男も女もない性別を超えた人と人との対話体験!
『D.Ⅰ.D』と聞いて、『ダンスインザダーク』と武豊を思い浮かべるあなたは競馬好き。それとも2000年カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が浮かんだあなたはきっと映画好きでしょう。
今回、フジテレビCSRメンバーとともに、そのどちらでもない『D.I.D』のビジネスワークショップに参加してきた私は、すっかり暗闇好きになって帰ってきました。
『D.I.D』とは、DialogIntheDark、直訳すれば「暗闇の中の対話」。
まっくらやみのエンターテインメントとも言われ、我々参加者は完全に光を遮断した空間の中へ何人かとグループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障がい者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験。ランチタイムにはなんと食事までするんです。ホントの真っ暗闇で、何にも見えない中で、ですよ。
最初に真っ暗な部屋に通された時は、やや閉所恐怖症気味な私の手のひらには、じんわりと汗がにじみ、この先大丈夫か?と心の中でつぶやきながらも、いつもより敏感に感じる音や匂い。「あれ~、これ何の匂いだったっけ」と過去の経験値という自分の引き出しから正解の匂いを探し出す感じを楽しみ始めた。足の裏の神経をこんなに使ったことも無かったな。
不安はいつしか遠ざかり、空間の中にひとり浮かんでいるような不思議な感覚と、他人を感じることの心地よさ。見えないことが人と人との距離を急速に縮めていくことを目の当たりにして驚く。
見えなくても見えてくる感じ。想像することの面白さ。
白杖ひとつを頼りに暗闇にいざなわれた参加者はお互いの社会での地位や立場を知る由もない。たまたま同じ暗闇という空間に居合わせた初対面の人たちを声としゃべり方で、どんな人間なのかを想像し判断していくしかない。
普段は相手の目を見て会話し、相手の服装や肩書きを、人となりの判断材料に知らずしていたのだと気づかされる。見えないって、こういうことなのね。面白いのは、言葉を交わせば交わすほど、普段この身体を覆っていた鎧や身に着けてきた武器の無力さに打ちのめされることだ。
ここじゃ、なんにも関係ない。この暗闇の世界では、役に立たないものなのだ。
いつしか素の自分が導き出され、相手も服を脱ぎ捨てるかのように生身の人間同士の対話が始まる。ここでは、飾っても仕方が無いし、飾ることの愚かさを思い知る。だんだん見えてくるその人の人間性。男も女もない性別を超えた人と人との対話を体験できる。
それから日常ではこちらが一方的にハンディキャップドと位置づけている視覚障がい者のアテンドが実に頼りがいのあることか。彼ら無しには何もできない、そこから一歩も踏み出せない自分の無力さにも気づかされる。暗闇の中でも勇気を持って進める人と、他人に頼ることしか出来ない人。その場から逃げ出そうとする人。実に様々だ。
なにがマイナスで、なにがプラスなのか、日常の基準がどんどん壊れていくのだ。自分に足りない部分を埋めるように、自然と見ず知らずの人に頼り、身を寄せ、手と手を触れあい、暗闇の行動を共にすることでいつしか安心感、信頼感のようなものが生まれるのは不思議です。
視覚を完全に遮断されることで、それ以外の感覚を研ぎ澄まして空間を判断しようと一所懸命だったようで、時間はあっという間に過ぎ、なんと4時間の『D.I.D』体験後は心地よい疲労感で、小学生の頃のプールのあとのフワフワした感じを久しぶりに思い出しました。
光のある世界に戻った時、あの声の主がこの人だったんだと、より頼もしく思えた人。
見た目とのギャップの大きい、ちょっとがっかりな人。それもまた面白くてクスッと笑ってしまった!
暗闇の中で、自分をみつめ自分の本質に触れることの出来た『D.I.D』。
今度は誰を誘って行ってみようかな。
その人が、ホントはどんな人なのかを知るのには、暗闇の中がいいですよ。
文:長坂哲夫(フジテレビ総務サービス部)