FNSドキュメンタリー大賞
障害者や高齢者が真に必要としている助けとは?
社会全体として“障害”にどう立ち向かい、障害者をどう支援するか?を鋭く問う

第8回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『町に生きる』 (制作 石川テレビ)

<6月23日(水)深夜26時20分放送>

 昔、老いるとは死ぬことと同義だった。ところが、今は障害を持って、あるいは障害と付き合って生きることを意味する。世界一の長寿国日本では、65歳以上の人のおよそ5%が寝たきりだという。75歳以上になるとその数字は実に35%に跳ね上がる。「高齢化社会」とは言い換えれば、社会の中に高齢の障害者が増える「障害者社会」でもあるわけだ。
 もちろん、障害者が全て高齢者とは限らない。不幸にも若くして病に倒れ、障害を持って長く人生を歩んでいる人も多い。最近の医療技術のめざましい進歩をもってしても、病によっては生命を守るのが精一杯で、障害を治すところまでは達していない。これからの時代は、結局、どう障害に立ち向かい、障害者を支援するか、が社会全体にとって大きな課題になる。
 6月23日(水)深夜26:20から放送の第8回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『町に生きる』(制作 石川テレビ)は、ある姉妹を通して「障害者や高齢者が真に必要としている助けとは?それらの人々を取りまく町=コミュニティーや行政は、その要請に応えられているのか?」について考える意欲作だ。

 加賀百万石の城下町金沢。その旧市街、名勝兼六園からもそう遠くない材木町(ざいもくちょう)には、昔ながらの町並みがかなり残る。古い木造家屋。曲がりくねった狭い路地や段差…。ここに住む小林正子さん(53)は、筋ジストロフィーという難病を抱えている。今や一人では立つことも歩くこともできない。息子と娘が一人ずついるが、それぞれ仕事があり、昼間は正子さんは一人きりになる。“バリアフリー”にはほど遠いこの町で、正子さんの生活は一見不自由そうだが、友人や近所の人たちに支えられ、驚くほど明るく奔放に過ごしている。
「実はおととしの9月に、ローカルの情報番組で正子さんを取り上げたことがあります。ちょうど、行政がさかんにバリアフリーという言葉を使い出した頃ですね。障害を持ちながら、周囲の支援で明るく前向きに生きている正子さんは地元では有名です」
取材に当たった石川テレビの奥名恭明ディレクターが説明してくれた。
「もちろん正子さんには、行政からヘルパーさんが派遣されていますが、24時間付いてくれるわけではありません。正子さんにとって何よりも大きな支援は、近所の人や友人の存在なのです。何しろ狭いところに家が立て込んでいますから、窓から声をかければ誰かが来てくれるわけです。買い物にしても、気軽に頼めます。また、正子さんを取りまく人たちも、彼女を助けることは当たり前のことだと思っています」 現在の都会生活ではあまり見かけられなくなったそんな近所付き合いが、正子さんを支えている。

 その正子さんには、やはり筋ジストロフィーを患う津田たまえさん(55)という姉がいる。独身のたまえさんは母親の久子さん(82)と一緒に、金沢市郊外の保古町(ほこまち)住む。生活費は障害年金とたまえさんが自宅で開いている小唄教室の収入で賄い、身の回りのことは母親の久子さんに世話を焼いてもらう生活がずっと続いてきた。ところが、その久子さんに数年前からアルツハイマーの症状が出始めた。助け合って生きてきた二人の生活は徐々に破綻に向かい、ついに去年春、久子さんは特養老人ホームに入ることになってしまう。その夜から、たまえさんの辛い一人暮らしが始まった…。
 当然、ヘルパーさんをはじめとする様々な福祉サービスの援助の手は差し伸べられたが、深夜早朝にたまえさんを助けてくれる人はいない。
「たまえさんの住む町は郊外の新興住宅地ですから、買い物も車で大型スーパーに出掛けるのが普通です。また新興住宅地の常として、そんなに近所付き合いが盛んなわけではありません。障害を持つ人が一人で暮らすには向いているとは言えませんね」(奥名D)
 同じ障害を持つ姉妹の生活は、住む地域の違いで対照的なものになってしまったわけだ。
「たまえさん正子さん姉妹のような障害者にとっては、町がバリアフリーであろうとなかろうと大きな違いはありません。何しろ一人では歩くことはおろか、立つことも出来ないのですから…。むしろ障害者にとっては、昔ながらの近所つきあいのできる“軒先の狭い町”が必要なのではないか、それこそが“バリアフリー”なのではという気がします。もちろん介護に当たる立場から言えば、段差がないという意味のバリアフリーは必要ですが…」

 材木町の隣町に住む鍼灸マッサージ師の井上凱暉(よしてる)さん(53)は30代の頃にベーチェット病を発病、光を失った。
正子さんは20年以上も井上さんのマッサージを受けている。盲導犬の助けを借り、井上さんは段差や坂の多い町を歩いて正子さん宅へやってくる。二人の間に交わされる会話からは、お互いを思いやる心がうかがわれる。動けない者と見えない者…お互いに不便なところを補いつつ、二人は古い町並みにとけ込んで生活している。
「町が本来持ち合わせていた生活共同体としての姿にこそ、バリアフリーの基本精神が宿っている」(小林正子さん)
 自分の体験に裏打ちされたこの言葉が意味するものは大きい。
 正子さんとたまえさんの二人に密着した奥名Dが強調する。
「このまま社会全体が“車社会”になってしまっていいのか?とつくづく思います。車は確かに便利ですが、五体満足な人でないと使えません。これからは、障害を持つ人や高齢者が、それも一人暮らしの人がどんどん増えます。車がないと何も出来ないようでは、そういう弱者の生活は成り立ちません」
 人間は所詮一人では生きてはいけない。近所付き合いに積極的でなかったたまえさんにしても、向かいの家に住むおばあちゃんと仲良くなり始めたそうだ。これからは“弱い者同士のネットワーク・心のつながり”がますます必要になる時代なのだ。
 核家族化、郊外への人口流失と旧市街地の過疎化、車社会を前提とした都市開発…。これらは日本のどの地域においても見られる現象だ。
 そんな現代社会において、障害を持つ人たちやお年寄りが暮らしやすい“町”とは何か?そもそも“町”とはどういうものであったのか考えずにはいられない。


<番組タイトル> 第8回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『町に生きる』
<放送日時> 1999年6月23日(水)深夜26:20〜27:15
<スタッフ> ナレーター : いかりや長介
構 成 : 池上 悟
プロデューサー : 宮崎龍輔
ディレクター : 奧名恭明
撮 影 : 森 修、村上長生、新美滝秀
編 集 : 奧名恭明
音 効 : 高田暢也
<制 作> 石川テレビ

1999年6月15日発行「パブペパNo.99-192」 フジテレビ広報部