山田太一の『ありふれた奇跡』
第9回「マイナスを抱えた人」
(2009/02/20)

今、日本では年間3万人の自殺者がいると聞きます。これはアメリカと同じくらいの数字で、人口比を考えたら日本のこの数字はおそるべく多い。電車に乗っているとほとんど毎日どこかの駅で人身事故があったというアナウンスを聞くし、ニュースや新聞でも連日のように報道されている。そういう時代の自殺者を書いてみたいと思いました。一口に自殺といっても理由は様々で、経済的困窮や病気が原因であることが多いらしいのですが、それはあえて避けました。原因が明確ではなく、他人からすれば理由がわかないような自殺です。

テーマとして自殺を扱っていますが、正確には"自殺未遂者"の話です。僕にはあるルールがあり、犯罪の話を描く時もそうですが、犯罪は描かないと決めています。犯罪を犯そうとする寸前までいくけど、犯罪を犯せない人の話を描くんです。確かに犯罪を描けば社会のゆがみがわかりやすく表現できるけど、実際に街行く人の多くはどんなに怒ったり、泣いたりしても犯罪は犯さない。してはいけないことだと思い留まる人が多いでしょう。そういう人たちの物語を描いてみたいんです。今回も、自殺寸前まではいったけど思い留まった人たちの物語です。

正直、僕は年間3万人という数字がわからない。僕は戦時中や戦後の飢餓を経験していて、薬や食べる物に困り、死にたくなくても死んでいった人をたくさん見てきた。あの頃に比べると、今はまさに奇跡のような時代で、そういう中で生きているにもかかわらずどうして自ら命を絶ってしまうんだろうと。経験してない人からすれば、そんなこと言われてもという気持ちがあるだろうから、僕の考えを押し付けるつもりも、何かを訴えるつもりもありません。重いテーマに見えますが、若い男女の恋物語の中の1つの出来事として受け止めてもらえればいいなと思います。

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