FNSドキュメンタリー大賞
富山県新湊市在住の大学で哲学を学んだ異色の漁師が、コンブ養殖で、富山湾の富栄養化の解決に挑む!

第13回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『海の村長』
(制作:富山テレビ放送)


<2004年11月19日(金)2時35分〜3時30分放送>
【11月18日(木)26時35分〜27時30分放送】



 富山県新湊市。およそ400人の漁師のリーダーを務めている矢野恒信組合長は、大学で哲学を学んだ異色の漁師。「海を守ることに力を惜しんではいけない」というのが持論だ。卓越したアイデアで、漁師の村長(むらおさ)として一目置かれている。
 その組合長が気をもんでいるのが、富山湾で進行している海の富栄養化。解決策として選んだのが、コンブ養殖だった。
11月19日(金)放送の第13回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『海の村長』(富山テレビ制作)<2時35分〜3時30分>では、思い立ったら即行動の矢野組合長の新たな挑戦をお届けする。

(内容)
 富山県西部に位置し、富山湾きっての水揚げを誇る新湊。豊かな海の恵みが、人々の暮らしを育んできた。
 県内でも一、二を争う規模のこの港町では、今も、およそ400人の海の男たちが漁に励んでいる。古い伝統を受け継ぐ新湊の漁師たち。そんな彼らを率いるのが新湊漁協のリーダー・矢野恒信組合長だ。
 新湊は獲れる魚の種類も量も、県内トップクラス。中でも収入のおよそ3分の1を占めているのが富山名物、ホタルイカ。しかし気温が高くなる5月に入ると鮮度が落ちやすくなり、商品価値が下がっていた。そこで矢野組合長は、漁船に、ある秘密兵器を導入したのだ。それは海水を3度に冷やす能力を持つ特別仕立ての冷凍器。矢野組合長のアイデアで生まれたこの秘密兵器によって、水揚げしたホタルイカをすぐその場で冷やすことが出来るようになり、鮮度を長持ちさせることに成功した。
 最近心配されているのが、食生活の変化が進み魚の消費量が落ち込んできたこと。そこで考えだされたのが去年10月からスタートした「カニ給食」。魚の美味しさを子供たちに知ってもらおうと、一人につきカニを一匹丸ごとメニューに加える。カニを一匹まるごと食べるのは、ほとんどの子供にとって初めての体験。最初はおっかなビックリだったが、とれたてのカニの美味しさに、子供たちもご満悦。その後も、地元の小学校を回り、カニ給食は好評を博している。
 しかし、その一方で、新湊の海では気がかりなことが進行していた。海に流れ込む川の汚れだ。海を再生させるには、川の水質を変えなければならない。山に豊かな森を呼び戻すことは、その最初の一歩になる。そう考えた矢野組合長は、漁師をはじめとする20人ほどを引き連れ、川の源流域にあたる岐阜県の山に広葉樹を植えることにした。豊かな森が育む豊かな海。森に降った雨水が長い時間を掛けて、やっとわき出る小さな泉。このせせらぎが、やがて海へと流れ着き、豊かな漁場を育む。「組合は、海を守ることに力を惜しんではいけない」というのが持論だ。
 大学で哲学を専攻していたという、ちょっと変わり種の漁師・矢野組合長。その経験が、思い立ったら即行動というポリシーの礎になっていると、組合長は言う。学生の頃は、漁師になりたくなかったという矢野組合長。大学を卒業後、サラリーマンや住宅メーカーを経営する生活を送っていた。しかし、今から16年前、当時、副組合長をしていた父が倒れたことで、その跡を継ぎ、漁師に転身したのだ。
 昭和40年頃まで、新湊には美しい水郷の風景が広がっていた。ところがその後、コンクリートで造成した新しい港が出来ると環境は一変。川から流れ込む水が減る一方、農業排水や生活排水が川の汚れに拍車をかけるようになった。大きな環境の変化は、定置網漁にも影響をもたらした。港が完成した昭和40年から60年代にかけての20年間で、漁獲量が半分近くまでに激減してしまったのだ。それまで獲れていたイワシが獲れなくなったことなどがその理由とされているが、環境の変化も一因と考えられている。
 当時の二の舞だけはしたくない。海の富栄養化をくい止める秘密兵器として、矢野組合長は、ある海藻に目を付けた。それは、別名「海の森」と呼ばれる昆布。日本近海の昆布は、北海道や東北地方の海岸に分布、北海道だけで日本の生産量の9割を占める。日本料理には欠かすことの出来ない食材。実は、そんな昆布には、窒素やリンなど、富栄養化の原因となる物質を食べて育つ性質がある。昆布を使って海を再生しようと考えた矢野組合長。しかし、そこには大きな問題があった。昆布が育つ南限は、新湊よりずっと北とされているのだ。
 ところが、その常識を打ち破る昆布の森が、九州・熊本の海にあった。海水温度が18度以下になる秋にいち早く昆布の種付けを行い、春までに大きく育つよう、昆布の促成栽培を試みていたのだ。根っこからではなく、葉の表面から窒素やリンなどの栄養分を吸収する昆布は、富栄養化をくい止めるには打ってつけの海藻だ。矢野組合長は、早速、昆布博士を新湊に招き、漁師たちに昆布養殖の計画をあかすことにした。初めての説明会、この日の説明で、組合長と漁師たちの間に、微妙なすきま風が吹き始めた。昆布の養殖に、戸惑いの声が挙がった。突然の計画に湧き出る不安と疑問…。しかし、それもよくあること。矢野組合長は、一度言い出したことは必ずやり遂げることを、彼らは誰よりも分かっていた。
 海の再生を目指して計画された昆布の養殖。それは、新湊の海を預かる海の村長(むらおさ)として、豊かな環境を次の世代に残したい、そんな願いが込められたプロジェクトでもあるのだ。昆布の南限を超える新湊の海で、夢を乗せた挑戦が始まった。みぞれが降る中、昆布の種付けを行う日がやって来た。この日は、不安を口にしていた若手も顔をそろえた。矢野組合長の熱意が伝わったようだ。昆布の養殖は、種付け用の短い糸を使って行う。今回は最初の実験。そこで潮通しが良い場所と水があまり動かない防波堤の近くの環境の違う2箇所で昆布の養殖を試みることにした。水温が18度を下回る12月に種を沈めて、温かくなる前に収穫する。熊本と同じ方法で挑む養殖だ。
 昆布の収穫が迫った今年5月。新湊漁協にうれしい出来事があった。新湊では20年以上も無かった新規独立、新米親方2人のデビューがあったのだ。しかも、いずれも20代の若者だ。
 そして、5月29日、昆布の収穫の日を迎えた。果たして、昆布は無事成長しているのか? 昆布の種をつけたロープを引き上げる。思わず身を乗り出す矢野組合長。矢野組合長が、再び身を乗り出したその時、色つやの良い、見事な昆布が姿を現した。新湊でたくましく育った海の森。実験は見事に成功した。海の浄化になっただけではなく、売り物にできるほどの収穫にみんな大喜び。矢野組合長は、次は定置網にも昆布を仕掛け、少しずつ海の森を増やして行きたいと考えている。
 5月、一人前の漁師を目指して、大海原に船出した2人の若者…。古い伝統を受け継ぐ新湊の漁師たちに新しい希望が生まれ、その心意気は、確実に次の世代へと受け継がれようとしていた。

<制作者のコメント ディレクター前谷善光>
 海に生活廃水や農業排水が流れ込み、富栄養化による赤潮の発生が心配されている。この異変に、いち早く気付いた漁師の村長(むらおさ)、新湊漁業協同組合の矢野組合長は、海の環境を守るために次々とアイデアを出します。
 環境問題解決の糸口は、その地域の生活者が環境を守り、どれだけ高い意識を持てるかにあると考えます。今回の主人公である村長の取組みは、まさにそれであり、漁師の生活を守りながら環境保全に取り組みます。
 番組を通して地域環境を守る大切さを理解してもらえればと思います。




プロデューサー 中西 修(富山テレビ放送)
ディレクター 前谷善光(富山テレビ放送)
ナレーター 神田山陽(ティルト)
構成 三浦真一
制作 富山テレビ放送

2004年11月9日発行「パブペパNo.04-353」 フジテレビ広報部