トークダイジェスト

10月30日 10月30日 10月30日 10月30日 10月30日 10月30日 『青春時代』

出演者 伊調千春、川口圭子、日下部基栄、須藤元気、パンチ佐藤、藤井かすみ、舞の海
武蔵


最新放映分

今週のテーマは「青春時代」です。


「トップファイターからボッコボコ」

武蔵

武蔵

プロ格闘家になったばかりの頃、武蔵選手は毎日のようにヒドイ目にあっていたというのですが・・・「プロの練習に参加するようになった頃なんですけど、ヘビー級って日本人は、ほとんどいなかったんですよ。で、ウチの道場で練習してんのが、亡くなったアンディ・フグとかマイク・ベルナルドとか、サム・グレコだったんです。うちの館長は『強い選手と練習しろ』っていう考え方やったんで、受け方もロクに知らないまま、リングに放り込まれて毎日(トップファイター達と)スパーリングですよ。毎日ボッコボッコにされて・・・。笑いながら向こうはやってるんですよ。(浜田が「それで唇がタラコになったの?」の言葉に)そう、多少ね・・・ってオイ!いや、でも毎日、口の中も切れてメシも食えなかったですから。でも、何が楽しみかというと、毎日、練習終わった後に(同じ道場の)中迫選手とかとアンディとかマイク・ベルナルドとかの悪口を言うのが楽しみだったんです。毎日言ってましたね。『武器があったら勝てるのに』とか」武器を使わなくては勝てないようなファイターとのスパーリングが、2年連続ファイナリストへと押し上げてくれたのかもしれません。


「全国制覇しまくり姉妹」

伊調千春

伊調千春

昨年のアテネ五輪・レスリング48kg級で見事、銀メダルを獲得した伊調千春選手。やはり学生時代からかなりの好成績を残していたようです。青春時代の成績を聞いてみると・・・「一応、全国大会4連覇しています。高校生の時に高校選手権というのがありまして、高校2年・3年の時に優勝しまして、大学に行ってからは大学生選手権で2連覇しました」と、サラッとすごい実績を口にする伊調選手。ちなみに妹である馨選手の実績も聞いてみると「妹はもっとすごくて。妹は小学校3年の時に全国大会で優勝したんですけど、それから4・5・6年と4連覇。中学1年の時は優勝を逃してしまったんですけど、中学2年生から高校3年生まで。10年間で9回全国制覇してるんです。馨はすごいですね」と、姉妹で全国大会を制覇しまくっていたのだそうです。



「青春時代はレスリングチャンピオン」

須藤元気

須藤元気

毎回ド派手な入場パフォーマンスで観客を沸かせる須藤元気選手の原点とも言えるのが、高校時代から始めたレスリング。青春時代はジュニアオリンピックの頂点にも立ったことがあるレスリング選手だったんです。「僕は中学3年の時に総合格闘技のプロを目指していて、その技術の一貫としてレスリングの技術は大事だと思いまして、始めたんです。高校2年の時にはプロになろうと思ってましたね。プロになる前にどうしてもレスリングのタイトルが欲しかったんですよね。レスリングで中途半端でプロに行ったと思われるのがイヤでしたから」こうして、技術とタイトルをレスリングで得た須藤さんは、青春時代の目標通りプロ格闘家となったのでした。


「きっかけは亮子先輩」

日下部基栄

日下部基栄

五輪2大会連続出場、シドニー大会では57kg級銅メダルを獲得した日下部基栄さん。現在は引退されていますが、中学生の時から大学生までかなりの実績の持ち主なのです。ね、日下部さん?「中1〜中3まで3連覇して、高校も1年・2年と連覇して。3年はないんですよ。負けたとは思わないで下さい。大学も短大やったんスけど、1年・2年と連覇したんです」そんな全国連覇しまくりの日下部さんが柔道を始めたきっかけは、あの谷亮子選手の影響なのだそうです。「お兄ちゃんが柔道をしていて、それで(柔道を)見に行ったんです。その時に小さい女の子が男の子をガンガン投げ飛ばしてるんですよ。それ見て『カッコ良か、わたしもしたい』って思って。両親が『女の子やからせんでいい』って言ったんですけど、どうしてもしたいって。で、今よく考えたら、ガンガン投げ飛ばしてたのが谷亮子先輩だったんです。その時から亮子先輩は憧れだったんです」その当時から強かったという谷選手。試合でも、男子選手をガンガン投げ飛ばしていたのだそうです。


アスリートとひと口に言えども、ジャンルが違えば環境も背景も違うもの。お互いに疑問に思っていることもあるでしょう。そこで、みなさんから頂いた他の出演者への疑問・質問をぶつけあって頂きました!

伊調千春選手から日下部基栄さんへの質問

「日下部さんは“ヤワラちゃん”こと谷亮子選手と親しくされているそうですが、谷選手の強さの秘密は何だと思いますか?女王の秘密を是非、教えて下さい」

日下部 「何でもがプラス思考なんですよ。そこまでかって言うくらいプラス思考で、例えば選手村で相手選手があまりご飯を食べてなかったとしたら、『あの選手、あまり食べてないから減量キツイんだ。勝ったね』とか。(アテネでの)野球のキューバ選手を見て、『キューバの足取り重い。これは勝てるって言ってこよ』とか。とにかく、何でもプラス思考なんです。」
浜田 「なるほど」
日下部 「一緒にいたら、私もプラス思考になるんです。プラスに考えたら、プラスに引っ張られて行くなと思って」
内田 「日下部さんご自身は、勝つためにやってらっしゃることってあるんですか?」
日下部 「ノートにプラス思考のことを書いてます。『大外狩り炸裂!』とか『私はオリンピックに出るために生まれた』とか、マイナスのことがよぎったらプラスのことを書いて(マイナス思考を)消すようにしていました。今はノート10冊くらいになってます」
内田 「伊調選手は、ポジティブだと思いますか?」
伊調 「超ネガティブです。全部がマイナス思考で考えてしまうので、妹とかに相談するんですけど、超ポジティブで『なるようになるよ』って感じなので相談しても参考にならないんですよね」
浜田 「ハハ・・・そこまで違うんや?」
内田 「パンチさんは?」
パンチ 「僕は音楽ですね。音楽を聴いて自分を盛り上げます。だから伊調さんも心配することないの。中途半端なところで忘れようとするとしないで、落ち込むとこまで落ち込むワケ。僕の場合は八代亜希さん、川中美幸さん、こういった方の演歌を聴きながら落ちる所まで落ちるワケ。流すだけ涙を流したら、あとは自然に上がって来たって分かるから。この時に北島三郎さんの『山、川、年輪』で盛り上げるワケです。最後は『北の漁場』でドーン!ですよ」
浜田 「それは君のやり方やからね」
舞の海 「私もそうですよ」
浜田 「えー?」
舞の海 「落ちる所まで落ちると、反動で上がってくるんですよ。だからとりあえず落ちたいんですよね。反動で上がるために」
浜田 「いらんなと思ってた二人がちょっとエエ話したな」
内田 「須藤選手は勝つためにやってらっしゃることあります?」
須藤 「僕も日下部さんと同じでノートに書いたりとか、夢を日付を書いて『いついつまでにコレをやる』って高校時代から書いてます」
浜田 「何年も先まで?」
須藤 「10年先まで。考えて、口に出して行動に移すんです」
浜田 「今も書いてるんですか?」
須藤 「はい。今の目標は紅白に出るって」
浜田 「は?紅白?」
須藤 「僕、ミュージシャンと格闘家、どっちになるか迷ってたんで」
浜田 「出る方でかいな。それがホンマになったら面白いけどね」


「上京物語」

舞の海

舞の海

青森出身の舞の海さんの青春時代の思い出は・・・「青森駅での友人との別れですね。青森の高校を卒業して日大に入ったんです。青森発の寝台列車に乗って、上野に着く予定だったんです。卒業式の次の日に東京に行かなくてはいけなかったんで、誰もいないだろうと思っていたんですけど、ホームに同級生がみんな待ってくれていたんです。そこで感激しまして。列車が出発するまで思い出話しながら『がんばれよ。テレビに出るようになるまで強くなれよ』って励まされて。そして出発のベルが鳴り出して、列車が動き出したんです。みんな手を振ってくれていて、自分もこみ上げてくるものがあったんです。そしたら、同級生が紙吹雪を隠してたんですけど、それをホームいっぱいに(まき始めたんです)。いい話ですよ。そして泣きそうになった時に、駅員が走ってきて怒るワケです。『誰が掃除するんだ』って。せっかくこみ上げてくるものがあったのに・・・」と一気に現実に引き戻されたてしまったそうです。技のデパートと呼ばれる個性的な関取の誕生の裏には、こんな上京物語があったのです。


「失恋をバネに奮起」

川口圭子

川口圭子

ラクロスの日本代表選手として活躍する川口圭子選手。その青春時代にはこんな辛い思い出があったのだそうです。「リーグ戦の準決勝を控えていた時、その頃、就職活動もやってたんですけど、その頃に長く付き合っていた方に別れを告げられて。すごいショックで涙ボロボロだったんですけど、準決勝も控えてたんで『ここでくじけたら全て負ける』と思って、試合や就職活動に集中しようと切り替えたんです。でも、準決勝は負けちゃったんです。負けた後は、彼を失ってラクロスも失って。引退する4年生よりも長く泣いてて、逆に心配されました」ちなみに、就職活動ではどんな会社に応募していたのか聞いてみると・・・「フジテレビのアナウンサーも受けました。書類選考で落とされたんですけど。好きな番組の所に『ジャンクスポーツ』って書いたんですけど」もしかしたら、うっちーの代わりに、川口アナがジャンクのMCをやっていたかもしれません。


「ガチョーン」

藤井かすみ

藤井かすみ

女子プロゴルファーの藤井かすみ選手は、学生時代、ソフトボールで無敵を誇ったエースピッチャーだったんです。しかし、そんな無敵の大投手も先輩との上下関係には、かなり苦しめられたそうです。「一番思い出に残るのは、みんながキャッチボールしたくない相手がいて。すごく(その人は)恐い先輩だったんですよ。みんなその先輩とキャッチボールしたくないから、ジャンケンしていたんですよ。でも、ある日、監督が『今日からキャッチボールの相手を決める』って言い始めて、なぜか私がその先輩と組むことになったんですよ。その先輩は構えたところに投げないと捕ってくれないし、1日に何回か(走って取りに行かせるために)大暴投を投げるんですよ。トスバッティングって練習があるんですけど、それもいい所にボールを投げないと打ってくれないんです。それで(ゴルフの)イップスみたいになっちゃって。ボールが手から離れてくれないんですよ。『ガチョーン』みたいな感じで・・・」ガチョーンってみなさん分かりますか?とにかく、それぐらい先輩との上下関係は大変だったようです。


「父の言葉で猛特訓」

パンチ佐藤

パンチ佐藤

夏になると、パンチさんはある青春時代の思い出が蘇ってくるのだそうです。その思い出をとっても詳しくお話して頂きました。「この時期になると思い出すんですが、僕は神奈川県川崎市出身なんですが、川崎の子供たちの甲子園というのがあるんです。どういうことかと言いますと、(川崎市の)区の代表が集まって・・・」ちょっとお話をまとめますと、各地区大会を勝ち抜いたチームで争われる川崎市民球場で行われる大会が川崎市の野球少年にとっての甲子園だったそうです。しかし「『みんなで力合わせて、川崎球場を目指そうぜ!』ということになったんですよ。ところが三日坊主とはよく言ったもので、三日過ぎると1人去り、2人去り・・・と段々(チームメイトが)練習に来なくなるんです」この友達の態度に腹を立てたパンチさんは、チームメイトの家まで行って練習にムリヤリ連れて行こうとしたこともあったのだそうです。ところが「小さい団地ですから、そういう噂はすぐにオヤジの耳に行くんです。そしたらオヤジが『和弘、お前はピッチャーで四番だ。お前が0点に抑えて、お前が1点取れば勝てる。1人でやれ!』とこの言葉で僕は奮い立ったんです」この日から毎朝の走りこみ、300以上のスイング、と日々の努力を積み重ね、区大会を勝ち抜いて川崎市大会への切符を手にし、準優勝を果たしたのだそうです。「夏になると、あの時のオヤジの言葉、思い出すんですねぇ〜」なんだかしっとりと話をまとめたパンチさんでした。


パンチ佐藤さんから武蔵選手への質問

「武蔵選手はあの一休さんに縁のある家柄の生まれだという話を聞きました。本当なんですか?」

武蔵 「一応、ホントなんです。一休さんに新右衛門さんって出てくるじゃないですか。青い着物きた、アゴ割れてる人。あの人が僕のご先祖さまなんです」
浜田 「えぇ?」
武蔵 「複雑ですよね。アニメ的には、おっちょこちょいキャラなんで」
浜田 「ホンマやなぁ。でも、そうなんや」
武蔵 「僕、本名は蜷川ではないんですけど、家は元々蜷川の家なんですよ。だからサムライですよ。でも、子供の頃に同級生にそんな話しても誰も信じてくれないじゃないですか。だから、あんまり言わなかったんですけど、一応、おじいさんが書いてる本があって、そこには家系図が書いてあって」
浜田 「スゴイやん!」
武蔵 「あと、これも自慢じゃないんですけど、僕の曾お爺さんが蜷川新さんって方なんですけど、国際赤十字を作った内の一人なんです」
浜田 「そうなん?全然、そんな出(出身)には見えへんのになぁ」
武蔵 「だから言いたくなかったんだよ!誰も信じてくれないんだから!!」
内田 「川口さんもね?」
川口 「はい。すごい遠いんですけど、俳優の田村正和さんと遠い親戚で」
浜田 「マジで?!」
川口 「何度聞いても覚えられないくらい、(繋がりは)複雑なんですけど」
浜田 「そうなんや。一回座ったら動かへんよ」


次回予告

11月6日 11月6日 11月6日 11月6日 11月6日 『世界』 夜7時58分放送


出演者(敬称略)
小野卓志、琴欧州、佐々木主浩、為末大、長塚智広、野口健、森上亜希子
トークダイジェスト

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