なでしこ隊
- なでしこ隊と特攻隊 -

当時、なでしこ隊のリーダーだった永崎笙子さんは、知覧基地での23日間の体験を日記に綴っていました。
その名は…「特攻日記」。
「特攻隊員の皆さんのことを、決して忘れてはならない」
そう誓い、書き残した少女の「記憶」―。
15歳の少女だけが見た特攻隊の真実が、63年の時を経て、初めて明かされます。

■三月二十九日
朝お洗濯物をして午后ちよつと兵舎のお掃除をしたついでにお話しを承る。大櫃中尉を隊長とする第三○振武隊の方々は若いお方々で隊長さんの威厳とした態度 私達には至つて優しい隊長さん、部下の方々も実に隊長様になついていらつしやつた。松林の中でたのしくうたを高らかにうたふ。

■四月十一日※壮行会にて
「空から轟沈」のうたを唄ふ。ありつたけの声でうたふつもりだつたが何故か声がつまつて涙が溢れ出てきた。森さんと「出ませう」といふて兵舎の外で思ふ存分泣いた。私達の涙は決して決して未練の涙ではなかつたのです。明日はあの世へと敵艦もろともなくなられる身ながら 今夜はにつこり笑つて酔い戯れていらつしやる姿を拝見したとき、ああこれでこそ日本は強いのだとあんまりにも嬉しく有難い涙だつたのです。岡安さん、酔うて自動車にぶら下つてお礼を言われる。何と立派な方々ばかりでせう。森さんと抱き合つて泣いた。

■四月十二日
本島機が後れて目の前を出発線へと行くと隊長機が飛び立つ。つづいて岡安、柳生、持木機、九七戦は翼を左右に振りながら、どの機もどの機もにつこり笑つた操縦者がちらつと見える。二○振武の穴澤機が目の前を行きすぎる。一生懸命お別れのさくら花を振ると、につこり笑つたきり鉢巻姿の穴澤さんが何回と敬礼なさる。

パチリ…後を振り向くと映画の小父さんが私達をうつして満足している。特攻機が全部出て行つてしまうとぼんやり飛行機の去つたのも知らぬかの様、立つて南の空を何時までも見ている自分だつた。何時か目には涙が溢れ出ていた。

☆永崎笙子さんコメント
「強烈な体験と当時の日記がなかったら、これほどはっきりとは記憶できていないと思います。この番組を通じて、多くの方々に63年前の真実を知って頂ければ幸いです。それが、私たち残された者の心からの願いだからです。」

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