2010年10月11日
命の闘いは誰がために
〜難航するB型肝炎訴訟〜
「私たちは予防接種による、ロシアンルーレットに当たってしまったんです!」
厚生労働省の前で訴える、冨田圭一さん。
「死にたくないっていうのが、自分のなかでやっぱりあるとです。正直怖い」
余命宣告を受けながら裁判の解決を目指す、窪山寛さん。
和解協議が難航する一方で、命の危機が迫る原告たち。
戦後最大ともいわれる医療被害は、どのように償われるべきなのか?
年間三万人以上が死亡している、肝臓がん。 これを最前線で食い止めているのが、ラジオ波療法である。 高周波の電流が流れる針を、局部に刺してガン細胞を焼き切る方法だ。
武蔵野赤十字病院の副院長・泉並木医師は、ラジオ波治療の第一人者である。 「電流が流れるのは12分間です。その間は痛み止めで我慢してもらいます」 いま、適切な治療を受けることで、肝臓ガンでも社会復帰が可能になった。
ただし、B型肝炎特有の危険性について、泉医師は警告する。
「慢性肝炎の初期であってもガンができてしまうことが、しばしばB型肝炎の場合はあります。 20代、30代と非常に若い方からも“ガンができる”のが心配なのです」
今年3月、札幌地裁はB型肝炎訴訟に和解を勧告した。 『救済範囲を広くとらえる方向で判断し、それとの相関で合理的な救済金額を定める』 と、解決の道筋をこう示した。 国は和解協議に応じるか検討するとして、態度を保留。 そのため、原告団は体調悪化を覚悟で、早期解決を粘り強く訴え続けた。
5月、国は和解協議に入ることをようやく表明、厚生労働大臣が原告団との直接対話に臨んだ。
しかし、謝罪の言葉も無く、解決に消極的な姿勢に終始した。
そして7月の終わり・・・、原告の窪山さんが緊急入院した。
「肝臓のですね、右の下のほうに黒い影ができていると。 これ診断は“肝細胞がんの再発”で間違いなかろうと思います」 こう告げた、主治医の樋口野日斗医師(福岡市民病院)。 窪山さんにとっては、実に8個目となる、ガンの再発。 今回も、迷わずラジオ波療法を選択した。
ON.窪山寛さん&薫さん
「今回は良かった、ほかに転移してなかったけん」(窪山さん)
「一個だけでしょ、まだ死んだらいかんということ」(妻・薫さん)
「神様がなあ」(窪山さん)
—ラジオ波療法の当日—
今回、窪山さんの肝臓ガンは小腸に近い場所にあるため、リスクを伴う治療となる。
窪山さんの顔には、不安の色が浮かんでいた。
—治療開始—
余命宣告を受けて、あと残り一年。
窪山さんが必死に裁判の早期解決を目指すのは、万が一の時に一人になる、妻・薫さんへの想いと、若い原告に早く治療を受けさせるためだった。
原告の冨田圭一さん(36)は、二歳の娘と妻の三人家族。 今年二月、無症候キャリアから慢性肝炎に進行していると判明した。
「この先、肝硬変、肝がんというのは十分あり得ると思う。守るべきものができたぶんだけ、不安は大きいですよね」
8個目のガンは、ラジオ波療法によってしっかりと処置され、窪山さんは、妻・薫さんのもとに生還した。 それからわずか三日後、窪山さんは個人タクシーの仕事に戻っていた。
「術後の違和感は大いにあったけれど、やはり生活があるからね」(窪山さん)
この三年間、窪山さんの医療費は、200万円以上を自己負担している。 老後の貯えだった定期預金を解約するなど、家計は非常に厳しい。
国は現在、原告団が要求している賠償額の半分程度で対応する案を作り、キャリアには、慢性肝炎などに進行した場合のみ、賠償する方針という。 これに対して、原告団は強く反発、年内解決のメドは立っていない。
(原告要求: 死亡、肝がん、肝硬変=4千万円、慢性肝炎=2千万円、キャリア=1千2百万円)
いっぽう、社会政策の専門家・矢野聡教授(社会政策論)は、この裁判を個人賠償に限定して議論するべきではない、と指摘する。
「一時金の金額を争うというのは、寂しいですよね。(原告の)背後にある、苦しんでいるB型肝炎患者さんを治療する、ここを一番充実させるのが、今回の肝炎訴訟の最も大事なところではないでしょうか」
予防接種によるB型肝炎の患者は、数十万人ともされる。病状が進行しても経済的事情で、治療を諦めた患者も少なくない。 その現実を知る窪山さんは、いま苦悩していた。 「賠償金額よりも全員救済を目的に、どこかで考えていかなければいけない」
限られた原告の賠償になるのか、
それとも、B型肝炎の患者全体の対策へ進展するのか、
10月12日の札幌地裁で、国の和解案が初めて提示される。
2010年3月8日
ガン再発 B型肝炎の現実
「医師からは、“肝臓癌による平均生存率は5年で50パーセント。 そう長くは生きられない”と言われています。愛する家族を残して死ななければならない」
B型肝炎訴訟の原告である、田中義信さん(51)は、2009年12月25日、 妻と娘が見守る中で初めて東京地裁の法廷に立ち、自分の被害を意見陳述した。 大学生協の職員である田中さんは1991年に献血した際、B型肝炎ウィルスのキャリアだと初めて知った。 病院に相談すると「今は治療の必要なし」、と診断されたという。 ところが2008年12月、大学病院の精密検査で肝臓にガンがあると判明した。 「6センチぐらいのガンができたと医師から言われました。ちょうど、野球ボールを少し小さくしたくらいのサイズです」
2009年2月、田中さんの肝臓左側にあったガンは切除された。 手術後、「肝臓右側にも小さなガンが複数ある」と医師は告げる。 妻・京子さんは、田中さんの変化に胸を痛めていた。
「(夫は)我慢強い性格なので言葉に出せないから、余計周りの方はわからないんですけど、 1年前より全然体力的には違います」
B型肝炎の場合、発症すると慢性肝炎から突然ガンができるケースも少なくないと、肝臓専門医の川西輝明医師(札幌緑愛病院・肝臓センター長)は指摘する。
「最初から(多部位に)再発のガンがあった可能性が高いので、余命診断としては、1年とか3年持たないだろうという感じになってくる。 B型肝炎ウィルスのキャリア(持続感染)で落ち着いた状態でいる人と、進行していく人との差は、かなり大きい。キャリアのうち、2、3割が発症する、と言われています」
大学病院の主治医は田中さんに「5年生存率は50%」と告げ、抗がん剤治療を提示した。 抗がん剤治療は、2週間単位の入院を4回繰り返した。副作用は、38度以上のインフルエンザのような熱、倦怠感、口内炎、そして鬱症状など。 そこに追い討ちをかけたのが、多額の治療費である。医療保険や高額療養費制度を利用しても、自己負担の分だけで入院費用は、80万円(年間)以上だった。 それでも、田中さんのガンは、抗がん剤治療で消えていない。家族の生活と自分の命を守るため、田中さんは入院先で仕事を続ける。
今年一月の施政方針演説で、鳩山首相は、“ある言葉”を繰り返して強調した。
「命を守りたい。命を守りたいと願うのです」 
現在、10地裁で383人の原告が国を訴えている、B型肝炎訴訟。 田中さんは肝炎対策基本法が成立した時に鳩山首相と面会、裁判の早期解決を求めた。しかし、首相からは明確な回答はなかった。 鳩山政権に対して、いま田中さんは不安と焦りを募らせている。
「私だけでなく、何人もの患者が本当に苦しんでいて、あるいは亡くなっている。鳩山首相は本当に命の問題だって考えてもらっているのかな、という複雑な思いもあります」
2007年5月4日
肝炎患者にせまる死の危機
薬害肝炎訴訟の原告・浅倉美津子さん(50代)は、C型肝炎の進行を抑えるため 一日おきに“キョウミノ”(商品名『強力ミノファーゲンシー』)と呼ばれる『グリチルリチン製剤』を注射している。 これは肝臓の炎症を抑える薬で、費用は一回につき380円。(※浅倉さんの場合は月額で約5,000円) ただし、ウィルスを排除する効果はない。 C型肝炎を完全に治すことが可能なのは、唯一インターフェロン治療だけなのだ。
「女性は特に60歳を超えるとインターフェロンが効きにくいというデータがあるので、治療開始は早いほうがいいです」
浅倉さんの主治医・虎ノ門病院の芥田憲夫医師は、今すぐにでもインターフェロン治療を開始することを勧めた。 浅倉さんは50代後半で、肝機能値も高い状態が続いているからだ。 しかし、収入が少ない浅倉さんには、高額なインターフェロン治療の費用が工面できなかった…。
「凄く恥ずかしいですけどね、経済的な理由で治療が受けられないのは…。でもしょうがない、今の状態では手が届きません」  
 
C型肝炎患者の5割が完治している、ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法。 治療期間は基本的に一年間で、費用は※総額60万円から80万円、月額にすると5万円から7万円が患者負担となる。
※日本大学医学部(消化器肝臓内科)による。自己負担は所得によって差異あり。
森山光彦教授(日本大学医学部消化器肝臓内科)は、経済的な理由でインターフェロン治療を受けられない患者は多く、 今すぐに治療を行わないと手遅れになると指摘する。
「50歳以上の患者さんは、あと5年、10年という、割と短い時間で肝硬変に進行される患者が多い。 そうなる前に、インターフェロン治療で完治するべきで、1万円(月々)で済むような治療費の補助制度を国家プロジェクトとして、 力を入れていただきたい」
今年4月、薬害肝炎・九州訴訟の原告31番(匿名)の男性が肝硬変と肝ガンでこの世を去った。 19年前、胃潰瘍による出血を止めるため、血液製剤・フィブリノゲンを10本投与されてC型肝炎になった人だ。
最期は妊婦のようにお腹が膨れ上がるほど水が溜まり、朦朧とした意識のなかで「痛い、痛い」と言いながら息絶えたという。
薬害肝炎訴訟は、今年3月に東京地裁が国と製薬会社の責任を認めており、福岡、大阪の各地裁でも同様の判決がでている。 だが、いずれも国、製薬会社が控訴しているので被害者の救済は全くされないままに裁判は続いている。
そのいっぽうで、安倍総理は肝炎対策に乗り出す方針を明らかにした。 参院選挙までに、自民党と公明党のプロジェクトチームが治療費の補助などの具体案をまとめるという。 それが、どこまで踏み込んだ内容になるのかは未知数だ。
浅倉さんがフィブリノゲン製剤を投与されたのは、亡くなった原告31番と同じ1988年。 いつ肝硬変に進行してもおかしくない、という不安のなかで浅倉さんは生きている。
「根本的なインターフェロン治療ができないでいるということは、私はもう息絶えるということになるのかしら。 未来が想像できない…、ひどい話です」
2007年5月3日
森進一が闘ったC型肝炎
歌手 森 進一 (59)。
数多くのヒットを飛ばし、デビューから40年以上たった 今も、トップスターとして走り続けるいっぽうで、実は C型肝炎を抱えて生きてきた。
「35,6年前にコンサートが終わった後、凄く疲れた感じ  がしたので病院で検査したら、すぐに入院しなさいって  言われました。肝機能を示す値がとても高かったんです。  当時は非A非B型肝炎(=C型肝炎)と診断されました。  ショックでした…」
この当時、「襟裳岬」などのヒット曲が続き、森はスターとして 絶頂期を迎えていた。そんな状況での一ヶ月におよぶ入院生活。 彼は覚悟を決めて、ステージに戻ることを選んだ。
「C型肝炎になった自分は長くは生きられないんだと、25年から 30年で肝硬変からガンになっていくと、思っていました。家族には、 自分は早く死んじゃうかもしれないけど、という話もしました」
森は酒とタバコを一切絶ち、徹底した自己管理でC型肝炎の 進行を抑えてきた。そのために付き合いの悪い男だと言われても、 意思を貫いた。しかし、二年前、再び肝臓の機能を示す数値が 急激に悪化していることが判明。家族のことで精神的なストレスが 重なっていた。
 
戸惑う森に対し、主治医の慶応大病院・斉藤英胤医師は新しい インターフェロン治療を勧めた。ペグインターフェロンにリバビリン という薬を併用する方法で、約5割の患者がC型肝炎ウィルスを 排除=完治可能だという。従来はインターフェロン単独・6ヶ月の 治療で、C型肝炎ウィルスを排除できた患者は5%だったのと 比較すると、飛躍的な進歩だ。
「やっぱり自分には歌しかないし、その意味でも健康というものはすごく大切です」
2005年4月6日、森はペグインターフェロンとリバビリン併用治療を 開始。4週間後、C型肝炎ウィルスは測定限界以下になり、8週間後 には肝機能の数値も正常になった。しかし、同時に強い副作用が森を おそった。
シャワーで排水口が詰まってしまうくらい大量の脱毛、階段の 昇り降りで苦労するほどの貧血、そして最も辛かったのは精神的な 落ち込みだった。やがて森は自殺願望を抱くほど追い込まれていった。
「よく言う、うつ病ですね。もう死にたいと思うことが、何度も ありました。命に対しての脱力感というか、希望とかなくなって しまうのです。ここから飛び降りれば死ねるかなとかね。」
2006年3月27日、一年間に及んだ治療が終了。 森進一は強い副作用を乗り越え、C型肝炎を完治させた。
主治医の慶応大病院・斉藤英胤医師は
「ご本人が治りたいという、病気を克服したい意思が強かったことが完治できた最大の要因だと思います」
長い闘病生活の間、常に意識してきた命の残り時間。
同じ苦しみを味わっているC型肝炎患者のために、森進一は安心してインターフェロン治療ができる 体制をつくるように働きかけしていくつもりだという
「国が治療費補助などをして、治療にかかれるような体制を作っていかなければいけないと 思いますので、自分が経験者として訴えていきたい」
2006年8月9日
「裁かれる国の責任」
〜もう一つの薬害肝炎〜
あの薬害エイズを引き起こしたことが判明している 血液製剤「クリスマシン」。国とミドリ十字は責任を認め、 エイズウイルスに感染した被害者に謝罪し、損害賠償を 行った。しかし、全くウイルスの不活化処理が されていなかったこの製剤には、C型肝炎ウイルスも 混入しており、エイズ患者だけでなく多くの C型肝炎患者を出した。
「(国とミドリ十字が)治してくれるんだろうと思ってたら、C型肝炎陽性でした。 後は勝手に自分で治してくださいってほったらかされた。」
C型肝炎の被害者について、国は実態調査を行っただけで、何も対策をとらず 放置してきたと語るのは、長崎在住の福田衣理子さん(25歳)。C型慢性肝炎を抱える彼女は、 薬害肝炎九州訴訟の実名公表原告として国と製薬企業を相手取り、損害賠償を求める裁判を 闘っている。目的は肝炎患者全体の救済で検査や治療を無料化することにある。
       
「これは他人事ではない。あなたの身にも起きること」
1980年、福田さんは生まれた直後、臍(へそ)の緒などから出血が 続き、血液製剤を投与されてC型肝炎に感染した。彼女が 投与されたのは「クリスマシン」。ミドリ十字が製造販売した 非加熱第9因子製剤で、本来は、血友病B患者 (先天性の出血性疾患)の治療に使用された。 しかし、ミドリ十字は、販売拡大のため、血友病以外 (後天性の出血性疾患)に福田さんのような 新生児における出血や手術時における出血などに止血剤として 使用範囲を拡げた
全国5箇所で行なわれている薬害肝炎訴訟。 新生児の出血症や手術時における出血など後天性の出血性疾患で クリスマシンなど第9因子製剤を投与されてC型肝炎ウイルスに 感染した原告は93人中15人、そのうち福田さんのように生まれて すぐ感染した原告は9人いる。
「厚生省・非血友病プロジェクトの調査によると、血友病以外で 「クリスマシン」などを投与された人数は、2445人。特に1980年から 急増していることから、生まれてすぐに投与されて C型肝炎ウイルスに感染した被害者が20歳代に成長している。
薬害肝炎訴訟・最初の判決となった大阪地裁は、「フィブリノゲン製剤」について国と旧ミドリ十字の 責任を認めた。ところが、止血剤としての「クリスマシン」については、「有効性は承認時もその後も 否定されていない」として、原告の訴えを全て退けた。この判決について、 九州訴訟弁護団・石田光史弁護士は、「『クリスマシン』は血友病Bに対しての審査しか されていないにも関わらず、これが後天性の新生児出血などにも有用性があるものとして承認された。 要するに、血友病以外に福田さんのような新生児のケースなどを承認した国の手続きが違法だった。」 と指摘。これに対して国は、「先天性(血友病など)と後天性(新生児出血など)に効果があることに 変わりない」と反論している。
判決から一週間後。各政党は大阪判決を受けて肝炎対策に乗り出した。 民主党のヒアリングに招かれた福田さんは、友人の結婚式に出席した話を交え、 将来への絶望感を口にした。
「私は、花嫁になれないなと思いました。こんな病気の私と結婚してくれる人がいるはずがないからです。 子供を産む勇気もありません。私と同じような思いを絶対に味わってほしくないからです。」
同じ血液製剤でありながら、 対応が大きく分かれた、エイズとC型肝炎。 九州訴訟・原告のクリスマシンによる被害者は4人。 8月30日、輝かしい若者の未来を奪った薬に、福岡で再び判決が下される。
2006年6月16日
最高裁判決がB型肝炎は“国の責任”と認定
「とにかく今は嬉しい、の一言です」と語る、木村伸一さん(41)。
「これは当然の判決。裁判官が良識ある方でよかったです」、亀田谷和徳さん(23)は、 少し俯きながら話した。 最高裁の中川了滋裁判長は、『集団予防接種において、注射器の一人ごとの交換や 消毒を指導せず、注射器の連続使用の実態を放置していた』として国の責任を認定、 原告5人に対して、ひとり550万円の損害賠償の支払いを命じた。 原告側・全面勝訴の判決だった。
一審では原告敗訴、二審の札幌高裁は原告の逆転勝訴判決となり、最高裁に持ち越されていた、 札幌B型肝炎訴訟。主な争点は2つあった。
まず、『因果関係』
原告側は「輸血歴もなく、母子感染でもない。予防接種の連続注射以外でB型肝炎ウィルスに 感染した可能性はない」、と訴えた。しかし、国は他にも感染原因があり得ると主張、科学的な 立証を要求した。
そこで原告側は、昭和大学・与芝真教授に証人を依頼。与芝教授は疫学データを分析した結果、 「集団予防接種の回し打ちを中止してから、新たなB型肝炎キャリアの発生が激減している」と 証言した。
この因果関係について最高裁は、「集団予防接種のほかには、感染の原因となる可能性の 高い事実の存在は伺われない(一部略)」として、いわば消去法による原告側の主張を 認めた。最高裁は、数十年前の感染を立証することは事実上不可能であることから、現実に即して 被害者を救済する方向性を示したといえる。
そして、もうひとつの争点が、『除斥期間』
 民法724条は、20年を経過すると損害賠償の請求権が消滅すると定めている。
被告・国は、 『予防接種を受けて感染した当時』、を被害が発生した起算点にすべきと主張した。札幌高裁は、 一部国の主張を認めて、二人の原告については除斥にあたるとして棄却した。 これに対し、潜伏期間は被害を知ることができないとして、『B型肝炎が発症して本人が感染を 自覚した当時』を起算点とすべき、と原告側は主張、最高裁がこれを認めた
判決後、原告と弁護団は、川崎厚生労働大臣に対し、肝炎患者の救済策を要請した。
「私たちは、この判決が最終目標ではありません。この判決をもって、国に対して肝炎対策を 勝ち取る、という最終目的を持っています」、木村伸一さんは記者会見で訴えた。
国策で行われた集団予防接種。それが肝炎の感染原因であると最高裁が認めたことで、 厚生労働省には抜本的な肝炎対策の見直しが求められている。
2006年6月13日
B型肝炎訴訟
〜感染リスクは誰にもあった〜
「日本人の原風景ともいえる、学校や地域での集団予防接種。この時、一本の注射器を 連続使用する“回し打ち”が行われていた。その結果、多くの人がB型やC型肝炎に感染したと いわれている。しかし、国は救済措置や実態調査を行っていない。
WHO・世界保健機関は、1953年、「注射器の連続使用は肝炎に感染する」と警告したが、 「一人ずつ注射器を交換する」と旧厚生省が定めたのは、30年後だった。
札幌在住の木村伸一(41)さんは、22才の時に、体調を崩した時に受けた血液検査で、 偶然にB型肝炎であることを知った。母親に聞いても、感染に全く心当たりは無いという。ある日、 主治医から集団予防接種で肝炎が感染することを聞いた。確認すると木村さんの母子手帳には、 6歳までの間に20回の予防接種を受けた記録があった。
B型肝炎は、免疫ができていない乳幼児期(〜6歳)にB型肝炎ウィルスに感染すると、 キャリア化し、肝硬変や肝ガンに進行する・・・。
現在、木村さんは慢性肝炎が進行した状態。数ヶ月ぶりに受けた検査で、肝機能の 数値が高くなっていたことが判明した。新川駅前内科の金川博史医師は、こう警告する。 「一番怖いのはガン。B型肝炎の場合、肝機能値が正常でもガンになります。さらに、 働き盛りの年代でガンになって亡くなる場合が多いので、定期的な検査が必要です」 木村さんは一ヵ月後に精密検査を受けることを決めた・・。
1989年、木村さんたち5人のB型肝炎患者が、「集団予防接種でB型肝炎に感染した」として、 国を相手に提訴した。目的は、損害賠償を受けることよりも、肝炎患者全体を対象に、検査や 治療の無料化を求めることにあった。
一審は11年の歳月を費やし、途中で原告の一人が亡くなった。
判決は、患者側のほぼ全面敗訴だった。
しかし、2004年の控訴審は、患者側の逆転勝訴。
札幌高裁は、予防接種とB型肝炎の感染に 因果関係を認め、「1951年当時から予見可能だった」として、国の責任を認定。ただし、 除斥期間を理由に原告5人の内2人の請求は棄却した。この時、木村伸一さんは記者会見で、 こう訴えた。
「ぜひ、国には肝炎の完治できる薬品や治療の確立を早急におこしてもらいたい」
しかし、木村さんの思いとは逆の方向に行政は動いた。
まず、国は即時に最高裁に上告。さらに北海道は、高裁判決後に治療費を補助していた 肝炎患者について対象を縮小、予算も35億円から24億円に減らした。
木村さんは、肝機能値に異変が見つかってから一ヶ月後、精密検査を受けた。
妻と二人の子供には伝えていない。余計な心配をさせたくないからだ。 エコー検査で、肝臓の状態を丹念にチェック。そして、コンピュータによる断層撮影(CT)。 ふたつの検査の狙いはガンの発見だったが、幸いにも問題は見つからなかった。
しかし、B型肝炎ウィルスの量が、正常値の約二千倍になっていた。つまり、ウィルスが 活発化して慢性肝炎が急激に進行していたのだ。本格的な治療を始めるべき時が迫っている・・・。 しかし、木村さんには、そうできない理由があった。それは働き盛りの肝炎患者に共通する 悩みだった。
木村さんが受けた精密検査の費用は、1万1千円。これを定期的に負担しなければならない。 さらに、本格的な肝炎治療を始めると、毎月多額の費用が必要となる。
木村さんは個人で電気工事業を営んでいる。深夜遅くまで一人で作業することも多い。 仕事を休めば、収入はゼロになるからだ。家族の生活を守るため不安を胸にしまいこみ、 木村さんは走り続ける。
「自分と同じように、経済的な理由で本格的な治療ができない肝炎患者を助けたい」
その思いから、木村さんはB型肝炎訴訟を闘い続けてきた。
わずか5人の原告だが、その背後に300万人以上といわれる肝炎患者が判決を注視している。 17年におよぶ木村さんの闘い。その終止符となる最高裁の判決は6月16日だ
2005年8月18日
薬害C型肝炎
〜最期の伝言〜
最期の時が迫っていると知った時、人は何を伝えようとするのか。
今回、一人の女性が死の直前に残したメッセージを初めて番組で公開した。
その人は、薬害C型肝炎・東京訴訟の原告番号13番。
子供への影響を心配して、匿名で提訴した女性である。
彼女は1984年の出産時に血液製剤・フィブリノゲンを投与されて、
C型肝炎ウィルスに感染。
そのわずか16年後には肝硬変から肝がんに進行した。
そして、2003年6月12日、三人の子供の名前を静かに呼んだあと、
女性は静かに息を引きとった。享年57。
激痛に耐えた末の、壮絶な最期だった。
C型肝炎の治療は近年目覚しく進化している。
しかし、その一方で毎年約3万人の人が尊い命を落としているのだ。
すでに自分が手遅れだと知った時、彼女は家族にこう告げたという。
「自分の体をC型肝炎の治療に役立てて欲しい」。
その遺志どおり献体され、血液製剤によるC型肝炎がいかに深刻であるか、
医学的に貴重な記録が残された。
取材班は、女性が洗礼を受けた教会で遺族と御逢いした。
死後2年という歳月を経ても、深い悲しみに中にいる女性の妹と長女。
お二人は今回、女性の映像を公開することを決意し、取材班に託した。
この映像をぜひ、国や製薬会社は直視して欲しい。
薬害C型肝炎による死が、どれほど残酷であったか知るべきだから。
そして、最期の力を振り絞った訴えに耳を傾けて欲しい。
彼女は、我々全ての母親であったかもしれないのだから。
番組では時間の制約上、映像の一部を放送したが、
ご遺族の了解を得て、ここに収録された約7分間の映像全てを再現する。
<薬害C型肝炎・東京訴訟 原告13番の伝言>
平成15年6月1日、日曜日です。
午後5時すぎ、
入院先のビデオで、これを撮ってもらっています。
いま、わたしは大切な時間の中にいます。
人間は自分の命を数で計ることはできますか?
裁判長も、弁護士も、国や製薬会社の弁護士さんたちも、
それは同じことだと思います。
あなたの命はいくら?と、単刀直入に聞かれた場合に、
即答できる人は何人いるでしょうか。
1千万円?1億?10億?
自分の命に値段があるなんて、考えられる人はいるでしょうか。
それよりも、命には値段で計り知れないものがある、
ということを気づかれるでしょう。
いまのわたしがそうです。
わたしは自分の健康と命を、まず返して欲しいんです。
返してください。
6月の太陽のもとで、花畑で寝転がったり走り回ったりしたいです。
子どもたちや親しい人たちと、笑い転げていたいのです。
そんな状況を私に戻してください。
今わたしはベッドの上でこの病気と闘っています。
どうしたら、少しでも楽になれるのか、教えてください。
国も製薬会社の人たちも、危険を皆に知らせることなく、
販売を許可したことに対して、重い責任を感じるべきです。
私は20年間、どこに相談の窓口があるか分からず、
苦しみ、闘ってきました。
しかも、医療従事者(歯科診療)の方からの、
差別扱いに戸惑い、悲しみ闘ってきました。
ようやく、闘いの窓口にたどりつきました。
が、もう体がついていきません。
どうか裁判を早く終わらせてください。
そして製薬会社の人たちも、自分達のしてきたことを認めてください。
国は争うことなく現実を見つめ、人の健康と命の重さを認めてください。
私はとにかく元気になりたいんです。
そして、この問題を各ひとりひとりが、自分の問題として受けとめて下さい。
わたしは、こんなふうになりたくなかった。
平凡でもいいから走り回り、みんなで…、
楽しく、笑い転げながら、これからも生活をしていきたかった。
いま、とても苦しいです。
息が続きません。
ほとんど毎日、酸素吸入しながら、ようやく会話もできてます。
健康というのがどんなに大事なものか、つくづく思いました。
いま…、わたしは娘にビデオを撮ってもらっています。
とても自分で何かをするのが大変です…。
この日は、たった何分何秒でも、わたしにとっては、貴重な、貴重な時間です。
皆さん、それをわかってください。
※この撮影から2週間後、女性は他界された。
女性のご冥福を謹んでお祈りいたします  
【薬害C型肝炎訴訟】
出産時や外科手術の時に旧ミドリ十字の血液製剤・フィブリノゲン等を、投与され感染 したC型肝炎患者が、国と旧ミドリ十字(現・三菱ウェルファーマ)を相手取り、 損害賠償を求めている裁判。現在、原告は93人(2005年8月29日現在)。 東京、大阪、福岡、名古屋、仙台の地裁で同時進行している。今回の女性のように 亡くなった人や、肝臓移植を受ける人も出るなど、原告たちの状況は極めて深刻に なっているが、国とメーカーは全面的に争う方針を崩しておらず、 裁判は長期化するとみられている。
2004年3月25日
検証 C型肝炎
〜第36章「医原病」〜
2004年1月、札幌高裁・山崎健二裁判長は「集団予防接種の回し打ちでB型肝炎の感染が起きた」と、国の責任を認めて、患者に損害賠償の支払いを命じる判決を下した。これはB型と同様に血液感染するC型肝炎もまた、集団予防接種で感染拡大したことを示唆。肝炎の治療に国が責任をもって対策を行うべきであることを裁判所が示したと言える。いま年間約三万人のC型肝炎患者が次々と亡くなっている日本。経済的な事情から治療を断念する患者や、肝臓移植という選択肢も経済的に恵まれている一部の患者にしかない現実は変わっていない。国が緊急に患者の救済策をとる必要がある、と取材班は提言する。
11年間をかけて勝訴となった札幌B型肝炎訴訟は、多くの肝炎患者に希望をもたらした
長い闘病生活の中で国の救済を訴え続けていた、C型肝炎患者の故・千田勲さん(享年66)
厚生労働省は検査に重点を置くばかりでなく、治療費用の補助などの対策を早急に行うべきではないか
2004年3月24日
検証 C型肝炎
〜第35章「GHQの功罪」〜
第二次世界大戦後、日本の復興に大きな役割を果たしたGHQ。しかし、集団予防接種の“回し打ち”という悪しき慣習を日本に植えつけたのもGHQだった。当時のアメリカ本国では、集団予防接種は行われていなかったにもかかわらず…。独自調査によって取材班はGHQの公衆衛生政策に大きな問題点が存在していることを示す資料を発見。国民個人の健康よりも効率主義、全体主義を優先させた結果、日本にC型肝炎やC型肝炎が蔓延した、という伊藤清介の仮説を裏付けた。GHQの光と影、歴史の闇に埋もれていた新たな事実は、C型肝炎が医原病であることを改めて証明する。
ダグラス・マッカーサーGHQ元師
GHQの命令で大人と子供が混在した集団のまま、予防接種の“回し打ち”(連続注射)が行われた
GHQに接触する日本人に重点を置いて予防接種を命じた当時の指令文書
2004年3月23日
検証 C型肝炎
〜第34章「遺言」〜
「絶対に忘れてほしくないことがあります。それは“C型肝炎が医原病”であること。輸血や血液製剤、予防接種の回し打ちという医療行為でC型肝炎という病気は拡大しました。この原点に返って、国は救済策を考えてほしい」最後のインタビューでこう語った、ノンフィクション作家・伊藤精介。検証C型肝炎シリーズのブレーンであり、スタッフの精神的な支柱であった彼は、2003年9月19日、この世を去った。C型肝炎による肝硬変が悪化、静脈瘤破裂を引き起こした結果だった。自らの命を削りながら、最期までC型肝炎問題の追及を続けた伊藤精介。親交の深かった猪瀬直樹氏らの証言を交えて、彼の軌跡を追う。
伊藤精介は、亡くなる5年前に偶然、自分がC型肝炎に感染していると知った
「集団予防接種での回し打ちがC型肝炎を広めた」と伊藤は主張してきた
「彼は予防接種でC型肝炎に感染するという不条理と闘っていた」と猪瀬直樹氏は述懐する
2004年1月8日
検証 C型肝炎
〜第33章「生体肝移植のゆくえ」〜
脳死ドナーが少ないために生体肝移植が急増している日本。1月から施行された保険適用で、このまま増加の一途をたどるのか?そして、健康な体から肝臓を提供するドナーのリスクとは。最後の選択、肝臓移植を徹底検証する。
生体肝移植の手術風景
「脳死臓器があれば脳死移植を行い、生体移植はしない」と語るマルコス教授
生体肝移植でドナーになった体験を話す若松成樹さん(27)
2004年1月7日
検証 C型肝炎
〜第32章「脳死移植に未来はあるか」〜
去年、行われた脳死肝移植はたった2件の日本。一方、年間およそ5000件の脳死肝臓移植が行われているアメリカ。なぜ日本で「脳死移植」が定着しないのか、そして日本人にとって「脳死移植」とは何かを問題提起する。
脳死肝移植をした以後、事業が成功したペスターノ氏
最愛の長男が脳死ドナーとなることに同意したパークさん一家
脳死肝移植を待ち続ける小島弘さん
2004年1月6日
検証 C型肝炎
〜第31章「アメリカ・脳死移植の現実」〜
年間およそ3万人が肝硬変や肝ガンで死亡している日本。『肝臓移植』は最後の切り札なのか? アメリカのERで出会った移植コーディネーターの男性、そして自ら脳死肝移植の体験をした女性に密着。アメリカの移植事情を検証する。
次々と患者が運ばれてくるアメリカのER
移植コーディネーターのベッカム氏
脳死肝移植の体験を学生に話すバレリーさん
2003年11月27日
検証 C型肝炎
〜第30章「輸血と無過失補償」〜
C型肝炎の感染ルートで最も多いのが「輸血」。日本ではこれまで「輸血」感染の患者は全く補償されなかったが、来年度から救済制度の対象となることが決まった。しかし、過去の「輸血」感染は除外される。これに対し、カナダでは過去の輸血感染も対象に補償を実施。その根拠となる、「無過失補償」という概念は何のか、二つの国の対応を検証する。
輸血の投与が原因でC型肝炎に感染した女性
手術時の輸血で感染し、国からの補償を受けたカナダ人のドナ・ウッズさん
「輸血で感染した被害者全員が救済されるべきである」という報告書を政府に提出したクレバー元判事
2003年11月20日
検証 C型肝炎
〜第29章「不作為」〜
薬害C型肝炎訴訟の原告・小林邦丘さん(福岡在住・31歳)は小学生の時、国立九州がんセンターでフィブリノゲン製剤を投与されてC型肝炎に感染。今回、約20年ぶりに同センターに確認したところ、カルテが永久保存されていたことが分かり、フィブリノゲン製剤の投与も確認できた。しかし、国はフィブリノゲン製剤を使用した約7,000の医療機関名をいまだに公表していない。過去に薬害を繰返してきた原因である、“不作為”の体質が根強く残っているのだ。小林さんは、国立九州がんセンターに対し、フィブリノゲンを投与した患者の調査を要請した。感染に気づいていない患者が、まだ存在すると思われるからだ。膨大な数のカルテを前に、国立病院側が出した意外な回答とは?
福岡地裁へと向かう原告団と小林さん
国立九州がんセンターにフィブリノゲンを投与した患者の調査を要請する小林さん
国がフィブリノゲン製剤を使用した医療機関を公表しないのは、国民の健康を妨げる事になり、憲法違反の疑いが強いと主張する九州大学法学部・内田博文教授
2003年9月5日
検証 C型肝炎
〜第28章「B型肝炎は予防接種が広めた<後編>」〜
「予防接種でB型肝炎に感染した」として国を集団提訴した原告の一人、現在二十歳の学生が実名を公表して語る、苦悩と将来への想い。長年、医学界のタブーだった『B型肝炎と予防接種の因果関係』について、研究者の貴重な証言と科学的実験を交えて検証。
「札幌B型肝炎訴訟」原告の亀田谷和徳君(20)
当時の予防接種を再現。感染リスクを立証。
B型肝炎と予防接種の因果関係について証言する与芝真・昭和大教授
2003年9月4日
検証 C型肝炎
〜第27章「B型肝炎は予防接種が広めた<前編>」〜
約150万人以上の感染者がいるとされる、B型肝炎。感染原因不明の患者が多数存在するのはなぜか? 本人が自覚しないで他人の血液が体内に侵入する条件を探すと、行き着く先は『予防接種の連続注射』だった。取材班に対し、固く口を閉ざす関係者たちの中で、勇気ある元保健婦が当時の生々しい状況を証言した。
B型肝炎ウイルス(HBV)
予防接種の「回し打ち」について語る元保健婦
集団予防接種で注射器は連続使用されていた
2003年2月14日
検証 C型肝炎
〜第26章「償い」〜
血液製剤「フィブリノゲン」でC型肝炎に感染しながら、差別や偏見を恐れてこれまで沈黙してきた被害者たち。しかし、薬害C型肝炎訴訟をキッカケに彼女たちが重い口を開いて語り始めた。たった一つの薬によって大きく変化した女性の運命と、今も続く「死」の恐怖と闘う生活を追った。
原告の女性は差別や偏見を恐れて匿名で裁判を闘っている
カナダでは1986年〜90年に輸血や血液製剤で感染したC型肝炎患者に補償を決定
2003年2月13日
検証 C型肝炎
〜第25章「時の証人」〜
血液製剤「フィブリノゲン」によってC型肝炎に感染した被害者たちが、国と製薬会社を相手に遂に集団提訴した、薬害C型肝炎訴訟。法廷の場で争点となるのは、『本当に止血剤として有効な薬だったのか?』、という点である。日本へ「フィブリノゲン」が導入されるキッカケを作った人物が、テレビカメラに初めて40年前当時の事情を語った。
東京地裁へ向かう薬害肝炎弁護団
「フィブリノゲン製剤」日本導入のキッカケを作った品川信良弘前大学名誉教授
2002年8月7日
検証 C型肝炎
〜第24章「感染ルーツを追え」〜
取材班は名古屋市立大学医学部と共同で、フィブリノゲンに混入していたC型肝炎ウィルスの遺伝子解析を実施。その結果、アメリカの麻薬中毒者のC型肝炎ウィルスがフィブリノゲンから検出された。さらに同製剤を投与された患者とフィブリノゲンのC型肝炎ウィルスの遺伝子が一致。危険な原料血漿の実態が明らとなった。
フィブリノゲン製剤を溶解する田中靖人講師
細かい解析作業が続く
当時売血をしていたドラッグ中毒者と売血所跡
2002年6月24日
検証 C型肝炎
〜第23章「日赤の決断」〜
1970年代、日本赤十字は極秘にフィブリノゲン製剤の製品化を検討。研究員が自らに製剤を投与する人体実験を試みた結果、4人中2人が非A非B型肝炎(現在のC型肝炎)に感染。危険性の高いフィブリノゲン製剤の製品化を断念していた事実を当時の日赤・血液センター所長が初めて語ったスクープ。
元日赤血液センター所長
当時の様子を記者に語る徳永氏
日本赤十字社
2002年5月3日
検証 C型肝炎 第5弾
〜第22章「生と死と薬」〜
過熱するマスコミ報道の中、製薬メーカーは「フィブリノゲン」の販売中止を示唆。しかし、現在「フィブリノゲン」を使用しているのは、本当にこの薬がなくては生きていけない「無フィブリノゲン血症」の人達なのだ。製薬メーカーと患者、そして国の対応を検証する。
ウィルス対策された現在のフィブリノゲン
製薬会社、国の対応が問われている
2002年5月2日
検証 C型肝炎 第5弾
〜第21章「血の錬金術」〜
アメリカで禁止された「フィブリノゲン」が日本で販売され続けた理由とは?旧ミドリ十字関係者の証言やアメリカ取材で判明した新たな事実、そして「フィブリノゲン」を一気に3倍の価格で売るカラクリとは?原料の血液を「金」へと変える、旧ミドリ十字の錬金術にスポットを当てた。
ミドリ十字・米国子会社の元社長・ドリース氏
血液製剤は「錬金術」だったのか?
2002年5月1日
検証 C型肝炎 第5弾
〜第20章「薬害」〜
出産や手術の止血剤として旧ミドリ十字が販売した血液製剤「フィブリノゲン」。ニュースJAPANは独自調査で「フィブリノゲン」からC型肝炎ウィルスの存在を立証。そのロットナンバーに加え、旧ミドリ十字の極秘文書から当時肝炎が発生したロットナンバーを今回、初めて公開。さらに1987年に「フィブリノゲン」を投与した産婦人科医師が、当時の状況について証言した。
フィブリノゲンのC型肝炎発生は86年から87年に集中
危険なロットナンバー
2002年3月22日
検証 C型肝炎 第4弾
〜第19章「宿命」〜
C型肝炎の感染リスクを持つ血液製剤フィブリノゲンと一生付き合う事を余儀なくされた「無フィブリノゲン血症」の患者の苦悩をレポート。
ウィルス対策された、現在の「フィブリノゲンHT-wf」
「無フィブリノゲン血症」患者にとっては「命の薬」
2002年3月21日
検証 C型肝炎 第4弾
〜第18章「空白の10年間」〜
1977年アメリカのFDAは、ウィルス性肝炎のリスクと代替薬があることからフィブリノゲンの製造、販売を禁止。79年には旧国立予防衛生 研究所の血液製剤部長がその著書(「血液製剤」安田純一著)においてフィブリノゲン製剤の承認取り消しの状況について記載されていることを取り上げ、フィブリノゲンによる感染を旧厚生省と製薬会社が予見できたことを指摘。
アメリカでは1977年にフィブリノゲンの製造を禁止
旧国立予防衛生研究所でも
問題視されていた?
2002年3月20日
検証 C型肝炎 第4弾
〜第17章「出産の悲劇」〜
肝炎ウィルス対策として加熱技術を取り入れたが、更なる被害者を出す結果となった加熱タイプのフィブリノゲン。出産時の止血用に常備薬として使用されたが、本当に必要な薬だったのかを探った。
フィブリノゲンは出産時の大量出血に使用された
「点滴」で投与されたフィブリノゲン
出産時にフィブリノゲンを投与されて感染した女性
カルテには「フィブリノゲン」の文字
2002年3月19日
検証 C型肝炎 第4弾
〜第16章「予防接種の感染を実験で立証」〜
C型肝炎に感染する危険がありながら、なぜフィブリノゲンは多くの人に使用されたのか、元ミドリ十字幹部社員の告発を元に隠され続けてきた事実を取り上げた。
ウィルス混入の報道に驚きを隠せない坂口大臣
隠された真実を証言する「元ミドリ十字社員」
フィブリノゲンは大量の血液をタンクに集めて製造された
2002年3月18日
検証 C型肝炎 第4弾
〜第15章「血液製剤15年目の真実」〜
幻の血液製剤「フィブリノゲン」(非加熱4本、加熱1本)を取材班は独自入手。PCR法で検査したところすべてのフィブリノゲンからC型肝炎のRNAウィルスを検出しウィルス混入を確証。フィブリノゲンを投与された患者は、C型肝炎に感染している可能性が高いことを証明した。
幻の血液製剤「フィブリノゲン」
「フィブリノゲン」のC型肝炎ウィルス混入を始めて立証
2001年7月10日
検証 C型肝炎 第3弾
〜第14章「全国肝検査の実態」〜
厚生労働省が呼びかけたC型肝炎の無料検査が、自治体によっては有料になるなど地域格差が大きい現実をリポート。
検査体制を進める、坂口厚生労働大臣
C型肝炎の抗体検査
2001年7月9日
検証 C型肝炎 第3弾
〜第13章「予防接種の感染を実験で立証」〜
C型肝炎の感染リスクが指摘されていた注射器の連続使用を再現。肝炎患者のウィルスが注射器に針に付着することを実験で証明した。
第13章封印された予防接種
連続注射はウィルスを媒介する
「C型肝炎は集団予防接種が原因」と指摘する美馬聡昭医師
2001年6月8日
検証 C型肝炎 番外編
〜「厚生労働省を囲む人間の鎖」〜
救済策を求めて全国から集まった患者団体の悲痛な叫びを紹介。
抜本的な対策求めて患者団体が厚生労働省を囲んだ
患者を取材する田代キャスター
2001年5月4日
検証 C型肝炎 第2弾
〜第12章「新たなる問題とは」〜
視聴者からの反響を中心に紹介。
2001年5月3日
検証 C型肝炎 第2弾
〜第11章「新薬をめぐる光と影」〜
唯一の根治薬「インターフェロン」の効果を高める新薬「リバビリン」との併用療法を紹介。
「インターフェロン」の効果をあげる新薬
「インターフェロン」
2001年5月2日
検証 C型肝炎 第2弾
〜第10章「歯科医療の死角」〜
視聴者からの情報で最も問い合わせが多かった歯科診療での感染リスクを検証。
歯科診療の感染リスクには様々な論議がある
歯科関係者からの内部告発が番組に多数寄せられた
2001年5月1日
検証 C型肝炎 第2弾
〜第9章「消えた鉄砲注射を追え」〜
昭和40年代に撮影された、小学校の予防接種風景に残る連続注射シーン。そして効率優先で開発された「鉄砲注射」という名の幻の機械式注射器を検証した。
先進国では日本だけ?の「集団予防接種」
幻の「鉄砲注射」
2001年4月30日
検証 C型肝炎 第2弾
〜第8章「私が感染したとき」〜
感染原因不明の23歳の女性患者が、強い副作用に悩まされながらの闘病生活を語った。
若くしてC型肝炎に感染した女性
C型肝炎の治療は精神的、体力的に厳しい
2001年4月10日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第7章「浮かび上がる問題点」〜
視聴者からの情報で、現在もC型肝炎の感染リスクが続いてい事実が浮上。幼児の感染例や一部の歯科診療のズサンな感染対策等を取り上げた。
C型肝炎の感染が心配される歯科診療
2001年4月9日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第6章「大いなる反響」〜
放送開始から1週間で500通を越えた視聴者からの手紙やFAX、メール。感染した人々の切実な悩みを紹介。
視聴者から寄せられたメール、FAX
番組に寄せられた「声」は患者たちの切実な叫びだった
2001年4月6日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第5章「ウィルスとの終わりなき闘い」〜
ガンの恐怖と副作用に苦しみながらも治療を続ける主婦に密着し、唯 一の根治薬 「インターフェロン」の現実を紹介。
C型肝炎の治療薬「インターフェロン」
インターフェロン治療は強い副作用を伴う
2001年4月5日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第4章「血液製剤の悪夢」〜
HIVの感染原因となった非加熱血液製剤はC型肝炎の感染も引き起こしていた事実を検証。
血液製剤「フィブリノゲン」
2001年4月4日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第3章「輸血の代償」〜
集団予防接種での注射器使い回しがC型肝炎の感染ルートとして有力である、という仮説を検証、自覚のない潜在的な感染者の存在を指摘。
1980年代までC型肝炎の感染原因だった「輸血」
安易に行われた「輸血」がC型肝炎を広めたという指摘もある
2001年4月3日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第2章「予防接種の功罪」〜
集団予防接種での注射器使い回しがC型肝炎の感染ルートとして有力である、という仮説を検証、自覚のない潜在的な感染者の存在を指摘。
C型肝炎患者の手術(稲積公園病院)
C型肝炎の感染原因となった予防接種
ジャーナリスト伊藤精介氏
2001年4月2日
検証 C型肝炎 第1弾
〜第1章「眠りから覚めた殺人ウィルス」〜
C型肝炎が感染後に慢性肝炎から肝硬変、肝臓ガンへと進行する過程、潜伏期間が20年前後と長く自覚症状がない等の特徴を紹介。
C型肝炎によるガンが発生した肝臓(CT断層映像)
肝炎研究の第一人者飯野四郎医師(日本肝臓学会理事)
C型肝炎ウィルス