FNSドキュメンタリー大賞
2002年9月17日、平壌で行われた日朝首脳会談で北朝鮮は拉致事件を認めた。
かつてない朝鮮人バッシングの中、民族学校に通う子どもたちも激しい逆風にさらされている。
在日朝鮮人の学校「ウリハッキョ」(私たちの学校)は、苦しみの歴史の上に生きる在日にとって、民族そのものを守り伝える拠点。

小さな朝鮮学校を通して、日朝関係のはざまで生きる在日の思いを描く渾身のドキュメンタリー!

第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『ウリハッキョ…民族のともしび』 (テレビ愛媛)

<11月5日(水)2時38分〜3時33分放送>
 2002年9月17日、平壌で行われた日朝首脳会談で北朝鮮は拉致事件を認めた。かつてない朝鮮人バッシングの中、民族学校に通う子どもたちも激しい逆風にさらされている。在日朝鮮人は学校を「ウリハッキョ」(私たちの学校)と呼ぶ。苦しみの歴史の上に生きる在日にとって、学校は民族そのものを守り伝える拠点だ。
 11月5日(水)放送の第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『ウリハッキョ…民族のともしび』<2時38分〜3時33分>(テレビ愛媛)では、小さな朝鮮学校を通して、日朝関係のはざまで生きる在日の思いを描く。

(番組内容)
 愛媛県松山市の四国朝鮮初中級学校は、四国で唯一の朝鮮学校だ。2002年度の全校生はわずか24人。最盛期の6分の1、創設以来、最も少なくなった。朝鮮学校は専門学校などと同じ「各種学校」に規定されているため公的な助成が乏しく、保護者の負担は1人あたり年間100万円を超える。長引く不況の影響で、公立学校に通わせる家庭が増えている。
 2002年9月17日、学校の教室に掲げられていた金日成主席、金正日総書記親子の肖像画が取り外された。「建国の父」「民族の指導者」と称えられる北朝鮮の象徴。思想教育のシンボルといわれた肖像画の撤去は政治色を払拭し、開かれた民族教育を目指す大きな変革だ。
 この日、平壌では日朝首脳会談が行われ、北朝鮮は長年否定してきた拉致事件を認めた。国交正常化を目指す歴史的な第一歩は、日本にかつてない朝鮮人バッシングを生む結果となり、民族学校に通う子どもたちもかつてない激しい逆風にさらされた。
 在日朝鮮人は朝鮮学校のことを、「ウリハッキョ」(私たちの学校)と呼ぶ。戦時中の強制徴用など苦しみの歴史の上に生きる在日にとって、朝鮮学校は単なる勉学の場ではなく、民族そのものを守り伝える拠点なのだ。
 番組では、小さな朝鮮学校を約9ヵ月にわたって取材。子どもたち、親、教師、そして在日1世たちの姿を通して、日朝関係のはざまで生きる在日の思いを描く。そこにはかたくなまでの民族へのこだわり、誇りがあふれている。
 テレビ愛媛では、かねてより朝鮮学校に関する報道に力を注いできた。特に一般の私立学校と大きな格差がある助成制度については、長期にわたってキャンペーン放送を続け、その結果、それまでまったく助成を行っていなかった愛媛県が、少額ではあるものの助成を開始するようになった。
 当時、「なぜ朝鮮人なんかのカタをもつのか」といった批判の声がよく寄せられた。しかし、私たちの主張はまさにこうした日本人の感覚への問いかけだった。「なぜ朝鮮人を差別するのですか?」
 在日について正確な知識を持っている人は多くない。「朝鮮人は汚くて恐いもの」という意識が根付いているといえるのかもしれない。それに拉致事件が追い討ちをかける格好となり、在日への偏見と憎しみが増幅されたようだ。
 北朝鮮=在日=朝鮮学校。日朝首脳会談以降、各地で起きた朝鮮学校生への暴行事件の背景にあるのがこの構図だ。確かに、在日の原点となった1世たちは、思想的に北朝鮮に大きく影響され、密接な関係にあったことは否めない。
 しかし、2世、3世、4世と代を重ねるごとに在日の意識構造は変化し、同じ民族でありながら本国の人々とは一線を画す存在となっている。在日のルーツはほとんどが現在の韓国だ。
 一族が存在しない北朝鮮は、あくまで精神的な祖国に過ぎず、朝鮮学校の子どもたちも将来、北朝鮮に移住しようとは思っていない。日本で生まれ育った彼らは、この国で生き続けるという選択肢しか持たないのだ。
 番組にはさまざまな世代の在日が登場する。異国での民族教育を支援した金日成主席に傾倒し、朝鮮学校の礎を築いた1世。その思いを受け継ぎながらも、日本社会との協調を模索する2世。南北を意識するのではなく、朝鮮人であることにこだわる3世…。異口同音のように聞こえるその言葉は、世代によって微妙なズレがあり、このギャップこそが戦後の在日史と共に歩んできた朝鮮学校の苦悩を象徴している。
 連日、テレビや雑誌をにぎわす北朝鮮報道。しかし、残念ながらそこには、ウケねらいとしか思えないようなゴシップ的特集や、敵対感情をあおるような表現が多く見受けられる。新聞がそうした記事を一切扱わないのとは対照的ですらある。「朝鮮」と名のつくものを擁護することはタブーになった感が強く、日本のマスコミは客観的な視点を失いつつある気がする。
 この番組には実は2つ、隠しテーマがある。メインタイトルの「ウリハッキョ」は既述の通り、朝鮮語で「私たちの学校」という意味だ。在日朝鮮人は、たとえ自分がその学校の卒業生でなくてもこう呼ぶ。そこには民族教育への思いがあると同時に、学校そのものへの強い尊敬の念が込められている。慢性的な財政難が続いている朝鮮学校の先生には、給料も満足に出ない。ひどい学校になると、半年間ストップすることもある。共稼ぎの妻に助けてもらったり、実家の親に泣きついたり。それでも先生たちはやめない。
 「子どもを立派な朝鮮人に育てることが生きがい」…そこには、朝鮮学校があるこの国の学校が忘れ去ってしまった「学び舎」の姿がある。そして、もう1つは「民族へのこだわり」だ。在日コリアンは2002年末現在、63万人。年間1万人余りが日本に帰化している。このまま推移すると数十年後には在日は消滅するのではとの分析もある。さまざまな事情で日本人として生きることを選択する人が増えているのだ。しかしこうした中で、ウリハッキョに“集う”人々は朝鮮人にこだわり続ける。取材を始めた頃、ある先生に「どうして朝鮮人にこだわるんですか?」と質問したことがある。答えは「誇りを感じているからです」。そこで、さらに「どうして誇りを感じているんですか?」と聞くと、即座に「誇り高き民族だからです」という答えが返ってきた。
 今の日本人、特に若い世代は「無国籍」とさえいわれている。オリンピックやワールドカップの時は「がんばれニッポン!」と叫ぶのに、普段は何も意識しない…。

 ただ一言問うてみたい。「あなたは日本人であることに誇りを感じていますか?」

<プロデューサー> 岡石 啓(テレビ愛媛)
<ディレクター> 村口敏也(テレビ愛媛)
<撮影> 立川 純(テレビ愛媛)
<ナレーター> 一色美和(テレビ愛媛)

2003年10月30日発行「パブペパNo.03-326」 フジテレビ広報部