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ロシアのウラジミール・プーチン大統領は若い頃に柔道とサンボの本格的な経験があり、どちらもロシア連邦スポーツマスターの称号を有する上級の熟練者であることはつとに有名です。現在も柔道とサンボをこよなく愛しているのです。 |
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2000年9月の訪日の際にはプーチン大統領は、講道館館長から贈られた六段の紅白帯をその場で締めることを丁重に辞した上、こう言葉を続けました。「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」。また、山下泰裕とは初対面から7年間に10回以上も対面し、柔道について語り合い、すっかり意気投合しています。 |
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そればかりか、今年の4月にはサンクトペテルブルグで行われた総合格闘技のイベント「ボードッグ」を観戦。柔道、サンボ出身の総合格闘技世界ヘビー級王者エメリヤーエンコ・ヒョードルの試合を観戦し、試合後には大統領主催のパーティに招待して激励しました。そして5月にはロシア連邦大統領令により、ヒョードルに「祖国に対する功労」勲章2級を授与しているのです。 |
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そんな、柔道、サンボの熱烈な支援者プーチン大統領は、明確な「柔道観」、「サンボ観」を持っています。
柔道については、「柔道は単なるスポーツではない。柔道は哲学だ。日本人の心や考え方、そして文化である」と答えています。
サンボについては、「サンボは創造的なスポーツであり、常に新しい技術・戦術がつくられ発展するロシアの格闘技である」と答えているのです。 |
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全く別の機会のインタビューであり、2つの格闘技を対比する意図の質問に対する回答でないにもかかわらず、
「柔道は『様式的哲学的』であり『正々堂々』と戦う武道であること」
「サンボは『創造的実践的』であり『自由奔放』に戦うスポーツであること」
を大統領は大変簡潔かつ的確に表現しています。両格闘技の本質を完璧に理解していることに、私は尊敬の念を禁じえません。 |
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柔道とサンボの関係は、レスリングのグレコローマンスタイルとフリースタイルの関係に酷似してます。「柔道とグレコローマンスタイル」は伝統的なスタイルで、「正々堂々」と戦うことを本質とし、「サンボとフリースタイル」は革新的なスタイルで、「自由奔放」に戦うことをモットーとしています。
それが理由であるかどうかは定かではありませんが、日本では柔道からレスリングに転向する人はグレコローマンスタイルを選択する比率が高く、旧ソ連ではサンボからレスリングに転向する際にフリースタイルを選択する比率が高いというデータがあります。 |
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日本では、大きく分けて、「高校からレスリングを始める人」と「高校卒業以降からレスリングを始める人」に分類されます。
柔道からレスリングへ転向する場合、高校からレスリングを始める人は、自動的にフリースタイルから先に習います(インターハイにはフリー種目しかない)ので、フリーの選手になることが比較的多いです。高田裕司や富山英明といった金メダリスト、重量級で2大会連続の銀メダルを獲得した太田章などはこのケースです。また、日本のレスリングはフリーの本場のアメリカから入ってきたため、戦前や戦後まもなくの時期はフリースタイルの大会しか実施されず、大部分の転向者はフリーの選手になりました。日本レスリングの父・八田一朗(早大柔道部出身)や柔道界の重鎮・小谷澄之十段(東京高師出身)、一時期、レスリング選手を兼ねてトルコ遠征もした曽根康治(明大柔道部出身、58年全日本、および世界選手権者)などがこのケースです。 |
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しかし、昭和30年代以降、柔道出身で高校卒業後からレスリングを始めて、五輪に出場した選手は、大部分がグレコローマンスタイルを選択しています。
花原勉(東京五輪フライ級金)、市口政光(東京五輪バンタム級金)、宮原厚次(ロス五輪57キロ級金)といった五輪金メダリスト、
さらには、重岡完治(関西大柔道部)、中浦章(拓殖大柔道部)、
杉山恒治(東海高・柔道インターハイ、国体優勝)※プロレスラーのサンダー杉山
長尾猛司(柔道国体成年の部優勝)、森山泰年(全国自衛隊柔道3連覇)、
三宅靖志(東海大相模高柔道部)、松本慎吾(愛媛・津島高柔道部インターハイ中量級2位)
などの柔道出身者のレスリング五輪代表選手がグレコローマン・スタイルです。 |
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例外的にフリースタイルで活躍した柔道選手には拓殖大時代の正木照夫選手がいます。
正木は柔道と並行してレスリングを学び、フリーの全日本チャンピオンになり、ミュンヘン五輪代表は確定的でしたが、大学4年で全日本学生柔道選手権者(体重無差別)になったこともあって柔道に比重を置くようになり、「本業の柔道ではまだ全日本選手権に出ていない(71年初出場)のにレスリングで五輪を狙うわけにはいかない」と言って、レスリングでの五輪代表という道を自ら放棄しました。 |
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柔道出身者がグレコに向いているという説について、レスリング識者の意見では「グレコローマンは習得するのに時間がかからないため遅く始めたハンデが少ない」、「グレコは投げ技が主体になるため柔道出身者に有利」ということが言われています。
しかし、この理由の根拠は希薄です。日本の選手層の厚い軽量級やせいぜい中量級くらいまでは除いて、層の薄い重量級では多少遅く始めたとしても国内の試合に限定した場合、さほどハンデはありません。また、柔道の投げ技は、「一本背負い、大腰、腰車」など少数の技を除いて「足」を使わない技はありませんのでグレコに応用するのが難しく、グレコの主要な投げ技である「反り投げ」や「俵返し」は経験がありません。にもかかわらず、さほど大きな技術的類似点があるわけではないのに「柔道選手→グレコローマン」が圧倒的に多いという特異な状況となっているのです。 |
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一方、旧ソ連にはサンボ出身のレスリング五輪・世界王者、もしくはレスリングとサンボを兼業した五輪・世界王者が多数いますが、その中の多くがフリースタイルのレスラーです。何故かグルジア出身の選手が多く、バロワーゼ、ロミーゼ、サガラーゼ、ルバシビリ、ティディアシビリなどが該当者です。そもそも、「河津掛けや大外刈り、内掛け、タックル」が投げ技の主力武器のサンボの選手が、足を攻撃できないグレコローマンを選択する理由はほとんどありません。この傾向はモンゴルにおいても同様です。 |
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「柔道とグレコローマンスタイル」の類似点は、哲学的な共通点にあります。 |
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柔道は、日本においては、合戦時の白兵戦の組打ちを想定した柔術諸流派の影響を受けて、嘉納治五郎師範によって創設されたので、根本に流れる精神は「日本武士道」のものです。
嘉納師範は「柔道という広い、また深い原理によって、武士道のみならず、全ての人間に共通の道を説こうとするものである」と柔道の目的を述べています。
日本人は現在でも柔道の公式ルールに認められているにもかかわらず、変則的な組み手や双手刈りや朽木倒しのような足を取る技を邪道だと思う傾向があります。
「正しい柔道」と「正しくない柔道」を区別し、「正々堂々とした試合態度であるかないか」という規範をルールとは別に持っています。これこそが日本武士道の精神です。 |
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一方、ローマ時代に原型が形成され、長い歴史を経て、19世紀にフランスでほぼ現在のルールが整備されたレスリングのグレコローマンスタイルは、相手の下半身を攻撃するのを潔しとしない「西洋騎士道」の精神の流れを汲みます。
ロシアの代表的なグレコローマンレスラーである重量級世界12連覇のアレクサンダー・カレリンは「グレコローマンには固有の道徳・倫理観がある。相手の苦痛を誘う動きはしない。弱い相手とは素早く決着を付け、屈辱を与えるような戦い方もしない。グレコローマンを始めた子供はまずそのことをたたきこまれる。」と、グレコローマンの根底に騎士道的なフェアプレー精神が存在していることを明言しています。 |
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一方、「サンボとフリースタイル」の類似点を、歴史的、技術的に検証してみましょう。 |
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歴史的には、サンボは、日本滞在5年で講道館柔道2段だったワシリー・オシェプコフが、帰国後柔道に旧ソ連的な自由闊達な技術解釈を加えて作った「フリースタイル柔道」が起源であるという説が近年発表されました。「23種類のソ連邦内の民族格闘技を統合再編したもの」として、別の創始者が作ったとする旧ソ連の公式見解は、サンボをソ連邦統合の象徴とし、国民にナショナリズムを喚起するのに都合が良いためレーニン時代に意図的に作られたものだというのです。この説の真偽については諸説ありますが、サンボが柔道の影響を受けたというのは旧ソ連においても共通認識であり、柔道の哲学や様式的な所作を取り除き、連邦内の民族格闘技やレスリングなどと融合してフリースタイル化したものがサンボであるとは言えると思います。 |
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技術的には、サンボは、組み手ひとつとっても柔道以上に自由にジャケット類をつかんでもよく、帯を無制限につかむことが認められています。柔道では潔しとされない手で足を攻撃する技も頻繁に用いられます。まさに「ジャケットを着たフリースタイルレスリング」といって良いほどの類似点があります。 |
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以上の理由により、
日本では「柔道→グレコローマンスタイル」、旧ソ連では「サンボ→フリースタイル」と、転向進路がはっきりと分かれているのではないかと思っています。 |
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「着衣格闘技」では一方の柔道は五輪種目ですが、サンボは五輪種目ではなく、その結果、東京五輪以降サンボ選手の柔道への転向・流入が続いています。その結果、サンボ的な変則柔道が盛んに行われるようになりました。
また、旧ソ連に限らず、欧州圏が中心となって、長年「ポイント制の導入」を初めとしたレスリング的な柔道を推進してきました。また、相手の反則を狙っての「掛け逃げギリギリ」の戦法や、相手につかまれにくいように、体にピッタリとした規格ギリギリの小さい柔道衣が用いられるようになりました。徐々に「ジャケットを着たフリースタイルレスリング」に近付きつつあり、体力的にヨーロッパ圏の選手よりも劣る日本人選手は不利になってきています。近年はルール変更と戦法の「いたちごっこ」の様相を呈しています。 |
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そして、このたびのリオ世界柔道へ向けて象徴的な出来事が起こりました。「鉄板柔道衣」の出現です。今夏の欧州合宿に参加した世界柔道2007日本代表選手によると、合宿で欧州勢が極端に「硬くて持ちづらい」柔道衣を着ていたというのです。柔道衣の硬度に規則がないというルールの盲点を突いて開発されたもので、組み手に影響を与える胸、肩、脇など、あらゆる部分に細かい縫い込みが施され、ガチガチの硬さに仕上げられているというのです。組んで投げる日本柔道にとっては死活問題で、これにより組み手が一層制限され、
ますますタックルなどで体ごと持ち上げて倒すパワー柔道が主流になるものと思われます。
技の日本柔道は大ピンチに陥り、力の欧州勢有利に傾くことはほぼ確実です。 |
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このように、プーチン大統領の「柔道は単なるスポーツではない。柔道は哲学だ。日本人の心や考え方、そして文化である」という発言とは裏腹に、国際柔道界のパワーバランスによって、創始国日本の柔道哲学は踏みにじられ、「サンボ化」、「フリースタイル化」への道をたどってきています。 |
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世間一般には、いまだに「柔道は日本で生まれた武道なのだから日本が勝って当たり前」という意見もありますが、柔道は国際スポーツとしての飛躍的な発展と引き換えに、柔道から「JUDO」へと変質してきているのです。もちろん、この状況に日本柔道はただ手をこまねいているだけではありません。日夜対策を講じ、努力を重ね、伝統の「一本を取る柔道」を目指しています。この逆風の中で、常に金メダルを宿命付けられた日本柔道を、今後もずっと応援し続けていきたいと思っています。 |