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話題のダンサー、今後注目の的となること間違いなし!というダンサーに直撃インタビュー。しなやかな身体と美しさを兼ね備えたダンサーの素顔を紹介。さらに、毎回ご本人からのプレゼント、もしくはサイン入りポラ写真(あるいは招待券も?)が抽選で当たります!
vol.16 辻本知彦
異なったジャンルのダンサーと踊ると自分がよく響く
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辻本知彦さん
1977年大阪生まれ。学生時代はバスケットボール一筋。その後、ストリート・ダンサー、ジャズ・ダンサーを経て、モダンコンテンポラリー・ダンスの世界に入る。上島雪夫『DECADANCE2003』、『DOUBLE VISION』などに出演。2003年にはアジア、ヨーロッパツアーを行う。DIAMOND DOGSのメンバーとして活動、金森穣主宰Noism04に参加、『SHIKAKU』『black ice』ほかに出演し脚光を浴びる。2004年にはロ−ラン・プティ振付の『ピンク・フロイド・バレエ』世界初演に出演した。現在、Sudbury306のカンパニーの代表として活動中。

パパイヤ鈴木プロデュースDANCE&COMEDY SPECIAL ENTERTAIMENT
『SEVEN SAMURAIS』 復活!伝説の笑パブ全国巡業の旅
[ 出演 ]パパイヤ鈴木/黒須洋壬/坂見誠二/JUN/GUNJO/辻本知彦/EBATO/電撃チョモランマ隊
2006年5月27日(土)28日(日) 新宿シアターアプル
2006年5月30日(火) 札幌市民会館
2006年6月 1日(木) 新潟テルサ
2006年6月 2日(金) 富山県民会館
2006年6月 7日(水) 大阪NHKホール
2006年6月 8日(木) 愛知厚生年金会館
2006年6月10日(土) 仙台 イズミティ21
2006年6月15日(木) 福岡市民会館
※公演は終了いたしました
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――2003年にはヨーロッパ・ツアーに行かれたそうですが、いかがでしたか?
辻本   ニブロールや川野真子さんほかの方々と韓国、インドネシア、シンガポール、ドイツ、オランダなどを回りました。
当時、ぼくはコンテンポラリー・ダンスとかフリースタイルのダンスとかいったジャンル分け論には、ほとんど興味はなかったんです。ただ踊りたいというだけ。たとえば、ストリート・ダンスだったらこんな感じがほしーなー、というふうに思っていました。そういう時期にオランダのフェスティバルで、ベルギーのヴィム・ヴァンデケイビュスが主宰する<ウルティマ・ヴェス>というカンパニーの『ブラッシュ』を観ました。それで「あっ、もう何も聞かなくてもいい」、ジャンルがどうのこうの言うより「こういう舞台であればいいんだ」と感じました。コンテンポラリー・ダンスとかそういう言葉を越えるような、とにかく、かっこいいダンスだったんです。
もしぼくが大金持ちだったら、<ウルティマ・ヴェス>に10億円出してあげたい。ダンスはお金を稼ぐためのものではないけど、「これをもってどこでも好きなところに行っておいで」って言いたかったですね。そういうベルギーのダンスに出会いました。
その後、一人でベルギーのシャルロワのカンパニーを見に行ったんですけど、「自分がこういうふうに踊れたらいいな、こんな感じができたらいいな」と思いました。やっぱり世界には、自分が思っているテイストを現実化している人がいるんだなって感じて、日本で自分の思いを現実化していこう、と改めて考えました。
シャルロワ・ダンス・カンパニーってまだ来日したことはないけど、スターダンサーズ・バレエ団にいた遠藤康行さんが踊っています。舞台はソロばっかりでとってもおいしい、ぼくが入るにはもってこいのカンパニーじゃないか、なんて思いましたね。

――高校時代はバスケットボールをやっていたそうですね。
辻本   ええ。ぼくはね、すごくドリブルが上手かったんです。ほんとパフォーマンスで見せられるくらいの動きをしていました。ただ、ドリブルをやってる自分は好きだけど、ボールが必要だってことがどうしても好きになれなかったんです。表現としては、楽器とか使わずに素のもので表したかった。ボール無しでドリブルしてシュートにもっていく、見せるドリブル、アメリカふうのプレー・スタイルですね。流行っていましたし、精度がどうとかいうよりもそれが楽しかったからです。
だから先生にはしょっちゅう叱られてました。試合中にタイムアウトをとったから、作戦を言うのかと思ったら、1分間ずーっと叱られてたこともありました。
ぼくはダンス自体は、自分が表現するものだから自分で考えてやるもので、習うものじゃないって思っています。ただ、ストリート・ダンスとかは自由だし、人に問われることもありません。でも、バレエは人に問われます。
ぼくは21歳の時、クラシック・バレエを一年間みっちりやりました。バレエはほんとうに難しかった、今でこそ要領を掴むことができるけどたいへんでしたね。最初は、だめだっていわれたんですけど、結局子どもたちに混じってレッスンすることにしました。子どもの時からずっとやっているのと、バスケやってて大学生になってからバレエを始めるのでは、全然上手さが違いますからね。習い始めた頃は、「21歳になって始めたんだから」とかいい訳してましたけど。
でも、今思うと地道に自分に忠実にやってきて良かったと思っています。

――金森穣が主宰する新潟市のNoism04に参加されていましたね。Noismはバレエのクラスをレッスンの基本にしていますよね。
辻本   そうです。Noismの第一期のメンバーとして新潟市民にもなりました。ぼくは少しバレエをやっていたから良かったですね。ただ、ぼくは誘われて入ったのですが、穣さんとはあまり合わなかったですね。めっちゃ怒られてましたよ。穣さんは才能のある人でしたけど、ダンス以外ではほとんど交流がなくて、ぼくはそういうのだめなんです。
ダンサーで好きなのは、新上裕也さんです。あの人はすごい、日本人っぽくないと思います。踊ってあのドキッとするような感覚を出すのはすごいです。裕也さんのダンスを見ていると、自由がそこにあるという感じがします。「自分だけそこにいたらええわ」と言っているよう。ぼくから見ると、「あのサックスの奏者がいい、あの高音がいい」、そういう感じがします。あんな感じを出すダンサーになりたい、と思うんですが、あの世界観はなかなか出てこない。
ぼくは今、やっといい感じの「声」が出てきたっていうところですかね。
ぼくは、どうせ死ぬんだから、自分の運命を踊りたいですね。ただ、それが見せる価値があるのか、ということはありますけども。とにかく、先駆者でありたい、時代を反映して比べるものがないようなものを志したい、なんとか死ぬまでに出したいですね。

――<Sudbury 306>というカンパニーを作って活動されていますね。
辻本   Sudbury(サドベリィ)というのは、教師のいない学校、先生のいない学校の名前です。たまたま知ったのですが、素敵じゃないですか、ぼくはそういうが好きなんです。306っていうのはベルギーの遠藤さん家の住所ですけど。(笑)

――海外でオーディションを受けられなかったのですか?
辻本   海外で活動して日本に帰ってきて踊る人が多いですけど、ぼくは日本から発信するようなものを創りたいんです。日本の中小企業の優秀な技術が世界的に認められているようにね。

――ダンス向上委員会(D.D.R.)の<セブン・サムライズ>に出演されますね。
辻本   今回、初めてD.D.R.にコンテンポラリー・ダンサーとして参加します。<セブン・サムライズ>は、ジャズダンス、カポエラ、ブレイキン、ヒップホップなど様々なジャンルのダンサーが参加しますから、自分のダンスがその中で観てもらえるのがうれしい。ぼくは、同じジャンルより異なったジャンルのダンサーと踊るほうがいい、違うジャンルにはめこまれて、自分がよく響くような気がします。

――このコーナー恒例の質問ですが、好きな食べ物は何ですか。
辻本   ムール貝。ベルギーで食べたのが美味しかった。

――好きなダンサーは?
辻本   VildgeのKYUさん。

――好きな場所は?
辻本   眺めのいいところ。

――今日はお忙しいところありがとうございました。ご活躍を期待しております。
(※文中敬称略)

(インタビュー/関口紘一)
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