4月2日 オンエア
上空3000mから落下★奇跡の生還!少女の壮絶人生
 
 今から44年前、南米・ペルー、首都 リマを飛び立ったランサ航空508便はアマゾン上空で突如消息を絶った。 ペルー政府は警察と軍隊を派遣、延べ5000人にのぼる捜索隊が昼夜を徹して508便の行方を追った。 しかし、遺体はおろか機体の一部さえ見つからない。
 
photo  このことは のちに歴史的出来事として語り継がれることになる。 その理由は…乗客乗員の生存が絶望視される中、たった1人 生還を果たした少女がいたのだ!
 生還後のパニック障害、父との不仲、行き過ぎた取材攻勢。 幾多の苦難と闘いながら、彼女は絶望の縁からどう立ち直ったのか? 生還後、死亡説がささやかれるほど マスコミの前に姿を現さなかった彼女に、我々は1年に渡る交渉の末、日本のメディア初となる直撃取材を敢行!
 
 今から44年前のクリスマスイブ、ペルー、リマ・ホルヘ・チャベス国際空港。 ユリアーネと母・マリアは離れたところに住む父親に会うために、ランサ航空508便に乗ろうとしていた。
 動物学者だったユリアーネの父親は、当時 彼女たちが住む首都・リマから、飛行機でおよそ1時間の場所にあるプカルパという町に住んでいた。 ジャングルに囲まれているプカルパには、動物の生態を研究する施設が置かれていたのだ。
 
photo 2年前までは、家族3人 研究所の中で暮らしていたのだが、研究に没頭し 家庭を顧みない父親をユリアーネは好きになれなかった。 さらに、父の短気な性格にも嫌気がさし、彼女の願いで母と2人で首都リマへ移住していた。
 だが、父にとっても同じ動物学者であり、妻であるマリアの存在は無くてはならないものだった。 娘の我が侭で妻と離れて暮らさなければならない…そんな思いが、父と娘の確執をさらに大きなものにしていた。
 
 
photo  そんな中、母親の提案でクリスマス休暇を家族で過ごすことになったのだ。 天気は良好。 南半球に位置するペルーではクリスマスは夏、日中の気温は30度を超える。
 午前11時、ランサ航空508便はペルー内陸部の町 プカルパへと飛び立った。 およそ1時間という短距離フライト。 だが、リマからプカルパへは途中、アンデス山脈とアマゾンを越えなくてはならないため、飛行機行く以外方法はなかった。 そのため、乗客乗員合わせて92人の満席状態だった。
 
 
photo  高度6000mに達し、飛行機は水平飛行に入った。 そして離陸から30分、アンデス山脈上空に入ったその時! 508便は積乱雲に中に入ってしまったのだ!
 積乱雲は航空機にとってどれほど危険なモノなのか? 大型旅客機の機長として30年以上の飛行経験を持つ 高野氏によると… 積乱雲の中には激しい対流が起きており、ヒョウや大量の雨が舞っている。 そのため、大きな乱気流が発生している上、場合によっては落雷に遭う可能性もあるという。
 
 
photo  突風や雷を伴う積乱雲の中は、空で最も危険な場所だという。 そこに508便は突入してしまったのだ! そして…積乱雲の中で落雷を受け、翼を失ってしまった! 急降下した機体は…高度3000m付近で空中分解!
 だがここで疑問が浮かぶ…通常 旅客機は落雷にあっても安全な設計が施されているはずだが… この508便の機体、ロッキード・エレクトラの形状は、エンジンの一部が翼の上に出ている。 そのエンジンに落雷し、燃料タンクに引火したのではないか? さらに、急降下により機体に大きな負荷が掛かり、空中分解を引き起こしたのではないかと推察された。
 
 
photo  そしてこの時、ユリアーネは 分解した機体から、座席ごと空中に投げ出されていた。 座席の横を見ると、母と男性客はおらず…グルグルとプロペラのように落ちていった。 気がつくと、アマゾンのジャングルの中に投げ出されていた。 しかし、ユリアーネは奇跡的に生きていたのだ!
 腕時計はかろうじて動いていた。 朝9時、空中に投げ出されてから およそ22時間…彼女は気を失っていたのだ。 脳しんとうによる頭痛が酷く、鎖骨は折れていた。 しかし…他に手足に切り傷はあったが、歩くことはできたという。
 
 なぜユリアーネは3000mの上空から落下して生きていたのだろうか? 上空3000mから人間が自由落下した場合、地上まで時間はおよそ60秒。 落下速度は時速220kmに達するという。 ではなぜ、骨折と切り傷だけで済んだのか?
 仮説1 急激な上昇気流
 
photo 積乱雲の発生メカニズムは、まず太陽に暖められた地表の空気が一気に上昇! それが上空で冷やされることで、空気中の水蒸気が水滴となり、雲を形成する。 つまり、事故当時も強烈な風が下から吹いており、表面積の大きなシートを支えたのではないか? それにより、落下速度は低下し、衝突の衝撃を緩めることが出来たのではないか? もし、3列シートに母ともう1人の男性が座ったままだったら、重量が100キロ以上も重くなり、上昇気流の力はそれほど作用していなかったかもしれない。 残酷だが、ユリアーネ1人だけがシートに取り残されたことが、不幸中の幸いだったのかもしれない。
 
 仮説2 プロペラ運動
 
photo ユリアーネが座っていたのは、3人がけシートの一番端。 重心が真ん中から外れていたため、シートは片側に傾き回転。 羽子板で使われる羽の様に回りながら、ゆっくりと落下していったと考えられる。
 仮説3 密集した木々
ユリアーネが落下したのは、熱帯雨林のジャングル。 そこには高さ30m以上の木々が密集している。 隙間無く生い茂った枝葉が落下する3列シートを受け止め、クッションのように衝撃を吸収したと考えられる。
 
 
photo  これら3つの偶然が重なり、ユリアーネは奇跡的に一命を取り留めたと推測される。 しかし…彼女が落下した場所は、アマゾン。 ジャングルは凶暴な動物や猛毒を持った生物の宝庫。 さらに、マラリアなど感染症を媒介する蚊がいたるところに存在。 生き残ったとはいえ、決して安息の地などではない。 ここからが本当の恐怖との戦いだった!
 ユリアーネは隣に座っていた母親を探したが、周囲には生存者はおろか遺体さえ見当たらない。 フライト中に提供されたキャンディが落ちていた。 ここで救助を待つのが良いのか、移動して助けを求めるのが良いのか、彼女には分からなかった。 ユリアーネはわずかなキャンディを手にして、歩き始めた。 当てもないジャングルの中を…。
 
 
photo  その頃、連絡を受けた捜索隊がジャングルに入り、必死に生存者を探していた。 さらに、上空からも飛行機の残骸を探したのだが、飛行機の残骸1つ見つからなかった。
 実は、ヘリコプターで探しても見つからないのには訳があった。 通常、飛行機がジャングルに墜落した場合、衝撃で木々はなぎ倒され、火災によって焼き尽くされる。 上空から見たとき、そこには大きな痕跡が確認できるのだ。 しかし、ユリアーネの乗った飛行機は、空中で分解した機体が枝葉の下に隠れてしまったのだ。
 
 
photo  ユリアーネは、当てもなくジャングルを彷徨った。 生きてこの未開のジャングルから脱出できる保証など、どこにもなかった。 靴は片方失っていた。
 さらに、密林の猛獣 ジャガーと遭遇してしまった! しかし、ユリアーネを見たジャガーはそのまま森の中へ消えた。 獰猛な肉食獣が一体何故?
 実はここにも、彼女が助かった奇跡の理由があった。 両親が動物学者だったため、彼女は15歳までジャングルの中にある研究所で暮らしていたのだが、そこで聞いた父の言葉… 「人間が驚いたり、動物を脅かしたりしなければ 彼らは決して襲ってこない」
動物の生態に精通する父の言葉が彼女を救ったのだ。
 
 そして、落下した場所から2時間ほど歩いたところに、川があった。 ユリアーネにとっては、1日ぶりの水だった。 そして、キャンディを1粒 口に入れた。
 ユリアーネは迷っていた。 水があるこの場所で救助を待つべきか? それとも歩き続けるべきか? しかし、ここから動くにしても、右に行けばいよいのか? 左に行けば良いのか? 全く検討もつかない。
 
photo  その時だった。またしても父の言葉が脳裏に浮かんだ。
「もしジャングルで迷ったら、小川を見つけ 下流に下って行け。なぜなら小川は必ず別の川に合流し、その川はもっと大きな川に流れ込む。そうすれば人の住む集落にたどり着けるはずだ。」
 ここでは、父の言葉だけが頼りだった。 ユリアーネは下流に向かって歩き出した。 大嫌いな父親の教訓だけを信じて。
 
 
photo  墜落から36時間、目が覚めてから初めての夜が来た。 ライターや懐中電灯は無い。 木々の間から漏れる月明かりだけが頼りだった。
 事故発生から4日目。 捜索隊は昼夜を徹して探し続けていたが、依然 機体の残骸すら見つけられない状況。 そしてこの頃、ユリアーネの体に異変が生じ始めていた。 腕の傷にハエが卵を産みつけていたのだ!!
 
 
photo  事故発生から5日目、唯一の食料であったキャンディも底をついた。 すると、その時!ヘリコプターの音が聞こえた! しかし…密林の木々が邪魔をして全く気づいてもらえなかった。 絶望と孤独が彼女を襲った。 さらに、ハエが傷口に産みつけた卵が孵り、皮膚の下でウジ虫が動いていた。 ユリアーネの身に また一歩、死の影が忍び寄ってきた。
 
 
photo  川沿いに歩けるスペースが無いときは、川の中を歩いた。 ピラニアが生息するアマゾン川、危険なルートだが、それでも彼女は父の言葉を信じで歩き続けた。 すると…ワニと遭遇! しかし、ワニもユリアーネを襲うこと無く去って行った。
 またしても難を逃れたユリアーネ。 実はワニは父の研究所の近くで何度も見たことがあり、大きな声を出したりしなければ危険な動物ではないと、父にいつも聞かされていたという。 ここでも父の言葉に救われたのだ。 幼い頃、父と過ごした記憶が命をつなぐ唯一の頼りだった。
 
 
photo  だが、ユリアーネの体は日を追うごとに衰弱し、危険な状態に陥っていた。 体力は落ち、ウジ虫が湧く傷はうずいた。 背中は日焼けで赤く腫れ上がり、出血もしていた。 キャンディがなくなってからは、水しか口にしていない。 意識が朦朧とし始めていた。
 父の言葉を疑い始めたその時…小さな小屋を見つけた。 彼女は最後の力を振り絞り、小屋を訪ねた。 しかし、小屋の中には誰もいなかった。 体力は限界…ここに留まり、助けが来るのを待つしかない。
 だがこの日、ペルー政府は捜索打ち切りを発表。 小屋で待つ彼女を捜す人間はもういない。 死の影が確実に彼女に迫っていた!
 
 
photo  その時!ジャングルで木の伐採を生業としていた男たちがユリアーネを発見したのだ! 事情を聞いた男たちは、その場で彼女に応急処置を施した。 そして翌日、カヌーで7時間かけて下流の村までユリアーネを運んだのだ。
 ユリアーネは 10日間もの間、アマゾンのジャングルを1人彷徨い、助かったのだ!! まさに奇跡の生還だった!!
 このニュースは全世界に報道された。 捜索打ち切りを発表したペルー政府は、10日間かけても機体の残骸すら発見出来ていなかった。 ということは、もしあのまま機体の側で捜索隊が来るのを待っていたとしても、ユリアーネが発見されることはなかっただろう。 皮肉にも、確執を抱えていた父親の教えが彼女の命を救ったのだ!
 
 
photo  発見してくれた男たちによって、応急処置を施され、翌日 カヌーで下流の村まで運ばれたユリアーネ。 病院で父との再会を果たした。
 体の怪我は順調に回復してきたものの、心の方はそう簡単にはいかなかった。 さらに…1か月後、母・マリアが遺体で発見された。 母の死を受け入れることが出来ないユリアーネは、放心したまま何も出来ない毎日が続いた。
 退院したあとは、父と共に暮らすことになったのだが、同じ屋根の下で2人は言葉を交わすことさえ無くなっていた。 その後、父は研究所にこもることが多くなった。
 
 
photo  そんな生活に耐えられなくなったユリアーネは、事故の前に母親と住んでいた首都・リマに戻り、高校に通う決心をした。 だが…!マスコミがユリアーネを取材しようと、高校まで押し掛けて来ていた。 事故後、ユリアーネはマスコミに執拗に追い回されていたのだ。 取材攻勢は、事故のショックでパニック障害に苦しむ彼女の精神をさらにすり減らした。 家にまでマスコミは押し掛けて来て、ユリアーネの精神状態は限界に達していた。
 
 
photo  そこで彼女は、父方の祖母が住む ドイツへと移住。 だがそこで、祖母から思いもよらぬ一言が…
「あなた子供の頃、パパとママの様な動物学者になりたいって、ずっと言っていたわね」
 ユリアーネは、動物学者である両親の背中を見て育った。 自分も同じ道を歩みたいと思っていた時期もあったが、父親との関係が険悪になり、そんな夢もとうの昔にあせていた。
 だが次第に…何に対してもネガティブになっていたユリアーネの気持ちに変化が現れ始めていた。 それは、父・ハンスがドイツに帰郷した時のことだった。 ユリアーネは、父に高校を卒業したら大学で動物について学びたいと話した。 父は「パパは何でもサポートするぞ」と言ってくれた。
 
 
photo  ユリアーネは気づいたのだ。 起きてしまったことへの後悔よりも、これからをどう生きるかということに。 その後、ユリアーネはドイツ・キール大学で動物学を勉強し、事故から16年後に動物学の博士号を取得したのである。
 
 
photo  そして現在、60歳になった彼女は、名門 バイエルン州立動物学コレクションで、コウモリを専門にする動物学者として活躍している。 コウモリを専門に選んだのは、父の勧めだったと言う。 運命に翻弄されながらも、彼女は両親と同じ道を歩むことに生きる意味を見つけたのだ。
 残念ながら 父・ハンスは、2000年、87歳で亡くなった。 父が亡くなる前の2年間、世界中で講演する父の助手として働いたという。 ユリアーネさんは、「その2年間が私と父を本当の親子にしてくれた様に思います」と語ってくれた。
 愛する母を失った悲しみ、父との確執…幾多の絶望的な状況の中で、苦悩と葛藤を繰り返し、事故から44年… あの日、失った人生を彼女は、今 しっかりと歩んでいる。
 
 
photo  事故から18年後の1989年、ユリアーネは同じ動物学者のエリッチと結婚。 実は事故後、彼女は長年に渡り、事故のトラウマから解放されずに苦しんでいた。
 これは…事故から27年後、夫婦で事故現場を訪れた時の実際の映像である。 夫のエリッチは、現場を訪れることで彼女をトラウマから解放出来るのではないかと考えたのだ。
 そこで彼女が目にしたものは、508便の機体の一部だった。 さらに驚くべきものを発見する。 ユリアーネが座っていた座席だった!! そこで、母の死をやっと受け入れることが出来たユリアーネ…彼女は落下した場所を再び訪れることで長年のトラウマを克服したのだ。