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1999.6.22 マラソンの有森裕子が公式にプロと認められた。プロに公式も何もないだろうが、一 連の論議を聞いていると、まるでカフカの世界にでも引き込まれたような気分になる。 面白いというか、ややこしいというか……。 日本のスポーツ選手には、憲法に保証されている肖像権はない。所属する各競技団体に肖像権を預け、競技団体はそれを一括して日本オリンピック委員会(JOC)に委託し、JOCは「がんばれニッポン!」キャンペーンに参加した企業にのみ、選手の肖像権使用を許すというやり方をとってきた。 他の国ではやっていない、共産国家のようなシステムの目的は財源確保だ。かつては競技団体によって収入にかなりの格差があり、陸上競技、テニス、サッカーなどは活動資金が潤沢だったが、重量挙げやレスリングなどマイナーと言われる競技団体は資金集めに四苦八苦。その苦労はいまも同じだ。 この辺の凸凹をならすため、例えばマラソン選手の肖像権をマイナースポーツも一緒に使おうというのが趣旨だった。水泳の千葉すずや岩崎恭子、マラソンの瀬古利彦、中山竹通などの世界的な競技者は自分の肖像権使用を、禁じられたというより、辞退してきた。協賛した企業がポスターやCFに使っても、個人へのギャラは350万円で結構です(かなりの額だが)、後はみんなで強化費にして下さいと、協力してきたといった方が正確だろう。これに有森が異議を唱えた。 有森はアトランタ・オリンピックで二つ目のメダルを手にした後で、水面下で日本陸連と交渉し、肖像権を使用できるビジネス展開を模索した。彼女が言うところのプロ宣言である。陸連はこれを何とか認めて、改革のきっかけにしたかった。実際、昨年の夏の段階で有森の選手登録を認めたが、JOCとの協議に手間取ったということである。テニス、サッカー、野球といった競技団体にはプロ選手も所属し、これらのプロ選手の肖像権は当然ながら個人に帰属する。キャンペーンに加わった企業には、プロ選手は例外と断ってあるが、中にはテニスの沢松奈生子のように、アマチュアと同じ扱いでいいと積極的に協力してきた選手もいる。 有森の主張は「プロ宣言」に対して「スポーツ選手が幅広い経済活動をできるように、自分が先陣を切る」ということだった。彼女の経済活動とプロと何の関係があるのか、そこにがどうも理解できない。 プロ選手とは普通、その競技で生活の糧を得る人を指す。マラソンでいえば、賞金を得ることをプロ活動という。ところが、こっちに関しては有森も日本陸連も何も言わず、話はCMのことばかりである。日本選手の賞金は相変わらず競技者基金に強制的にストックされ、経費の名目でないと引き出せない。とっくに現役を退いた中山竹通さんには、彼が稼いだ賞金や出場料をまだ返却されていないし、幾らあるかも知らされていない。 世界にプロランナーは幾らでもいるが、有森が言うプロ活動、すなわちCMや講演で稼いでいるマラソン・ランナーは、世界を見回しても有森ひとり、他にはせいぜい谷川真理くらいだろう。陸連の決定を飲むしかなかったJOCの反応が面白い。有森をサッカー選手と同様にプロとして扱う。但し、講演や執筆などでオリンピックを題材に経済活動をすることを禁ずる――。JOCは「あなたが経済活動に使う名声はマラソン(陸連)というより、オリンピック(JOC)で得たもの。そこを忘れてませんか」と言いたいのだ。 JOCの母体である国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピックの商標を厳格に扱っている。数年前、東京オリンピックのレスリング、グレコローマン・スタイルで金メダルを獲得した花原勉さんが『金メダルレストラン』という本を出したとき、JOCはタイトルに「金メダル」はダメ。表紙に「オリンピック金メダリスト」という肩書きを使ってはいけないとコミットしてきたほどだ。表紙には広告の機能があるからだという。 有森の話は簡単だろう。賞金を稼ぎたいから陸連登録を認めて欲しい。自分はタレントだからキャンペーンへの全面協力はできない――そう言えばいい。お金も見栄もどっちも欲しいと言うから、ワケが分からなくなる。 |