トークダイジェスト

2月12日 2月12日 2月12日 2月12日 2月12日 『ウインターアスリートスペシャル』

トリノ冬季五輪直前ということで、「爆笑名場面スペシャル」をお送りします。


最新放映分

フィギュアスケート


村主章枝
2大会連続五輪代表
2002年/03年 世界フィギュア選手権 3位

村主章枝


▼05年5月1日OA「根性」

「絶対優勝のプレッシャー」

先日、ロシアで行われたフィギュア世界選手権に出場した村主章枝選手。世界のトップスターが集まる中、堂々の演技を見せ、日本人トップとなる5位入賞を果たしました。フィギュアスケートといえば、「根性」という言葉とは縁遠いイメージがあるのですが、リンクで選手たちは必死に“ある”ことを我慢しているようです。「リンクが寒いので鼻水が出てくるんです。ジャンプやスピンの時は、脱水機みたいに・・・。遠心力で(鼻水が)出てきます。演技の後半の方は危ないです。出そうになる選手は、(鼻を)すすってる選手もいますね」フィギュア選手にとって、寒さは天敵のようです。


荒川静香
2大会目の五輪代表
2004年 世界フィギュア選手権 優勝

荒川静香


▼04年6月20日OA「女性アスリート」

「大学時代はガングロ」

今年、日本人としては10年ぶりとなる世界選手権女子シングルスで優勝を果たしたフィギュアスケート選手の荒川静香さん。2年後のトリノ冬季五輪でもメダル獲得が有力視されている選手なのです。しかし、大学時代はスケートに明け暮れていたというわけではないようです。海へ遊びに行き、日焼けしたままの姿で試合に出場するなど、スタジオで拝見したお写真では、まさにギャルといった感じでしたが・・・「夏に、外に出かける機会がなくていつも白かったので、ちょっと日焼けに憧れていた時期があったんです。ちょっと焼きたいなと思ってたんですよね」それにしても、こんなに日焼けしたまま試合に出場して怒られたりしませんでしたか?「怒られましたね。『下着つけて出てくるな』って。それ以来、ドーランとファンデーションを塗って(日焼けの水着の跡を)黒くして試合に出てました」この日焼け跡、確かに下着にも見えますね

アルペンスキー


佐々木明
2大会連続五輪代表
2006年 1月W杯男子回転 2位

佐々木明


▼04年10月31日OA「肉体改造」

「ぶっちゃけ天才」

アルペン競技スラローム競技で活躍する佐々木明選手。今やこの種目では日本の第一人者。しかし、日本のエースとして出場したソルトレーク五輪では思うような成績が残せず、その後も苦しいシーズンが続きました。しかし、昨シーズンW杯第5戦、日本人としては15年ぶりとなる2位として快挙を達成しました。この好成績の陰には、実は肉体改造があったそうです。「自分はぶっちゃけ、どっちかというと天才系なんですよ。努力派か天才派、どちらかというと間違いなく天才派なんです。だから、オリンピックの時まで一切トレーニングしてなかったんですね。世界なんて大したことないだろうと思ってたんで。トレーニングしなくても、それまでは実際に結果が出てたんですよ。でも、W杯に参戦し始めて3戦くらい目の時に、全くヤル気がなくなったんです。トレーニングをしていなかったんで、シーズンを通して戦える体力がついてなかったんですね。それからトレーニングをするようになったんですけど、その次の年にすぐ2位に入ったんで・・・やっぱり天才かなと」天才という言葉が3〜4回ほどお話の中に出てきた佐々木さん。今後の活躍が楽しみです。


湯浅直樹
初五輪代表
2005年 ユニバーシアード男子大回転 6位

湯浅直樹


▼06年1月15日OA「ウィンタースポーツ」

「寝たら死ぬ」

冬季競技のアスリートは、過酷な寒さとの戦いもつきもの。アルペンスキーヤー・湯浅直樹選手は、韓国でこんな危険な状況になったそうです。「その日の気温が電光掲示板を見たらマイナス30度になってたんです。風がすごく強かったんで、体感温度はさらに低かったんですよ。その時は韓国だったんですけど、リフトがすごく長いんです。リフトは長いんですけど、風が強いから低速運転だったんですね。最初のうちは体が冷えないように動かしてたんですけど、後半になってくるとそれさえ辛くなったんです。よくテレビとかで『寝たら死ぬぞ』とかあるじゃないですか。(それまでは)何でそんな窮地の時に眠くなるんだろうと思ってたんですけど・・・眠くなったんですよ!急激に。『これだ!この事を言ってたんだ』と思って。寝たら死ぬなと思いましたね」なんとか睡魔との戦いに耐え抜いたという、湯浅選手。この時にようやくドラマによくあるシチュエーションに納得できたようです。


岡部哲也
元日本代表選手
五輪3回、世界選手権5回 出場経験あり

岡部哲也



▼02年2月5日OA「特訓」

最高時速150kmを誇るアルペン競技の場合、そのスピードに対する恐怖心を克服するため、こんなトレーニングをするのだそうです。「アルペンで滑降競技というのがあって、最高速度150キロくらい出るんですけど。それよりもスピードが出るキロメーターランサーっていうのがあって、ただ真直ぐ滑るだけの競技なんですけど、これの今の世界記録が220キロくらいなんですね。それで、その競技の人たちがスピード感覚を養うためにレーシング場で150キロくらいのスピードを出すレーシングカーの上に乗るっていう特訓があるらしいんです。これは、危ないと思いましたね」特訓の時から命がけでアスリートは戦っているのです。

▼06年1月15日OA「ウィンタースポーツ」

「シモネッタ」

3度五輪に出場したアルペンスキーヤーの岡部哲也さん。海外を転戦していただけに、女性との出会いもやはり海外が多かったようです。岡部さんもイタリアでこんな出会いがあったのだそうです。「イタリアのリゾート地で毎年レースがあるんですけど、常宿があって、常宿のおかみさんが『哲也に紹介したい人がいる』って、紹介されたのが姪っ子さんなんです。お会いしたんですけど、イタリア人でキレイだったんです。女優に例えるとペネロペ的な感じの人で、ちょっとヤバイ(くらいキレイな人だった)んですよ。3シーズンくらいお付き合いさせて頂いたんですけど、ホントにお堅い方で。だけど、ホントにマジメな話、何もなかったんです。そんなお堅くてちゃんとした人なんですけど・・・名前が『シモネッタ』って言うんです」これ、まぎれもない実話だそうです。

スピードスケート


清水宏保
4大会連続五輪代表
1998年 長野冬季五輪500m 金メダル

清水宏保


▼02年10月8日OA「お約束」

「控え室のオナラ?鼻で笑います」

「本当に大事な試合の前は、ほとんどしゃべらないんです。限られたトレーナーだとか、マネージャーとかと片言交わす程度ですね。周りの人も、レース直前はあまり話かけてはいけない、という暗黙の了解があるみたいなんです」と、レース前はなるべく自分の世界を作り上げていって、本番に臨むという清水宏保選手。レースの数十分前に、一気に集中力を極限まで高めていき、控室もシーンと静まり返った状態になるのだとか。 「そんな中で、誰かが“プゥ?”とかって、屁こいたりしたらどうすんの?(この質問は、もちろんMC浜田から)」緊張を一気に解きほぐす、こんな瞬間にも清水選手は冷静に対応するようで「(そんな時は)『フッ』って鼻で笑いますね。(オナラをした)人にもよりますけど」と、決して突っ込んだりする人はいないそうです。

「太ももに触らせて」

清水宏保選手がお約束のように言われる言葉が「太もも触らせて」なのだとか。でも、中にはとっても怪しい人もいるようで・・・「初めて会った人が挨拶代わりに『こんにちは!太もも触らせて下さい』って。どこ行っても必ず言われますね。(そうお願いされたら)一応、誰にでも『どうぞ、触って下さい』と言うんですけど、中にはおっかない人もいるんですよね。男の人とか、すごい興味を持って触ってきて・・・。触り方っていうか、近寄り方が怪しい人とか。サウナ行った時に、気づいたら、男の人が隣に座っていて『いい太ももしているね〜』って。内ももから、ガーッと触られて、鳥肌が立ちました」肉体派アスリートは、どうしても狙われ易いようです。


加藤条治
初五輪代表
2005年 世界スプリント選手権500m 優勝

加藤条治


▼05年6月5日OA「快感」

「トリノ内定第1号」

スピードスケート界期待の新星・加藤条治選手。今年3月の世界距離別選手権に出場し、長野五輪金メダリストの清水選手とデッドヒートを繰り広げ、見事初優勝。この勝利で全種目通じて、トリノ五輪代表内定1号となりました。やはり、五輪代表内定1号というのは嬉しいものですよね?「周りからも、『ここで優勝したら第1号だぞ!』と言われてたので、(勝った時は)イチ抜けたみたいな感じで快感でしたね」代表内定1号というだけでなく、加藤選手はトリノでもメダルが期待されているんです。


大菅小百合
2大会連続五輪代表
500m日本記録保持者

大菅小百合


▼02年5月21日OA「スピード」

「ハイスピードで大迷惑」

超高速で駆け抜けるスピードスケート。そのため、選手たちはこんな危険な場面に遭遇することもあるそうです。「スピードスケートは、アウトスタートとインスタートがあるんですけど、滑っている途中に、 アウトとインが交差する場面があるんです。そんな時にイン側の選手が転倒すると、 アウト側の選手も被害に合うことがあるんです。長野五輪の時は、他の選手の転倒のせいで腕を骨折した選手もいましたね」スピードスケートでは、常にこんな危険と隣り合わせなのです。

▼02年7月2日OA「リベンジ後編」

「憧れの人にリベンジ」

憧れの選手に対するちょっと悔しい思い出が、スケートを頑張る上での大きな原動力となったのだそうです。「オランダのヤン・ボスという選手がすごく好きだったんです。ルックスもいいし、滑り方もきれいだし。W杯に初めて出場した時に「写真を撮って下さい」ってお願いしたんですけど、その時の態度が、いちファンに接する態度と同じような感じだったんです。それで、「これは自分の存在をアピールしなければ」って思いましたね。その後、世界ジュニア記録を出した時に彼女から「おめでとう」って言ってきてくれて、それからは彼女の態度も少しづつ変わってきて、今ではメール交換をする仲になりました」と、憧れの人に対するリベンジを何とか果たせたのだそうです。

大菅小百合&大菅淳子
スピードスケート選手姉妹


大菅淳子


▼04年12月26日OA「スポーツファミリー」

「勝ちは勝ち」

共にスピードスケートで活躍する大菅小百合さん・淳子さん姉妹。姉の小百合さんはソルトレーク五輪出場、03年W杯500mで総合3位に輝くなど、スピードスケート界のエースとして活躍中。妹の淳子さんも03年全日本ジュニア選手権で3位に輝くなど、若手の注目株。トリノ冬季五輪では、姉妹揃っての活躍が期待されています。たとえ姉妹とはいえ、やはりお互いに負けたくはないと強く思っているようです。まずは、ジャンクでもお馴染み、姉の小百合さんからお話を伺いました。「そうですね。出てる種目が一緒なんで。妹に負けたことは1回だけあるんです。夏場、自転車のトレーニングでスケートの練習が少なくなった時期があったんですよ。その時に一度だけ1000mで負けた時があって。それ以来、負けはないですけどね」と小百合さんは言ってますが、淳子さんいかがですか?「体調が悪くてもやっぱり勝ちは勝ちなんで」と、やはりお互いに譲れない様子。さらに、競技以外でも負けたくないことはあるようで「妹の方がカワイイって言われるんです。今回も初ジャンク(出演)なんですけど、これで妹の方が人気出るんじゃないかって、周りから言われたりしてすごいんですよね」そういうのってカチンとくるんですか?「きますね」・・・小百合さん、ハッキリ言いすぎです。ついでというわけでないですが、淳子さんにも長年溜まっていたものを吐き出して頂きました。「自分が小学校1年生の時に大ケガさせられたことがあります。クルクル回るイスありますよね。それに乗せられて思いっきり回されて、吹っ飛んでココ(額を)をぶつけて7針縫いました」7針って・・・小百合さん、本当ですか?「遊んでたんですよ。親戚の子供たちとか。回してるうちに勢いついちゃって・・・」ケガをさせた時のお話なのに、なぜか小百合さんは大爆笑しながら話されていました。


吉井小百合
初五輪代表
2005年 世界スプリント選手権 総合4位

吉井小百合


▼05年6月12日OA「肉体改造」

アスリートに聞きました!

「金メダリストの船木さんが『自分も有名になったなぁ』と実感したのは、どんな瞬間でしたか?」

浜田 「ちなみに長谷川選手はどうですか?チャンピオンになって」
長谷川 「全然、誰も気づいてくれないです。この間もボクシング会場行った時に、みんな声かけて来てくれるんちゃうかなって、(人が集まりすぎて)ヤバクないかなって思ってたんですけど、誰も声かけてくれなかったんです」
浜田 「それちょっと嫌やね」
長谷川 「寂しいですね」
浜田 「船木さんはどう?有名になったなぁと実感したのは?」
船木 「前回のオリンピックで旗を持って行進させてもらったんですけど、その旗に(旗を持って行進した人が)全員サインをしてオリンピックミュージアムに飾ることになったんです。最初に(スティーブン)スピルバーグさんが書いて、その次に僕が書いて・・・と順番が決まってたらしいんですよ。でも、現役選手が僕だけということもあって、スピルバーグさんが僕に『一番に書け』って言ってくれたらしくて」
浜田 「そうなんや。すごいね」
内田 「秋山さんはプロ格闘家になっていかがです?」
浜田 「自分は有名やんか」
秋山 「(有名)だと思ってたんです。この間(大阪の)ミナミの方歩いてたら、学生5〜6人が『あいつ○○○や』って言うてるんですよ。歌手のエクザイルさんっていてるじゃないですか。グループの中に僕みたいに短髪の方がおられるんですけど、その方と間違えてたらしく、近寄ってきた学生が『スイマセン。今日ゲリラライブでもあるんですか?』って言うてくるんですよ」
浜田 「(笑)ゲリラライブ?何したらエエねん!」
秋山 「『違います』って言うたら他の学生が『格闘家やって』って言うてるんですよ。分かったかと思ったら、今度は『スイマセン。間違えました。須藤元気さんですよね?』って。有名になったつもりだったんですけど、そうじゃなくて。しかも地元の大阪で。ちょっと寂しかったですね」
内田 「親方は誰かに間違えられたことあります?」
錣山親方 「今、楽天のコーチの駒田さんですね。まだマゲついてる時だったんですけど」
浜田 「マゲついてても?すごいなぁ」
内田 「宮内さんは?」
宮内 「よく言われるのが・・・浜崎あゆみさん」
浜田 「(薄目で)テメェ、この野郎!」
宮内 「自分では分からないんですけど。街歩いていても『そうじゃない?』って聞こえてくるんです」
内田 「吉井さんは?」
吉井 「実家に帰った時に犬の散歩によく行くんですけど、そこで『犬かわいいね』って、おばちゃんが寄って来て(話しかけて来て)、『お仕事してる時、ワンちゃんどうしてんの?』って聞かれるんです。家に預けてるって言ったら、『お仕事何してるの?モデルか何か?』って言われたんですよ」
浜田 「・・・(超薄目)テメェ、この野郎!」
吉井 「モデルなんて言われたことなかったんで、(本当に嬉しそうに)嬉しかったです!」

▼05年7月10日OA「日本代表」

「攻めて!攻めて!」

W杯などで世界を転戦する吉井小百合選手。ある大会で、外国人選手からこんな積極的なアプローチをされたことがあるそうです。「情熱的な国とかあるじゃないですか。大会とか終わってからパーティーがあるんですけど、アメリカ人の男性が(吉井選手の)部屋に来るんですよ。言葉巧みに入って来たりして。いつもコーチに助けを呼んだりしてたんですけど、最終的にヤバイなと身の危険を感じて。一緒に遠征に行っている男性選手の名前を借りて『私、この人と付き合っているから』って言ったら、(アメリカ人選手は)『困った』みたいな感じになって。(その嘘をつくまでは)もう、攻めて、攻めて(って感じでした)」どことなく、嬉しそうに喋っているように見せるのは気のせいでしょうか。とにかく、日本人と違ってかなり積極的だったようです。


三宮恵利子
元日本代表選手
五輪2回 出場経験あり

三宮恵利子


▼04年2月22日「合宿」

「ピストル所持で大ピンチ」

元スピードスケート選手の三宮恵利子さんにも、海外合宿での出来事について話して頂きました。かなり危ない状況に追い込まれたそうなのですが・・・「合宿の時って下っ端は、ストップウォッチとか(スタートの合図に使う)ピストルも持って行かなくてはいけないんです。ドイツでの合宿から日本に帰ってくる時、私がピストルを持って行ってたんですけど、(ピストルを)無くしちゃいけないと思って、手荷物に入れてたんです。で、その荷物が機械(金属探知機)を通った時、警察が私のところに集まって来っちゃたんです。私は警察に両腕を抱えられて、バッグを開ける時も警察にピストルを向けられてましたね」と、大変な目にあった様子。ちなみに、スタートで使うピストルも、見た目は普通のピストルと変わらないのだそうです。


ショートトラック


勅使川原郁恵
3大会連続五輪代表
2002年 ソルトレーク冬季五輪 3000mリレー 4位

勅使川原郁恵


▼05年11月13日OA「合宿」

「お尻にタッチ」

中学2年の時、史上最年少で全日本チャンピオンに輝き、五輪も3大会連続を出場を狙うショートトラックの第一人者・勅使川原郁恵選手。1周111.12mという小回りなコースを走るには、体を思い切り傾けないとカーブが曲がれないため、接触やケガは当たり前という過酷な競技。団体戦ではタッチで次走者に引き継ぐのですが、その団体戦の練習ではこんなハプニングが起きるのだそうです。「リレーの練習なんですけど、試合では女性同士で試合するじゃないですか。でも、合宿だと男子も混じってリレーをするので、例えばタッチする時に、ちょっと手が滑ったりすると男性に嫌なところを触られたりするんです。ピチッとしたスーツでやっているので。でも、ワザとやったりすることもあるんです。遊びでですけどね」練習漬けの合宿では、こんな遊びを取り入れないとやっていけないのかもしれません。ちなみに、浜田はこの話に大喜びでした。


スケルトン


越和宏
2大会連続五輪代表
2002年 ソルトレーク冬季五輪 8位

越和宏


▼02年5月21日OA「スピード」

うつ伏せで時速100kmを越えるスピードで駆け抜けるスケルトン。競技中、選手の目に映る景色は一体どんなものなのか?トリノ五輪にも出場する、日本の第一人者・越和宏選手に聞いてみると・・・「スケルトンという競技は、うつ伏せ状態で頭から滑る競技なので、実際にはそんなにスピードが出てなくても、体感速度は一説によると時速300kmを越えているといわれてるんです。ソルトレークシティ(オリンピックの時)では時速133kmくらい出てたと思います。でも慣れてくると、時速130km出ていても、キレイな女性がコース脇で応援しているのとか見えたりするんですよ。選手によっては、滑ってる途中にコース脇の人に「おはよう」とか「こんにちは」とか声をかけたりもしてるんです。それでも、氷と顔との距離も5cmほどなんで、最初の頃は慣れないですからカーブで首に重力がかかって、後頭部を叩かれたような状態で、壁面にアゴをぶつけたりするんです。コース上に赤い血の痕があったりするんですけど、それは鼻の高い外人選手が鼻の先を擦った痕なんです。日本人は大丈夫ですけどね」一面コースのみの視界かと思いきや・・・意外と女性の顔までチェックできる余裕があるようです。

スキージャンプ


原田雅彦
5大会連続五輪代表
1998年 長野冬季五輪 団体 金メダル

原田雅彦


▼02年6月25日OA「リベンジ前編」

「絶望からのリベンジ」

あの感動の長野五輪、大ジャンプを飛んだ原田雅彦選手のインタビューは、非常に印象的なものでした。ということで、あの時のジャンプ&インタビューについてお伺いしたところ・・・「(長野五輪の時は)4年間頑張って力もついてきて、飛べば距離が伸びているっていう自信があったんです。でも、自分が飛ぶ時に雪が降って来て「なんで自分の番になってこんなに雪が降って来るんだ」と思いましたね。もう、前見えなかったですから、あの時は。(1本目の結果を見て)世間の人は「またやったか!この野郎」と思ったでしょうね。でも、2本目は、飛んだ瞬間にガッツポーズしたいくらいでしたね。着地した瞬間、力抜けましたね。(その後のインタビューは)4年間の思いを果たしたというのがあったせいか分からないんですけど、腰が抜けちゃって立てなかったんです。ホッとしたんですね」それがあの「ふなきぃぃ?」のコメントへとつながっていたのだそうです。


葛西紀明
5大会連続五輪代表
1994年 リレハンメル冬季五輪 団体 銀メダル

葛西紀明


▼04年6月13日OA「名勝負」

「船木との名勝負」

葛西さんにとっての“名勝負”は、99年のスキーW杯最終戦、年間総合3位をかけた戦い。その相手とは・・・今日スタジオにお越しの船木和喜選手。最終戦を迎えた時点で、船木さんが総合3位、葛西さんが総合4位。この最終戦のフライングヒルで、葛西さんは1本目にK点を超える196.5mを飛び、トップに立ちます。しかし、すぐに船木さんも葛西さんの記録を塗り替える203.5mをマーク。葛西さんは次の2本目、絶好の向かい風をつかみK点を30mも越す214mの大ジャンプでシーズン総合ポイントでも船木さんを逆転。まさに、抜きつ抜かれつの名勝負を演じられたのですが・・・この戦いを振り返って、葛西さんいかがですか?「最高でしたね。上(ジャンプ台)から、1本目を飛び終えた船木がガッツポーズしているのが見えたんですよ。これは(2本目は)やってやらないと、と思いましたね」一方の船木さんは、葛西さんが2本目を飛ぶ時、どう見ていらっしゃいました?「下から見てて、『落ちろ、落ちろ』と思ってました。けど、僕が飛んだ場所よりも10m以上飛んでましたからね」と、本音も交えてお話下さった船木さん。しかし、最後は名勝負らしく、お互いに握手を交わしてW杯を締めくくったのだそうです。


岡部孝信
4大会連続五輪代表
1998年 長野冬季五輪 団体 金メダル

岡部孝信


▼05年11月13日OA「合宿」

「バッグに詰められて」

98年の長野五輪で感動の金メダルを獲得したジャンプ日本チーム。船木選手、原田選手が一際クローズアップされましたが、この団体戦で大事な一番手を務めたのが岡部孝信選手。大きなプレッシャーがかかる中、137mの大ジャンプで日本チームをトップへと導いたのです。そんな岡部選手、合宿中に先輩からこんなことをされていたのだそうです。「(合宿では)娯楽がないんで、先輩もやることがなくて矛先は後輩に向けられるんです。部屋にいると、何となくイヤな雰囲気が感じまして・・・。全員に抑えられて後ろ手に縛られるんです。それから遠征バッグという大きなバッグに入れられるんです。で、ファスナーを締められて、移動し始めるんですよ」バッグに入れられて、連れて行かれた場所はエレベーターの中。「(岡部さん入りの)カバンだけエレベーターの中に入れられて、ボタンを押されるんです。エレベーターは下に動き出して、1階に着いたら他のお客さんが乗ってくるんですよ。とにかく脱出したいということで『スイマセン』って言うんです。(カバンの中から声が聞こえるので、お客さんは)『キャー!』ってなるんですけど・・・」娯楽がないとは言え、この先輩たち、完全にやりすぎです。


船木和喜
元日本代表選手
1998年 長野冬季五輪 団体 金メダル

船木和喜


▼04年6月13日OA「名勝負」

アスリートに聞きました!

「ジャンプ競技は空中を高く飛ぶ、危険と隣り合わせの競技ですが、飛ぶことに慣れるため今までどんな訓練をしましたか?」

船木 「空中姿勢を保つのに(特訓として)、スカイダイビングをやらされましたね」
浜田 「もう、無理から飛べみたいな感じやったん?」
葛西 「ムチャクチャ恐かったですよ。僕も一緒にやったんですけど」
千代大海 「最初のジャンプは、どこらへんからの高さから始めるんですか?」
船木 「一番最初は1mぐらいですかね」
浜田 「高い所がコワイ人は(ジャンプ競技は)できないですよね」
葛西 「でも、原田さんは高所恐怖症なんですよ」
浜田 「は?」
葛西 「僕も(高所恐怖症だと知って)『へ?』って思いましたけどね」
浜田 「いや、飛んでるやん!」
葛西 「あまりの高さのフライトだと、(原田さんは)『わぁ?』とか言って止めてしまいますね」

ノルディック複合


荻原次晴
元日本代表選手
1998年 長野冬季五輪 ノルディック複合個人 6位

荻原次晴


▼05年2月13日OA「超ハッピーSP」

「実況シミュレーション」

長野五輪ノルディック複合個人戦のジャンプで、世界のライバルたちが伸び悩む中、荻原次晴さんは、K点を超える91.5mをマーク。双子の兄・健治さんを上回る、快心のジャンプを披露して見せました。この時、飛ぶ前にこんな形でジャンプのシミュレーションをしていたそうです。「自分の頭の中で(テレビの)実況をつけるワケです。さあ1回目、93m飛んだ荻原が2回目のスタートにつきました。さあスタート!これは高い!来た!95m!着地もピッタリ!金メダル!!兄貴を抜きました」こんなイメージを抱いて望んだ五輪本番。実は、飛んだ後のガッツポーズまで考えていたのだそうです。

スノーボード(ハーフパイプ)


國母和宏
初五輪代表
2005年 W杯 ハーフパイプ 初優勝

國母和宏


▼06年1月15日OA「ウィンタースポーツ」

「11才からプロ」

スノーボード・ハーフパイプ競技で、若干17才ながら、世界トップ選手相手に引けをとらない戦いを見せている國母和宏選手。史上最年少の11才でプロ資格を取得。そして、14才で出場したUSオープンで日本人初の表彰台に上がる快挙を達成。さらには、今シーズンのW杯第3戦で初優勝を飾りました。まだ高校生なのにすごい成績ですが、ちなみに何才からスノーボードをやっているんですか?「4才ですね。(プロとして活躍し始めたのは)小学校5年生くらいです。年齢は関係なくて、大会に勝てばプロになれるんです。(浜田の「プロってことはスポンサーがついていたの?」の問いに)ハイ、そうですね」そんな小学生時代からお金を稼いでいたという國母選手。ちなみに、大会の賞金を現金で持ち歩いていると聞いたのですが、本当ですか?「そうですね、海外に行って大会を回る時はカバンに入れて持ち歩いています。多い時で200万円くらいかな」W杯の優勝賞金はスタッフなどに焼肉をご馳走したのだそうです。その金額、なんと15万円!まるで社長のような奢りっぷりですが、最後にトリノ五輪に向けて抱負を語って頂きました。「初めてなんですけど、出るだけじゃ満足しないんで、金メダル獲って帰ってきたいです」


山岡聡子
初五輪代表
2004年 W杯ランキング 総合優勝

山岡聡子


▼06年1月15日OA「ウィンタースポーツ」

「恋愛は山病」

男女ともにトレーニングをする機会があるスノーボード。山岡聡子選手からは、スノーボード界によくあるという、こんな恋の病についてお話してもらいました。「スノーボード界では『山病』と言われるものがあって。トレーニングとかするために、(トレーニングは)限られた所でやらないといけないじゃないですか。だから、その辺りに住んでいない人たちは、その近くに家を借りたり、みんなで住んだりして、冬の間はソコにこもって練習しているんです。練習も生活も一緒にしていたりすると、そこの間(一緒に暮らしている選手同士)で恋愛関係になる例が多いんです。それを『山病』って言ってるんです。シーズン終わって山から帰ってきて、恋愛関係になった相手と(街で)会うと・・・『アレ?そんな好きじゃないな』みたいになって」シーズン中は、素敵に見える選手も日常で会うと・・・そんな現象が起きるのだそうです。

フリースタイル(モーグル)


里谷多英
4大会連続五輪代表
1998年 長野冬季五輪 金メダル

里谷多英


▼03年10月21日OA「ビッグプレー」

「記憶にございません」

98年長野の金メダル、00年のソルトレークの銅メダルと個人としては日本人初の2大会連続で、五輪メダル獲得者となった里谷多英選手。モーグル競技で「世界一美しい」と言われるその滑りは、観客を大いに沸かせてくれました。日本人の脳裏に焼き付いて離れないシーンですが、当のご本人は全く記憶がないのだそうです。「長野のオリンピックの時は、スタートの10分くらい前から覚えてないですね。ゴールしても、転んだのか、ちゃんと滑れていたのか覚えてなかったんです」一応優勝したことは理解されていたようなのだが、滑り自体は全く覚えていないのだそうだ。「優勝したのは分かったんですけど、もしかして(優勝したことも)夢かなとか・・・自分の滑りをビデオで見るまでは確認できなかったですね。ビデオを見て初めて“転んでいなかったんだ”って分かりました」極度の集中力のせいなのか、それとも緊張していたのか・・・とにかくそんな状態になると、いかに全てにおいて鍛えられているアスリートとはいえ、記憶がなくなるようなこともあるようです。

スポーツマスコミ


八木沼純子
元日本代表選手
1988年 カルガリー冬季五輪 出場

八木沼純子


▼05年3月13日OA「スポーツコメンテイター」

「ミキティブームは辛いよ」

安藤美姫選手を筆頭に「美しく」て「強い」選手たちが揃い、注目を集めている日本女子フィギュアスケート界。多くのスター選手の出現によって、試合会場ではこんなことが起こっているそうです。「フィギュアスケート界といえば、『ミキティ(安藤美姫選手の愛称)』って感じですね。この間、彼女が国体に出場したんですけど、入場制限が行われちゃったくらい彼女の演技を見たいと(会場に来ていましたね)。私たちの頃はそこまではなかったですから、(フィギュアスケート界に)新しい風が吹いてるな、という感じですね」このミキティ人気の影響は、八木沼さんにも及んでいるそうです。「今、私はプロ選手としてアイスショーで滑っているんですが、アマチュアの選手も一緒に滑ったりするんです。荒川静香ちゃんとか、安藤美姫ちゃんとかも滑るんですけど、その時に『美姫ちゃんのサイン貰ってきて』とかは、よくありますね。友達が観に来てくれたのに(差し入れを)『コレ、美姫ちゃんに渡しといて』って渡されるんです。私には何もないのかなぁって感じなんですけど」そんな大人気の安藤美姫選手。リンクを離れれば普通の女子高生と変わらない面も多く持っているそうで、海外遠征にはヌイグルミを何体も持って行くのだそうです。


フローラン・ダバディ
スポーツジャーナリスト


フローラン・ダバディ


▼05年8月14日OA「スポーツマスコミ」

「ミキティのクセ」

インタビューなどで多くのアスリートに接するフローラン・ダバディさんによると、フィギュアスケートの安藤美姫選手は、インタビュー中ちょっとしたクセが出るのだとか。それは、一体どんなクセかというと・・・「彼女は一つの言い回しのクセというか、一つの文書を喋り終わると、1秒、2秒ボケてて、『ウフ〜ン』と言うクセがあるんですよね。とっても可愛らしいクセなんですけど。『ウ〜ン』って、フワッとしていて。私は(インタビューで)『ミッシェル・クワンは憧れていると思うんですけど、どこが憧れなんですか?』(と聞くと、安藤選手は)『そうですね〜ミッシェル・クワンは、そうですね〜・・・フ〜ン』って。それも、すごくカワイイなと思って」・・・とにかく、フワッとした感じがとっても可愛らしいそうです。


次回予告

2月26日 2月26日 2月26日 2月26日 2月26日 『勝負どころ』 夜7時58分放送


出演者(敬称略)
天沼知恵子、伊藤涼太、入来祐作、金村義明、日下部基栄、土肥洋一、中村和裕
トークダイジェスト

フジテレビホームページに掲載されている写真はすべて著作権管理ソフトで保護され、掲載期限を過ぎたものについては削除されます。無断で転載、加工などを行うと、著作権に基づく処罰の対象になる場合もあります。なお、『著作権について』のページもお読み下さい。

コピー禁止