金を貯めた。 そしてドラマから1年後、単身中国に渡り、北京語を学びながら俳優活動をスタートさせた!
 
 
photo  まず演じたのは、旧日本軍の残虐非道ぶりを描いた「抗日ドラマ」に登場する、日本の軍人役。 徹底的に悪者として描かれるのが常だった。 中国には、抗日ドラマだけでなく、日本人が出演する普通のドラマもある。 しかしその数は極めて少ない。 せっかくもらえた台詞のある役。 矢野は必死に演じた。
 
 
photo  やがて…矢野の元に、仕事のオファーがひっきりなしに舞い込むようになる。 だが、実はそれにはある理由があった。 それは…彼のユーモアのある性格、日本人らしい礼儀正しさ、すべての出演者やスタッフに対する気遣い。 現場の人たちは、そんな矢野の人柄に惹かれていたのだ。
 さらに…実はこれまで、抗日ドラマでは中国人がおかしな吹き替えで日本人役を演じることが多かった。 そんな中、日本人である矢野が演じれば、圧倒的なリアリティが生まれるのも当然だった。
 
 
photo  仕事は順調だった。 しかし、忙しくなればなるほど、心の中に決して消し去ることのできない、ある苦悩が芽生え始めていた。 抗日ドラマに出ることで中国人の誤解を招く…日本人の悪役を演じ続けることへの迷いだった。
 しかし、今あるのは悪役である日本兵のみ。 それを否定することは、これまで築き上げたものを全て失うことであり、支えてくれているスタッフの期待を裏切ること。 誰にも相談できず、矢野はただ一人、悩みつづけた。
 
 
photo  そんなある日。 映画監督の劉一志に呼び出され、「悩んでいるんじゃないのか?」と聞かれた。 さらに…「もう悪い日本人を演じるのはやめなさい」と言われたのだ。 何度か仕事をしたことがある劉監督は、撮影の合間に見る矢野の表情からその気持ちを察してくれていたのだ!
 そして矢野は自らの思いを所属事務所にぶつけた。 契約を切られても仕方がない…全てを失う覚悟だった。 事務所も矢野の気持ちを尊重し、以来、悪役日本兵の出演オファーは全て断った。
 
 
photo  だが、中国の作品が矢野に求めていたのは悪い日本人役。 仕事は一切入ってこなくなった。 それでも所属事務所が矢野を解雇することはなかった。
 仕事がなければ当然収入もない。 しかし、それでも矢野は日本には戻らず、中国に残った。 撮影現場で矢野の姿を見ることはなくなったが… お正月や誕生日など特別な日には、お祝いの連絡を必ず入れるなど、心配させないように気遣いを忘れなかった。
 
 
photo  仕事を失ってから半年が経とうとしていた、ある日。 意外な仕事が舞い込んだ。それは…トーク番組だった。 その日は三人の外国人が出演し、中国での失敗談を話すという内容だったのだが…
 これまで中国の人にとって、彼は抗日ドラマの影響から強面のイメージしかなかった。 しかし、元々はお調子者の関西人。 日本人ならではの失敗談を披露し、観客にも大ウケ。
 あまりに評判が良く、2週に渡って放送された。 それはこの番組始まって以来、初めてのことだった。
 
 
photo  そして…一週目の放送終了後、番組を見たテレビ関係者から、バラエティ番組への出演オファーが事務所に殺到したのだ! そもそものきっかけとなった、トーク番組のディレクター、王さんによれば… 中国での失敗談を3カ国・3人の出演者に書いてもらったのだが、他の2人は2・3個の失敗談をあげてきた中… 矢野は、びっしりと失敗談が書かれた紙を何枚も持ってきたという。
 こうして意外な再評価を受けた矢野。 勢いはとどまることを知らず、なんと大人気バラエティ番組のレギュラーMCに大抜擢された。
 
 
photo  バラエティ番組でのブレイクの影響で、抗日ドラマ以外の出演オファーが続々舞い込んできた。 中には、矢野に出演してもらうために、特別に役を作った作品もあった。 こうして役者としても見事、返り咲くことができたのだ!
 7年前には中国人の一般女性と結婚を報告し、多くのファンが祝福。 それから2年後の1月…中国に来て10年目のことだった。 「最優秀外国人俳優賞」を受賞したのだ。 それは、日本人として初の快挙だった!
 
 
photo  だが、そんな矢野に大きな壁が立ちはだかる! 2012年9月、尖閣諸島問題に端を発した抗日運動である! 日本製品の不買や破壊などの排日活動が盛り上がり、矢野の芸能活動にも大きく影響を及ぼした。
 ドラマ、映画だけでなく、レギュラーMCだったバラエティ番組も急遽降板。 全ての仕事が白紙になった。 番組側からは、はっきりとした理由は告げられなかったものの…テレビ局が視聴者に配慮しての事だった。
 
 
photo  身の危険を感じ、日本に帰った仲間も多くいる中、矢野は中国に残った。 中国版ツイッターに娘を肩車した写真をアップし、その心境を綴った。
 「それでも僕は幸せです。こんな状況でも自分は大丈夫、そのことを伝えたかった」
高まる反日感情の中、矢野にも誹謗中傷が浴びせられるかと思った。 だが、寄せられたのは…「成熟した人間は友人と敵がわかる。永遠に応援している!」 「浩二は中国人民の仲のいい友達で、最もよい日本人。応援しているよ」など、そのほとんどが応援、励ましの声だった。 さらに、仕事関係者や友人からも…「大丈夫か?」「がんばれ」「落ち着いたら飲みに行こう!」など、毎日のように温かいメッセージが寄せられた。
 
 
photo  そして降板から半年後、反日運動も落ち着き始め、矢野は再び中国のテレビに復帰。 幾多の困難を乗り越え、日本人として不動の人気を得た彼は、「中国で人気の日本人男性タレント」2年連続1位を獲得。 その活躍は日本でも高い評価を受け、昨年8月には外務省より日本と中国との相互理解促進に貢献したとして外務大臣表彰状を授与された。
 
 
photo  売れっ子として多忙な日々を送る矢野。 しかし、今も昔もずっと続けていることがある。 それは…支えてくれている仲間たちとの集まり。
 矢野自ら飲み物のオーダーをとり、そして…乾杯。 この会に集まった仕事仲間に話を聞くと意外な事実が判明した。 実は、ほとんどが一度、一緒に仕事をしただけ。 スタッフ達は、矢野の誠実さ、不器用な一面、すべてに惹かれ、仕事のみならず国境を超えた友達付き合いがはじまるのだという。
 
 
photo  そして今、矢野は1500年ほど前の中国を舞台にした、連続ドラマの撮影に臨んでいる。 歴史モノのドラマに日本人が、しかも中国人の役で出演するのは初めてのこと。 さらに、今年から日本での活動も本格的に始める予定だ。
 その理由は?
「日本で活躍する姿を見てもらって、2国間の橋渡しになりたい」と話してくれた。