2010年12月20日
がん医療の現場
Vol.10「ダブルチェックを疑え 〜健診の知られざる実態〜」
都立高校の社会科教師だった、鈴木啓介さん、69歳。
2005年、職場の健康診断で左肺におよそ7cmのガンがあると告げられた。
この時、手術を担当することになった医師が、ある疑問を抱いたという。
「毎年、レントゲンを撮ってるのに、1年でこんなにデッカくなるっていうのは、 ちょっとおかしいから、前のやつ(2004年)を病院へ行ってもらってきてくれと」 (鈴木啓介さん)
三千例を超す肺ガン手術を手がけている、癌研有明病院の院長・中川健医師。
2005年当時に主治医として、鈴木さんの2004年に撮影されたレントゲン画像を確認したところ、目を奪われた。
「私は驚きましたよ、これ、今年(当時2005年)の間違いじゃないのって、その時言っちゃいましたけど。」
Q,それはなぜ?
「だって、あまりに立派なもの(ガン)があるのに、これがチェックされてないからです。  これは見落とされた方が、はっきりと責任があると思います」
鈴木さんが肺ガンを告知された、2005年の画像。
2004年の段階でも、すでに6センチほどのガンが見えていた。
さらに、2003年の画像にも、ガンの影があった。
「それは早い段階で見つかっていれば、見つかっているほど、治る確率的には増えたと思います。少なくても、今よりは症状が軽かったということは言えます」
(中川健医師/癌研有明病院院長)
鈴木さんは手術で左肺を全て摘出したが、リンパ節の転移があり完治できなかった。
2008年には、右肺に転移。
“あと一年、手術が早ければ完治できたかもしれない”、そんな思いがよぎる。
「素人目でも分かるものが、見落とされていたということですから、どうしてだろうと」
(鈴木啓介さん)
鈴木さんが健診を行った関東中央病院に説明を求めたところ、当時の病院長ら関係者が自宅を訪れたという。
「明らかに影がある、これを見逃すということは、ちょっと有り得ないことでありまして、何らかの理由でそれを見なかったのではないかと。 本当に深くお詫び申し上げるしかございません」
(鈴木家が関東中央病院側の承諾を得て録音した音声記録より、院長の発言)
実は、鈴木さんの肺ガンを見落としたのは、当時80代の開業医だった。 関東中央病院は、都立高校教員の健診に必要な検診車を持つA事業団に委託。 そこからB社を経て、開業医(80代)がレントゲン画像を読影するという、二重三重の下請けの構図が存在していた。
納得がいかない鈴木さんが、さらに詳しい説明を求めたところ、開業医から『詫び状』が届く。 ボールペンで、こんな言葉が綴られていた。
『今後、このような事態を避ける為には、読影者を複数にするしかないと思います』 
当時の事情を聞くため、取材班が開業医を訪ねると、開業医の診療所は二年前に廃業していた。 開業医は2005年当時、推定83歳。 命を左右する健診の読影作業は、高齢の開業医ただ一人に委ねられていた。 レントゲン画像の読影は、見落としを防ぐため、 二人の医師によるダブルチェックが基本である。 しかし、コストがかかるため、必ずしも徹底されていないという。
「読影の管理は、わが国では行われてない。 同じ日本国民なのに、住んでいる所や、受けている検診機関によってバラつきがあるのは事実なので、それを何とか改善していかなきゃいけない」
(西井研治医師/日本肺癌学会•集団検診委員会)
取材に対して、関東中央病院は画像のダブルチェック体制をとっており、2005年当時、A事業団に対して、契約時にダブルチェックを指示した、と回答している。 だが、結果として、鈴木さんの肺ガンは見落とされた。
原爆の図の作者であり、ノーベル平和賞の候補になった、丸木夫妻の美術館。
ここで鈴木さんは、ボランテイアでガイドをするつもりだったが、 肺ガンで体力が低下、断念せざるを得なかった。
「人の命というのは、皆それぞれに大切で大事なもので、 それはまた、社会にとっても大事なものです」
(鈴木啓介さん)
これまで、知らされていなかった、レントゲン検診の限界。
そして、ずさんな実態。
肺ガンから命を守るため、いま変えるべきことがある。
2010年12月15日
がん医療の現場
Vol.9「CT検診の選択 〜早期発見に挑む地方の気骨〜」
二年前、早期の肺がんが見つかった、関等さん(79)。
手術で完治して、以前と同じように畑仕事をしている。
「私も肺がんだけにはならないだろうと思って、タバコも吸ってないですからね。 わざわざ検診車が地域に来てくれるので、軽い気持ちでCT検診を受けたんです」
関さんの肺がんを早期で見つけたのが、移動型・肺がんCT検診車。
車内には、病院と同様のCT装置が設置されていた。
撮影時間は、一回15秒程度。一瞬で終わるレントゲンよりも、少しだけ長い。
2006年、長野県松本市は、「肺がんCT検診」をスタートさせた。
きっかけは、地元医師たちのレントゲンに対する疑問だったという。
レントゲンのフィルムには、実物大の『直接撮影』と、10センチ四方の『間接撮影』の二種類がある。 特に『間接撮影』では早期発見は難しい、と松本市医師会は指摘する。
「1センチ以下のガンは、やっぱり普通(間接撮影)の胸部レントゲンでは、なかなか見つからない。 検診で、こういう小さいフィルム(間接)でも異常ナシと言われれば、安心ですよね」 (福澤平/松本市医師会理事)
これは実際に松本市のCT検診で見つかった、早期の肺ガンのケース。 赤いラインの中に「がん」が存在しているが、レントゲン画像では確認はできない。 別のケースでは、CT画像ではっきり見えるガンが、レントゲンでは、心臓や胸椎と重なる位置になり、見分けがつかない。
松本市がCT検診を導入した結果、ガン発見率は、レントゲンの9.6倍。
さらに発見したガンのうち1センチ以下の早期肺がんは、『73.7%』だった。
(※2006年、2007年の集計)
「早期発見率も高いということは、肺ガン検診としてCTは優れた方法だと思います」
(福澤平/松本市医師会理事)
しかし、国のガイドラインは肺がんの集団検診として、CTは推奨していない。 死亡率減少の証拠が不十分、という理由だ。 いっぽうで、レントゲンはダブルチェックなどの条件付で推奨している。 こうした国の方針に疑問を感じ、地元の松本市医師会の働きかけでCT検診を決断したのは、外科医でもある菅谷昭市長。 1986年のチェルノブイリ原発事故で、深刻な健康被害が起きた現地に5年間滞在して、医療活動を行っていた経験を持つ。
「結局は早期発見、早期治療しかないと自分の経験から思っています。 多少お金かかっても、やはりガン患者さんが手術をきちんと受けて、そして社会復帰早くしてほしい。 そんなことがあったものですから、よし!これやろうってことで」(菅谷市長)
ただし、肺ガンCT検診には、いくつかのハードルがある。 まず、画像をチェックする、読影の問題。 レントゲンは1枚の画像だが、CTは35カットある。 その分、読影する医師が必要となるが、確保は容易ではない。 松本市も、CT検診を三年に一回の設定で運用しているのが実状だ。
いっぽう住民にとってみれば、費用の問題が大きい。
レントゲンは1300円だが、CTは約7000円。
そこで松本市は5000円の補助を出して、自己負担を2000円に抑えている。
松本市民に費用が7000円だったら受診するか尋ねてみた。
「ちょっと考えますね」(女性市民)
「7000円だったら受けなかったね、2000円なら受ける」(男性市民)
「年間で行きますと市の財政負担は、1600万円くらいですね。 他の地域では、全然そういう受診費用の助成が無い。これはやっぱり不公平だなと思いますよね、だからCT検診は国でキチッとやるべき」(菅谷市長)
今年の肺がん学会でも、CT検診について議論が交わされた。
特に、強い危機感を抱いていたのは、患者との距離が近い医師たちである。
「半分くらいの方は進行がんで見つかっているっていう、レントゲン検診の限界もあると思うので、それを打破する(ブレイクスルー)となると、やっぱりCT検診だと思う」 (西井研治医師/岡山県健康づくり財団付属病院•院長)
アメリカが喫煙者を対象にしたCT検診について有効性を報告するなど、各国が国を挙げてCT検診に取り組むなか、消極的な日本。
この状況を、いま地方が変えようとしている。
2010年12月14日
がん医療の現場
Vol.8「闘病8年の視点」
生存率2.8パーセント、命の危機と背中合わせに生きる人がいる。 「“このまま何もしなかったら、もうあと三ヶ月”と言われたんです」 父親としての誓い、そして今こそ伝えたい思いとは―。
インターネットを使って、がん患者に向けた情報番組を発信している、三浦秀昭さん、54歳。 三浦さんが「肺ガン」と告知されたのは、2003年、大手金融会社のサラリーマンだった。
「私はね、タバコを吸っていました。 仕事もキツかったですし、残業もすごかったし、そういう面では仕事中心のサラリーマン。 会社の健診で分かったわけですけれども、前の年は全然何も無い、『綺麗な肺だよ』、というぐらいまで(医師に)言われたんです」
喫煙による不安は、レントゲンの検診結果で、打ち消してきた。 しかし、見つかったガンの大きさは、約3センチ。 早期の段階は、肺動脈と重なって、見えていなかった可能性がある。 リンパ節にも転移して完治できない段階に進行していたが、三浦さんは諦めなかった。
放射線と抗がん剤治療で、いったん症状が落ち着く『寛解』になるが、2005年にガンは脳へ転移する。 5年生存率は、僅か2.8%になった。(進行ステージⅣ期) 「脳転移だったものですから、やはりその時には私も死を覚悟しましたし、先輩患者たちの治療を見ていますと、ほとんどの方が亡くなっている」
脳転移を期に、三浦さんは限られた時間を同じガン患者の支援活動に使うと決めて、全国にその輪を広げていった。 5年後、生存率2.8%を生き残った、三浦さん。
今は、12月19日の大規模な『がん患者の集い』の準備に追われていた。
「全国からがん患者が一堂に会して、その中で会場と私たちがいろいろ話し合う。 その時に心のケアですね、ガンとお金という問題について話をする」
アメリカ国立がん研究所・NCIは、肺がんの死亡率を低下させる方法として、 CT検診が有効であるのか、初めて本格的な調査を行い、世界に向けて結果を公表した。
「我々は、CTとレントゲンの検診を比較調査するため、5万4千人を半分に分け、それぞれCTとレントゲンで3年間検診しました。 その結果、CT検診を受けたグループがレントゲン検診のグループよりも、肺がんによる死亡が20%低かったのです」(クリスティン・バーグ医師/NCI)
今回の調査によって、欧米では初めて、肺がんにCT検診が有効である、という結果が出た。 対象が喫煙者に限定されている点に、多くの専門家は着目している。 肺がんを減らす最も効果的な手段は何か、NCIに尋ねた。
「タバコを吸わないことです」
抗がん剤治療で入院している時、アメリカ•NCIの調査結果を知った、三浦さん。
日本の肺がん検診について、疑問を投げかけた。
「(早期の段階で)分からないレントゲンを、ずっと続けてきたわけですね、技術の進歩がないわけです。 肺がんも早期に発見すれば、もう治る時代になっているわけです。 それなのに検診だけが取り残されていて、ずっと古いままの形になっている」
今年6月、三浦さんは左側肺のリンパ管にガン細胞が転移、呼吸は右肺のみという危険な状態になり、余命三ヶ月を宣告された。
「本当に末期になってきていて、痛みも出ているし、咳も出てきている。 (咳)左の肺はもう駄目になってますから、感染症などで右も駄目になってしまったら、もう呼吸できなくなって、命が無くなってしまう」 (三浦秀昭さん)
肺ガン特有の咳に苦しむ三浦さん。
愛娘の結婚式が三日後に控えていたが、状態があまりに悪く、主治医は退院許可を保留していた。
その後、三浦さんは体調を回復して式の前日に退院。
大切な瞬間を愛娘と一緒に迎え、新たな決意を固めていた。
「孫の顔を見るまでは生きる、ということを今回誓いましたので頑張ります」
肺ガンと闘い続けて8年、かけがえのない命を守るためにどうすべきか、
三浦さんは、患者の視点で語りかける。
2010年12月6日
がん医療の現場
Vol.7「臨床医は語る 〜レントゲン検診の真実〜」
肺がんのレントゲン検診に、深いジレンマを抱えている医師たちがいる。
「ある程度進んだ段階で見つかる検査ではないかと。そういう意味では限界がある」
(石原藤樹医師)
「レントゲンで見つけられるって一部じゃないかな、と思うんです。 CTのほうが絶対にいいに決まっているんです」(林宏明医師)
下町の風情が残る、東京・幡ヶ谷で地域医療の最前線に立つ、6号通り診療所•所長の石原藤樹医師。 『レントゲン検診を受けていながら、肺がんを早期発見できなかった』、という患者たちから相談を受けてきた。
「ここに3センチくらいになりますかね、リンパ腺にも転移があって、手術は無理っていうことで。 『毎年(肺がんレントゲン検診を)やってて、どうして見つからなかったんだ』って、ご本人も結構ショック受けられていました」
この患者は、肺がんが見つかって、およそ三ヶ月後に亡くなった。
早期発見できなかった理由は、レントゲンの死角に関係すると石原医師はみている。
「かなり進行の早いもので、かつ、おそらくは、レントゲンで、かなり見づらい場所から(がん発生が)始まったのではないかなと。 この辺だったかもしれません、(肋骨と骨が)重なる場所ですね」
石原医師の元には、レントゲン検診で肺ガンを早期発見、完治した患者もいる。
明暗を分けた両方の現実を知るゆえ、彼は苦悩していた。
「レントゲンは限界のあるものだという話は、した上で検診を受けていただいている。 じゃあ、なんで検診があるのか?っていうこともありますので、その辺は僕も矛盾するものを頭の中に抱えながらの説明になるんです」
がん・感染症センター都立駒込病院。
この日、放射線治療を受ける、早期肺がんの女性(80代)は、レントゲン検診で見つかった。 駒込病院では、高齢者に対しては体の負担が少ない放射線治療を薦めており、約7割が完治している。(※Ⅰ期の5年生存率)
唐澤克之医師の放射線チームは、コンピューターでミリ単位の誤差を修正、2センチ大の肺がんに照準を定めた。
「それじゃ、今から治療を始めますよ、息を浅くしていて下さい」
この女性の場合、周囲の組織への影響を抑えるため、九つの角度からピンポイントで照射する、『定位放射線治療』が選択された。
一回につきおよそ40分間、これを4日間行い、治療は終了する。
「小型の肺がんに関して言いましたら、しっかり治療すれば、手術と同等に治すことができる。 ただし、Ⅰ期のうちに発見されないと、この治療は成り立ちませんので、早期発見は何より重要です」
結核予防会•大阪府支部。
レントゲン検診において最も重要なのが、『読影』、と呼ばれる画像判定である。
照明が落とされた室内に張り詰める緊張感。 ここでは、一枚の画像を二人の医師が、時間を変えて判定する、ダブルチェックを必ず行っている。
呼吸器内科医として、肺がんの治療にあたっている、林宏明医師は、診療と並行して、一日におよそ800人のレントゲン画像を読影する。 精度を落とさない為に、あえて数は増やさない主義を貫く。
一人分のレントゲン画像にかける時間は、平均20秒。 突然、フィルムを止めた、林医師。 画像の中に、何かが存在していた・・・。
「右の肺野の肋骨と重なっている部分に、丸い陰影が写っているというところで『異常』と判断しました。サイズは、1センチ弱くらいです」
早期の肺がんの疑いだった。
専門の医師でなければ分からない、微かな異変である。
「必ずこういうものをピックアップしないと、翌年“見落とし”という形で発見されることになります」
レントゲン画像から、肺がんの疑いのケースが出るのは、0.5%。
経験と集中力で命の危機を救ってきた、林医師だが、現在の検診制度には疑問を抱いていた。
「レントゲンで発見できる肺がん自体は、進行がんで見つかるということが多いです。 肺がんの発見率という意味においては、CTより劣ると言わざるを得ない」
レントゲン画像だけでは、肺がんの早期発見は難しいとして、一部の自治体では、CT検診の導入を始めている。
患者と向き合う、現場の医師たちに広まる危機感。
しかし、国は、今のところ肺がん検診を見直す計画はない。
2010年11月30日
がん医療の現場
Vol.6「肺がんレントゲン健診の死角」
「やっぱり早期発見して、自分みたいな人間をね、今後、出してはいけないと思うんです」(高田浩二郎さん•仮名)
毎年受けていたレントゲン検診で見つかった肺がんは、完治できないまでに進行していた、という現実がある。 ほとんど知られていなかった、レントゲン肺がん検診の死角、そして限界とは?
自治体や企業単位で行われている、レントゲン検診(健診)。
早期発見によって死亡率を下げる、いわば国策として推進されている。
「早期発見だったら治るって聞いてますんで」(福岡県の受診者)
「いざ進行してから発見すると、自分も家族も大変や」(大阪府の受診者)
会社員の高田浩二郎さん。(仮名・50代)
3年前、職場のレントゲン健診で、左の肺に「がん」が見つかったと告知された。
「自分はどれだけ生きられるのかな、と思いました。すぐでも、その腫瘍を取れば完治できると言われたんです」
当初、高田さんは早期(Ⅰ期)の肺がんと診断され、手術を受けることになった。
しかし、がん細胞が散らばるように胸膜へ転移する、『胸膜播腫』が見つかり、手術は開始直後に中止。 完治する望みは、絶たれた。(術後に進行ステージは、Ⅲbと診断)
高田さんは、それまで毎年欠かさずに、レントゲン肺がん検診を受けていたという。
告知の一年前に受けた検診結果は、「心配なし」、となっていた。 「この1年はね、ちょっと自分にとっては悔いが残るなと・・・。 1年前に(手術を)やっていれば、肺をとって完治できていたんじゃないか」 
高田さんの肺がんが、早期発見されなかった理由について、国立がん研究センターの金子医師は、レントゲン画像の弱点を指摘する。
「何で、レントゲン写真でなかなか見つからないかというと、心臓とか横隔膜とか、いろんな肺には構造がありますから、そういった所に隠れてしまう『がん』があるわけです」 (金子昌弘/国立がん研究センター・呼吸器腫瘍科副科長)
レントゲン画像の場合、左右の肺と重なりあうように、肋骨や鎖骨などの骨格、そして心臓や血管、肝臓などが写り込み、いわゆる死角をつくる。 胴体をスライス状に撮影したCT画像で、高田さんの肺がんを見ると、心臓のすぐ裏側、いわゆる死角に位置していた。 『がん』が小さい早期の段階では、レントゲンに写らない可能性があるという。
「それから、もやもやっとした淡い『がん』、それから平べったい『がん』、こういったのは、なかなか普通のレントゲンでは見えないということが多い。 レントゲン写真で見つかる肺がんの患者さんで、Ⅰ期という非常に早い時期ですね、十分に手術ができる率(=完治)が、全国的に見ると半分前後。 つまり、検診で見つかっても、半分は『進行がん』ということです」
金子医師は、肺がんの早期発見に、レントゲン検診だけではなく、CT検診の導入を提言してきた。
レントゲン検診による、早期発見率(Ⅰ期)の全国平均は、31.6%。
ただし、統計学的には、レントゲン検診は死亡率の低下に効果があるとする研究報告があり、現時点で国は肺がん検診の基本をレントゲンとしている。
錠剤タイプの抗がん剤を飲み込んだ、高田さん。
告知から三年、抗がん剤治療で『肺がん』の影が薄くなり、一時的に効果を実感したものの、やがてその薬も耐性が出て効かなくなり、『肺がん』の影は元に戻った。
その後、別の抗がん剤に切り替えて、高田さんは治療を続けているが、主治医の診察を受けて戻ってきた時、表情は険しかった。
「今日はですね、少し腫瘍マーカーが上がってきてまして、あと、レントゲンの(肺がん)の大きさが少し大きくなっている‥‥」
莫大な費用がかかる、抗がん剤治療。
それは、高田さんの予想をはるかに超えていた。
「これが服用中の抗がん剤のタルセバです。一ヶ月分で約9万円(三割負担で)。 治療費総額は三年間で、332万円。貯蓄は、どんどんマイナスですね。 でもね、生きていかなきゃいけないですから」
極度の倦怠感、吐き気など、抗がん剤の副作用を抱えながらも、職場の理解によって、高田さんは働き続ける。
末娘が七五三の日を迎えた、高田さん一家。 家族との時間を何よりも大切にしたいと、いま高田さんは考えている。
「早期発見でね、完治しちゃえばね、こんなに苦しまなくてもいいです。 ただ、レントゲンで早期発見できるのか、って言ったら、やっぱり疑問になってしまいますよね」
早期発見によって、大きく分かれる命の明暗。
肺がん検診は、一人の人生、そして家族の運命を左右している。
2010年11月29日
がん医療の現場
Vol.5「外科医の警告 〜肺ガンから生還するために〜」
男女を合わせたガン死亡率1位が、『肺ガン』である。 全国から肺ガン患者が集まる、虎の門病院・呼吸器センター外科部長・河野匡医師。 5年生存率の世界平均およそ70%に対し、河野医師は90%以上。※(ステージⅠ期の場合) ただし、河野医師の手術を受けるためには、欠かせない条件があるという。 
「早期発見しないと助からないです。転移しないうちに見つけて手術する、というのが一番のポイントです」(河野匡医師)
河野医師の手術を受けることになった、喫煙歴40年の男性。 肺気腫にかかり、その検査で偶然、右の肺に、約2センチのガンが発見された。
「こうなってみてタバコというのは、こんなに恐ろしいものはないって痛感した」
(喫煙歴40年の男性/60歳代) 
一般的な肺ガンの手術では、20センチ前後を切開、肋骨を押し広げるか切断して、執刀医が手を入れるスペースを確保する。 患者は強い痛みなどの後遺症を伴うことが多い。 そこで河野医師はアメリカに渡り、患者の負担が少ない内視鏡を使った、『VATS=バッツ』、を独自に確立させた。※Video Assisted Thoracic Surgery=胸腔鏡手術(内視鏡)
『VATS』は、患者の身体に1cm前後の穴を3ヶ所開けて、そこから小型カメラの内視鏡と手術器具を入れてモニター画面を見ながら行う手術である。 従来の開胸手術と比較して、傷口が小さいので後遺症が少なく、回復が早い。 ただし、マジックハンドのような器具で複雑な処置をする、高度な技術が医師に要求される。
「この黒い斑点は、タバコということになるわけですね。こんなのは無いですよね、タバコを吸わない人は」
(河野匡医師)
男性のガンは、右肺の「下葉」と呼ばれる部分にあるが、実際に体内に内視鏡を入れて見ると、肺と胸膜の癒着がひどく、これを剥がす必要があると判明した。
『VATS』は、直接見ることが難しい部分でも、内視鏡の拡大映像を見ながら作業できるので、開胸手術よりも安全で確実であると河野医師は言う。 「“眼が胸の中にあるような感じ”なので、癒着を剥がすにも有利なんです」 (※これまで、癒着が激しい場合は『バッツ』よりも開胸手術が有利と言われていた)
肺ガンは、リンパ節から全身にガンが転移するケースが多い。
そこで河野医師は、まずリンパ節を取り除く方針をとっている。 「この黒く見えるのが肺のリンパ腺なんです。万一、リンパ腺にガンが転移していても、一緒に取れていると思います」
そして、ガンがある右肺の下葉部分を切除。穴を3センチに広げ、ガン細胞が周囲に飛び散らないよう、ビニールパックで包み、患者の体内から取り出す。 「この所がガンのところですね。ここのところです、ちょっと盛り上がっている」
2時間40分で、手術終了。
それから6時間後、すでに男性患者は夕食を取っていた。
回復の早さが、『VATS』の最大のメリットだという。
「癒着も多くて、手術としては、どちらかというと、大きい手術だったかもしれないんですけど、回復も早くて順調にいけると思いますね」(河野匡医師) 手術から6日後、男性患者は自分の足で力強く歩いて退院していった。
右肺に早期ガンが見つかった、60歳代の女性。
肺ガン手術に、『VATS』を導入する病院は増えているものの、まだまだ技術格差が大きいため、安全性に定評のある、河野医師を頼ってきた。
「この病変なんですけれど、レントゲンではハッキリ写らない。詳しく見ていただくのにCTの検査というのをしていただきました」(河野医師)
女性は、CT検査で、左の肺にも小さなガンが見つかった。
従来の手術では身体の負担が大きいため二回に分けて行うのが基本だが、負担の少ない『VATS』は、同時に手術可能だという。
手術から一ヶ月後、リハビリに励む女性の姿があった。
「あっ、蘇ったんだな、という感じです。階段駆け上がったら、たぶん苦しいと思いますけど、やってみます?」(二つの肺ガンを摘出した女性/60歳代)
早期なら短期間で完治可能になった肺ガン。
いっぽうで手術の対象にならない、進行した患者の5年生存率は極めて厳しい。
(遠隔転移の場合は2.8%)
こうした現実を目の当たりにしてきた河野医師は、レントゲン検診だけでは早期発見に不十分であると警告する。
「今日外来で見えられた方は、2月に(レントゲン)健診で何とも無いと言われたが、 9月にCT撮ったら、5センチのガンなんです。見落としだと思いますね。 レントゲン自体、ある程度限界があります。 レントゲンは胸から背中まで、肋骨と鎖骨これ全部が、肺と重なって見えます。 その部分にガンが出来たって分からないですよね。 運が良ければ見つかりますし、運が良くないと見つからない」
早期発見が、命の明暗を分ける、肺ガン。
生き残るために、私たちには知るべき現実がある。
2010年7月8日
がん医療の現場
Vol.4「-寛解- 抗がん剤治療の現実と希望」
「皆ね、“その時”を考えようとしないんですよ。逃げていると言ってもいい」
弘前大学付属病院で入院生活を送る、佐藤義彰さん(51)は、2年前の7月に悪性リンパ腫と判明してから、入退院を繰り返してきました。
「仕事したいですよ。まともに」と語る佐藤さん。地元新聞社に籍を置き、取材記者や編集デスク、支社長などを経験して、昼も夜もない生活を送ってきました。現在は治療に専念するために休職しています。
朝の回診に訪れた、主治医の伊東重豪医師(弘前大付属病院・腫瘍内科・総医長)は、佐藤さんと話し合い、新しい抗がん剤治療に入ることを確認しました。
「今回の抗がん剤の効果、期待しておきましょうね、抗がん剤には何回もそうやって助けられてきたからね」
悪性リンパ腫とは、体中の老廃物や細菌などを処理する、リンパ管にできる「がん」です。循環するリンパ管の流れにのって、がん細胞が移動、転移することも多いといいます。
悪性リンパ腫の治療は、抗がん剤による化学療法が中心となりますが、(放射線治療の場合もあり)、厳しい副作用が伴います。その辛さは想像を絶するものでした。
「身体全身がだるくなって、手足がしびれるという状態になります。そして精神的にもやられた、という時もあります。パニックになって、気持ちが変になってしまうんですよ」
(佐藤さん)
当初、抗がん剤による治療が効を奏して、佐藤さんは、『寛解』(かんかい)になった、と主治医から告げられました。がん治療の現場で使われる、この『寛解』の意味について、佐藤さんの主治医・伊東医師はこう解説します。
「寛解とは、CTやPET画像からは、がん病巣が消えているんですが、明らかに本当に“がん細胞”が体の中から消えてしまったかは、はっきり言えない状態なんですね」(伊東医師)
佐藤さんが寛解となって3週間後、今度は脳に転移していることが判明。抗がん剤の大量投与と、放射線治療で危機を脱したものの、しばらく経ってから、また再発しました。
「抗がん剤投与の最初は効いたけど、やがて効かなくなってね。新しく始める抗がん剤も出来れば効いてもらいな〜とそういう風に切実に思っています」(佐藤さん)
当初は効果のあった抗がん剤が、やがて効かなくなる・・・。
多くの患者が直面する現実は、がん医療の現場が長年解決できない大きな壁です。
爆発的に増殖していく「がん細胞」に抗がん剤を投与すると、まるで弾けるように「がん細胞」は消えていきます。これだけをみると、抗がん剤は劇的な効果をあげていますが、やがて“耐性”という問題が起きると、東京大学・宮園浩平教授・(分子病理学講座)は解説します。
「抗がん剤は、どんどん増殖している「がん細胞」にはよく効きますけれども、休んでいる「がん細胞」には効きにくいんです。そういう休んでいる「がん細胞」が、どうしても生き残ってしまって、どんどん悪性度が増していきます。このように「がん細胞」が、“耐性”を獲得して、だんだん抗がん剤が効かなくなっていくのです」(宮園教授)
再発を繰り返している佐藤さんは、すでに抗がん剤を10種類以上使っており、いま残された治療の選択肢は限られています。
「今の治療で腫瘍抑えながら、日常生活を何とか続けてもらってと思っております。それが今、我々にできる一番のことなのかな、と理解していますね」(主治医・伊東医師)
「やっぱり、外は気持ちいいですよね。特に、お日様にあたるとね」
この日、佐藤さんは一時帰宅を許可され、久しぶりに我が家に帰っていました。
佐藤さんの会社は、休職4ヶ月目以降、給料はストップする規約になっています。この先は、収入がない状態で、毎月10万円前後の治療費の確保をしなければならないなど、いくつもの不安材料を抱える佐藤さん。それでも、病院にいる時と違って明るい表情をしていました。
「人はその日その日を、ただ生きるだけでもいいんですよ。それだけでも、その人は今ここにいる意義というか、意味があるのかなと思うんです」(佐藤さん)
夕食のカレーを平らげた後、佐藤さんは次男の車に乗り込み、入院先の病院へと向かいました。背後から夕暮れが迫るなか、走行する車の目前に岩木山の雄大な姿がありました。
「本当に心の故郷ですよ、岩木山は。他の土地へ行って戻ってきた時に岩木山を見るとほっとするんです」(佐藤さん)
病院に戻った佐藤さんは抗がん剤治療に加えて、放射線治療を始めました。
現在、病状は一進一退を続けています。
2010年7月7日
がん医療の現場
Vol.3「乳がんの再発リスクと闘う」
東北大学医学部の権田幸祐講師(ナノ医科学講座)のグループは、世界で初めて分子レベルで血液中を移動する「がん細胞」を動画で捉えることに成功しました。 「がん細胞っていうのは、主に血管とか、リンパ管とかに乗って転移していくわけです。私は能動的にがん細胞は自分の転移に相応しい場所を探していると考えています」
再発、転移を狙って体内に潜む、がん細胞。これに対して生き残りを賭けて闘う、一人の女性に今年2月から密着取材をしました。 宇都宮市で夫と三人の子供と五人で暮らしている、田崎恵美さん(44)。去年9月、入浴中に右の胸に小さなしこりがあるのに気づき、検査を受けたところ、1.1センチの乳がんと判明したといいます。
「告知を受けた時は、血の気引きました。何かちょっと、手、震えちゃったりして」
すぐに田崎さんは、がんの摘出手術を決断。三人のお子さんの末っ子・日向(ひなた)君にも、乳がんであることを、ありのまま伝えました。
「もしかして生きている時間って、そんなに長くないかなと思うと、家族のこと一生懸命、気にしてあげようと考えたんです」
手術は無事に終了、幸いに転移もなく、乳ガンの病巣は取り除かれました。 ただし、田崎さんの乳がんは、再発や転移のリスクが高いHER2(ハーツー)蛋白・陽性と確認されました。主治医の古川潤二医師(済生会宇都宮病院・乳腺外来)は、田崎さんに対して、次のような説明をしたといいます。
「再発の危険因子が高いっていう反面、再発の予防治療として、ハーセプチンという薬の治療が有効であることも分かっておりますので、ハーセプチンの治療を行うということをお勧めしました」
ハーセプチンは、HER2蛋白のみをターゲットにした、分子標的薬です。浜松オンコロジーセンター院長の渡辺亨医師(腫瘍内科医)は、ハーセプチンの治験総括を担当、最もこの薬を知る専門家の一人です。
「血液中に回ったハーセプチンが、乳がん細胞の表面のHER2タンパクに、ちょうど手錠をかけるように結合するわけですね。そうすると、ガン細胞は一気に死滅してしまうのです。 ハーセプチンの場合には、再発のリスクは半分には抑えられる。それが2010年の医療としては、出来る精一杯の所なんです」
手術でガンの塊をとり除いたとしても、僅かに残ったがん細胞が、血管やリンパ管を通って全身に散っていく可能性があり、これが転移や再発の原因になる、と考えられています。世界的なガイドラインでは、HER2(ハーツー)蛋白・陽性の患者については、抗がん剤とハーセプチンを組み合わせた、術後化学療法を推奨しています。
田崎さんは、この治療を受けることを決意。まず、2種類の抗がん剤の投与を開始したところ、強い倦怠感に襲われ、そして髪の毛が抜けるという副作用が起きました。そして、体調の悪化と同時に心にも変化が起きたといいます。
「何か家から出ることが怖くなっちゃった。こんな姿で外出して、知ってる人に会ったら、あなたはガンなのね。早く死んじゃうのかしらと思われるのが、すごく嫌だったし」(田崎さん)
これまで田崎さんは、共同経営者として夫の事業を支え、障害児のスイミングコーチのボランティア活動など、活動的に生活していましたが、抗がん剤治療を始めてからは、家に引きこもるようになったといいます。良き相談相手だった実の姉は、3年前に乳がんで亡くなりました。
「時々会いたくなるの。同じ病気だからお話したかった、いろいろ質問できたらいいのに」
今年3月に抗がん剤治療が終了、田崎さんはようやくハーセプチンの投与を開始しましたが、治療費は、年間で約100万円。経済的な負担が田崎さんの心に重く圧しかかっています。
「死んじゃうかもしれないなら、したい治療でしょ。でも高すぎる」(田崎さん) 
乳がんになる以前、スイミングスクールに所属して大会に出場するなど、「泳ぐ」という行為が生活の中心だった、田崎さん。手術を受けてからは水着への躊躇や体力の低下を感じて、プールに背を向けていましたが、8ヶ月ぶりに泳ぐ決意をしました。
「凄く、もう死んじゃうかもっていう恐怖感、そういうのがあったんですけど、とりあえずハーセプチンを入れている間は守られている気がして、今は凄く安心感があります」
(田崎さん)
Q,今は治せると感じていますか? (ディレクター)
「いや・・・治る人もいれば、駄目な人もいる病気。それはしょうがないと思います」
(田崎さん)
突然訪れた、乳がんという、命の危機。
不確実性のなかで、田崎さんは最善の治療に賭けています。
2010年7月6日
がん医療の現場
Vol.2「地域格差の現実」
「がん治療には地域間格差、施設間格差があって、治療法があるのにもう治らないと言われて見放された、がん難民が日本列島をさまよっています」
2006年5月22日、参議院本会議で、山本孝史議員(故人)は、自らのがんを公表して必要性を訴え、超党派で可決成立した、『がん対策基本法』。
政府は、この法律を受けて、『がん対策推進基本計画』を閣議決定しました。これによって、全国375の『がん診療連携拠点病院』を指定、地域格差の解消のために放射線の標準的な治療機器となっている・リニアックの整備を進めてきました。
大手企業に勤務する50代の男性は、取材の一ヶ月前に勤務先の健康診断がきっかけで、食道がんが判明したといいます。
「見つかった時は耳を疑いましたけど、実際にCT写真を見ると、確かに食道の半周くらい、ぐるっとですね、異物(がん)が取り囲んでいると。全く自覚症状ないところが、この病気の怖いところですね・・・」
治療の選択肢は二つ。外科手術で食道をすべて切除するか、それとも放射線で温存するか。最終的に男性は放射線治療を選びました。
男性は放射線治療機器・リニアックで、体外照射を受けました。リニアックは、ガン病巣の形に合わせて照射範囲を絞ることが可能で、様々に角度を変えて照射することで周辺組織への副作用を抑えこむことができます。男性の胸部には、がん病巣のある食道の位置がマーキングされていました。
「これは放射線を当てる範囲を決めてる線で、この部分に当たっているということです。照射は5秒くらい、身体に全く痛みも変化も感じないです。もし外科手術を選択していたら、肋骨を外して食道をつなげて途中のリンパも全部切り取る非常に厳しい手術になりました。相当にダメージは違います」(食道ガンの男性・50代)
男性は、放射線と抗がん剤を組み合わせた、『化学放射線療法』を7週間続け、食道ガンを完治させました。現在、再発や転移は起きていません。
今年2月、厚生労働省は、リニアックが整備されていない等の理由で15病院を、『がん診療連携拠点病院』の指定から外し、新たにリニアックを持つ15の病院を加えました。ただし、指定を外した病院と同じエリアから加えたわけではないので、いわゆる『がん診療連携拠点病院』の空白エリアが生じたのです。
指定を外された病院のひとつ、島根県の益田赤十字病院。取材に対して、病院幹部は厳しい地方の現実を率直に語りました。
「ハイレベルの施設基準とかスタッフを揃えるということは、都会の病院では出来るかもしれませんけど、地方ではとてもできない」(院長)
「人口減の中では数億円の投資をして、リニアック機器を購入しても返済が出来なくなる可能性が高いと考えております」(副院長)
リニアック一台は2億円から3億円といわれており、これに加えて維持コストも必要となります。益田赤十字病院では、放射線治療が必要な患者について近隣の病院で受け入れをしてもらう体制をとっており、がん治療のレベルは下げずに維持していくと説明していますが、地元住民は異なった受け止め方をしていました。
「不安があります、我々の周辺でも話題に上ってますね」(地元住民)
「女房がガンだったんですよ、歯肉ガン、悪性の。どうしたらいいか・・・」 (別の住民)
地域の実状を知らないまま、一方的に押し付ける国の「がん医療政策」に対して、島根大学の内田教授(がん放射線治療教育学)も、強い危機感を抱いていました。
「放射線治療は医者だけでなく、機械の整備ですとか、放射線のビームの品質を管理する 専門家、技術者が必要となっています。放射線治療装置だけ買えば、それで事足りる状況というわけではないのです」 
今年6月、厚生労働省がまとめた『がん対策推進基本計画』の中間報告書。そこには、『4月1日時点では、拠点病院377施設すべてがリニアックを有している』、と、記されていました。
今年になって、拠点病院の入れ替えを行ったゆえに実現した“成果”です。
「アリバイ工作ですよ、僕から言わせれば! いい加減にせよと」
数値目標に重点を置く、国の対応は極めて問題があると、国立病院機構・北海道がんセンターの西尾院長は指摘します。
「数年前も放射線医療事故みたいなものがありましたね、ああいうことっていうのは普段に起こりえる環境にあるわけです。医学物理士のような職種の人が、きちっと現場で管理すると。それを義務付けなければ、絶対にいくらでも事故が起きる環境はあります」(西尾医師)
医学物理士は放射線量を計算し、患者の安全管理を担う技師職です。欧米では放射線治療に欠かせない専門職となっていますが、日本では国家資格ですらありません。そのため、医学物理士を配置せずに治療を行っている病院が多く存在します。
必要な人材の育成をしないまま、数合わせを急いだ国。
地域で放射線治療を受けられない、がん患者は、まだ数多く存在します。
2010年7月5日
がん医療の現場
Vol.1「置き去りにされた放射線治療」
日本「25%」、アメリカ「66%」、そしてドイツ「60%」。
この数字は、『がん治療における、放射線治療の利用率』を示したものです。がんの三大治療とされる、「外科手術」、「放射線治療」、「化学療法(抗がん剤など)」のなかで、置き去りにされてきた「放射線治療」の最前線を取材しました。
放射線治療の第一人者として知られる・西尾正道・医師。国立病院機構・北海道がんセンターのトップになった現在も、臨床現場に立ち続けています。
西尾医師によると、放射線治療は、主に「リニアック」と呼ばれる大型の機械を使い、外部からガンに放射線を当てる、『体外照射』が中心となっています。いっぽう、「舌ガン」等は、ガンの病巣に放射性物質を埋め込む、『組織内照射』が有効だといいます。
取材班は特別に許可を得て、その『舌ガン』の治療を撮影することになりました。
舌がんの組織内照射治療は、患者の負担を軽くするために局部麻酔で行います。長さ3センチから4センチの『密封小線源』という、放射性物質・セシウムの粉末が密封された針を舌に直接打ち込みます。その数は、15〜20本。
『密封小線源』は等間隔で、がんの病巣を囲むように縦軸と横軸を交錯するように配列します。エックス線画像で状態を確認して、手技は終了。要した時間は、約1時間でした。
患者は、『密封小線源』を舌に刺した状態のまま、鉛で囲まれた特別の部屋に隔離されて5日間を過ごした後、『密封小線源』を抜いて治療は終了です。
「組織内照射は少ない放射線量で、じわーっと、焼くやり方なんです。生物学的には治りやすい、障害の少ない治療です」(西尾正道医師)
がん細胞のDNAは放射線によって大きな損傷を受けやすいという特徴があります。DNAが損傷を受けると、細胞分裂ができなくなり、やがて、がんは死滅します。
これに対して、正常細胞のDNAは、がんよりも放射線の影響が少ないため、同じ量の放射線を浴びても細胞分裂が可能なために、組織を回復させることができるのです。
「3年くらい前から、大きなデキモノができたな、という感じでした。だけど、仕事とか家庭とか、その他諸々大忙しで放っておいたんです」
こう話すのは5日前に「組織内照射」の治療が終了した、関西地方在住の男性(40代)。その舌ガンは、約4センチの大きさまでになっていました。
舌ガンの場合、90%以上が再発や転移せず、治癒することが可能だといいます。そして放射線治療の最大の特徴が、局部を切らずに温存できることです。
「地元の病院だと舌を切って、喋れなくなる可能性がすごく高いと分かりました。それで切らずに済む方法を探してインターネットで調べると、ここしかない!と思いました」(舌がんの男性)
西尾医師が調査したところ、舌ガンの患者の8割以上が外科手術で舌を切除していましたが、5年生存率では、放射線治療のほうが外科手術を上回っていました。 舌がんの外科手術を受けると、費用は約300万円で、入院期間は2ヶ月前後。 いっぽう、放射線治療の費用は約30万円、入院は2週間程度です。 しかし、『密封小線源』の放射線治療を行っている病院は、全国で10施設程度。患者が望んでも、この治療は受けられない可能性があるのです。その理由とは・・・。
「セシウムの密封小線源を使うのは、これから無くなると思いますね、診療報酬が低いために全然ペイしませんから今の形では。一番良い治療だけど、たぶん消えると思います」(西尾医師)
アメリカやドイツでは、放射線治療の利用率が6割を超えていますが、日本は3割に満たない状態です。その要因について、西尾医師はこう指摘します。
「放射線治療が普及してないのは、医者が分かっていないってことです。いま、放射線治療で切らないで治るガンもたくさんあるし、同じような治療成績で治せるガンがたくさんあります。 そこまで進んでいるということが、各科の先生が実感として分かっていなかったら、患者さんには放射線治療のことを言いませんよね、それが一番の問題です」
これまで、手術至上主義だった、日本のがん医療。
放射線治療という選択肢を提示してこなかった、医療のあり方が厳しく問われています。