6月18日 オンエア
余命少ない母へ贈る奇跡の結婚式★最期まで娘想う母の愛
 
 
photo  6月といえば、ジューンブライド。 結婚式は夫婦が永遠の愛を誓うだけでなく、両親や家族に感謝の気持ちを表す場でもある。 だが、今から2年前 広島県で行われた結婚式。 そこには新郎新婦がどうしても出席してほしかった、ある人の姿がなかった。 それは、新婦・望さんの母・泉さん…彼女は 2ヶ月前に亡くなっていた。
 しかし…「あの時できることは、できたかなと思っています。親孝行が出来たなって…」
母親が出席できなかった結婚式で最高の親孝行が出来たという望さん。 そこには、母と娘、それを取り巻く人々の愛に満ちたストーリーがあった。
 
 
photo  今から28年前、3人兄弟の真ん中の子として生まれた、長女の望さん。 明るくたくましい母親そっくりで、負けず嫌いのヤンチャ娘だったという。
 望さんは、高校を卒業すると、親元を離れ、リハビリ治療の専門家、作業療法士の資格をとるために県外の専門学校に進学。 そして猛勉強の末に、見事国家試験に合格すると、2010年 兵庫県内の病院で社会人生活をスタートさせた。
 その翌年には、専門学校時代の同級生で同じ広島出身だった淳志さんとの交際をスタート。 仕事もプライベートも充実した日々を送っていた。
 
 
photo  だが…2012年3月、母の泉さんに、子宮がんが見つかった。 正式な病名は、子宮平滑筋肉腫。 非常に悪性度が高く、早期発見も困難な病気で、手術をしたときには 既に転移が認められていた。 転移した場合の5年後の生存率は、10%以下と言われていた。
 
 
photo  子供のころからずっと優しくて、仲良しで、大好きだった母。 だが…彼女には ずっと心に引っかかっていたある出来事があった。
 それは…6年前、高校を卒業した日のこと。 友達の家に泊まることになったと、家に電話した。 母・泉さんは帰ってくるように言ったが、望さんは無理矢理話しを切り上げ電話を切ってしまった。
 翌朝、家に帰ると…そこには卒業を祝うためのケーキが置かれていた。 あと一週間もすれば 進学し、1人暮らしを始める 娘との残り少ない時間。 母の泉さんがこの日をどれだけ、大切に思っていたか…。 望さんはその後 母に謝ることができずにいた…
 
 
photo  望さんは広島に帰ることを決意。
そして 実家に戻った望さんは、毎朝5時半に目を覚ますと、洗濯をし、家族全員の弁当を用意。 地元の病院で作業療法士の仕事もこなしながら、母・泉さんを支え続けた。 しかし、泉さんの容態は 日に日に悪化するばかり…
 
 
photo  望さんが広島に戻ってから半年後。 淳志さんが広島県の病院に移ろうと、兵庫県の病院を突然辞め帰郷。
 そして…「お願いします!娘さんを、ボクにください!」
望さん本人にさえ伝えていなかった、決意のプロポーズだった。 淳志さんは、望さんの花嫁姿を母・泉さんに見せてあげたいと思ったのだ。
 
 
photo  こうして2013年4月、2人は婚約。
だが…婚約からわずか数週間後、母・泉さんの容態が急変し緊急入院。 しかも、これ以上手術は出来ず、夏まで持たないかもしれないと、宣告されてしまった。
 母に花嫁姿を見せるため、結婚式場を探し始めていたさなかの突然の宣告。 そもそも、友人や仕事の関係者を集めた披露宴は、最低でも準備に数ヶ月はかかる。 仮にそこまで命が持ったとしても、絶対安静が必要な泉さんがそこに出席することは現実的に不可能だった。
 
 
photo  結婚式を母に見せることをは無理かもしれない。 そう思っていた時だった…2人は、広島県内にある結婚式場のホームページを見つけ、そこに相談してみることにした。
 我々は、その式場のプランナーで、2人から直接相談をうけた林さんに話を聞くことが出来た。 あの時、彼らが行った相談とは… 「病院の中で、結婚式を行いたいというご依頼でした」
 実は2人は入院して動けない泉さんのために、病院内での結婚式を考えていたのだ。 そんなとき、林さんが勤める式場が 以前 病院内での結婚式を行ったことがあることを知ったのだ。 その後、3人が病院に掛け合うと、病院側も快く 式を行う許可を出してくれた。 さらに望さんの提案で、式は泉さんには内緒のサプライズで行うこととなり、急ピッチで準備が進められた…。
 
 
photo  そして・・2013年7月12日。 看護師が、泉さんを散歩と称して連れ出した。 その時、すぐ近くの部屋には…ウエディングドレスに身を包んだ望さんの姿があった。
 こうして、病室でのサプライズ結婚式は幕を開けた。 時間にすれば、わずか10分にも満たない、短い式だった。 だが、母と娘にとってはこれまで過ごしてきた26年間が凝縮された、忘れられない10分間になったのである。
 
 
photo  1ヶ月後、母・泉さんは、静かに旅立った。
望さんはこう話してくれた。 「最期に 本当は見られなかった結婚式が見せてあげられて、やる前に 悩んだりもしたんですけど、間接的にもう出られないということを言うような気がして…無事に見せてあげる事ができて良かった」
 
 
photo  だが、彼らのサプライズ結婚式には、続きがあった。 それは泉さんの死から2ヶ月後、友人や仕事の関係者も招いた結婚式でのこと…。 モニターに映し出されたのは、3ヶ月前のあの日、密かに撮影されていた 泉さんの姿だった。
 「今日は本当にありがとう。こんなに早く二人の結婚式が見られるなんて・・望ちゃん、今後は二人で支え合って生きていくんでしょうけど、決して二人だけじゃない。周りの人が、きっと助けてくれるからいつでも甘えていいんだよ。そういうときに、いっぱい感謝してありがとう、と言う言葉が家庭の中であふれるようにしてください」
 母のために 結婚式を送った娘… そんな娘を想い続けた母の言葉は、愛で溢れていた。
 
 
photo  感動の結婚式から1年半。 2人の人生には、さらなる変化が訪れていた。 それは…待望の長女、優衣ちゃんの誕生である!
 さらに母になったことで、望さんの心境にもある変化があったという。
「周りに感謝を感じる事が強くなった。自分の親が… 周りがこんな風にサポートしてくれていたんだと思う事が多々あります。」