5月8日 オンエア
最愛の人に贈る★奇跡の結婚式
 
photo  2013年4月14日。 ウェディングプランナーの大和田 浩子さんのもとに、1本の電話がかかってきた。 その電話は、1週間後に結婚式を挙げたいという内容だった。 これまで様々な結婚式をプロデュースしてきた彼女だったが・・・これほどまでに差し迫った依頼を受けたのは初めてだった。 さらに、式を挙げる場所として指定された場所は、式を挙げるにはあまりにも似つかわしくない場所だった。
 依頼者の名は鈴木麻耶さん、交際して15年になる善久さんと、どうしても1週間後に式を挙げたいという。 身内だけの小さな結婚式を父のために挙げたいというのだ。
 
photo  麻耶さんの父・貞臣さんは、製薬会社に勤めるサラリーマンだった。 妻の由美子さんとは、大学時代に知り合い結婚。 その1年後には長女の麻耶さん、3年後には弟の敬嗣さんが誕生した。 どこにでもいる幸せな家族。
 
photo  だが、そんな一家に大きな変化が・・・母親の由美子さんがガンに倒れ、帰らぬ人となったのだ。 以来、父・貞臣さんは、不慣れな手つきながらも率先して家事をこなすようになった。
 さらに、家族4人だったころと変わらず、子供たちをドライブや旅行に連れ出した。 その時、貞臣さんがいつもかけていた曲が「サタデー・ナイト・フィーバー」だった。 この曲は、貞臣さんと由美子さんの思い出の曲だったのだ。
 
photo  2012年6月、悲劇は突然訪れた。 貞臣さんは、脳のガンに冒されていた。 すでに手の施しようのない状態だった。
 母親が亡くなった時と同じように貞臣さんは明るく振る舞った。 だが・・・「麻耶の花嫁姿が見られなかったのがちょっと残念だけどな」と本音をもらした。
 しかし、麻耶さんは「花嫁姿が見たい」と言われたことを、恋人の善久さんには言えなかった。 それを言ってしまうと、善久さんを追いつめてしまうと考えたのだ。
 
photo  その後、次第に貞臣さんの病状は悪化、入院生活を余儀なくされた。 父親の病状を気遣い、麻耶さんも病院に寝泊まりする日々が続いた。 恋人の善久さんも、職場と病院を往復する麻耶さんに付き合い、懸命にサポートした。
 そんなある日。 善久さんが麻耶さんにプロポーズ。 善久さんも、貞臣さんに麻耶さんの花嫁姿を見せてあげたいと思っていたのだ。
 
photo  しかし この頃、貞臣さんのガンは体中を蝕むほど進行。 昏睡状態に陥り、危険な状態が続いていた。
 だが、一時的に貞臣さんの意識が戻った!! しかし、意識が回復したとはいえ、貞臣さんはベットから起き上がることが出来ない状態だった。 当然 病室からは一歩も出られない。 医師から宣告された命の期限も刻一刻と迫っていた。
 
photo  そんな時、麻耶さんが連絡したのが、ウェディングプランナーの大和田さんだった。 父のためにどうしても式を挙げたいという麻耶さんの強い気持ちを聞いた大和田さんは、絶対にこの願いを叶えてあげたいと思ったという。
 1週間後のそれも週末、当然、プロのヘアメイクやカメラマンは既に予約でいっぱいだった。 それでも 大和田さんは、持てるかぎりの人脈を使い、都内の式場関係者と交渉にあたった。 すると!何とか、結婚式に必要なスタッフを確保することができた。 そして、式で流すBGMは、貞臣さんと由美子さんの思い出の曲である「サタデー・ナイト・フィーバー」をかけることになった。
 
photo  式を挙げる病室の下見に病院を訪れた時のことだった。 病院側から、病室での結婚式は認められないと言われてしまったのだ。 拍手やBGMなど、他の入院患者の迷惑になることも考えられる。 さらに、ウェディングドレスで院内を歩くことも非常識だということだった。 貞臣さんが入院しているのは、多くの患者を抱える東京でも有数の大病院、一人の患者の願いだけを受け入れる訳にはいかなかった。
 
photo  死の床にいる父に花嫁姿を見せてあげたい、しかし病院側は首を縦に振ってはくれなかった。 そこで大和田さんは、貞臣さんの体調を考えて式は10分で済ませると約束。 そして、麻耶さんは拍手は指先だけで音を立てないようにすること、ドレスは病室で着替えると約束した。 さらに、BGMも諦めようとした麻耶さんに、大和田さんはBGMだけはかけさせて欲しいとお願いした。 BGMは最小限の音に抑えると約束して。 そして・・・隣の病室からも了承を得た上で、病院側から結婚式の許可がおりたのだ!
 
photo  2013年4月21日、結婚式当日。 約束通り、麻耶さんは父親の病室で着替えようとしていた。 すると・・・病院スタッフの計らいで貞臣さんの病室の向かいの空き部屋を自由に使わせてもらえることになったのだ。
 さらに、看護師さんが貞臣さんにスーツを着せてくれていた。 貞臣さんは、力を振り絞り、指先で拍手をして祝福。 父と母の思い出の曲「サタデー・ナイト・フィーバー」は、本当に小さな音で流された。 しかし、麻耶さん、貞臣さん、そして病室内にいた全員の心に大きく響いた。
 
photo  そして結婚式から2ヶ月後、貞臣さんは天国へと旅立った。
 
photo  父への思いを形にした病室での結婚式。 式の中で麻耶さんは、貞臣さんへあるものをプレゼントしたという。 それは・・・写真立て。 結婚式の写真をそばに飾ってもらい、いつまでも覚えていてもらいたいという思いからだった。
 貞臣さんは、花嫁姿の麻耶さんの写真を、病院のベットでいつも眺めていたという。 そして現在、写真立ては麻耶さん夫婦の新居に飾られている。 貞臣さんはこれからも、娘の幸せを見守っていく。