Special ドクターヘリの現在、そして未来
“攻めの医療“という言葉は、当たっているような気がします。とにかく救急医療っていうのは、少なくとも他の外科とか内科のような、従来お医者さんがやってきたような内容とは違うわけです。僕も昔はそうでしたけど、外からやってきた患者さんに対して、「今日はどうしたんですか?」っていうお話をして、患者さんのお話を聞いて、検査のスケジュールを立てて、「さあ治療しましょう」というような流れの中で仕事をしていたわけです。救急医療の場合は、現場で治療を開始しなければ助からない患者さんはたくさんいますから、もっと現場に出て行きましょう、という発想ですよね。その一番のツールとして、ドクターヘリがあったわけです。そういう意味では、いままでの医療が“守り”だけだったとはもちろん言いませんけど、いままでの医療の有り様とドクターヘリを使った医療の有り様を比較すれば、“攻めの医療”というのは的を得た言い方だと思います。じゃあそれが、大変だけどどうか、という質問に答えるならば、僕らにとっては、いま救急医にとってああいうことがおそらく最善の方法だろうと思ってやっているので、大変だということにはならないんです。むしろ、ドクターヘリを使って救急医療を展開する、っていうのは、まだまだ一部のところでしかやられていないし、今後、全国に広がったとしても、それでも多くの救急医の中ではそれに携われるのはほんの一握りだろうと思うんです。そういった視点で言えば、他とは違った医療ができている、という喜びは、辛さとか大変より、はるかに勝っているんです。ただ、周りにはそう(大変だと)思い続けていてほしいな、とは思いますけど(笑)。周りから「大変なお仕事ですね」って言っていただけると、僕らの仕事も理解していただけているのかな、という嬉しさもありますからね。
救命医療だけでなく、救急医療全体の可能性を広げると思います。
そうですね。そのくらいです。だけど、ドイツは50ヵ所くらいドクターヘリが飛んでいて、一番少ないところで年間1000件くらいですからね。700という数字は…ドイツと比較するのが正しいのかどうかはわかりませんけど…全然少ないんです。まだまだ、ちょっと特別に使われている感じもありますね。
そうですね。僕の個人的な意見も交えながらお話させていただきます。まず、おっしゃったように、ドクターヘリにも限界はありますよね。夜飛べない。それから昼間でも台風が来たら飛べませんし、落雷の危険があれば飛べない…というのはよくある話です。少なくとも7年、ドクターヘリをやってきた我々は、その弱点をどう埋めるか、ということを考えていく時期にきていると思っているんです。ヘリが飛べない状況を想定して、代わりのことを考えなければいけないんです。ヘリが飛べるときは凄くレベルの高い救命救急医療が提供できるのに、ひとたび「ヘリが飛べません」というシチュエーションになったらいままでと何ら変わらない――そのギャップをそのまま放置しておいてはいけない。そのギャップを埋めるための作業を、ことしの後半から来年にかけて始めようと思っています。ひとつは、車で出て行く、ということですね。ヘリが使えないのであれば、ヘリよりは機動力は落ちるかもしれないけど、天候や時刻に左右されない他のツールで現場に出て行く、という仕組みを作って、それを24時間担保するということを考えないといけないんです。で、それができるようになると、いまいろいろ指摘されている、救急医が足りないであるとか、救急を診てくれる病院が少ないであるとか、それらによってもの凄く医療過疎の地域ができているというような問題が解決できると思うんです。いままでであれば、そういう地域があれば、「そこに病院を建てようか」という発想になったと思うのですが、お金がなくて、お医者さんが足りない状況で、そんな新しいものは作れるわけがない。ですから、その代わりに、ヘリだとか車を使ってどんどん僕らが現場に出て行くことによって、重症の患者さんだけでも救えるような仕組みを担保しておかないといけないと思っています。そこで、いま一番よく言っているのは、「安くて」「速くて」「上手い」医療…非常に低価格で、もの凄く速く、質の高い医療を提供しよう、というこの3つを同時に満たして医療を行うのはもはや不可能な時代になってきてしまっている、ということ。何だかんだ言っても、すべてお金がかかるし、医者が少なければアクセスも悪くなって、当然質も落ちる…それを、みんなが知るべきだと思うんです。いつまで経ってもそれを担保しようとするから歪みが生じているわけです。ですから、その3つのうち、ふたつだけ…ひとつは我慢しなさい、という考え方にシフトしないといけないと思うんです。じゃあ、どこで我慢するのか、という話ですよね。そうなるとそれは、患者さんの重症度や緊急度でもって、何とか区別しなければならない。例えば、「突き指しました」「鼻血が出ました」という人たちに、質の高い医療が必要かといえば、必ずしもそうじゃないですよね。どこでも診て貰えるし。鼻血が出たから耳鼻科の先生じゃなきゃいけない、突き指をしたから整形外科の先生じゃなきゃいけない、という欲求を捨てれば「安くて」「速い」治療は可能ですよね。だけども重症の人たちには、3つとも何とかしてあげたいじゃないですか。だから、せめて重症の人たち、重症かもしれない人たちには、3つを担保できるようにしましょうね、というところに、お金とか人材を投入していくような医療の仕組みにシフトさせる必要があると思うんです。それが可能になるのが、ドクターヘリだったり、ドクターカーの仕組みだったりするわけです。地域ごとにそういう仕組みを確立していけば、あちこちに大きな病院は必要ないはずです。重症の人たち、あるいはその可能性がある人たちだけは「安い」「速い」「上手い」を担保しましょう。だけど、それ以外の人たちは、申し訳ありませんが、自分でお金をかけて、大きな病院に行きたい人は行ってください。それが質の高い医療で、速い医療かもしれない。軽症の人は、近くの病院で、専門外の先生かもしれないけどそこで診てもらってください。それが、安くて速い医療かもしれない。要するにトレードオフですよ。いまの少ない医療資源やお金でもって、重症の人も軽症の人も「安く」「速く」「上手い」という風に統一するのはもう無理なんだということを知らないと駄目だと思うんです。ドクターヘリというものを7年運用してきて、いま医療全体の仕組みに思いを馳せると、こんな答えが出るんじゃないかなと思います。