3月6日 オンエア
老舗バス会社★全国初の奇跡とは?
 
photo  北海道東部、帯広にあるバス会社「十勝バス」。 このバス会社が3年前におこした快挙。 それは、地方の路線バス会社が起こした全国初の奇跡だった。
 物語の主人公、十勝バス社長の野村文吾さん。 彼の誠実さと諦めない心は、老舗バス会社の常識を打ち破り、やがて誰もが忘れていた誇りと喜びをもたらすことになる。
 
photo  十勝バス創業家の長男として生まれた野村さん。 学生時代はテニス部で活躍。 一時はプロを目指すほどの腕前だった。
 その後、東京に本社を持つ大手ホテルチェーンに入社。 広報としてキャリアを積んだ後、札幌に移動。 エリートビジネスマンとして活躍する一方、結婚し、子供にも恵まれ、マンションも購入し、まさに順風満帆な日々を送っていた。
 
photo  そんなある日・・・帯広でバス会社を経営する父が突然訪ねて来た。 父は、会社をたたむことにしたという。
 父が経営していた十勝バスは、帯広市を中心に十勝地方全域に展開している路線バス、市民の足として70年に渡って愛されてきた。 しかし、マイカーブームの到来とともに利用者は減り続け、その数は全盛期の3割にまで落ち込んでいた。 とはいえ、これまで会社の事で父から相談など一切受けたことはなかった。
 しかし、会社をたたむためには、筆頭株主である野村さんの了解が必要だという。 2代目社長だった祖父の株は、祖父の死後、孫の文吾の名義になっていた。 だがそれはあくまで便宜上の相続。
 父の姿勢は幼い頃から一貫していた。 父は長男である野村に「会社を継げ」とは一度も言ったことがなかった。 それどころか、経営する十勝バスではなく、安定した大手企業の就職を進めた。 そのため、野村自身、会社の経営に関心を持った事はなかった。
 
photo  だが翌日、野村は父を呼び出し、十勝バスの経営をやらせて欲しいと切り出した。 実は前日の夜、胸が締め付けられるような想いを感じていたのだ。 バス会社がなくなっても、自分が困ることは何もない。 だが、父が経営していたバス会社があったからこそ、自分は今、この上ない幸せな生活を送れているのではないか。
 野村は決意した。このまま見ないフリをして通りすぎることはできない。 父は反対したが野村は十勝バスへ入社する決意を固めた。
 
photo  こうして、34歳で十勝バスに入社した野村は、経営企画本部長として280人の社員の陣頭指揮をとることになった。 その頃の十勝バスは、補助金なしでは運営できない状況。 だがその補助金も利用者が減り続ければ、給付されなくなる可能性もある。 一刻も早く立て直さなければ、倒産。 そんなギリギリの状況だった。
 
photo  野村は営業が必要だと感じ、ポスターを貼ったり、チラシを配るなどの宣伝活動に力を入れようと考えた。 だが社員達は、「ここは東京じゃないんですよ・・・」と全くやる気がなかった。 野村は営業以外にサービス向上も訴えた。 しかし、サービスよりも安全第一と、運転手達に全く取り合ってもらえなかった。
 当時、十勝バスでは利用者の減少を『自然減』と呼んでいた。 社員の誰もが、客の減少は時代の流れ、何をしても乗客が増えることはないと諦めていたのだ。
 それゆえ、立て直しをしようとする野村と社員が衝突するのも、言わば当然だった。 全く経験のない会社経営、立ちふさがった壁はあまりにも高かった。
 
 十勝バスに入社して2年目、野村は帯広青年会議所に入会した。 先輩経営者たちとの交流をきっかけに会社を立て直すヒントを得たい、その一心だった。
photo  そんな野村の相談にいつもつき合ってくれたのが、会議所の長原さんと笠原さん。 毎晩深夜まで、会社再建について話し合ったという。
 ある日のこと。 愚痴をこぼすばかりの野村に長原さんと笠原さんは、「一緒の働いている人のことをもうちょっと愛せよ。お前は会社の事を話す時『自分たち』って言った事、一度もない!」と言った。
 野村は、胸を一突きにされた気分だった。 いままで、精一杯やっているつもりで、大切なことが見えてなかった。
 
 翌日、野村はすぐに行動に移した。 野村は従業員に謝罪、従業員を愛することを誓った。
photo それは、ほんの小さなことの積み重ねだった。 早朝は出勤する社員全員に挨拶。 ヒマを見つけては自分から社員に歩み寄り、少しずつ社員との距離を縮めた。 そして、社員の意見に耳を貸し、一人一人に自分の思いを語った。
 その一方で、会社に残った僅かな資産を売却するなど、十勝バスの・・・市民の足の存続のために、できることは全てやった。 相変わらず赤字は続き、厳しい経営状態ではあったが、嬉しいこともあった。 野村の働きかけによって、社員達が少しずつ変わり始めたのだ!
 
 そんなころ、野村は正式に社長に就任、だがこれからだと思っていた矢先、信じられないことが!! 世界的な原油価格の高騰で燃料費が高騰。 photo 十勝バスは倒産寸前に追い込まれたのである!
 もう会社は建て直せないだろう・・・さすがの野村もそう覚悟した。 だが、その時だった!!
社員から「営業強化するしかないですよね」という意見がでたのだ。 営業強化、それは10年前に一蹴されたアイデアだった。 しかもその時一蹴した社員がそう意見したのだ。 野村の情熱が社員の気持ちを動かしたのだ! さらに、現状維持を主張した社員が前を向き始めた!
 
photo  そして社員達は、自発的に時刻表と路線図を各家庭に配る準備を始めた。 実はこれは、かつてどこのバス会社もやったことのない、日本初のアイディアだった。 実行に移せば、新しい顧客の確保につながる、野村はそう確信した。
 しかし、せっかくのアイディアだったが、配布するのは一つの停留所の周辺だけだという。 社員の中にまだ営業にたいする拒絶感が残っていたのだ。 それは、野村の想像の10分の1ほどの範囲、はるかに小さい規模だったのだが、社員達自らが出した初めての提案にかけてみることにした。
 
photo  そしていよいよ、十勝バス初つの営業作戦が始まった! むろん、社員達にとっても初めての経験。 緊張と恥ずかしさでポストに投函するだけでも勇気が必要だった。
 ポストに投函した時、住人が声をかけてきた・・・今や必要とされていない路線バス、そんな路線バスの営業などきっと迷惑に違いない、社員達はそう思った。 しかし・・・初めての営業で得たものそれは、笑顔だった! 嫌な顔をする住人は一人もいなかった。 逆にいろいろ質問される事の方が多かった。
 
photo  そして数日後。 運転手が何かあったのかと聞いて来た。 いつもなら素通りする停留所に僅かだが客がいるというのだ!! そこはまさに、社員達が初めて自分の足で営業した停留所だった!
 これをきっかけに、社員達から様々なアイディアが出るようになった。 通院や買い物をする利用者のために、目的地別の路線図を作り。 定期を利用する客には、土日乗り放題のサービスを始めた。 それらはみんな、利用者の立場で考えたもの。 乗客にとって、新しく魅力的なバスの乗り方が生まれたのだ。
 
photo  社員を愛すると決めてから6年あまり。 その想いは、いつしか利用者を愛することに繋がっていった。 そして、十勝バスの利用者は自然と増加していった。
 十勝バスを取り巻く環境が少しずつ変わっていく。 自分たちは必要とされている、その誇りが彼らを支えていた。
 
photo  そして野村が入社し懸命にもがき続けて13年目の2011年。 ついに、十勝バスは増収に転じたのである! 地方の路線バスの増収は、実に全国初の快挙だった!!
 さらに今年2月、十勝バスの奮闘ぶりがミュージカルとなり、地元 帯広で上演された! 十勝バスの快挙は地元の人々が元気と誇りを取り戻す、大きなきっかけとなったのだ!
 
photo  奇跡の復活を遂げた十勝バス。 昨年に続き、今年度も増収。 3年連続で補助金の割合は減少に向かっている。 そして社員達は、今も慢心することなく、今も寒い帯広を歩き回っている!