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佐々木アナ 南米・ガイアナ共和国での2週間。ずっともやもやしたものを抱えながら取材していました。
HIV/エイズをテーマにした取材も今年で3回目になります。これまで取材した、アフリカ・マラウィ共和国やアジア・パプアニューギニアは、すぐそこに『問題が何か』を感じさせるような現実がごろごろと転がっていました。極度な貧困、医療不足によって死が身近にある光景、教育の不足による激しい差別・・・。ガイアナだって、国民所得は年間US1010ドルほどで、決して豊かではありません。しかし、目に見えるものだけでは、この国が抱える問題の深刻さがすぐにはわからず、「見えない何か」をつかみたいと必死になっていた2週間だったと思います。
着いてすぐの第一印象は「想像よりずっといいもの」でした。どこでも、制服に身を包んで学校に通う子どもたちの姿を見かけます。たとえスラム街であっても。1960年代までイギリス領だった名残りで、義務教育である小学校への就学率は高いのです。とはいえ、教育の質には、課題山積です。小学校を卒業しても33%の子どもたちが識字できないレベルで止まってしまっています。
一見、これまで見てきた国に比べて社会的に成熟しているかのようでありながら、市街地でも水道や電気は普及し切れておらず、ましてや市街地を離れるとなおさらです。洗濯はもちろん、シャワーや飲料用にも、生活用水は雨水でまかなっています。これには、矛盾を感じました。ガイアナという国名は、もともと「水の豊かな土地」という意味。国の9割は鬱蒼と緑で埋め尽くされ、その中を悠々と大河がたゆたう風景の国(しかも、日本人の目には海のように映るほど)です。何故、あの水を治水して有効利用できないのか、もどかしく思うほどでした。

佐々木アナ 今回の取材テーマは、ガイアナの土地で何故HIVが感染拡大してきたのか、社会全体から俯瞰してみることでした。ガイアナの主な産業は、金・砂糖・木材。そのうちの一つ、「金」は、まさに一攫千金、多くの人が仕事を求めて金山を目指してくるのです。ガイアナの多くの土地から、そして近隣の国、特にブラジルからもたくさんの労働者が入って、数週間から数年間、一時的にそこで滞在し、またそれぞれの地元に戻っていく。人が絶えず流動的に出入りしている場所なのです。
金山の取材のプロセスには、凄まじいものがありました。首都のジョージタウンから車で1時間、さらにボートで1時間半、そこからトラックの荷台に揺られて5時間、赤土の道なき道を進むのです。腰が痛いなんてものじゃない・・・。着いた先はプルーニーという小さな宿舎町。とはいっても、あるのは簡単な宿泊施設(トイレもシャワーも電気もない)と、小さな食堂とディスコだけ。私たちが小さな蚊帳の中で寝る傍らで、それぞれの店から耳をつんざくほどの大音量で音楽がガンガンかかって、夜中の3時まで続きました。日中の厳しい労働を吹き飛ばすかのように、出稼ぎに来た人たちの盛り上がる声も絶えず聞こえていました。

佐々木アナ 金山の町には女性も多く見かけられます。つい1週間前に来たばかりという女性に話を聞くと、「ここには仕事があると聞いて来た、食堂で料理を作るだけだと思ったら、体を売らなくてはいけなくて」と涙ながらに語るのです。1度金山に入ると、非常に閉じられた空間で、そこには常にたくさんの人が出入りし、交流している、それこそがHIV感染の温床になってしまうのです。
取材の中では、父親が金山労働者でHIVに感染し、母にも移って両親を失うHIV孤児たちに出会いました。ソフィという笑顔のとても可愛らしい女性は、23歳。まだ小さな弟や妹、甥(甥っ子の両親は金山に出稼ぎに行っている)、そして既に結婚して授かった自分の子供を2人育てています。皮肉なことに、ソフィの夫も度々金山に働きに行っています。「本当は行かせたくない、彼までHIVになったら・・・。でも、ここにはそれ以外仕事がないから」そう言って涙を流す彼女を見ていると、同じ女性として抱える複雑な気持ちに、「彼は大丈夫よ・・・彼はあなたに対して誠実に見えるもの・・・」、それを言うのが精一杯でした。

ここ3年間の取材を通して、共通して聞かれたのが「働きたい、でも仕事がない」というものでした。確かにガイアナでも、高等教育を受けて公務員になる以外は、みな自分の住む町ではあまりお金になる仕事もなく、金山が1番効率がいいのだそうです。とはいえ、金山での採掘も安定的な収入ではなく、うまくいって1ヶ月10万円くらい、何も見つけられなければ収入ゼロ。無駄なお金を使う余裕がないからと宿泊施設にも入らず、大量の蚊にまみれながら、野外キャンプをしながら働く姿は、現実を受け止めるしか仕方ないとしても、何だか切ないものでした。儲けの9割はオーナーの手元にいくのだそうです(オーナーの多くはブラジル人、オーストラリアなどの外資もあり)。私たちがウキウキしながら金の商品を手に取る向こう側には、彼らの労働があり、そこがHIV感染の温床になってしまい、孤児を増やすなど、社会構造まで変質させているのです。もちろん、金という莫大なお金を産む資源を持っているからこそ、お金は外からも落ちるわけですが、決して地元の人を潤わすものではない・・・そこに大きな問題が横たわっているように思います。これはもちろん、ガイアナに限らず、先進国の資源争奪、搾取というグローバルな問題ではありますが。

佐々木アナ今回、取材を難しくさせたのが、「本音と建前」があることでした。アフリカなどのように、みなが等しく衣食住さえままならず、モノが足りない、持てないところでは、自分の苦境を当たり前のように語ってくれます。しかし、ある程度初等教育を受けており、イギリスから独立したときには、カリブ世界の中でも最も豊かで進んだ国だったという自負もあるのでしょう、取材相手のプライドを損なわずに距離を縮めるのには、時間がかかりました。大雨でも降れば崩れ落ちそうな家に住むスラム街の人も、「暮らし?悪くはないわよ、家賃も安いしね!」といった調子です。
密着取材をしたのは、妊娠5ヶ月のオミアンダという女性。皮膚を見ても、エイズ発症がありありとわかる彼女は、「半分死んだヤツ」と周りから悪く言われ、家族からもすっかり見捨てられています。台所の片隅に追いやられ、会話もない彼女の姿は、昨年パプアニューギニアで会ったジュニア君と重なりました。しかし、ジュニア君のように、私たちをある意味「現実から救ってくれるかもしれない」可能性をもって見ることは、一度たりともありませんでした。それだけ、彼女は大人であり、また心に抱えた傷が深いのだろうとも思います。インタビューするたびに、「孤独が怖い」と言って泣く彼女は、どれだけ涙を流しても、私たちに心の鍵を開けてくれることは、決してなかった。朝ごはんを作り、ほとんど収入のない彼女にとっては値の張るジュースを飲みながら、「毎日こんな朝ごはんよ」と教えてくれるものの、それを素直に受け取ることはできません。彼女を支援しているNGOの人に聞くと、取材が入るというので前日お金を渡したというのです。私たちはありのままが撮りたいんだと食い下がると、「でも・・・。それだと彼女は、たぶんもう一切取材を受けたくないと言うと思う」、その言葉に、彼女が精一杯虚勢を張って生きていかなければならない現実を、かえって知ったような思いがしました。

佐々木アナ 最後に、プラス面を。ガイアナでは5年前まで全くHIVに対して手付かずだったのが、教育や医療の充実など政府が積極的に取り組み、実際、HIV有病率は下がってきています。街頭インタヴューをしても、意識の高さには驚きました。「現時点で、差別はあると思う。でもHIVの○○さん、ではなく、○○さんがたまたまHIVなんだ、そういう認識で受け入れていきたい」、画一的ともいえるほど同じ答えが返ってくるのは、啓蒙活動の効果の現れなのでしょう。現実的には、今はまだ、社会の中に「共に生きる」感情的な受け入れができておらず、感染者たちは、差別に対する恐怖で身が細るような思いをしています。しかし、少なくとも皆が知ろうとしている、知り始めている、それに勝るものはないと思います。少なくとも、日本での、HIVに対する未だに関心の低い現状に比べると、ずっと希望があるのかもしれません。
75万人という人口の少なさが幸いで、比較的、何か対策を打つと全体に浸透しやすいのだそうです。医療・教育・啓蒙、これを国が本腰入れて対策を進めれば、少なくとも何かが変わってゆける。そういった手ごたえが、ガイアナにはありました。ラジオでも毎日HIV・エイズとは何かを伝えるドラマが、結構な時間を割いて流れていました。人の意識―変えるのに1番時間がかかるものも、地道な努力を続けるしかないのだ、ある意味ではそのお手本と言えるかもしれません。成果が出るのは、まだまだこれからなのでしょうが・・・。

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