2008.9.4
<2008年9月13日(土)21時〜23時10分放送>
今からほんの50年ほど前の日本。
「もはや戦後ではない」と言われ、めまぐるしいスピードで経済成長を続けながらも、戦傷や栄養失調から視覚障害者になってしまう人が多くいた時代。視覚障害者の目の代わりとなる盲導犬が一頭も存在しなかったという事実をご存じでしょうか?
このドラマ『ありがとう!チャンピイ〜日本初の盲導犬誕生物語〜』は昭和32年、日本初の盲導犬を育てた塩屋賢一氏(アイメイト協会創設者)とその塩屋氏に盲導犬としての調教を依頼した河相洌氏(滋賀県立彦根盲学校教諭)とその家族、そして盲導犬第一号となったシェパード・チャンピイの苦闘の記録をもとに再構成したフィクションです。
終戦後まだ混沌としていた時代、塩屋賢一(高嶋政伸)は勤務していた会社が倒産、また自身も戦時中に患った肺結核が再発したことをキッカケに犬の訓練士になることを決意。妻の和子(桜井幸子)の心配をよそに、訓練学校を始めると、金持ちや外国人が犬を預けにやってきて、それなりに繁盛するのだった。
一方、戦時中の病気が原因で若くして失明してしまった河相洌(伊藤淳史)は室内に閉じこもり、幼なじみの玲子(本仮屋ユイカ)にも心を閉ざし気味になっていた。その様子を心配した洌の父・達夫(橋爪淳)は知り合いの外国人家族から洌の友達にと生後半年のシェパード犬をもらい受けてくる。犬の競技会でチャンピオンになって欲しいという願いからチャンピイと名づけられたその犬は、訓練に向かず落ちこぼれていたために洌のもとにやってきたという。洌がしゃがみ込み「チャンピイ」と名前を呼ぶとチャンピイは洌のもとに駆け寄りじゃれつくのだった。
ある日、チャンピイのようなシェパード犬がドイツでは盲導犬として活躍していることを知った玲子は、優秀な犬の訓練士として評判になっていた賢一の元を訪ね、チャンピイを盲導犬として育て上げてもらえないかと頼み込む。が、洌は日本に全くいない盲導犬に落ちこぼれのチャンピイがなることも、また盲導犬を自分が使いこなすことも無理に決まっているとハナからあきらめ気味。また賢一も普通の犬をしつけるだけでも大変なのに、人間の目の代わりになるような役目を学ばせるなどとても無理ではないかと感じ、やんわりと断るのだった。
賢一に断られたことで傷つき、絶望感の深まった洌は盲導犬の話を持ってきた玲子に八つ当たりしてしまう。その姿を見た父・達夫は「子供のころから何でも一番になりたがったお前が目が見えなくなっただけで、すべてが終わりなのか!?」と洌に問いかけるのだった。父・達夫の言葉が耳に残る洌。賢一も図書館に行き、盲導犬のことを調べるなどどこか気になり、普段の訓練に身が入らない。
数日後の夜、買い物帰りの賢一の目に飛び込んできたのは白つえを突き、一人商店街を歩く洌の姿だった。歩道に突きだしていた商店の看板に頭をぶつけ、のけ反るように倒れる洌。あわてて賢一が駆け寄ると洌はあちこちに生傷を作りながら、賢一に会いに来たと告げる。和子に傷の手当をしてもらいながら洌は賢一に「僕たちで一番になりませんか。塩屋さんが日本で一番最初に盲導犬を育て、僕が日本で一番最初の盲導犬の使用者に…」と言うのだった…。
このドラマには「動物と犬との愛」「家族愛」「師弟愛」、愛がいっぱい詰まっています。そして「日本初の盲導犬育成」という実話をもとにしたこのドラマに、我々スタッフは「感動を超えた生きる勇気を伝えたい」という願いを込めました。
また、キャストの方々の強い「思い入れ」も詰まっています。劇中の登場人物は、実在の人物でみなさん現在もかくしゃくとしていらっしゃる方々。高嶋政伸さんは犬とともに雨の日も風の日も訓練を繰り返し、役作りに励んでいただきました。伊藤淳史さんも「目が見えない方」を演じるために、日常生活でも目隠しをするなど大変な努力をしていただきました。
たくさんの思いが込められたこのドラマを是非一人でも多くの方々にご覧いただきたいと思います。
2008年9月4日発行「パブペパNo.08-244」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。