<第4回> <第5回> <第6回>


<第4回>
 本州の尾道と向島をつなぐ渡船。その向島側の船着き場に秋山圭子(櫻井淳子)は降り立った。圭子があてもなく道を歩いていると、中年女が倒れているのに出くわした。石段を踏み外したらしい。「大丈夫ですか?」「ええ、ウチはすぐそこだから」「じゃ、お連れします」。それが川島良江(藤田弓子)との出会いだった。
 良江の家は大きな旧家だった。「観光でいらしたの?」「いえ。仕事を見つけて、この街で暮らそうと思って」「じゃあ、ウチの離れに住めばいいわよ」。予想外の展開に圭子は戸惑ったが、世話好きらしい良江はもう一人決めしていた。「主人はずっと前に死んで、今は息子と2人暮らしなの。来てくれたらうれしいわ」。
 とりあえずその夜、良江の息子を交えて食事をすることになった。「それから決めてくれたらいいわ」。圭子はうなずいていた。
 良江と圭子が夕食の並んだ居間で待っていると、玄関から大声が聞こえた。「ババア、帰ったぞ」。
 良江の息子の悟(林泰文)と大笑いしながら入ってきたのは富田祐介(夏八木勲)。2人とも酔っぱらってご機嫌だ。「誰だ、このべっぴんさんは?」。圭子は良江にそっと聞いた。「ご親戚のかたですか?」「赤の他人よ」。良江はぶ然と言った。祐介は良江の亡夫の親友だった。「この2人仲悪いみたいだけど、かつて祐介おじさんは死んだ親父と、母さんを取り合ったんだって」。悟の言葉に祐介と良江はドギマギした。祐介は個人で小さな運送会社をしている。仕事はもっぱら悟の勤めている水産会社の運送を請け負っている。「俺たちはいいんだ。お前こそ早く嫁をもらえ。この人はどうだ」。今度は圭子と悟が顔を赤らめた。圭子は東京暮らしをやめて、この島にやって来た理由を打ち明けた。「ここならやっていけそうな気がして」。
 良江と悟はうなずいたが、祐介の反応は違った。「生きることの厳しさはどこでも同じだ。いい加減な気持ちでこの街に逃げ込まれたら迷惑だ」。動揺した圭子は思わず家を飛び出した。悟が追った。
「祐介おじさん、人はいいんだけど、口が悪くて。この街は人を優しく見守ってくれるよ」。必死に言葉を捜す悟に、圭子もいつしか笑みをのぞかせた。
 圭子は離れで暮らすことにした。悟がつきっきりで仕事探しに奔走してくれたが、圭子の望む事務系の正社員募集はなかなか見つからない。祐介からすぐ来いと電話が入った。「夕べはすまんな」。祐介はそっけなく圭子に謝った。悟は事務所のドアを見て、ハッとした。女子従業員募集の張り紙。ついさっき張ったのが一目瞭然だ。
「あんた、仕事捜しているんだってな」。祐介の気持ちは圭子にも通じた。「私なんかでいいんでしょうか」「仕事は事務雑用全般だぞ」「はい」。祐介は照れ隠しのように、仏頂面のまま事務所に消えた。
 圭子が仕事に慣れ出した数日後、出荷場でちょっとした事件があった。祐介と圭子がトラックに積み込みをしていると、商品の箱が圭子に倒れてきた。「危ない!」。現場に居合わせた悟は叫んだ。しかし体は動かなかった。全身を投げ出して圭子を救ったのは祐介だった。幸い箱の中身は軽量の味つけちりめん。それでも圭子はうれしかった。
 依然として良江と祐介は圭子を悟の妻に迎えたいと願っていたし、その雰囲気は圭子も感じていた。
「早くあの子のこと何とかしろよ」。祐介にけしかけられて悟は圭子を食事に誘った。2人は尾道側のレストランで夕食をとったが、最終の渡船に乗り遅れてしまった。実はたまたまその渡船に乗っていた祐介が気をきかせて、早めに出航させたのだ。
 2人は仕方なく尾道のホテルに泊まることにした。部屋は別々。
「これからもずっとこの街にいてくれるよね」。悟の好意がよく分かるだけに、圭子はもう自分の気持ちを偽るわけにはいかなかった。
「悟さんはいい人だと思います。でも、私は…」。
 悟は思いもかけない告白に絶句した。

<第5回>
 北村麻子(七瀬なつみ)はテニスクラブの仲間と出かけたスキー場で、倉田浩平(風間トオル)と出会った。「スイスから帰国したばかりなんです」。浩平は世界各国を転戦しているプロスキーヤーだという。「みんなは主婦だけど、私は独身よ」。旅先の開放感も手伝ったのか、麻子は誘われるままに浩平と一夜を共にした。
 1カ月後、2人は思わぬ場所で、しかも思わぬ同伴者をそれぞれ連れて偶然に再会した。場所はデパートの貴金属売り場。浩平はフィアンセの高津千恵(布施あい子)と一緒に婚約指輪を受け取りに来ていたのだ。千恵の父親は総合病院の院長。そして浩平はプロスキーヤーではなく、その病院で働くレントゲン技師だった。かたや麻子の嘘は夫と息子を連れていたのだから一目瞭然だった。夫の英介(長谷川初範)は弁護士。目下の関心事は一人息子の翔太を来年、有名私立小学校に入れることだ。そして麻子は夫と息子の世話に明け暮れる専業主婦だった。
 浩平と麻子は何食わぬ様子でやりすごそうとしたが、反射的に会釈をしてしまった。千恵と英介は見逃さなかった。「誰なの?」。
 しかも運悪くレストランで相席するハメになってしまった。「どうも」「またお会いするとは」。2人は内心の動揺を押し殺して、同じテニスクラブの会員を装った。
「病院の方とお知り合いになるっていうのは心強いなあ」。英介はまったく疑っていなかったが、千恵はあいまいに笑う浩平に何かひっかかるものを感じていたようだ。
 数日後、浩平は麻子の家に連絡を入れた。「電話されると迷惑です」「すみません。でもスキー場でついた嘘について釈明させて下さい」「それはお互い様でしょう」。麻子は拒絶したが、浩平は強引に次の日曜日に十日町駅前で会いたいと伝えた。
 日曜日、麻子は浩平の待つ駅前に出かけた。「結婚してから、他の男の人とあんなことになったのは初めて。酔って、どうかしてたのよ」。麻子にとって結婚後、初めての過ちだった。
 「プロスキーヤーは俺の夢なんだ」。しかし現実は生きていくために、レントゲン技師を職業に選んだ。そして職場先の病院院長の娘との結婚を決意した。「私には関係ないわ。もう二度と連絡してこないで」。麻子はきっぱりと言い切ると、足早にその場を立ち去った。
 もう会うことはないはずだった。ところが浩平の勤める病院を訪れたのは麻子のほうだった。傍目にはなに不自由なく見える生活だったが、麻子の心には満たされない空洞がポッカリと開いていた。夫の英介は仕事と翔太の受験のことしか頭にない。翔太が小学校に入学したら、何か仕事をしたいと麻子が打ち明けても英介は耳を貸そうとしない。ペットの熱帯魚の世話をしているほうが楽しそうだ。
「知り合いがロッジをしているんです。今度の日曜日、一緒にスキーしに行きませんか。千恵はまるで興味ないんです」「私は結婚しているのよ」。そうは言ってみたものの、麻子はもう浩平の誘いを断りきれないことに気づいていた。
 「勉強ばかりだと可哀相なので連れてきたのよ」。麻子は翔太と一緒だった。「スキーしたいもん」「ようし、教えてあげるからね」。
ゲレンデで楽しそうに歓声を上げる3人の姿は、まるで親子のようだった。「翔太があんなにはしゃいでいるの、久しぶりに見たわ」。
 浩平は思い切って告白した。
 「ここで俺とロッジをやらないか?君はご主人と別れて、翔太君と3人で暮らそう」「冗談言わないで。あなたには婚約者がいるじゃない」。浩平は千恵と結婚して、このままレントゲン技師を続けていくことに迷っていた。
「君のことがどうしても忘れられない。今日ここに来て、決心がついたんだ。君だって本当に幸せだったら、ここに来なかったはずだ」。麻子は何も言い返すことができなかった。
 スキーから帰ってきた浩平は千恵に結婚の白紙撤回を打ち明けた。
「あと1週間で結婚式なのよ。他に好きな人ができたの?誰なの!」「それは言えない」。しかし千恵は浩平を心変わりさせた張本人が麻子であることを見抜いた。麻子は千恵から呼び出された。
「あんないい旦那さんと子供がいるのに、よくやるわよ」。その瞬間、千恵の手が麻子のほおに飛んだ。
 そして、意を決した浩平は、麻子と2人で英介のもとに向かった…。

<第6回>
 東伊豆の美しい海に面して、泉川操(室井滋)の実家があった。
1階の居酒屋を切り盛りしているのは母親の修子(淡路恵子)。「こんな店とっくにやめて、アンタの稼いでくれる賞金で楽に暮らすはずだったのに」。同じ屋根の下、顔を合わせれば修子はついグチをこぼしてしまう。妹の香(畠山明子)は3人の子供の母親だというのに、操は39歳でシングル。しかも亡き父親につけられた名前が悪かったのか、いまだに操を守っている。もちろん本人も心穏やかではないから、なんとかバージンを捨てるチャンスを狙っている。実は昨夜もそのつもりでホストクラブに出かけたのだが、いざベッドインという時になってホテルの部屋から逃げ出してきた。
 運がないのは男だけじゃない。
18歳の時から目指していたのがプロゴルファー。しかし10年間頑張ったが、ついに夢は叶わなかった。
 そこで研修生としてトレーニングに励んできたゴルフ場で、現在はキャディをしている。今朝も4人の年配男性のパーティーを担当することになった。「あれ?」。プレー姿でない若い男が1人混じっている。操がゴルフ場にやってくる途中、ひと悶着のあった男だ。名前は進藤祐介(中村俊介)。どうやら接待係らしい。
 ところがこの祐介、ゴルフはまるで素人で、しかも万事要領が悪い。男たちに怒鳴られているのを見かねて、操はつい言い返してしまった。それが支配人の神山泰造(山崎一)の耳に入ってしまった。「どうしてお前はお客さんの機嫌を損ねることばかり言うんだ。そろそろ先のことも考えてくれ」。その場はキャディー長の林田志乃(松美里杷)がとりなしてくれたが、職場でも操の居場所は次第に狭くなっていた。
 その夜、操が居酒屋をのぞいて見るとカウンターの隅に祐介が1人きりでいた。
「今日も泊まりなの?」「いや、今日だけでなく、ずっとなんです」。聞けば、東京本社の営業部からいきなり保養所の管理人へ異動させられたという。「なんで断らなかったの」「サラリーマンの俺に会社を辞めろって言うのですか!俺は絶対に辞めないぞ」。祐介は飲みなれない酒で酔いつぶれてしまった。
「場所ならだいたい分かっているから」。またいつものおせっかいが始まったと呆れる修子と香を尻目に、操は祐介をかついで保養所に送り届けた。「ほら、しっかりして」。その時、祐介は操を抱きしめるとキスしてきた。「玲子」「誰と間違っているのよ!」。操は祐介を突き放すと、逃げるようにして保養所を後にした。
 数日後、操は再び祐介のパーティーを担当することになった。ぎこちなく会釈を返してきたところを見ると、あの夜のキスを覚えているようだ。メンバーは祐介の会社の社長と得意先の重役2人、そして若い美人。彼女こそが祐介の恋人、秘書課の水口玲子(森下涼子)だった。ところがこの玲子、重役や社長の前では笑顔で媚を売るのに、操のみならず祐介に対しても、まるで部下に命じるような態度。プレイが終わって、祐介が話しかけようとしても、知らんぷりで車に乗って帰って行ってしまった。
 操も帰り支度をしていると、祐介から声をかけられた。「今晩またつきあってもらえませんか?」。
 祐介が案内してくれたのは地元のイタリア料理店。「そんな若さでリストラだって!」。かつて祐介は水泳のオリンピック候補生だった。「でも、けがで練習ができなくなって」。操は玲子のことを聞いてみた。「どうして彼女が僕の恋人って知っているんですか!」
「なんで男はあの手の女にひっかかっちゃうのかね」。祐介があの夜のキスを覚えていると思ったのは、操の早とちりだったらしい。
 祐介は最高の接待係になろうと、操にゴルフの手ほどきを受けることにした。まだ薄暗い早朝から操はつきっきりで祐介のレッスンに当たった。狭い町だけに2人のウワサはまたたく間に広がった。
 修子は操に聞いた。「遊ばれているんじゃないの?」。操は声を荒げて否定した。
「バカな心配してるんじゃないわよ。相手はガキだよ」。そうは言ったものの、操の心の中で祐介の存在は日増しに大きくなっていた。
 また玲子が社長や接待先の重役たちとやって来た。かいがいしく世話をやく祐介を操は半ば呆れ顔で見ていた。すると社長が何気なくつぶやいた。「適任だったなあ。さすがに水口君の推薦だけある」。
祐介の表情が凍りついた。保養所への異動を進言したのは玲子だったのだ。「どういうことなんだ!俺は君と…」。祐介を振り切って行こうとする玲子の前に、操が立ちふさがった。「あなた、彼の気持ち知ってて、そんな事したんですか」。しかし玲子は平然と言った。
「2、3回何かあったからって、恋人気取りになられたんじゃたまんないのよ」。祐介はぼう然と凍りついた。次の瞬間、操は思い切り玲子の横っ面をひっぱたいていた…。


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