7月30日 オンエア
日本最悪の爆発事故★忍び寄る恐怖の瞬間!
 
 
photo  1980年8月16日(土) 午前9時30分頃。 この日は、土曜日とお盆休みが重なり、静岡駅前の商店街は人であふれていた。 商店街の人々が開店の準備に取り掛かっていた…そんな時だった。 突然爆音がした。
 すると…第一ビルの1階にある、靴屋のシャッターが大破。 歩道に面した柱も折れていた! どうやら、地下で爆発が起きたようだった。 爆発した靴屋の下は200メートルほどに渡り、多くの飲食店が軒を連ねる地下街になっていたのだ。
 
 
photo  午前9時28分頃。 爆発事故が起きる少し前…地下街の居酒屋は開店準備の最中だった。 その時、店員が異臭に気づいた。 慌てて確認してみると、ガス栓はキチンと閉まっていた。
 再び開店準備に取り掛かる。 店員がガスコンロに火をつけるため、マッチをすろうとした瞬間…地下街に爆発音が鳴り響いた。 店員はコンロが爆発したのかと思った。 しかし、音がしたのはマッチに火をつける前。 いったい、何が起こったのか?
 
 
photo  一方、地下街でラーメン店を営んでいた中村さんは地上から店に戻る途中、その爆発音を聞いた。 中村さんは階段を下り地下街の通路に出た。 すると…先ほどの居酒屋の隣にある寿司屋が大破していたのだ。 店先には大量のガレキも散乱していた。 その寿司屋の上は、シャッターが破壊されたあの靴屋だった。
 
 
photo  通報を受けた静岡市消防本部は隊員をただちに出動させた。 午前9時33分、消防隊が現場に到着。 そして…爆発による火災は起きていないことが確認された。
 同時に、消防隊は爆発現場となった寿司屋の店内で、どこからガスが漏れたのか場所を特定しようとしていた。 だが…ガス漏れ自体が確認できなかったのだ。 この時点で爆発による死傷者はいなかった。 だが、間もなく不可解なことが判明する。
 
 
photo  実は事故当時、寿司屋の店員は出勤前だった。 つまりガス爆発は、無人の店内で起きていたのだ。 では一体なぜ、爆発は起きたのか? その原因を突き止めるべく、消防隊員は可能性がもっとも高いと思われる調理場を徹底的に調べた。 ところが…ここでもガス漏れの反応はなかった。
 都市ガスの場合、ガスが漏れてもすぐ気付くよう人工的に臭いをつけている。 しかしその臭いもなかった。
 
 
photo  その頃、地上では通報を受けた警察が現場に到着。 二次被害を防ぐため、事故現場付近に集まっていた野次馬を整理するとともに、通行人の避難誘導を始めた。 さらに地下街入口も封鎖、一般人の立ち入りを禁止した。
 爆発現場となった第一ビルは、地下1階、地上6階建て。 駅前という好条件もあって、店舗だけでなく会社のオフィスが数多く入っていた。 消防は、ビル内にいる人に火を使用しないよう指示。 さらに窓を開け、外へ避難するよう呼びかけた。
 
 
photo  爆発から11分後、ガス会社が現場に到着。 そして地下街には、警察の記者クラブで事故のことを知った報道関係者が駆けつけた。 当時は今よりも規制は厳しくなく、火災やガス漏れが見つかっていなかったこともあって、マスコミ各社は現場に近づくことが出来た。
 テレビ静岡の朝賀さんもその一人だった。
朝賀さんは、大きな火事ではないと感じたという。
 
 
photo  ガス会社の職員により、シャッターが壊された1階の靴屋で調査が行われたが、ガス漏れは確認できなかった。 ガス爆発が起きたことは間違いない。 しかしどこからガスが漏れ、なぜ引火したのか? その原因が全くわからなかった。
 だがそれから間もなく、爆発が起きた寿司屋で消防隊がある異変に気付いた。 それは…店の床の一部が盛り上がり、穴が空いていたのだ。 実は、地下街の下には湧き水を貯める湧水槽があった。 貯まった水は下水として排出、処理される仕組みとなっていた。
 
 
photo  消防隊員は、メタンガスの可能性があると感じた。 実は当時、この湧水槽には飲食店から捨てられた残飯や、長年にわたって溜まったヘドロが堆積していた。 これらが腐敗し発生したメタンガスが、爆発の原因とも考えられた。
 事実、検査をしてみると、かすかに可燃性ガスの反応が検出された。 しかし当時使われていた探知機ではガスの濃度を測定することはできても、その成分まで特定することはできなかった。
 そして…隊員が寿司屋のさらに奥へと進んだ時…事態は急変する!! 機械室付近で、高濃度の可燃性ガスが検出されたのだ。 しかもそれは、いつ爆発が起きてもおかしくないほどの濃度だった!
 
 
photo  そして…最初の爆発からおよそ30分後。 地下街で2回目の爆発が発生!! その時、朝賀さんは爆風で飛ばされ意識を失った。 この爆発により、4名の消防隊員の命が失われた。 だが、悲劇はこれにとどまらなかったのである。
 
 
photo  爆発からおよそ15分後、ようやく意識を取り戻した朝賀さんは、ガレキを取り除き必死に立ち上がる。 そしてなんとか地上に這い出すと…そこに広がっていたのは地獄のような惨状だった! ビル全体が炎と黒煙に包まれ、道端には多くの血まみれの人が倒れていた。 地上の被害は、地下にも増して凄まじいものだったのである!
 静岡駅前の地下街で起きた爆発事故。
この2度目の爆発は、地上にも甚大な被害を及ぼした。
 
 
photo  実は、2回目の爆発によって発生した爆風は想像以上に凄まじかった。 地下で起こった爆発にも関わらず、第一ビルの1階から5階…すべての窓を吹き飛ばした。
 それだけではない。 向かいの百貨店や周辺のビルの窓ガラス、さらには壁面をも破壊。 その大量の破片が…通行人に雨のように襲いかかったのだ! これにより地上にいた11名の命が奪われ、重軽傷者は地下94名、地上は111名にものぼった。
 
 
photo  しかし疑問が残る。 最初の爆発が起きたあと、地上では避難誘導が行われていたはず。 にも関わらず一体なぜ、多数の被害者が出たのか!? 実はそこにはある理由があった。
 2度目の爆発が起きたのは、最初の爆発から30分後。 避難誘導はまだすべて終わった訳ではなかった。 しかもこの日はお盆休みの土曜日…多くの野次馬も集まっていた。 さらに…警察の注意に耳を貸さない者も多かった。 こうした事態が重なったがゆえ、地上の被害は拡大したのである。
 
 
photo  では、そもそもなぜ1度ならず2度までも爆発事故は起こったのだろうか? 警察の発表によれば…最初の爆発の原因は、地下街の床下、湧水槽で発生したメタンガスに湧き水を組み上げるポンプ付近で発生した火花が引火。 1度目の爆発が発生したという。 爆風によって床は盛り上がり、穴が空いた。
 しかしこの爆発で、溜まっていたメタンガスは燃え尽きてしまった。 そのため、検知器もほとんど反応せず、臭いもしない状態であったと考えられる。
 
 
photo  では一体、2回目の爆発はどうやって起きたのか? 実は…1回目の爆発により、地下街の天井を通るガス管に亀裂が入っていたのだ! そこから漏れた都市ガスは空気より軽いため、ビルの上層階に大量に流れていった。
 この時、消防隊は地下街で爆発の原因を特定しようとしていた。 そのため、上層階に流れた都市ガスの臭いに気づくことが出来なかったのだ。 しかもガスは主に、配管などを通って上の階へと流れたため、ビルの中にいた人も異臭に気づくことはなかったという。 そして漏れ続けたガスになんらかの原因によって機械室で発生した火花が引火、ビル内に一気に燃え広がったと推測される。
 
 
photo  しかし被害が拡大した原因はそれだけではない。 消防はガス会社に、第一ビルへのガスの供給を直ちに停止するよう要請していた。 だが、供給を停止するには路上にあるマンホール状の蓋を開け、ガス管に備え付けられている遮断弁を手動で閉じる必要がある。 しかし、2度目の爆発によって蓋は瓦礫の山に埋もれてしまい、遮断弁を閉じることが出来なかった。
 そこでガス管の左右2カ所を掘り起こし切断。 これによりガスの供給を止めようとしたのだ。 そして…2回目の爆発が起きてから5時間後の午後3時30分…ようやく鎮火に成功した。
 
 
photo  マスコミは、死者15名を出した今回の悲劇を大々的に報道。 翌年、この事故をきっかけとして消防法が改正され、遠隔操作でガスの供給をストップできる、緊急ガス遮断装置の設置など対策が強化された。
 そして現在、静岡駅前の地下街は防災センターや消防設備を整備のうえ復旧。 「紺屋町地下街」として営業している。
 静岡駅前で起きたあの忌まわしい事故から、もうすぐ35年。 あの日の教訓を活かし、地下街は今日も日本一安全な街づくりに取り組んでいる。