トークダイジェスト

3月20日 3月20日 3月20日 3月20日 3月20日 『アスリート芸能人』

出演者 赤井英和、虻川美穂子、遠藤章造、華原朋美、須藤理彩、高知東生
ヒデ(ペナルティ)、ワッキー(ペナルティ)


最新放映分

今週のテーマは「アスリート芸能人」です。


「脳は揉んだらダメ」

赤井英和



当時の日本記録となる12連続KOを達成、KO率は85%を誇り「浪速のロッキー」の愛称で、プロボクサーとして活躍された赤井英和さん。高校時代からこんな過酷なトレーニングをされていたそうです。「朝4時くらいからロードワークして学校の道場で練習して、プロのジムでも練習して、それから青春というか夜遊びなんかもしてましたもんで、学校の授業中は眠とうてしゃあないんです。(寝ようと思っても)クーラーも何もない、風通しの悪い教室ですから(暑いんです)。それでも、上の方は天窓もあって風が通るから、机の上に机を置いて、バケツに水汲んでこさせてそこに足つっこんで寝てましたね。(先生は)何も言いませんでした」高校時代から強烈な個性を放っていたようですが・・・そんな赤井さんの運命の1戦となったのが、85年の大和田選手との対戦。7Rで相手の左ジャブをもらい無念のKO負け。試合後は、意識不明の重体で病院へ。これが赤井さんの引退試合となったのです。「(KOされたこのシーンは)何回も見てますけど、学生時代からプロまで70戦以上試合をしてますけど、この時の試合は記憶にないわけです。そのまま病院に行って開頭手術ですわ。頭の骨を外して、固まった血か何かを採るんですけど、脳が腫れてるから、骨をはめたら圧迫するからイカンということで(手術直後は脳の上に)皮だけを貼ってるわけです。オレはそんな知らんから、何か気持ち悪いなぁって・・・(気持ち悪い原因は)皮の下1枚脳ミソやがな。それで脳ミソ揉んだら、(その瞬間に)『オエッ!』って(吐きそうになって)。脳ミソだけは揉んだらアカンで!芸能界で脳ミソ揉んだのはオレだけやわ」この試合で引退した後、赤井さんはご自身の半生を描いた「どついたるねん」という本を出版。この本が映画化される際、赤井さんはその映画の主演として俳優デビューを果たしたのでした。


「名門高校からラブコール」

遠藤章造



高校時代、香川県の名門・寒川高校野球部のキャプテンとして活躍したという遠藤章造さん。まずは、どれくらいすごい選手だったのか、ご自身の口から語って頂きました。「自分で言うのもなんですけど、僕本当にものスゴイ、アスリートやったんですよ。正直、アスリート部門で来てるのが緊張するんですけど・・・。小学校から野球をやってまして、中学から高校に行く時に、約7校からスカウトが来まして」と、中学時代はあらゆる高校が遠藤さんを欲しがったというのです。さらに「(高校卒業時は)人づてにですけど『(プロから)遠藤も声かかってたぞ』と後で聞いた事あるんです。プロ野球2球団から話があったよって」とてつもなく信じがたいお話。ジャンク取材班は、当時を詳しく知る寒川高校野球部の部長さんにお話を伺ってきました。本当にプロからスカウトが来ていたんですか?




「はい。2球団から来てました。広島と近鉄です。当時のチームで有能な浜田君というのがいたんです。スカウトの方が、是非その子をみたいと来ていたんですけど、たまたま練習風景を見ていた時に足も速い、俊敏な動きをしてるし、守備も安定してるなというので、遠藤君にも目がいったんです。もし指名するようなことがあった時には(スカウトから)ヨロシクと。(プロ野球は)夢の舞台ですから、随分と喜んでいたみたいです」

本当にプロからスカウトがあったとのこと!しかし噂とは怖いもので、所属する吉本興業では 「阪神にドラフト2位指名された」と話が大きくなっていたこともあるようです。


「失恋をバネに国体4位」

華原朋美



歌手の華原朋美さんのアスリートとしての活躍をお伺いすると・・・なんと乗馬で国体4位の実績をお持ちだとか。小さい頃は趣味で乗馬をやっていたそうですが、そんな華原さんが真剣に乗馬をやるようになったきっかけとは何だったのでしょうか?「高校2年生の時に初恋をしたんですけど、その時に初めて色々経験したんですよ。それで1月1日にお参りに行ったんですけど、その帰りに彼氏から『お前は一人じゃ何もできないんだよ。一人じゃ何も結果が出せないんだよ。さよなら』ってフラれて。それで3日間寝込んだんですけど、お母さんに『気分転換に乗馬でも行ってらっしゃいよ』って言われたんです。それで乗馬に行ったら馬に『朋ちゃん、大丈夫だよ』って言われてるような気がして。それで彼を見返すために、運動だったら何とかなると思って、その年の国体に出ました。(彼を見返すために乗馬をやろうと決意してから、国体開催までの期間は短かったが)私は彼が戻って来ないと気が済まなかったんですよ。優勝トロフィーと賞状を持って彼のところに言って『私は一人でも結果が出せるので、これからも一緒に過したい』と言いに行こうと思ってたんですけど、結局4位だったので、賞状1枚しかないじゃないですか。だから、その日に賞状も破って捨てちゃったんです」彼のためにひたすら頑張ったのです。


「キャプテンに感動して甲子園へ」

高知東生



現在、俳優として活躍している高知東生さん。高校時代は、あの名門・明徳義塾高校の野球部で野球に明け暮れる青春時代を送ってきたそうです。「僕らの時、(明徳義塾が)春の甲子園初出場だったんです。当時はまだ、義塾がつかなくて明徳高校だったんですけど、野球部員は200人近いんで1軍・2軍・3軍まであるんです。年に何度か1軍と2軍、2軍と3軍といった感じで試合をするんですけど、それを監督やコーチが見て、上に上がれたりするんです。だから、(ベンチ入りの)メンバーに入ることすら、すごい大変なんです。でも、自分は補欠になったりメンバーになったりしてる中で、大会中に腰を痛めてしまったんです。故障してしまうと、もう後ろに(代わりの部員が)何人もいますから、落ちてしまうんです。(自分のチームが)甲子園に行くことになって、野球部の出れない人間が甲子園で応援をすることになったんですけど、最初『オレは(応援で甲子園に行くことは)できん』って言ってたんです。でも、キャプテンが『オレたちが甲子園行けるのも、お前たちのお陰や』って。その一言がすごく嬉しくて。応援でもいいから甲子園行きたいなって」と、浜田が最も嫌う感動話で締めくくってしまった高知さんでした。


「アダ名は『バキューム』」

虻川美穂子



高校時代、ソフトボール部のエースとしてチームを上位に上げていたという虻川美穂子さん。一体、どんな活躍をされていたのでしょうか?「私たちは『北陽』というコンビなんですけど、埼玉県立久喜北陽高校からとっていて、今もそうなんですけど、埼玉県というのは、すごくソフトボールが盛んでものすごくレベルが高いんですよ。私立(高校)がものすごい(強い)んですけど、県立の中ではものすごく頑張ったチームなんです。県立なのでレベルが高い方ではないんですけど、この大黒柱(虻川さんのこと)のエースピッチャーが(相手打線を)抑えて、抑えてチームを上位に上げていったんです」ちなみに、相方の伊藤さおりさんも、同じ高校のソフト部だったんですよね?「同じチームでやってましたね。うちのチームは13人くらいしかメンバーがいないんですけど、伊藤ちゃんは補欠で。ライトとかレフトを守るんですけど、伊藤ちゃんはボールが来ると避けるんですよ。あと、ボールを捕ろうとして、(グラブをしている左ではなく)右手で捕ろうとして骨折するんです。そんな人がいる中、(埼玉県で)ベスト8に入れるなんてあり得ないんですよ」エースとしてチームを支えていた虻川さんは高校時代、よく食べるからという理由で「バキューム」というアダ名で親しまれていたそうです。


「名波を完封」

ワッキー(ペナルティ)



サッカーの名門・市立船橋高校でレギュラーとして活躍したペナルティのワッキーさん。数々の大会で好成績を収めていたそうです。「僕、ものすごく活躍しましたよ。僕は国体で全国優勝してますから。全国優勝ですね。(虻川さんの県大会)ベスト8とか(華原さんの国体)4位とか言ってましたけど、僕は『全・国・優・勝』です。もちろん、レギュラーで出てるんですけど、お正月の高校サッカー選手権では、清水商業と対戦しまして。(清水商業には)すごいメンバーがいるんですよ。元日本代表の10番・名波選手がいたんです。(清水商業との)試合自体は負けちゃったんですけど、名波選手を僕が完璧に抑えたって、次の日の新聞や雑誌にはすごい評価されたんです!!」ワッキーさんの言っていることはウソではありませんでした。その試合の記事にはこんな風に書かれていたのです。「脇田が清水商業の中盤の軸、名波をほぼ完璧に抑え・・・脇田は名波にほとんど仕事をさせなかった。この部分こそ、市立船橋が健闘した最大の要因である」ワッキーさんはもしかしたら、サッカーの世界でもトップになれていたのかもしれません。


「市船名物『永遠ダッシュ』」

ヒデ(ペナルティ)



ワッキーさんと同様、相方のヒデさんも市立船橋高校のレギュラーとして、インターハイ全国優勝などを経験されています。そんな強豪校の市船には、当時こんな特訓があったのだそうです。「(永遠ダッシュというのは)本数が決まってないダッシュのことなんです。監督の機嫌といいますか、その時の練習内容、試合内容によって、『走っとけ』の一言を残して先生がその場を立ち去るんです。それが『永遠ダッシュ』といって、先生がOKだすまで100本でも200本でも走らなくてはいけないんです。夏場に4時間半ということもありましたし、先生が忘れて帰られたこともあったんです。僕らずっと走ってたんですけど、さすがにキャプテンが11時半ぐらいを過ぎて、電車がなくなるという判断で『次の日に、先生に話するから』といって終わった時があったんです」こんな過酷な練習を乗り越えたヒデさん。実は、Jリーグ・横浜フリューゲルスに内定していたそうなのです。浜田からは「なんでこの世界に来たんや!」と、しきりにツッコまれていました。


「私はレベルが違う!」

須藤理彩



女優として現在活躍されている須藤理彩さん。学生時代、陸上選手として活躍していらっしゃった時は、周りの選手とのレベルがあまりにも違っていたのだそうです。「中学の頃から速かったっていうのもあったんで、先生から熱心に誘われてその高校を選んだんですよ。(その高校の陸上部では)他の部員もいましたけど、先生の視線は常に私にきてましたね。女子部員は1人だったんですけど、練習をやってもレベル的には女子とは全然違うので、男子部員とちょうど同じくらいのレベルだったんです」と、ハイレベルなスプリンターだった須藤さん。やはり後に女優さんになるだけあって、当時からかなり人気があったようです。「部では、基本的には恋愛禁止だったんですけど、大会になるとゴールでカメラを持った男性が待っていたりとか・・・そういうのはありましたね」女優業の前からカメラ小僧たちに狙われていたのだそうです。


予告

4月10日 4月10日 4月10日 4月10日 4月10日 『なでしこSP』 夜7時58分放送


出演者(敬称略)
浅田舞、浅田真央、浦田聖子、大友愛、小椋久美子、片岡安祐美、潮田玲子、竹下佳江
田中雅美、寺川綾、中田久美、藤井かすみ、藤丸真世、山本美憂、横峯さくら
トークダイジェスト

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