FNSドキュメンタリー大賞
2002年10月25日、一人の政治家が凶刃に倒れた。
衆議院議員、故・石井紘基(62)
残されたのは遺族と、段ボール箱、63箱に及ぶ膨大な資料。

石井が残した63箱の膨大な資料の開封、残された家族の姿を通じて、政治家・石井紘基の人生の足跡をたどり、石井が主張した日本崩壊へのシナリオを読み解き、石井の眼に映った「日本病の正体」を探る。

第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
「『日本病』の正体〜政治家 石井紘基の見た風景〜」 (フジテレビ制作)

<8月13日(水)深夜2時43分〜3時38分放送>
衆議院議員、故・石井紘基(62)
2002年10月25日、一人の政治家が凶刃に倒れた。衆議院議員、故・石井紘基(62)
残されたのは遺族と、段ボール箱、63箱に及ぶ膨大な資料。
 2002年10月25日、一人の政治家が凶刃に倒れた。

 衆議院議員、故・石井紘基(62)

 残されたのは遺族と、段ボール箱、63箱に及ぶ膨大な資料。
議員生活10年、石井紘基はなぜこれだけの資料を集めたのか。
そして、石井はなぜ、殺されなければならなかったのか。

 一昨年、FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品「特殊法人レクイエム」の取材で、私たちは誰よりも早く「特殊法人問題」を訴えていた石井のもとを訪れた。自信に満ちた石井の主張に私たちは興味を持った。
 国会議員が持つ「国政調査権」を使った徹底的な追及、調査。石井紘基は「税金の無駄遣い」と「不正の追及」にすべてをかけていた。

 そして、2002年1月、著書に添えて、私たちのもとに届いた直筆の手紙。
『今まで解けなかった「日本病の正体」が見えました… 石井紘基』

 学生運動に燃えた青年時代、「鉄のカーテン」ソビエト連邦への6年間の留学、ロシア人妻との結婚、帰国、そして政治の道へ…。石井はいつも何かに追われるように日本の行き先を案じていた。

 8月13日(水)放送の第12回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品「『日本病』の正体〜政治家 石井紘基の見た風景〜」(深夜2時43分〜3時38分)では、石井が残した63箱の膨大な資料の開封、残された家族の姿を通じて、政治家・石井紘基の人生の足跡をたどることで、石井が主張した日本崩壊へのシナリオを読み解き、石井の眼に映った「日本病の正体」を探る。
 そこから浮かび上がるのは、紛れもなく、ありのままのこの国の姿である。

■石井が残した63箱の資料
 ここ数年、石井紘基は「国会の爆弾発言男」と呼ばれていた。自らの手による徹底した調査と追及。事件直後から「闇の勢力」による謀殺説がささやかれたのは、石井がこの国を揺るがすような情報を握っているからだといわれた。
 事件直後、関係者は、議員会館に残された資料を運び出し、ある場所に保管した。国会議員としては異常とも言える63箱の膨大な資料には何が残されているのか。
一人娘のターニャさん(31)は、父・石井紘基の遺志を継ぐため、資料の開封に取りかかる。
 箱から次々と出てくる資料や、手書きのメモからは石井の独自な視点が垣間見える。この63箱の中には、政治家・石井紘基が見た風景がすべて詰まっている。

■政治家・石井紘基の原点 若き日のソビエト留学
 政治家・石井紘基の原点となったのは、若き日に留学した「鉄のカーテン」ソビエト連邦で見た厳しい現実であった。東西冷戦のさなか、学生運動に燃えた石井が、社会主義を実現した理想国家で見たものは、長年の一党独裁により、腐敗した政治と社会であった。石井は当時、日本では誰も知らなかったソ連の現実を体感し、大国の崩壊を予言した。
 しかし、6年間の留学生活を終え、帰国した石井の目には、資本主義自由経済であるはずの日本が、ソ連と二重写しに見えるようになった。

「このままでは日本も崩壊する」

 ソ連の二の舞への危機感が石井紘基を突き動かした。

 そして…

「父のことを知りたい…」

 今年、残された一人娘のターニャさんが初めて、父が留学したモスクワ大学を訪れる。そこには若き日の父の足跡があった…。

■特殊法人問題の追及、石井紘基が見た本当の日本の姿
 1991年、石井の予言から20年の時を経て超大国・ソビエト連邦は崩壊した。時を同じくして、国会議員となった石井は、この国の実態を明らかにしようとした。
 小泉内閣が掲げる特殊法人の問題に関しても、石井は誰よりも早く目をつけ、徹底的な追及を行った。自らの手と足による調査。時にはブラックな情報源とも接しながら石井が手に入れた資料は、国会を揺るがしていった。
 この国の本質的な問題を追及していく石井の目に映ったのは、かつて留学したソ連と同じ、一部の政治家と官僚が思うがままに経済を操る、資本主義の仮面をつけた社会主義国・日本の姿であった。
 今回、番組では、石井が訪れた現場や、石井が手に入れた資料をもとにその主張を検証していく。

<西村陽次郎ディレクター(フジテレビ情報番組センター)のコメント>
 昨年10月、石井紘基議員の刺殺を知ったのは、テレビのニュースでした。かつて、「日本道路公団」の取材で石井氏にインタビューを行った私は、石井議員の激しい国会質問や徹底した資料の収集・分析に関心を持っていました。その石井議員が右翼活動家なる人物に刺殺された。戦後、現役の国会議員が刺殺されたのは3人目というショッキングなニュースが、今回の番組のスタートでした。一人の政治家がたどった道、残された犯罪被害者である遺族の生活、そして、事件の真相…。不幸な事件で突然この世を去った一人の男の足跡をたどることで見えてきたのは、さまざまな意味で完全に行き詰まった日本の姿でした。取材を通じて知った若き石井青年の情熱にあふれたモスクワ留学時代、残された家族の強い意志。いろいろなものに励まされながら今回の番組ができたと思います。この番組が、これからのこの国の行方を少しでも考えるきっかけになればいいと思っています。



<プロデューサー> 味谷和哉(フジテレビ情報番組センター)
<ディレクター> 西村陽次郎(フジテレビ情報番組センター)
<制作> フジテレビ情報番組センター

2003年8月6日発行「パブペパNo.03-226」 フジテレビ広報部

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