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コチキャラフラッシュバック


2001〜2002 2002〜2003
2003〜2004 2004〜2005


2001〜2002 すべてが手探りの中で始まったファーストシーズン


矢掛商業高校(岡山) 寺廻太子コーチ 清水市立商業高校(静岡)蔭山弘道コーチ
大館桂商業高校(秋田) 利部陽子コー 唐津北高校(佐賀)藤田幸光コーチ
鹿児島玉龍高校(鹿児島)梅北精幸コーチ 州本高校(兵庫)三屋裕子コーチ


あるコチキャラ派遣校の300日 川之石高校(愛媛)と佐伯美香コーチ 悔しさがないと前へは進めない!と叱られ続けた半年間


2001年6月23日オーディション
愛媛のコチキャラコーチはシドニー五輪ビーチバレー4位入賞という経歴を持つ佐伯美香さん。コーチング校を決定するオーディションには男女併せて10チームが応募。佐伯さんも加わり審査が行われた。


7月5日初コーチング
「よろしくお願いします!」――期待に胸を膨らませて元気よく佐伯コーチを出迎えた選手たち。コーチング校に決まったのは川之石高校女子バレー部だった。決定の報告を聞いたときは、うれしさのあまり涙ぐむ子もいた。
「佐伯です、これからビシバシ厳しくいきますので、皆さん覚悟してついてきてくだい」 選手の大きな返事が体育館に響いた。覚悟は出来てるつもりだった。…だが、レシーブ練習が始まると、初日から、選手たちの中に潜んでいた一片の甘さはあっけなく吹き飛ばされた。
「なんで声出さんの!! 声を出して仲間を助けてやりなさい!」「なんでやらん!!」  いきなりのキツい叱責だった。 バレー部の横断幕は『一心翔球』と染め抜かれている。全員の心を一つにしてボールを追いかけよう、というチームの精神が込められている。それをなぜ実践しないのか。
うわべだけのプレー、格好だけでやるバレーは、この日から徹底的に打ちのめされていくことになる。


8月6日夏合宿
4回目のコーチングに訪れた佐伯さん。初めて川之石の試合を(練習だが)見た。
すぐに課題を見つけた。チャンスボールが確実に得点につながっていないのだ。試合後に行われたのは、チャンスボールをセッターに返す練習。ミスした選手はコートの外へ出される。的確なプレーと、それ以前に必要なプレーへの厳しさを身に着けるのだ。


9月6日
佐伯さんの指導はさらに厳しさを増し、チームの雰囲気も大きく変わろうとしていた。ミスが出れば、遠慮容赦なしに仲間同士で指摘し合う。練習が終わっても、誰もが佐伯さんのもとへ歩み寄り、自分のプレーの納得いかない部分を質問をぶつけて修正しようとした。
佐伯さんは「自分の気持ちを表に出してプレーをする」ように仕向けた。それによって、うまくなりたい、勝ちたい、そんな執念が芽生え、どの選手をも貪欲にさせていたのだ。しかし、川之石バレー部はまだ、階段をようやく上り始めたにすぎなかった。


9月22日南予選手権大会
力試しで臨んだ新チーム初の公式戦、結果は1勝1敗。公式戦で始めて1勝をあげたものの、試合を見た佐伯さんは「目指しているところが低い。本当に勝とうと思っていない」


10月1日
「優勝するためにも、もっと緊張感を持って練習をしてほしい」と佐伯さん。
 しかし、練習には緊張感が微塵もない。チームを指導してきた田中義則監督がついに不満を爆発させた。あの負けは何だったのか。何が何でも勝ちたい、南予で優勝するんだ、そういう気迫がお前たちから伝わってこないじゃないか。「やる気がないなら、もう練習は見ない」と、監督はついに彼女たちを突き放した。
「負けたことを自分自身が悔しいと思わな。それを感じてない、と田中先生は思うとんのや。悔しいと思わな、前へは進めんよ」
 泣きじゃくる選手たちの心に、佐伯さんのことばがしみる


10月24日
新人戦南予予選まで2週間を切った。だが、20日以上たっても変化は見られなかった。いたずらに試合への日数が過ぎていくばかりで、チームの中には焦りが生れ膨らんでいくばかり。
「この一本を点数にするんや、自分がどれだけ苦しい思いをしても点数にするんやという気持ちが伝わってこない!」しばらく黙り込んだ佐伯さん。
「次に来たとき、まだ本気でやってないなと思ったら、私はやめる」次に出た言葉は、決別宣言といってもよいほど厳しいものだった。このチームは勝てる! という確信を持っているからこそ、佐伯さんも鬼にならざるを得なかったのだ。


11月3日新人戦南予予選
佐伯さんが言い続けた「一本一本を大事にする」その執念。それが本当に身についているのか、不安を抱えたまま臨んだ新人戦南予予選。
しかし、練習で流した涙はむだではなかった。4試合すべてにストレート勝ちし、しかも第1、第2シード校を撃破して14年ぶりの優勝。川之石はさらに上のステップへと歩を踏み出した。
だが、佐伯さんは「これがゴールではない」と選手たちの気持を引き締めた。


11月14日
これまで主体だったオープン攻撃に速攻を加えて、コンビバレーの導入に着手した。


11月17日
もうひとつ上のバレーボールを目指すものの、未完成のままのぞんだ新人戦県大会では、初戦敗退の屈辱を味わったが、流れるようなブロード、鮮やかな時間差…と、ぴたりとコンビが決まる会心の瞬間を夢見て特訓は続いた。
 妊娠6ヵ月でおなかのふくらみが目立ってきた佐伯さんだが、そんなことはお構いなしに体育館へ足を運び、選手たちが心配するほど精力的に動き回る。おかげで技術面は磨き込まれ、コンビが実戦で通用するめどは立ってきた。あとはリズムが崩れたときどう立て直すか、ハートの課題だけだ。


2004年1月4日・5日
香川県三本松で行われたコチキャラの合同合宿で、佐伯さんが残したコメント。「褒めることはせず、嫌なことばかり言ってきたけど、それは、気持さえ切り替えればあの子たちはもっと勝てる要素を持っているから。だから満足してほしくなかった」


1月11日
佐伯さんのそんな本心を感じ取ったのだろうか・・・。
練習で、ボールに食らいつく選手たちの顔つきが変わった。春高南予地区予選を3日後に控えて、ようやく川之石女子バレー部が”本気“を見せ始めた。


1月17日南予地区予選
 第1シードとなった南予地区予選では2戦連勝して県大会出場を決定。うれし涙に暮れる田中監督の横で、佐伯さんも「この2勝は子どもたちが苦しんで苦しんで勝ち取った2勝なので、すごくうれしい」と感激。その佐伯さんに恩返しができたと喜ぶキャプテンの古田良美は、「最初はチャラチャラした気持もあったし、やっている間はしんどくてキツかった。でも、最後は自分たちがこういうふうになれてすごくよかったです」と、引き締まった笑顔をキラリと輝かせた。


2月
半年間余のコーチングを終えて、佐伯さんから手紙が届いた。田中監督は選手たちを集め、手紙を読み始めた。
「勝手に自分たちで限界を決めてしまっている。挑戦もしないうちに、努力もしないうちに……。夢や目標がなければ楽で良い、あればあったで叶えるために苦しまなければならない。でも夢や目標がなくてうつろな日々を送るより、夢や目標を現実に変えて、もがく日々のほうがずっと幸せだと思います」
読み終えて、監督は言った。
「諦めさえしなかったら、おまえらの目標は手の届くところにあると思うな」

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